2021年12月2日木曜日

「水が去る学部、法学部に在籍し卒業していて」

 「水が去る学部、法学部に在籍し卒業していて」

  僕は、早稲田大学在学中は法学部に在籍していました。僕は早稲田大学法学部を卒業しています。

  法学部の「法」という漢字は、さんずいに去るという字の組み合わせです。

 「法」とは水が去るという意味になるのだと思います。

  僕は、早稲田大学在学中は法学部に在籍するとともに、探検部にも在籍していました。

  探検部では川下りもして、僕も世界的な激流、インドブラマプトラ川川下りを経験して川下りの報告書に「ブラマの水の味」という感想のような報告のような文章を書いています。

  インドブラマプトラ川川下りについては、昨年、インド人ジャーナリストにも取材され、ホワイトウォーター(白い水)というタイトルの記事が作られました。

  僕は早稲田大学探検部関係者のことを考えて、早稲田大学探検部OB番号3301からの早稲田大学探検部関係者への僕からのメッセージは、331日の僕のツイート(331日のツイートでTwitterを固定しています)で紹介している記事を早稲田大学探検部関係者に是非読んでいただきたいというメッセージであることを表明しています。

   一方で僕は2011年の311日に起きた東日本大震災を経験して、福島原発事故のことについて東電の刑事的法的責任を問う、「刑法刑事訴訟法と福島原発事故」というブログも書いています。

  早稲田大学探検部の名の通った先輩方が原発に反対する本を書かれていて、僕も早稲田大学探検部時代に青森県六ヶ所村に原発の村を探る活動をしていて、僕も原発のことには大きな関心があるので、僕の早稲田大学時代に在籍していた学部、法学部のゼミ、刑事法のゼミのことを思い出して、福島原発事故の東電の刑事責任を問う「刑法刑事訴訟法と福島原発事故」というブログを書いています。

 「法」という字を信用すれば、水が去るということになるのだと思います。

  僕が早稲田大学法学部卒を名乗る限り、水は去って行くことになるのだと思います。

  僕が法学部卒を名乗る限り、水は去ることになるのだと思います。

  このまま、僕が早稲田大学法学部時代に勉強した刑法の知識を生かして、福島原発事故のことを考えていくのか、僕が早稲田大学探検部時代に経験したインドブラマプトラ川川下りのことを思い出して早稲田大学探検部のことを考えていくのか僕の残り少ない人生の分かれ道だと思っています。

  僕が早稲田大学在学中に法学部に在籍していて法学部を卒業していてTwitterのプロフィールで早稲田大学法学部卒を名乗っていることが良いことなのかを自分で考えてみました。

  以上、「水が去る学部、法学部に在籍し卒業していて」

 ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年11月28日日曜日

「チベットその魅力」

 「チベットその魅力」

  僕が早稲田大学探検部2年生の時に隊長を務めたチベット探査計画書の文章をブログに載せたいと思います。

 「チベットその魅力」という文章です。

  以下のような文章でした。

  チベットの魅力は数を挙げればきりがないが、そのなかでも最もひかれるものは、その桁外れにでかい大自然である。世界の屋根と呼ばれるチャンタン高原が北にひかえ、南にはエベレストを頂点とするヒマラヤ山脈がそびえ立つ。ここが大昔海であった言われてもイメージがわかない。又、インダス川やガンジス川等の大河もチベットに源流を持つ。地図をひろげ、これらの大河がインドの大地をうるおしアラビア海やベンガル湾に流れ込むこと思うと理屈抜きに感慨深いものがある。この様なチベットの大自然の雄大さ、荘厳さを自らの目で見れる事は、至高のよろこびに違いない。このチベットの美しさを日本の人々に伝えるためにも、今回の探査では多くの写真を撮ってきたいと思っている。

  以上が僕がチベット探査計画書に書いた「チベットその魅力」という文章です。

  ブログに載せておきます。

 

 

 

 

