2026年10月17日土曜日

「10月16日の緊急地震速報誤報を想う」

 「10月16日の緊急地震速報誤報を想う」

 僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、ニュースに触れては、こうして文章にしています。

 両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母の介護、世話をしながら、統合失調症で幻聴の症状のある58歳の僕が文京区の家で暮らしています。右手のマウス腱鞘炎をこらえながらキーボードを打ち、近所を歩きながらスマホの万歩計の歩数を確認する日々です。それでも、今日も書きます。

 2026年10月16日午後0時40分頃、気象庁が緊急地震速報(警報)を発表しました。千島列島を震源とするマグニチュード9.9の巨大地震が予測されるとして、北海道から東北、関東、北陸、甲信、東海、伊豆諸島にかけて強い揺れが想定されると報じられたのです。東日本大震災の22倍の規模の地震の緊急地震速報が出ました。

 僕のスマホも鳴り、防災無線も流れて、僕は大きな地震が起きるのだろうかとNHKを見ていました

 しかし、わずか8分後の午後0時48分に、その警報は取り消されました。実際に発生したのは、カムチャツカ半島付近を震源とするマグニチュード6.9(速報値)の地震で、北海道函館市で震度1を観測しただけ。強い揺れはなかったのです。緊急地震速報の警報が正式に取り消されたのは、制度開始以来初めてだと聞きました。

 気象庁の説明によると、システムが震源を千島列島に決定し、マグニチュードを9.9と過大に推定したことが原因だそうです。本来マグニチュードの計算と震度予測に使う震源は同一であるべきなのに、今回は異なっていた。実際の震源より北東に約680キロ離れた地点で規模を計算し、より日本に近い別の地点を震源として震度を予測した。遠方の地震に国内用の計算式を適用したことや、観測点が北海道内に限られ精度が落ちること、ソフトウェア処理上の問題も指摘されています。記者会見で謝罪があり、詳細は調査中とのことです。

 僕は2011年5月、東日本大震災の直後に東北へボランティアに行きました。泥かきをしながら無力感に打ちのめされたあの感覚が、蘇ります。緊急地震速報は、命を守るための大切な仕組みです。それが誤って鳴り、取り消される。尚且つ地震の規模を表すマグニチュードは世界観測史上最大のマグニチュード9.9でした。

 多くの人が一瞬、恐怖と混乱に襲われたでしょう。特に高齢者や、介護の現場にいる人々にとっては、精神的な負担も大きかったはずです。父や母のことを思いながら、僕はそう感じました。

 気象庁は「サイバー攻撃ではない」「外部からのアクセスはなかった」と否定しています。システム担当者からの報告に基づくものだそうです。

 しかし、僕のような素人ブロガーからすると、疑問が残ります。気象庁のシステムが、万が一、サイバー攻撃によって乗っ取られた可能性は本当にゼロなのでしょうか。重要なインフラが標的にされる時代です。外部アクセスが確認されなかったとしても、巧妙な侵入や内部的な脆弱性があった場合、すぐに分かるものではないかもしれません。過去に講じた対策が機能しなかったという指摘も出ています。遠方地震の観測の難しさは理解できますが、なぜここまで極端な過大推定が起きたのか。ソフトウェアの処理段階での異常が、本当に単なるバグなのか。それとも、意図的な介入があったのか。

 僕は陰謀論を信じたいわけではありません。ただ、国民の命に関わるシステムが、一度でも誤作動を起こしたとき、徹底的な検証と透明性のある説明が必要だと思うのです。気象庁が「外部からのアクセスなし」と明言したのは事実として受け止めます。それでも、「可能性もある」と公に検討し、専門家や第三者による調査を進めるべきではないでしょうか。システムの脆弱性が露呈した今こそ、再発防止と技術的な強化が求められます。

 文京区の静かな道を歩きながら、僕はそんなことを考えました。自然災害そのものは防げません。でも、人間の作った仕組みの失敗は、改善できるはずです。東日本大震災から15年近く経った今も、備えの大切さを痛感します。

 地道にコツコツと、諦めずに。ブログを更新し続けるように、気象庁も、僕らも、命を守る仕組みを磨き続けましょう。誤報で驚いた皆さん、本当に大変でしたね。被災地や防災に携わる方々の尽力に、東京から連帯の思いを送ります。

