2017年5月12日金曜日

「僕が何故、朝日新聞を批判するか」

「僕が何故、朝日新聞を批判するか」

 僕は、何度かブログで、朝日新聞を批判しています。

 何故、朝日新聞を批判しているかというと、僕の障害者雇用で勤務していた職場を朝日新聞社が潜入取材して、一面に記事を掲載していたからです。

 記事自体は、朝日新聞記者の表現の自由、言論の自由に基づく、一著作物として尊重するにしても、その後の続報もないし、極めて一過的な、記事だったと思います。

 一つのテーマで取材するなら、もう少し時間をかけないと真実など表現出来ないのではないかと思います。

 世間の朝日新聞を含めたマスコミへの盲信ほど恐ろしいものはありません。

 どれだけ、僕が朝日新聞に取材された職場で、38か月、障害者雇用で勤務していたとブログで主張しても、朝日新聞は、その事実は取り上げてくれません。

 多分、朝日新聞を読んでいる人は、僕のことを、

「朝日新聞に潜入取材された職場で働いていた可哀想な人」

とか言ってくるかと思います。

 その後、僕は、朝日新聞の天声人語を写経する、障害者就労移行支援事業所に入所しましたが、結局、就労には結び付きませんでした。

 朝日新聞の記事なりコラムなりを読むこと、写経することと障害者の就労は結び付かないということです。

 いくら、朝日新聞に掲載されている天声人語を写経したところで、朝日新聞信者にはなるかもしれませんが、就労には結び付きません。

 文章を書くことも大変なことだと思いますが、朝日新聞の大衆からの支持はものすごいものだと思います。

 朝日新聞にとってのターゲットは、必ずしも、精神障害者の人だけではありません。

 朝日新聞を読むことによって、精神障害者が、良い方向に向かうなら良いのですが、就労以外の政治問題、社会問題まで真面目に考えることになります。

 時事問題を語れるようになることは、社会人として良いことだと思いますが、朝日新聞を盲信することと、時事問題を語れるようになることは違います。

Microsoft WordMicrosoft Excelのスキルが上達すれば就労に結び付くのに、朝日新聞に掲載されている、政治問題、社会問題のことまで、真面目に考えることになります。

特に朝日新聞の記事の書き方は、先生のような記事の書き方をしているので、読み手の側も、朝日新聞という教科書を読んでいる生徒のような感覚になると思います。

朝日新聞を先生にしている読者は多いと思うので、必ずしも精神障害者の方々のためだけに記事を書くことは出来ないと思います。

朝日新聞先生の読者(生徒)の中には、精神障害者のことを知らない読者もいると思うし、朝日新聞の記者の中にも、精神障害者のことを知らない記者もいると思います。

というわけで、朝日新聞を読んだり、朝日新聞の天声人語を写経することと精神障害者の就労は必ずしも結び付きません。

朝日新聞を購読している精神障害者が、朝日新聞に就労出来るなら良いですが、僕の知っている精神障害者の方で、朝日新聞に就労されている方はいません。

リベラルな論調で、差別などに対して反対する記事も多く掲載している朝日新聞ですから、朝日新聞の読者になって、朝日新聞を支持している、障害者就労移行事業に携わる方々も多いと思いますが、朝日新聞を読むことと精神障害者の就労は結び付きません。

朝日新聞が精神障害者の雇用に対して良い認識を持っていないのだと思いますが、朝日新聞の記者の方も人間です。

人間が書いている記事なので、どうしても人間としての記者の恣意性が記事に出てくると思います。

いくら、僕が朝日新聞に潜入取材された職場で、障害者雇用で38か月勤務していて、文京区障害者就労支援センターから表彰もされて、文京区の精神障害者の福祉作業所、本郷の森、銀杏企画で、障害者雇用のことについて講演したとブログで書いても、朝日新聞はその事実を取り上げてくれません。

朝日新聞の読者からすると、僕は

「通勤バス派遣村行き」に38か月も通っていたのかと言われてしまうと思います。

確かに僕が勤務していた職場は、良い職場ではなかったと思いますが、朝日新聞に潜入取材された職場に勤務していた僕のTwitterに何故、これだけ多くのフォロワーさんがついているのでしょうか?

