2026年10月31日土曜日

「10月は1日平均7159歩歩いていたようだ」

 「10月は1日平均7159歩歩いていたようだ」

スマホの万歩計を確認していたら、僕は、10月は221956歩、1日平均、7159歩歩いていたようです。

 3年前、文京シビックセンターで行われた文京区の特定保健指導では1日1万2千歩歩くことが目標になっていますが、1日7千歩程度で十分だと自分では思っています。

10月は9月に比べると歩いた歩数は大幅に増えています。

10月も両親の訪問診療、訪問歯科、訪問看護、訪問リハビリの対応で、家に居なければならずに、なかなか外出できませんし、自分の精神科訪問看護も週2回あり、散歩をする時間もなかなか作れませんが、なんとか散歩する時間を見つけて、散歩をしていました。

3年前の健康診断では体重が74キロもあり、メタボリックシンドロームだと診断されて、文京区の特定保健指導を受けましたが、74キロもあった体重が、一昨年の文京区の健康診断では、体重を測ったら、65キロになっていましたが、昨年の健康診断では体重は69キロと昨年に比べて4キロも増えていました。今年の健康診断では体重は68キロくらいです。

 少しずつ、歩く歩数を増やしていき、体重を落とさないといけないと思っています。

1日8千歩の散歩を目標にして歩く歩数を増やして来月は歩こうと思っています。

これからも少しずつ外出する機会を増やして、徐々に歩く歩数を増やしていこうと思っています。

 スマホの万歩計を確認していたら、僕は、10月は221956歩、1日平均、7159歩歩いていたようなのでブログを書いておきます。

以上、「10月は1日平均7159歩歩いていたようだ」

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2026年10月30日金曜日

「文京区立小日向台町小学校の改築に反対する」

 「文京区立小日向台町小学校の改築に反対する」

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。
心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が同居して介護しています。
介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

僕は文京区立小日向台町小学校の卒業生です。
東京都文京区生まれで、母校は文京区立小日向台町小学校、文京区立茗台中学校、東京都立小石川高校、そして早稲田大学法学部を卒業しました。
早稲田大学探検部33期のOBでもあります。
2011
年の東日本大震災以来、災害のこと、避難所のこと、防災のことを調べ続けています。
そんな僕にとって、母校の改築計画は、ただの学校の建て替え話ではありません。

文京区立小日向台町小学校は、現在、指定避難所として機能しています。
小日向台町町会や茗荷谷町会の皆さんにとって、いざという時の避難先です。
地震や火災、水害の時に、地域の人々が身を寄せる場所です。
学校では避難訓練も行われ、地域の防災訓練の会場にもなっています。
東日本大震災を経験し、その後の災害を調べてきた僕にとって、この「避難所」としての役割は、何よりも大切に思えます。

ところが、改築が始まれば、その避難所が使えなくなる期間が長く続きます。
老朽化した校舎を建て替える必要性は、わかります。
 しかし、工事の期間中、学校の敷地が使えなくなったり、仮設の施設に移ったりすれば、災害時に地域の人々が頼る場所が消えてしまう。
 文京区は都心で、広い土地が少なく、代替の避難所をすぐ確保できるわけではありません。
 近隣の学校や施設でカバーできると言うかもしれませんが、実際に災害が起きた時、人が殺到した時に、本当に機能するのか。
 僕は、東日本大震災関連のことを調べていて、避難所が足りなかったり、機能しなかったりした事例をたくさん見てきました。
 災害は、いつ来るかわかりません。
 改築の最中に大きな地震が起きたら、どうするのか。
 その不安を、僕は拭えません。

