2023年6月1日木曜日

「5月は7万2098字入力していたようだ」

 「5月は72098字入力していたようだ」

    ATOKマンスリーレポートを見ていたら、僕は、20235月は72098字パソコンで入力していたようです。

    ブログを書くこと、Twitterをやることで、パソコンのキーボードで入力しているので、入力した文字数が一月、約7万字を超えたのだと思います。

   一日平均2326字くらいです。

   入力時間は131時間、原稿用紙176枚分入力していたようです。

   相当、長い時間、パソコンに向かい、キーボードをカチカチ打っているようです。

   7万字を超えているとは、ものすごい入力数だと思います。

  自分でもよくこれだけ入力していたなと思います。

   毎月、毎月同じようなブログを書いていますが、今日、ATOKマンスリーレポートを見ていたら、20235月は72098字入力していたようなので、ブログを書いておきます。

    以上、「5月は72098字入力していたようだ」

    ブログに載せます。

2023年5月31日水曜日

「5月は1日平均8216歩歩いていたようだ」

 「5月は1日平均8216歩歩いていたようだ」

    スマホの万歩計を確認していたら、僕は、5月は1日平均、8216歩いていたようです。

    僕は1日7千歩歩くことを目標に歩いているので、目標は達成しました。

   スマホを新しくしてから、新しいスマホで万歩計の歩数が前のスマホより2000歩~3000歩少なくカウントされるようになりました。

   自分ではかなり歩いているつもりですが、新しいスマホでは歩数は少なめにカウントされるようです。

   新しいスマホの歩数カウントを信頼して、17000歩歩くことを目標にしていきます。

   長期間のコロナ禍でステイホームの習慣が身についてしまい、慢性的な運動不足で、体調が悪いので、少しずつでも歩く歩数を増やしていきたいと思っています。

   運動不足解消を目指して、1日に2時間くらいは歩いているのですが、相変わらず、胃の痛みは消えずに辛い生活をしています。

   出来れば、こらからも少しずつ、歩く歩数を増やしていこうと思っています。

   毎月、毎月、 同じようなことを書いていますが、5月は1日平均8216歩歩いていたようなのでブログを書いておきます。

    以上、「5月は1日平均8216歩歩いていたようだ」

     ブログに載せます。

2023年5月29日月曜日

「早稲田大学探検部アマゾン川川下り事故に関する吉澤基勝先輩とのメールでのやり取り」

 「早稲田大学探検部アマゾン川川下り事故に関する吉澤基勝先輩とのメールでのやり取り」

  以前、早稲田大学探検部32OBの吉澤基勝先輩と早稲田大学探検部アマゾン川川下り事故について、メールでやり取りしていました。

  急にアマゾン川川下り事故のことを思い出したので、メールのやり取りをブログに載せます。

  以下のようなメールのやり取りを早稲田大学探検部32OBの吉澤基勝先輩としました。

  吉澤さま

 早稲田大学探検部OBの皆様

  おはようございます、上原です。

 吉澤さん、東京に戻られたとのこと確認致しました。

  神戸の地での貴重な経験を生かされ、今後のお仕事の糧にされていかれることを期待致します。

  早稲田大学探検部OBの皆様

   実は、僕らが30年前に遠征したインドブラマプトラ川川下りのことが昨年取材されまして記事になりました。

  是非、早稲田大学探検部OBの皆様にも記事を読んでいただきたいと思います。

  記事は以下のURLで読めます。

 「インドブラマプトラ川川下り記事のきちんと翻訳されたものが出来上がったようなので、ブログに載せます」

  https://www.ueharakazuaki.net/2021/02/blog-post_26.html?spref=tw

   早稲田大学探検部関係者の皆様がインドブラマブトラ川川下りの記事をきちんと読んで下されば、

   アマゾン川川下り事故のような凄惨な事故は起きないような気がします。

   是非、早稲田大学探検部OBの皆様に記事をきちんと読んでいただき、

   今後も早稲田大学探検部で取り返しのつかない事故が起きないように活動されていかれればと祈っています。