「‘88 夏 チベット探査計画書 はじめに」

 「‘88 夏 チベット探査計画書 はじめに」

  僕が早稲田大学探検部2年生の時に隊長を務めたチベット探査隊の計画書の文章をブログに載せたいと思います。

  最初は、導入の「はじめに」という文章です。

  以下のような文章でした。

 「はじめに」

  コンゴへの大遠征隊もほとんどのメンバーが帰国し、探検部もようやく落ち着いてきた中、今夏の海外プロジェクトの一つとして計画されたのが私たちのチベット探査である。チベットと言えば昨年の幹事会でコンゴと共に、2大プロジェクトに決定され、昨年の春に木村先輩、坂下先輩が、夏に中島先輩、後藤、斉藤がそれぞれ探査を行っており探検部にとってもなじみの深いフィールドである。過去の先輩方は政治問題や、遊牧民の生活調査などについて、しっかりした視点からアプローチをしており、その業績は私たち後輩の立場から見ると驚嘆するものがある。そのような探検実績のあるフィールドを、私たちが今回活動の場として選んだ理由は、当初は単なる行きたいという好奇心からのみであった。しかし、先輩の報告記録を読んだり聞いたりしていくうちに、チベットがいかに魅力的なものであり、先輩方が力を注いできたかがわかり、先輩方の探査の不十分な点を補足するような活動もしたいと思っている。今回の目的は、基本的にカイラスに到達することであるが、先輩方の資料のおかげでチベットに関する予備知識が豊富にあるので、カイラスまでの行程の中、又、カイラスに着いてからも、チベット人の生活や、3月に暴動が起きて以来門を閉ざしているチベットの状況など、あらゆる事に対し貪欲に目を向け、できるかぎり多くの情報を集めてきたいと思っている。

  以上が僕が早稲田大学探検部2年生の時にチベット探査計画書に書いた「はじめに」という文章です。

 ブログに載せておきます。

 

 

 

 

 

 

2021年11月26日金曜日

「昔の神田川生活時代の隣人のこと」

 「昔の神田川生活時代の隣人のこと」

  僕は若い頃(20代の頃)新宿区戸山のワカサ荘という4畳半のアパートに住んでいました。

  藤尾潔さんというライターの方が早稲田大学おもしろ話という本に書いている通り、僕の部屋の隣に当時40過ぎだった中年おじさんが住んでいました。

  4年以上隣だったので、隣人のことは良く知っています。

  生まれは東京都港区青山。出身高校は東京都立九段高校。高校の頃は柔道をしていたようです。大学は早稲田大学法学部中退。所属していた学生運動のセクトは民青のようです。

  僕がワカサ荘に住んでいた頃は、新宿区東五軒町にある本の取次会社トーハンで働いていました。

  僕は住んでいたアパートから歩いて5分くらいの、日誠堂書店という本屋さんで働いていました。

  風呂に入りに行っていた銭湯は金泉湯(僕は松の湯に行っていました)

  買い物は戸山の大久保通り沿いにある生協に行っていました。生協のメダルを持っていました。(僕も生協の会員になり、生協のメダルを持っていました。)

  兄弟は男2人兄弟で、お兄さんがいたようで、次男坊です。(僕も男2人兄弟で次男坊です)