もう一つの大きな問題は、改築に長い時間がかかることです。
文京区の他の小学校の改築でも、7年を超える工期がかかっている事例があります。
敷地が狭く、仮校舎を敷地内に造らなければならない、埋蔵文化財の調査が入る、設計や工事の順番を丁寧に進めなければならない、小日向の狭い道に工事用の車両が入れない——理由はいろいろあるのでしょう。
 でも、結果として、子どもたちが何年も工事の騒音や仮設の環境の中で学び、地域の人々が何年も「いつまで続くのか」と不安を抱えることになります。
 保護者の方々からも、子どもの学びの環境への心配の声が出ています。
 僕自身はもう卒業して何十年も経っていますが、今通っている子どもたちや、その家族、地域の皆さんにとって、7年という歳月はとても長いです。
その間に、避難所としての機能が失われる期間も重なります。

僕は報酬をもらわずに、無給でブログを書き続けているド素人のアマチュアです。
早稲田大学探検部のOBとして、自然を愛し、未知の地を歩いてきた人間です。
探検部時代に、自然の厳しさと、人々の暮らしの脆さを、身をもって感じてきました。
 だからこそ、地域の安全を守る避難所が、何年も使えなくなることに、反対せざるを得ません。
 学校の改築は必要かもしれません。
 しかし、そのために、災害時に命を守る場所を長く失うことは、本末転倒ではないでしょうか。
 工期を短縮する方法を、もっと真剣に考えるべきです。
 代替の避難所を、確実に確保すべきです。
 子どもの教育環境を、これ以上長く犠牲にすべきではありません。

僕は一介のブロガーです。
介護の合間に、こうして書くことしかできません。
でも、母校であり、地域の避難所である小日向台町小学校の改築に、反対の声を上げたいと思います。
地道にコツコツと、諦めずに。
ブログを更新し続けるように、地域の安全も、諦めずに守っていきたいです。

これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

Don't give up

10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「文京区立小日向台町小学校の改築に反対する」
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2026年10月29日木曜日

「Xの『コンピュータによる自動的なものと判断されました』エラーが、緊急時の利用者にとって本当に迷惑で困る」

 「Xの『コンピュータによる自動的なものと判断されました』エラーが、緊急時の利用者にとって本当に迷惑で困る」

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けて、文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が同居して介護しています。介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

今日も、いつものようにX(旧Twitter)で投稿しようとしたら、同じメッセージが2回も出てきました。

「このリクエストは、コンピュータによる自動的なものと判断されました。アカウントをスパムやその他の迷惑行為から保護するために、現在この操作は実行できません。しばらくしてからやりなおしてください。」

 僕のXは認証済みアカウントです。投稿数に制限はありません。しかしながら、上記のメッセージが表示され投稿出来なくなる。

画面にこの文字が出て、投稿ボタンを押しても何も進まない。仕方なく下書きに戻される。僕は自動化のツールなど使っていない。普通にキーボードで打って、普通に送信しようとしているだけです。それでも、コンピュータが「自動的なもの」と判断してしまう。

これが本当に困るのです。

Xは、地震や台風などの緊急時に、情報が素早く広がる大切な場です。僕自身、東日本大震災関連の本を調べたり、紹介したりしている中で、災害時の情報伝達の大切さを何度も感じてきました。避難情報、安否確認、被害の状況、助けを求める声。そういうときに、誰かが投稿しようとしてこのエラーが出たらどうなるのか。

「しばらくしてからやりなおしてください」と言われても、緊急時に「しばらく」待っていられない場面はたくさんあります。家族の介護で忙しく、わずかな時間を見つけて情報を発信しようとする人にとって、このエラーはただの不便ではありません。地道にコツコツと続けようとする気持ちを、急に止めてしまうものです。

僕は報酬をもらわずに、無給でブログを書き続けているド素人のアマチュアです。Xも、ブログの更新を知らせたり、本の紹介をしたりするために使っています。それが、突然「自動的なもの」と判定されて投稿できなくなる。同じことが一日に二度も起きると、さすがに肩の力が抜けます。パソコンのXのアカウントをログアウトして再ログインしても駄目で、スマホのXのログアウト、再ログインでエラーは解消されましたが、本当に面倒で迷惑なエラーです。