Don't give up

10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「10月16日の緊急地震速報誤報を想う」

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2026年10月16日金曜日

「ブログページビュー130万ページビュー達成」

 「ブログページビュー130万ページビュー達成」

 今日、僕のブログのページビュー数を確認していたら、僕のブログのページビュー数が130万ページビューを超えていました。

 ブログを開設したのが2011年2月です。ブログ開設から14年8ヶ月で100万ページビューを達成しています。

 120万ページビューを達成したのが2026年9月11日なので今日は2026年10月16日なので、35日で10万ページビューあったようです。

 このところ、僕のブログがものすごいペースで読まれています。

 自分でも驚いています。

 僕のブログのページビューの推移を見てみると以下のような感じになります。

 20万ページビューを超えたのが2017年8月27日でした。

 30万ページビューを超えたのが2018年8月29日でした。

 40万ページビューを超えたのが2019年9月16日でした。

 50万ページビューを超えたのが2020年11月21日でした。

 60万ページビューを超えたのが2021年7月31日でした。

 70万ページビューを超えたのが2022年8月13日でした。

 80万ページビューを超えたのが2023年10月23日でした。

 90万ページビューを超えたのが2025年6月14日でした。

 100万ページビューを超えたのが2025年10月13日でした。

 110万ページビューを超えたのが2026年3月27日でした。

 120万ページビューを超えたのが2026年9月11日でした。

 そして、今日、2026年9月11日、に130万ページビューを超えました。

地道にコツコツとブログを書き続けてきて良かったと思っています。

 時にはブログなんて書いても何のいいこともないし、もうブログなんてやめようかと思ったことも何度もありました。それでも、何か一つのことを諦めずに地道にコツコツと続けていればそのうち良いこともあるだろうという気持ちで、地道にコツコツとブログを書いてきました。

素直に、一つの数字として、ブログの累計ページビュー数が130万ページビューを達成したことは嬉しいです。

今まで書いたブログ数が3481ブログなので1ブログ、373ページビューくらいあるようです。

 僕は報酬を貰わずに、無給で3000以上のブログを書いているプロではなくド素人のアマチュアの本当に拙いブロガーなので、ぺージビュー数も少ないブロガーですが、ページビュー数は気になっていました。

 プロ志向の多い早稲田大学探検部関係者の中で、僕は報酬を貰わずに無給で3000以上ブログを地道にコツコツと書くアマチュアのブロガーですが、アマチュアの希望になれるようにこれからも諦めずに頑張ってブログを書いていこうと思っています。

今日、ブログのページビュー数を見ていたら130万ページビューを越えていたので、ブログを書いておきます。

 毎回、毎回、同じことを書いてしまいますが、僕のブログの読者の方々には心より感謝いたします。これからも懲りずに僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

 以上、「ブログページビュー130万ページビュー達成」

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2026年10月14日水曜日

「文京区地域安心生活支援事業に正式に契約し、これから短期宿泊が出来るようになった」

 「文京区地域安心生活支援事業に正式に契約し、これから短期宿泊が出来るようになった」

毎回、毎回、同じことを書きますが、僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。

心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が同居して介護しています。介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

今日、2026年10月14日水曜日、文京区の地域安心生活支援事業の短期宿泊支援事業に、正式に契約しました。

これで、これから短期宿泊が出来るようになります。

文京区のこの事業は、主に精神障害の方を対象にしていて、家庭の事情などで一時的に家で生活しにくくなったときに、区が委託する社会福祉法人が宿泊場所を用意してくれるものです。僕は文京区民で、精神障害2級なので、事前に登録・契約をして利用できるようになりました。

正直に言うと、両親の介護の負担が、もう限界の状態です。精神科の主治医、ケアマネジャーにも伝えています。

父は血液検査のBNPの数値が高く、少し歩くだけで息が上がり、心不全の状態が続いています。母も脊柱管狭窄症、関節リウマチで身体が思うように動かず、日常のことが大変です。僕自身も幻聴が出たり、体調が不安定な日がありながら、食事を用意し、往診の立ち会いをしたり、家の中の世話を続けています。一日が終わると、頭も身体も重い。ゆっくり休む時間を、ほとんど取れていません。

だから、この短期宿泊を利用して、時々、一人で静かに過ごす時間を持ちたいと思いました。

家を少し離れて、ただ横になったり、自分のペースで過ごしたりする。それだけで、また介護に戻れる力が少し戻る気がします。両親を置いてくることには、もちろん後ろめたさもあります。でも、無理をして倒れてしまえば、結局、誰もが困ることになります。少しずつでも、息を整えることが必要なのだと思います。