家で、朝日新聞を読んで、精神障害者の雇用現場とは酷い職場ばかりだと思って、就労をあきらめて、家に引きこもるよりも、少しでも前向きな気持ちを持って、新しいことに挑戦した方が良いのではないかと僕は思っています。

朝日新聞の記事を覆すような就労経験をしてみれば、世間の精神障害者雇用に関する見る目も変わって来るような気がします。

確かに、朝日新聞の記者の恣意性に基づいた視点では、僕の勤務していた職場に向かうバスは、「通勤バス派遣村行き」の悲惨なバスだったのだと思いますが、そのバスに乗って、僕の勤務していた職場を見学しに来た、文京区障害者就労支援センターの職員の方もいらしたし、本郷の森、銀杏企画の職員の方もいらしました。

文京区障害者就労支援センターの職員さんや、本郷の森銀杏企画の職員さんの恣意性からすると、僕の乗っていた、「通勤バス」は、良い職場に向かう「シャトルバス」だったかもしれません。

何か報告書でもあれば良いのですが、僕は文京区障害者就労支援センターや本郷の森、銀杏企画の報告書を読んだことがありません。

もしかしたら、障害者を「シャトルバス」で職場まで運ぶ、とても親切な会社だったとか報告書に書いているかもしれません。



何度も書いていますが、その後、僕は朝日新聞の天声人語を写経させる訓練を行う、就労移行事業所に入所しました。

残念ながら就労には結び付きませんでした。

幸い、僕は朝日新聞の天声人語を写経していても、朝日新聞信者にはならずに、自分なりの意見をブログに書いています。

文章というものは、読む側からすると、文章そのものを信じてしまう(信仰してしまう)方も出てきてしまうものだと思います。

特にマスメディアの文章は、世論を操作することに長けているし、大衆の心理を上手く誘導する文章だと思います。

そのような、大衆の先生、(一月4000円位で購読出来る先生)としての朝日新聞を含むマスメディアに対して、僕は懐疑的な態度を示しています。

例えば、朝日新聞が、戦争に賛成する論調の記事を書き続ければ、朝日新聞の読者は戦争賛成論者になるかもしれません。

それくらい、マスメディアの力は大衆の世論を誘導する力が強いということです。

朝日新聞を含めたマスメディアは、Twitter、ブログなどのネットメディアに対して、フェイクニュースなどと言って批判的な論調の記事を書かれていますが、朝日新聞の記事自体が朝日新聞の記者の恣意性が表現されているフェイクニュースと言えることもあるかと思います。

朝日新聞の記事も記者の恣意性に基づいた一つの著作物で、一記者の書かれた恣意性が多いに含まれている著作物です。

何度も書いていますが、人間が書いているので記事を書いている記者の恣意性が少なからず出てくると思います。

朝日新聞という物凄い影響力を持ったメディアを通じて、自分の影響力を行使したいと思っている朝日新聞社社員の方も少なからずいると思います。

それくらいマスメディアとは権力に近い力のあるものです。

僕は自分が働いていた職場を朝日新聞にけちょんけちょんにけなされて書かれたので、朝日新聞に対して批判的なことをブログで書いています。

朝日新聞信者からすると、僕には朝日新聞を信仰する「信仰心」がない不信心な人間になるのだと思いますが仕方ありません。

僕の意見を朝日新聞に勤務されている早稲田大学探検部のOBの方なりが真面目に評価してくだらないと、僕も朝日新聞社に対して良い認識を持つことが出来ません。

お互いが、気持ちよく決着出来るように、早稲田大学探検部のOBで朝日新聞社に勤務しいている方々、朝日新聞と関係のある方々が僕のブログを取り上げるなり、僕のことを尊重するなり、認めてくれるなりしていただけることを願っています。

以上、「僕が何故、朝日新聞を批判するか」

ブログに載せます。
































 








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