それでも、投稿を完全にやめるわけにはいきません。緊急時に限らず、日常の小さな情報でも、誰かの役に立つことがあるかもしれないからです。

そうやって、地道にコツコツと続けるしかないのだろうと思います。

災害時の情報伝達を少しでも支えるために、Xのような場はこれからも必要です。でも、こうしたエラーが頻発すると、利用者からすると本当に迷惑で、困ってしまいます。システムの側には、もっと人の操作を丁寧に見極めてほしいと、一介のブロガーとして思います。

地道にコツコツと、諦めずに。 

これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

Don't give up

10月29日 早稲田大学探検部 33期 OB 上原和明 

東京にて

以上、「Xの『コンピュータによる自動的なものと判断されました』エラーが、緊急時の利用者にとって本当に迷惑で困る」

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2026年10月28日水曜日

「漫画家ちばてつやさんの訃報に触れて」

 「漫画家ちばてつやさんの訃報に触れて」

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、ニュースに触れては、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が同居して介護しています。介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

昨日、ニュースを見て知ったのですが、漫画家のちばてつやさんが、10月22日に骨髄異形成症候群のため都内の病院で亡くなったそうです。87歳。葬儀は近親者のみで営まれ、後日お別れの会が検討されているとのことでした。

子どもの頃、「あしたのジョー」を夢中になってテレビで見ていました。放課後になると、学校の校庭や体育館の隅で、友達とクロスカウンターごっこをしていたものです。ジョーが力石とぶつかり合うあの瞬間を真似て、右手を伸ばしては「ドスッ」と音を立てて喜んでいました。あの頃の僕にとって、ジョーはただの漫画の主人公ではなく、貧しい中でも拳一つで這い上がろうとする、熱くて切ない存在でした。

早稲田大学に進んでからも、ボクシングを題材にした映画に心を動かされることがありました。寺山修司監督の『ボクサー』という映画について、映画コラムを書いたことがあります。菅原文太さんと清水健太郎さんが演じる、社会の隅に追いやられた男たちが、リングの上でわずかな光を掴もうとする姿に、どこかジョーの影を感じずにはいられませんでした。寺山さんが『あしたのジョー』を意識していたと後で知って、なるほどと思ったものです。

ちばてつやさんは、『あしたのジョー』だけでなく、『おれは鉄兵』など、スポーツを通じて人間の喜怒哀楽を描き続けました。戦後の少年たちの心を熱くたぎらせ、生涯現役を貫き、漫画家として初めて文化勲章を受章された。画業70年。最後まで「ひねもすのたり日記」を連載され、燃え尽きるように漫画一筋の人生を終えられたと聞きます。

僕は報酬をもらわずに、無給でブログを書き続けているド素人のアマチュアです。介護の合間に、こうして書くことしかできません。それでも、子どもの頃にクロスカウンターごっこで汗を流した記憶が、今も胸の奥に残っています。ちばさんが描いた「あした」は、決して諦めないという、熱い約束のようなものだったのだと思います。

ちばてつやさんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。遠く東京の文京区から、連帯の思いを送ります。

地道にコツコツと、諦めずに。ブログを更新し続けるように、僕らも、燃え尽きて死ぬまで最期まで力を振り絞って生きていきましょう。

Don't give up

10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「漫画家ちばてつやさんの訃報に触れて」

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2026年10月27日火曜日

「11月2日の防災庁発足と細野防災担当大臣の緊急要請に賛成する」

 「11月2日の防災庁発足と細野防災担当大臣の緊急要請に賛成する」

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、ニュースに触れては、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が同居して介護しています。介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

11月2日に防災庁が発足するそうです。それに合わせて、細野豪志防災担当大臣が、中央省庁や全都道府県、そして全国民に向けて「緊急要請」を出すと発表したニュースを読みました。内容は、自宅で公助がなくても対応できるよう、食料、水、トイレを最低3日分、できれば1週間分備えてほしい、というものです。避難所の環境改善として、TKB(トイレ・キッチン・ベッド)にバス(風呂)を加えたTKBBの充実も目指すとのことです。