   早稲田大学探検部OBとして早稲田大学探検部をしっかり見守っていくことが僕らに出来ることだと思っています。

  きちんと仕事もしていない僕に対する反感の念もあるとは思いますが、

   早稲田大学探検部OBの皆様には是非読んでいただきたい記事なので、URLを載せて皆様への返信とさせていただきます。

  上原和明

  上原さま

   先日は記事のご連絡をありがとうございました。読みでのある、ずいぶんしっかりした記事と翻訳ですね。貴兄らの当時の活動で初めて知ることも多かったです。

   貴兄に反感の念を抱くような人は誰一人いませんよ。貴兄のやさしい心持ち、気遣いをありがたく思うばかりです。

   先日のメールの宛先に沢田石君の古いアドレスを入れてエラーになってしまいましたので、修正してCCに入れます。

   何かと鬱陶しい世の中ですが、探検部の皆さんとは安心して話せますので、大切でありがたいです。今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。

  吉澤

  吉澤さま

 早稲田大学探検部OBの皆様

  おはようございます、上原です。

 吉澤さん、記事をきちんと読んで下さりありがとうございます。

 僕も良く出来た記事だと思っています。

 早稲田大学探検部で活動する際にもとても参考になる記事だと僕は思っています。

 エベレスト登頂経験のある八木原圀明さんが日本側隊長として率いられた隊の記事なので、

 記事の説得力も増すと僕は思っています。

 八木原さんは早稲田大学探検部ではありませんが、信用できる方だと僕は思っています。

 早稲田大学探検部の後輩になる角幡唯介氏も八木原さんと一緒に活動をされていたようです。

 早稲田大学探検部も日本ヒマラヤ協会に多くのことを学び、

 今後の早稲田大学探検部の活動の糧にされていかかれば良いと思っています。

 僕の方こそ、今後も早稲田大学探検部関係者の皆様方と懲りずにお付き合いしていただければ幸いと思っております。

 吉澤さん以外にも早稲田大学探検部関係者の皆様の記事を読んでの感想などをいただければ僕も

 メールに返信している甲斐があります。

 早稲田大学探検部関係者の皆様からの記事を読んでの感想などをいただければ幸いです。

 上原

  以上のようなメールのやり取りを早稲田大学探検部32OBの吉澤基勝先輩としました。

  何かの参考になれば良いと思い、ブログに載せます。

  以上、「早稲田大学探検部アマゾン川川下り事故に関する吉澤基勝先輩とのメールでのやり取り」

  ブログに載せます。

 

 

2023年5月25日木曜日

「ヤップ島で出会ったデービスという若者へのインタビュー」

 「ヤップ島で出会ったデービスという若者へのインタビュー」

  先日、部屋の掃除をしていたら、僕が早稲田大学探検部1年生の時に行ったミクロネシア、ヤップ島について書いた文書が見つかりました。

   文書では、ヤップ島で出会ったデービスという25才の若者へのインタビューのような内容が書かれている文書が見つかりました。

  ヤップ島で出会ったデービスという25才の若者へのインタビューのような文書には以下のようなことが書かれていました。

  デービス

 本名 David Chineg(25)

    1982年 ハイスクール卒業

    2年間 ポナペの大学で教育学専攻

    小学校の教師を志すが、教師過剰のため失業中

  Q:一般にヤップの若者は現状に満足しているか?

 A:ハッキリと一般化することは出来ない。

   私の意見は外国の影響のもと、伝統文化にしがみついている訳にはいかないだろう。

   (質問を理解できなかったらしい)

   QF.S.MFederated States of Micronesia ミクロネシア連邦)についてどう思うか?

 A15年後に完全にアメリカから独立するが、果たして本当に独立できるかは分からない。

   Q:アメリカなしでやっているか?

 A:それは分からない。しかし、独立することは素晴らしい

   Q:自然の恵みが多くあるのでは?

 A:自然資源を利用するのも、アメリカの援助が必要だ。

  Q:アメリカに行きたいか?

 A:イエス。勉強のため。

  Q:将来はやはり先生になりたいか?

 A:それしかないだろう。だが、好きなのは政治学だ。

   Q:ソ連は知っているか?

