「防災庁発足に想う」
両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。
心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が同居して介護しています。
介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。
僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、ニュースに触れては、こうして文章にしています。
今日、令和8年11月2日に、防災庁が発足しました。
南海トラフ巨大地震などの巨大災害の際の司令塔として機能する組織だそうです。内閣直属で、職員は前身の内閣府防災部門の1.6倍となる352人。初代防災相は細野豪志復興相が兼務し、「総合政策」「災害事態対処」「防災計画」「地域防災」の4部門を置く。事前防災から復旧・復興までを一元的に担い、各省庁への勧告権も持つという。
日本海溝・千島海溝地震や南海トラフ地震を想定した地方拠点「防災局」も将来設置される方針です。
ニュースを見ながら、僕はふと考えました。
1995年の阪神・淡路大震災から、今年2026年の令和8年熊本地震まで、31年間の間に最高震度7の地震が8回起きているのです。
阪神・淡路、新潟県中越、東日本大震災、熊本地震(前震と本震で2回)、北海道胆振東部、能登半島、そして今年の熊本。
平均すると、およそ4年半に1回は、震度7という最も強い揺れが日本のどこかを襲っている計算になります。
僕は2011年5月、東日本大震災の直後に東北へボランティアに行きました。泥かきをしながら、ただただ無力感に打ちのめされたあの感覚が、今も忘れられません。
介護をしている今、父や母がもし大きな揺れに見舞われたら、どうなるのか。避難所の環境、二次被害、行政の対応の速さ。そんなことを、日々考えながら暮らしています。
だからこそ、防災庁の発足で、災害時の危機対応が少しでも早まるのではないかと思っています。
司令塔が一つになり、事前の備えから応急対応、復旧・復興まで一貫して指揮できるようになれば、現場の混乱が減り、支援が届くまでの時間が短くなるかもしれない。勧告権で省庁横断の動きがスムーズになれば、これまでに指摘されてきた縦割りの弊害も改善されるかもしれない。
もちろん、組織ができればすべてが解決するわけではないことはわかっています。自然の前では、人間の力は本当に小さい。でも、少しでも被害を減らし、少しでも早く日常を取り戻せるようにする仕組みは、必要なのだと思います。
文京区の道を歩きながら、今日のニュースに触れながら、こうして書いています。
地道にコツコツと、諦めずに。
ブログを更新し続けるように、僕らも、支え合っていきましょう。
防災庁が、本当に災害時の「早まる」対応を実現できることを、一介のブロガーとして願っています。
Don't give up
11月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて
以上、「防災庁発足に想う」
ブログに載せます。