僕は、この防災庁の発足に賛成です。日本は地震が頻発して起きている国です。2011年の東日本大震災の直後、僕は東北へボランティアに行きました。泥かきをしながら、ただただ無力感に打ちのめされたあの感覚は、今も忘れられません。その後も熊本地震や能登半島地震など、大きな揺れが何度も起きています。南海トラフ地震や首都直下地震のリスクが指摘され続けている中で、防災の司令塔となる組織が出来ることは、意味があると思います。

僕自身、両親の介護をしながら日々を過ごしています。父も母も高齢で、いざというときに公助がすぐには来ない可能性を考えると、食料や水、トイレの備えは現実的な問題です。最低3日、できれば1週間という呼びかけは、過剰ではなく、必要な備えだと感じます。自分たちで出来ることは自分たちでやっておく、という姿勢は、防災の基本だと思います。

ただ僕の家には災害時用のトイレはありません。食料、水は3日分は防災リュックに入っています。災害時用のトイレをどうするかはこれから考えます。

もちろん、組織が出来ただけで全てが解決するわけではありません。実際の災害の時に機能するかどうかは、これからの取り組み次第です。でも、発足を機に国民一人ひとりが備えを見直すきっかけになるなら、それは良いことだと思います。

僕に出来ることは限られています。介護の合間にこうしてブログを書くことくらいです。それでも、地道にコツコツと、諦めずに、備えを呼びかけるニュースに触れ、自分なりに考えてみることは続けたいと思っています。

被災の経験がある方々、今まさに備えを考えている方々に、遠く文京区から連帯の思いを送ります。

地道にコツコツと、諦めずに。これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

Don't give up

10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「11月2日の防災庁発足と細野防災担当大臣の緊急要請に賛成する」

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2026年10月25日日曜日

「ATOKマンスリーレポートで入力文字数がカウントされない」

 「ATOKマンスリーレポートで入力文字数がカウントされない」

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けています。

今日はATOKマンスリーレポートで入力文字数がカウントされずに困っていることを書きます。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症と関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が、文京区の家で介護、世話しています。右手のマウス腱鞘炎をこらえながらキーボードをカチカチ打ち、近所を歩きながらスマホの万歩計の歩数を確認する日々です。それでも、今日も書きます。

日々、パソコンのキーボードに向かい、カタカタと音を立てながら文章を紡いでいく。この「文字を打つ」という行為そのものが、僕にとっての人生であり、かけがえのない生きがいです。

Xでポストし、ブログを書くモチベーションを支えてくれている大きな存在が、ATOKの「マンスリーレポート」でした。

1ヶ月で自分が一体どれだけの文字を打ち込んだのか。数字という目に見える形で努力が残る。

「今月はこれだけ書いたんだ」「よし、来月はもう少し頑張ってみよう」

画面に表示されるそのカウント数を見る瞬間が、僕にとって何よりの報酬であり、明日への活力だったのです。

……ですが、いま、深刻な問題に直面しています。

「ATOKマンスリーレポートで、入力文字数がカウントされない」

最初は「少し設定がおかしいのかな?」と思い、ジャストシステムのサポートに問い合わせてみました。

丁寧なご返信をいただき、メールで提示された手順を一通り試してみたんです。

タスクスケジューラで `AtokMr36_(ユーザー名)` の動作状態を確認する

一度ATOKをアンインストールし、再インストールを行ってみる

タスクマネージャーの「詳細」タブから `ATOK36MR.EXE` のプロセスが残っていないか確認する

タスクスケジューラから手動実行を試してみる

 タスクの「条件」タブのチェックをすべて外し、「設定」タブで「スケジュールされた時刻にタスクを開始できなかった場合、すぐにタスクを実行する」をON、「タスクがすでに実行中の場合に適用される規則」を「既存のインスタンスの停止」に変更してみる