  東京都生まれで、高校も都立高校で大学も早稲田大学法学部で、僕と似たような道を歩んでいた方だったようです。

  おそらく現在ではもう高齢で、昔のようには働けないと思いますが、ご自分の好きな本とか読んで人生を楽しんでいられると思います。

 何年か前に高田馬場で偶然遭遇して、少し話をしました。

 パソコンを導入したとのことで、FacebookやLINEなどのSNSのことも話しました。

 類は友を呼ぶというのか、同じような志向の人間は何の偶然か、隣人になったりするようです。

  昔の神田川生活時代の隣人のことをブログに書いておきます。

  以上、「昔の神田川生活時代の隣人のこと」

  ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

2021年11月24日水曜日

「一緒にブラマプトラ川川下りに行った関口君にはいい人から先に逝くんですねと言われていた」

 「一緒にブラマプトラ川川下りに行った関口君にはいい人から先に逝くんですねと言われていた」

  僕は新宿区の戸山に一人暮らしをしている頃に統合失調症に罹りました。

  僕が統合失調症になって、僕が実家に戻ってから、僕と一緒にインドブラマプトラ川川下りに行った関口君と会いましたが、関口君と会った際に、

  関口君に「いい人から先に逝くんですね」と言われました。

   実は関口君のフロンティアボートクラブ時代の同期の方は川で川下り中に亡くなっています。

   僕も関口君とフロンティアボートクラブで同期だった方のお通夜に行きました。

   関口君には探検冒険行為をして亡くなった方が身近にいて、死が身近にありました。

  そのようなことからも、関口君の口から、

 「いい人から先に逝くんですね」との言葉が出たのだと思います。

  僕が統合失調症に罹ってから関口君に

 「いい人から先に逝くんですね」と言われていたことを思い出したのでブログを書いておきます。

  以上、「一緒にブラマプトラ川川下りに行った関口君にはいい人から先に逝くんですねと言われていた」

 ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

2021年11月23日火曜日

「僕と一緒にブラマプトラ川下りに行った関口君は音羽の熱海湯という銭湯に行っていた」

 「僕と一緒にブラマプトラ川下りに行った関口君は音羽の熱海湯という銭湯に行っていた」

  僕と一緒にインドブラマプトラ川下りに行った関口君は、大学卒業時NHKに合格していましたがNHKに就職せずに早稲田界隈のアパートに住んでいました。

  関口君は一人暮らしをしている頃に、北アルプスに行き山で遭難しました。

  遭難して大ケガをして足にボルトも入れました。

  その後、関口君は、江戸川橋にある駐車場で、駐車場の管理人のアルバイトをしていたことがありました。

  江戸川橋にある駐車場でアルバイトしているときに、関口君は江戸川橋の駐車場の近所にある音羽の熱海湯という銭湯に風呂に入りに行っていました。

  音羽の熱海湯は今ではありませんが、僕も昔は文京区の水道に住んでいたので音羽の熱海湯には良く行っていました。

  僕と一緒にインドブラマプトラ川下りに行った関口君が音羽の熱海湯に風呂に入りに行っていたことをブログに書いておきます。

 以上、「僕と一緒にブラマプトラ川下りに行った関口君は音羽の熱海湯という銭湯に行っていた」

 ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

2021年11月22日月曜日

「JAXAではサイボウズでスケジュールを立てていた」

 「JAXAではサイボウズでスケジュールを立てていた」

  僕は統合失調症に罹ってからJAXAで働きました。

  JAXAには1週間で34日通っていましたが、パソコンでサイボウズというソフトでスケジュールを立てていました。

 サイボウズとは、ボウズ=坊主(僧侶)を意味するらしいです。

  僕は坊主(僧侶)ではありませんが、坊主を意味するサイボウズでJAXA勤務のスケジュールを立てていました。

  JAXAに通っていた頃には、銀杏企画セカンドにも通っていて旅行とかに参加していたと思います。

  JAXAで、サイボウズで立てたJAXA勤務の予定表をプリンターでプリントアウトして、僕が当時通っていった銀杏企画セカンドにFAXで送って、銀杏企画セカンドに通所する日を知らせていたと思います。