 A:知っているが、きらいだ。なぜなら、社会主義に民主主義は無いからだ。

   Q:革命という言葉は知っているか?

 A:知らない。

  Q:ヤップの伝統文化が消えていくことはどう思うか?

 A:外国の影響のもと、生活様式は変わっていく。

   おそらく近いうちに伝統文化は形骸化するであろう。

    もう一歩、進んだ見地から見ると、アメリカの一部となるのではないだろうか。

    例えば、1970年代には机も椅子も服も伝統的なものだった。

    しかし、現在、1987年では、村の中でも西洋風のものはかなり目に付くようになった。

    10年後にはとても多くの家で、そのような生活用品を使うようになるだろう。

 Q:今、一番何が欲しいか?

 A:腕時計。とにかく仕事が欲しい。

   以上のようなヤップ島で出会ったデービスという25才の若者へのインタビューのような内容の文書が見つかりました。

  僕がヤップ島に行ったのは、早稲田大学探検部1年生の時で、まだ20才にもなっていない19才の時でしたが、自分より年上の25才の若者へインタビューしていたようです。

  僕には吃音(どもり)がありますが、どうやってインタビューしたのかは僕も覚えていません。

  インタビューでは、アメリカ統治下のミクロネシア連邦のことについて質問していました。

  アメリカの統治下のもと、ヤップ島の伝統文化が消えてしまうのではないかという意のことも質問していました。

  「革命」という言葉は知っているか?という意のことも質問していました。

  19才の早稲田大学探検部1年生の質問としては、かなりしっかりしたことを質問していたと思いました。

  以上、「ヤップ島で出会ったデービスという若者へのインタビュー」

  ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

  

   

2023年5月14日日曜日

「ブログのページビュー数が76万ページビューを超えていた」

 「ブログのページビュー数が76万ページビューを超えていた」

   今日、ブログのページビュー数を見ていたら、76万ページビューを越えていました。

   ブログのページビュー数はチェックしています。

   キリの良い数字になったので、ブログに書いておこうと思います。

   75万ページビューを超えていたのが、320日なので、約55日で1万ページビューくらいあったようです。

   今までに書いたブログ数が3370ブログなので、1ブログ、226ページビューくらいあったようです。

   僕はプロではなくド素人のアマチュアのブロガーなので、ぺージビュー数も少ないブロガーですが、ページビュー数は気になっています。

   今日、ブログのページビュー数を見ていたら76万ページビューを越えていたので、ブログを書いておきます。

    以上、「ブログのページビュー数が76万ページビューを超えていた」

    ブログに載せます

2023年5月12日金曜日

「ヤップ島の子供たち」

 「ヤップ島の子供たち」

  先日、部屋の掃除をしていたら、僕が早稲田大学探検部1年生の時に行ったミクロネシア、ヤップ島での生活について書いた文書が見つかりました。

  文書では、ヤップ島の子供たちのことについて書いている文書が見つかりました。

 ヤップ島の子供たちのことを書いている文書には以下のようなことが書かれていました。 

 俺がヤップ島に行った時はちょうど夏休みだったので、子供たちは一日中家にいた。

 とにかく向こうの子供たちは、よく遊び元気である。

 俺のような奴のところにも近づいてきて、笑っては逃げていくのであった。

 みんな学校が大好きだと言っていた。

 どんな遊びがあるかと聞いてみると、バスケットボール、バレーボール、フットボール、野球と期待にそむく返事が返ってきた。

 彼らはアメリカ軍人にかなりあこがれているようだった。

 又、彼らはとてもよく家の仕事をする。

 親は子供に対しては厳しいようだった。

 (例 7才の少年が海(リーフ)で泳ぎ出してしまったとき、ボートから降ろして、そのまま先に行ってしまった。もう夕暮れであった。その後どうなったかは分からない)

  以上のような短い文書でしたが、ヤップ島の子供たちという文書がありました。

   ヤップ島の子供たちは元気でよく遊ぶことが書かれていました。

  以上、「ヤップ島の子供たち」

   ブログに載せます。

2023年5月9日火曜日

「2023年1月24日の浅井美香さんとのメールのやり取り」

 「2023124日の浅井美香さんとのメールのやり取り」

   僕に1万円をカンパしてくださった、早稲田大学探検部34OGの浅井美香さんからのメールを調べていたら、2023124日に、浅井美香さんとメールのやり取りをしていました。