サポートの方が教えてくださった解決策を、一つひとつ確認しながら慎重に試しました。

「これで直ってくれ……!」と祈るような気持ちでキーボードを打ち込み、レポートを確認してみる。

しかし、結果は変わりませんでした。

入力文字数はカウントされません。

一介のブロガーとして発信を続けている僕にとって、1ヶ月の入力文字数は単なる数値データではありません。自分が机に向かい、思考を振り絞り、情熱を注いだ時間の「証(あかし)」そのものなのです。

それがカウントされないとなると、まるで暗闇の中で素振りをし続けているような、どこか虚しい気持ちに襲われてしまいます。自分の歩んできた足跡が消えてしまっているかのような寂しさを感じてしまうのです。

「キーボードを打ち、言葉を紡ぎ、それを積み重ねていく」

この当たり前だった日常の喜びを取り戻すためにも、どうしてもATOKマンスリーレポート文字数カウント機能を復活させたいと心から願っています。

以上、「ATOKマンスリーレポートで入力文字数がカウントされない」

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2026年10月24日土曜日

「作家の村上龍さんの訃報に触れて」

 「作家の村上龍さんの訃報に触れて」

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、ニュースに触れては、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症と関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が、文京区の家で介護、世話しています。右手のマウス腱鞘炎をこらえながらキーボードをカチカチ打ち、近所を歩きながらスマホの万歩計の歩数を確認する日々です。それでも、今日も書きます。

2026年10月17日、作家の村上龍さんが自宅で亡くなったと、23日に幻冬舎から発表がありました。74歳でした。葬儀は家族葬で執り行われたそうです。『限りなく透明に近いブルー』で芥川賞を受賞し、その後も衝撃的な作品を次々と発表し続けた方で、僕も若い頃から名前を知っていました。

僕が若い頃、『コインロッカー・ベイビーズ』を読んだときの衝撃は、今でもはっきりと覚えています。コインロッカーに捨てられた二人の男の子が、社会への怒りと破壊の衝動を抱えながら生きていく物語で、文章から音や色や熱が直接伝わってくるような感覚がありました。当時の僕には、ただ「すごい小説がある」という以上の、何か胸の奥を揺さぶられるようなものが残りました。社会の外側に置かれた人間の話が、こんなに生々しく書けるのかと、驚きました。

その後、テレビで『Ryu's Bar 気ままにいい夜』という番組を見ていました。日曜の深夜に、村上龍さんがホストを務めて、ジャズバーのような雰囲気の中でゲストと話す番組でした。無口な部分や、ゲストとの間が空くようなところも含めて、普通のトーク番組とは違う空気感があって、僕はなんとなく見続けていました。派手に盛り上げるわけではなく、村上さんのペースで進む感じが、独特でした。

そして、もう一つ思い出すのは、『走れ!タカハシ』という短編集です。僕が大ファンだった広島東洋カープの高橋慶彦選手を題材にした作品で、高橋慶彦選手が走る瞬間に、球場にいる人々の人生が少しずつ動いていくような話が並んでいました。僕は高橋慶彦選手のスイッチヒッターとしての打撃や、特に盗塁の走り出しをテレビで見ていて、ただただカッコいいと思っていました。あの「走れ!」という声援が聞こえてくるような感じが好きで、村上龍さんがそんな選手を題材に短編を書いていたことを知ったときは、少し嬉しかったです。プロ野球のファンとして、作家として、村上龍さんが身近な存在に感じられる瞬間でした。

介護の合間に、ふとニュースを見て、昔読んだ本や見た番組のことを思い出しました。村上龍さんの作品は、若い世代に向けて衝撃を与え続けたものが多いと聞きます。僕もその一人として、あの頃の衝撃を、今でも時折思い出すことがあります。父の様子を見ながら、母の世話をしながら、こうして昔の本のことを思い浮かべていると、時間が少しだけ、違う流れに感じられます。

地道にコツコツと、諦めずに。これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

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10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「作家の村上龍さんの訃報に触れて」