  僕がJAXAではサイボウズでスケジュールを立てていたことをブログに書いておきます。

以上、「JAXAではサイボウズでスケジュールを立てていた」

 ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年11月21日日曜日

「JAXAでは水の電気分解とかの実験をしていた」

 「JAXAでは水の電気分解とかの実験をしていた」

  昨日もブログに書きましたが、僕は統合失調症に罹ってから、JAXAで働きました。

  JAXAは調布市にあり、僕の家から飯田橋まで歩いて行って飯田橋駅からJR中央線に乗って三鷹まで行き、三鷹からバスに乗ってJAXAまで通っていました。

  僕は当時も睡眠薬、抗不安薬を飲んでいたので、電車の中とかバスの中で居眠りしてしまったこともありました。

  何とか通っていたJAXAで何をしていたかという、水の電気分解とかの実験をしていました。

  水を電気分解して、水素と酸素にする実験とかを行っていました。

  Excelに何か実験結果を記していたのを覚えています。

  僕はもともと文系の人間で、理系の分野である水の電気分解とかの実験をしても分からないことも多くありました。

  ただ、僕も当時はお金が欲しかったので、自分の中で分からないことも多い水の電気分解の実験とかをJAXAでしていました。

 僕がJAXAで水の電気分解とかの実験をしていたことをブログに書いておきます。

 以上、「JAXAでは水の電気分解とかの実験をしていた」

 ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年11月20日土曜日

「WindowsのパソコンはJAXAで覚えた」

 「WindowsのパソコンはJAXAで覚えた」

  僕はWindowsのパソコンはJAXAで覚えました。

  僕が統合失調症に罹り、銀杏企画に入所した際に、早稲田大学探検部時代の僕の同期生、SさんがJAXAに勤めていて、Sさんが、わざわざ銀杏企画に見学に来て、JAXAで働かないかと誘われました。

  僕はJAXAで働くまでは、マッキントッシュのパソコンを使っていました。

  一人暮らしをしていた頃もマッキントッシュのパワーブックというノートパソコンを使っていました、僕が統合失調症に罹り、実家に戻ってからもマッキントッシュのI  Macを自宅で使っていました。

  JAXAで働くようになってから、ウィンドウズのパソコンを覚えました。

   MS-DOSのパソコンはパソコン通信によるデータベースの検索の仕事をしていた際に使っていましたが、ウィンドウズのグラフィカルユーザーインターフェイスのパソコンは使ったことがありませんでした。

  JAXAJAXAに勤めている人にDELLのノートパソコンのクーポン券をもらい、DELLのノートパソコンを購入して、WordExcelなどを覚えました。

  ウィンドウズもマッキントシュもそれほど変わらないというのが僕の正直な感想です。

  ただ、会社などではWindowsを使っているので(ソフマップでもWindowsのパソコンを使っていました)、Windowsのパソコンを覚えた方が仕事をする際には役に立つようです。

  僕がJAXAWindowsのパソコンを覚えたことをブログに書いておきます。

 以上、「WindowsのパソコンはJAXAで覚えた」

 ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年11月17日水曜日

「記録すること記憶することも大切だが、早稲田大学探検部では探検実績がより大切になってくると思っている」

 「記録すること記憶することも大切だが、早稲田大学探検部では探検実績がより大切になってくると思っている」

  僕は早稲田大学探検部では記事を書いたり、本を書いたりして自分たちの探検冒険活動を記録し、記憶に定着させることも大切だと思っています。

  しかしながら、僕は記録すること、記憶することよりも、早稲田大学探検部ではどのような探検冒険活動をしたのかの探検実績がより大切になってくると思っています。

  探検冒険活動をしている方々の中には、文章を書くのが苦手な人もいると思うし、自分の活動を文章などの形で記録し、記憶に定着させるのが不得手な人もいると思っています。

   特に探検冒険活動をしているときは必死なので、自分の行っている活動がどのようなものかを表現しようとか考えずに活動している方々も多いと僕は思っています。

  僕は記録すること記憶することも大切だと分かった上であえて早稲田大学探検部ではどのような探検冒険行為をしたのか探検実績がより大切になってくると思っています。

  きちんとした探検実績のある早稲田大学探検部関係者の言うことを聞いて早稲田大学探検部も活動されて行かれれば良いと思っています。

   以上、「記録すること記憶することも大切だが、早稲田大学探検部では探検実績がより大切になってくると思っている」

  ブログに載せます。