  以下のようなメールのやり取りをしました。

 浅井美香さま

 こんにちは、早稲田大学探検部33OB上原和明です。

本日、郵便局で記帳してきたら、浅井さんからのカンパ1万円を確認しました。

1万円もカンパしていただき本当にありがとうございます。

浅井さんからの善意のカンパ1万円で、

早稲田大学探検部6OBの故岩崎雅典さんの作品、

「福島 生きものの記録」のDVDを購入して鑑賞するつもりです。

DVDを鑑賞したら感想を書いて、ネットに公開するつもりです。

本当に本当に1万円もカンパしていただきありがとうございます。

浅井さんもコロナ禍で大変だと思いますが、

お身体に気をつけてお過ごし下さい。

 上原和明 拝

 上原様

 わざわざご丁寧なご連絡をどうもありがとうございます。

学生時代にお世話になったお礼とお考えいただければと

思います。今、考えれば生意気なことばかり言っていました。

あの時代のことを誰かがまとめなければ、消えてしまうことを

上原さんがすべて記録してくださっているのです。

 また機会があればカンパさせてください。

 浅井美香

 以上のようなメールのやり取りを早稲田大学探検部34OGの浅井美香さんとしました。

 以上、「2023124日の浅井美香さんとのメールのやり取り」

 ブログに載せます。

 

 

 

2023年5月8日月曜日

「2023年1月9日の浅井美香さんからのメール」

 「202319日の浅井美香さんからのメール」

  僕に1万円をカンパしてくださった、早稲田大学探検部34OGの浅井美香さんからのメールを調べていたら、202319日に、浅井美香さんから僕のメールアドレスにメールが届いていていました。

  以下のようなメールが届いていました。

  上原さん

 こんばんは。ご無沙汰しています。

  ブログを読んでいます。こんなにたくさん書いていらしたとは知りませんでした。大変な労力と思います。いろいろ思い出すこともたくさんあります。懐かしい写真も見つけました。今から思い出すと学生時代は良い日々だったなと思うことしきりです。もうあの頃に戻れないと思うとちょっと感情的になりそうです。

  数年前に上原さんがインドの川を下ったのを読みました。ご活動を全く知りませんでした。大変な体験をされたのですね。

  それにしてもブログを書くのにそんなにお金がかかるとは知りませんでした。

   近いうちにカンパしたいと思います。ころなのせいで仕事が完全に復活するのにまだ数年かかりそうですが、なんとか少しずつ働いています。少しずつカンパできたらなと思っています。

   たくさんありすぎて読むのに時間がかかりそうですが、楽しませていただきます。たくさん書いてくださってありがとうございます。

 浅井美香

 このメールに対する僕からの返事のメールは以下のようなメールでした。

 浅井さま

 おはようございます、上原です。

浅井さん、メールをくださりありがとうございます。

カンパに賛同してくださりありがとうございます。

実はブログだけではなく、

東日本大震災にあたって早稲田大学探検部関係者の書かれた著作や

その他、早稲田大学探検部関係者に勧められて読んだ東日本大震災、原発関連の本を

読むのがとても大変でした。

早稲田大学探検部関係者が原発に反対しているので、

僕も福島第一原発事故について法的視点からブログを書いていて、

そのブログを書くのにとても苦労しました。

経費が400万円以上というのは本当です。

浅井さんもコロナ禍で大変なようですが、可能な範囲でカンパしてくだされば幸いです。

もし、カンパをいただければ、大切に使わせていただきます。

ダメな先輩を持ち、後輩の方も苦労させてしまいますが、可能な範囲でカンパしてくだされば幸いです。

どうぞよろしくお願い致します。

 上原 和明 

 以上のようなメールを僕は返信しました。

 202319日の早稲田大学探検部34OGの浅井美香さんとのメールのやり取りをブログに載せます。

 以上、「202319日の浅井美香さんからのメール」

 ブログに載せます。

 