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2026年10月23日金曜日

「巨人新監督に松井秀喜氏が就任することを喜ぶ」

 「巨人新監督に松井秀喜氏が就任することを喜ぶ」

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、ニュースに触れては、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が、文京区の家で介護、世話しています。右手のマウス腱鞘炎をこらえながらキーボードをカチカチ打ち、近所を歩きながらスマホの万歩計の歩数を確認する日々です。それでも、今日も書きます。

2026年10月23日、プロ野球・読売巨人軍の来季監督に、球団OBの松井秀喜氏(52)が就任することが明らかになりました。午後には山口寿一オーナーとともに記者会見が行われるそうです。松井氏は1993年に星稜高校からドラフト1位で巨人に入団し、MVPを3度獲得するなど日本を代表する強打者として活躍。2003年にヤンキースへ移籍し、2009年のワールドシリーズでは日本人初のMVPに輝きました。日米通算507本塁打。選手としてユニホームを脱いでから、約24年ぶりの巨人復帰です。

僕は1967年11月3日、東京都文京区に生まれました。文京区立小日向台町小学校、文京区立茗台中学校、東京都立小石川高校と、ずっとこの区で育ちました。巨人の本拠地である東京ドームは、文京区後楽にあります。地元のスタジアムです。

松井秀喜氏が現役で巨人にいた頃、僕は東京ドームには行けずに、テレビ越しに、あの豪快なバッティングを何度も見ました。55番の背番号で4番を打ち、ドームの屋根に向かって飛ぶような打球を放つ勇姿は、今でも目に焼き付いています。メジャーへ旅立った後も、時折ニュースでその姿を見ては、懐かしさと尊敬の念を抱いていました。

それが、来季から監督として、再び文京区の東京ドームに戻ってくる。ユニホームを着て、ベンチで指揮を執る姿が、地元の球場で見られるようになる。僕のような文京区民にとって、これは本当に嬉しいニュースです。介護の合間にふとテレビをつけたとき、ドームの中で松井監督が選手たちに声をかけている姿を想像すると、胸が少し温かくなります。

巨人はここ数年、優勝から遠ざかっています。打力強化が課題だとも言われています。かつて日本を代表する大打者だった松井氏が、今度は指導者としてチームをどう導くのか。ヤンキースでアーロン・ジャッジらを指導した経験もあるそうですから、若手選手たちにその技術や心構えを伝えてくれることを期待しています。

僕は早稲田大学探検部33期のOBです。学生時代は山に登り、未知の場所を歩き、仲間と困難を乗り越えてきました。今は介護という日常の中で、地道にコツコツとブログを書き続けています。諦めないこと。それが僕の座右の銘でもあり、ブログのタイトルでもあります。松井氏が巨人に戻り、地元のドームで再び勇姿を見せてくれる。そのニュースに触れて、僕も少し元気をもらいました。

これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

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10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「巨人新監督に松井秀喜氏が就任することを喜ぶ」

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2026年10月22日木曜日

「PHPの脆弱性でSUUMOが見られなくなり、一人暮らしの物件探しに困っている」

 「PHPの脆弱性でSUUMOが見られなくなり、一人暮らしの物件探しに困っている」

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、ニュースに触れては、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症と関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が同居して介護しています。介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

今日、一人暮らしの物件を探そうと思って、いつものようにSUUMOのサイトを開こうとしたら、システムメインテナンス中で見られなくなっていました。家賃や間取り、駅からの距離を比べて、やっと自分に合いそうな部屋を見つけようとしていたのに、急に止まってしまって、どうしようもなくなりました。

今朝の新聞の1面にも載っていましたが、プログラミング言語のPHPに、極めて重大な脆弱性が2件見つかったというニュースが、各所で報じられています。深刻度を示すCVSSという指標で9.2という高い数字がついていて、「緊急」レベルだそうです。世界中のウェブサイトの多くがPHPで動いているらしく、認証なしで遠隔から不正なコードを実行される恐れがあるとのこと。日本時間の21日夜に修正プログラムが公開されたそうですが、その対応のために、銀行や鉄道、自治体、各種サービスのサイトが次々と一時休止に入っています。

SUUMOもその影響を受けて、サイトが正常に見られなくなっているようです。僕みたいな素人ブロガーには、PHPの仕組みなんてよくわかりません。ただ、物件を探すというごく日常的なことが、裏側の技術の不具合一つで、突然できなくなる。ネット社会の危うさを感じます。

ネット社会というのは、便利だと思っていたら、実はとても危ういものなんだと、改めて感じます。何か一つが脆いと、生活のいろんな部分が止まってしまう。物件探しだけでなく、買い物や銀行の手続き、情報の確認まで、影響が広がっているようです。僕は無給でブログを3000以上書いているド素人のアマチュアブロガーで、報酬をもらわずにこうして書いているだけですが、介護の合間にパソコンでサイトを開こうとして困っていると、現代の生活がどれだけこの見えない基盤に依存しているかが、痛感されます。

父も母も、住み慣れたこの家でできるだけ長く過ごしたいと思っています。僕自身は、両親の介護負担が限界で、少しでも負担を減らせるような形を考えながら、一人で暮らせる部屋を探してみようと思っています。

でも、サイトが止まっていると、探すことすらできません。数字の高い脆弱性が見つかって、急いで対応しなければならなくなった現場の人たちの苦労も想像しますが、利用者としてはただ困るだけです。

地道にコツコツと、諦めずに。サイトが復旧するのを待ちながら、こうしてブログに書いています。ネット社会の危うさを感じつつも、ネットを利用して生活を続けるしかない。僕もそうします。

これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

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 10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「PHPの脆弱性でSUUMOが見られなくなり、一人暮らしの物件探しに困っている」

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2026年10月19日月曜日

「ThinkPad X9-15 Gen 1の使い心地が良くて、プレミアムサポートを3年延長しました」

 「ThinkPad X9-15 Gen 1の使い心地が良くて、プレミアムサポートを3年延長しました」

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。

心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が同居して介護しています。介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながらブログを更新しています。

そんな僕が毎日使っているパソコンは、レノボのThinkPad X9-15 Gen 1 Aura Editionです。バッテリーの持ちが良くて、外出先でも長時間の作業が出来るので、本当に助かっています。XをThinkPad X9-15 Gen 1 Aura Editionでやっていて、Xでのポストとブログで一日に何千字も入力している僕にとっては、もう欠かせない道具です。

先日、そのThinkPadのタッチパッドが急に効かなくなりました。サポートに電話をしたら修理に来て、最初はタッチパッドを交換したものの直らず、基板が原因ということで、基板を交換して直ったことに驚きました。部品を入れ替えるだけで、また普通に動くようになったのです。

直った後も、このThinkPadの使い心地が良いなと改めて感じています。キーボードの打ち心地が良くて、画面も見やすくて、軽くて持ち運びもしやすい。介護の合間に文章を書く道具として、本当に助かっています。長く使いたいと思うようになりました。

そこで、Lenovoのプレミアムサポートを3年延長することにしました。3年保証で4万2554円です。残っていた保証期間と合わせて2030年5月15日まで保証が延長されました。

故障したときにまたサポートに頼れるようにしておけば、安心して使い続けられると思ったからです。機械も人も、調子を崩すことがあります。でも、直せるところは直して、サポートに頼れるようにして、また使い続けていく。そういうことなのかもしれません。

僕は報酬をもらわずに、無給でブログを書き続けているド素人のアマチュアです。それでも、このThinkPadがあるから、介護の合間にでも文章を残すことが出来ます。使い心地の良い道具を、長く丁寧に使っていきたいと思っています。

これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

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10月某日 早稲田大学探検部33期 OB 上原和明 東京にて

以上、「ThinkPad X9-15 Gen 1の使い心地が良くて、プレミアムサポートを3年延長しました」

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