 

 

 

2023年5月7日日曜日

「ヤップ島の女たち」

 「ヤップ島の女たち」

  先日、部屋の掃除をしていたら、僕が早稲田大学探検部1年生の時に行ったミクロネシア、ヤップでの生活について書いた文書が見つかりました。

  文書では、ヤップ島の女性たちのことについて書いている文書が見つかりました。

 ヤップの女たちのことを書いている文書には以下のようなことが書かれていました。

ヤップの女たち

女たちは、ふだんは何をしているかというと、日本同様家事である

 家のそうじ、食事の用意、ハンドバックを編んだりしている。

 ヤップ島の女性の編んだハンドバックはこちら

 


 それが一段落すると、昼間でも昼寝をして、おしゃべりをしたりしている。

 何かたわいもないことで、笑っているようである。

 又、若い女は、恋にあこがれており、日本同様、いい男を探すことが一番の目的らしい。

 彼女たちは、外国人に対してシャイであり、あまり話をしたがらなかった。

 やはり、思春期というものは万国共通のものだろうか?

  以上のような短い文書でしたが、ヤップ島の女たちという文書がありました。

  万国共通で、思春期の若い女たちは、いい男を探すことが一番の目的らしいと僕が思っていることがこの文書を読むと分かります。

  以上、「ヤップ島の女たち」

  ブログに載せます。

 

 

 

 

 

2023年5月5日金曜日

「ヤップでの生活 ある1日 漁」

 「ヤップでの生活 ある1日 漁」

  先日、部屋の掃除をしていたら、僕が早稲田大学探検部1年生の時に行ったミクロネシア、ヤップでの生活について書いた文書が見つかりました。

  文書では、ヤップ島での生活のある1日のことを書いてありました。

 漁に行ったことを書いている文書でした。

 ヤップでの生活 ある1日 漁

 朝7時半起床。タロイモとバナナとココナッツの朝食を摂る。

 9時にビットマップとともに漁に出かける。

 船は長さ34mくらいの船で日本製のエンジンをつけている。

 ゆっくりと20分ぐらい、進んだあと、深さ50㎝ぐらいのところで降りる。

 そこに網を100メートル以上にわたって仕掛ける。

 潮の満ち干きを利用して魚を捕るそうである。

 網をかけ終わったのが、だいたい1030分頃。

 とにかく、仕事をするのが遅い。

 これから何をするのかと思うと、網の長さが足りないところから魚が逃げないように、何度も往復している。

 人間が泳ぐことによって魚が近づかないそうである。

 俺は何もすることがないので、海に入り泳ぐ。

 12時頃、家から持ってきたパンを食べさせてもらう。

 陸から捕ってきたココナッツを飲む。

 潮がかなり干き始め、魚が少しかかり始めた。

 一匹、一匹、やすでさして、捕っている。

 魚は30㎝~50㎝ぐらいで、大して大きくない。

 太陽がSUN SUNと照りつけ、まことに暑い。

 午後3時頃、暑さに耐えきれずに陸に上がり、木陰で昼寝をする。

 彼らは、まだ飽きずに魚を捕っている。

 午後4時半頃、完全に潮が干き、網をとる。

 今日の魚の収穫は50匹程度だ。

 午後5時半頃、ピットマックの家へ帰り、今捕ってきた魚を油で揚げて食べる。

 なかなかうまい。

 その後、ドラム缶の水で体を洗い、寝床に入ったのが午後9時半頃である。

 蚊に攻め立てられ、眠れない。

 暑くて汗が出てきて、眠れない。

 とても地上の楽園とは思えない。

 以上のような文書がありました。

 ヤップ島での漁について行ったことを書いていたようです。

 日本から見ると、ミクロネシアなどの南洋諸島とかは地上の楽園のように言われることあるようですが、実際に現地に行った人間(僕)からすると、とにかく暑くて、蚊も多く出て、寝苦しい地だったようです。

 ヤップ島に関して書いていた文書が見つかったのでブログに載せます。

 以上、「ヤップでの生活 ある1日 漁」

 ブログに載せます。