契約したことで、いざというときに使える選択肢が一つ増えました。

まだ具体的にいつ利用するかは決めていません。でも、「使える」という状態になっただけで、少し心が軽くなった気がします。介護を続けながら、自分も無理をしすぎないようにする。そういう意味で、肯定的に捉えています。

僕は報酬をもらわずに、無給でブログを書き続けているド素人のアマチュアです。それでも、こうして日々の小さな変化を書いておくことで、自分の気持ちを整理しています。

これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

Don't give up

10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「文京区地域安心生活支援事業に正式に契約し、これから短期宿泊が出来るようになった」

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2026年10月11日日曜日

「今朝の朝日新聞朝刊の記事を読んで、父の心不全を心配している」

 「今朝の朝日新聞朝刊の記事を読んで、父の心不全を心配している」

毎回、毎回、同じことを書きますが、僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、記事を読んではこうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。

心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が同居して介護しています。介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

今朝、朝日新聞の朝刊を読んでいたら、「心不全パンデミック、超高齢社会の課題 悪化・回復重ね介護も、早めの発見に血液検査のすすめ」という記事が載っていました。富山大学の絹川弘一郎教授が関わっている記事です。

心不全は、心臓のはたらきが低下して息切れなどの症状があらわれる状態で、高齢者に多くみられ、高齢化に伴い患者が増えると見込まれていて、「心不全パンデミック」とも呼ばれるそうです。全国に約120万人いて、今後も増える見込みだと書いてありました。悪化と回復を繰り返しながら、介護も必要になっていく、という内容でした。早めの発見に血液検査をすすめる、という話も出ていました。

この記事を読んで、父のことを思いました。

父は最近の血液検査で、BNPが1221でした。正常値がだいたい18.4以下で、200を超えると心不全の可能性が高いと言われる数値だと聞いています。1221というのは、かなり高い数字です。心臓にかなり負担がかかっている、ということだと思います。

訪問リハビリの際に、6分間歩行をすると、心拍数が140まで上がります。6分間歩いただけで、脈がそこまで上がってしまう。父は5分くらい歩くと息が上がる、という状態です。心拍数の危険な数字は220-年齢だそうで、父は93歳なので、127です。頻脈の状態も良くない状態です。

記事を読んでいると、胸が締めつけられるような気持ちになりました。

超高齢社会で、心不全の人が増えていく。父もその一人です。悪化と回復を重ねながら、在宅で介護を続けている。血液検査で早めにわかる、というのは、すでにわかっている僕たちには、少し切ない話です。

父は、住み慣れた家で過ごしたいと言います。僕も、できる限りそうしてあげたいと思っています。でも、BNPが1221で、少し歩いただけで心拍数が140になる状態を見ていると、心配になります。

朝日新聞の記事には、早期発見の大切さが書いてありました。父の場合は、すでにわかっている状態です。それでも、数字を見て、リハビリの様子を見て、こうして文章にしていると、改めて心配になります。

僕は報酬をもらわずに、無給でブログを書き続けているド素人のアマチュアです。介護の合間に、こうして書くことしかできません。

今朝の朝日新聞朝刊の記事に

「心不全パンデミック、超高齢社会の課題 悪化・回復重ね介護も、早めの発見に血液検査のすすめ」

という記事が載っていて、記事を読んで僕が思ったことをブログに書いてみました。

これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

Don't give up

10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「今朝の朝日新聞朝刊の記事を読んで、父の心不全を心配している」

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2026年10月6日火曜日

「ThinkPadのタッチパッドが効かなくなり、基板を交換して直ったことに驚いている」

 「ThinkPadのタッチパッドが効かなくなり、基板を交換して直ったことに驚いている」

毎回、毎回、同じことを書きますが、僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。

心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の次男である僕が同居して介護しています。介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながらXでポストしたり、ブログを更新しています。

そんな僕が毎日使っているパソコンは、レノボのThinkPad X9-15 Gen1 Aura Editionです。バッテリーの持ちが良くて、外出先でも長時間の作業が出来るので、本当に助かっています。一日に何千字も入力している僕にとっては、もう欠かせない道具です。

ところが先日、そのThinkPadのタッチパッドが、急に効かなくなりました。

カーソルが動かない。クリックしても反応しない。外付けのマウスを繋いで凌いでいましたが、キーボードのすぐ下にあるタッチパッドが使えないのは、やはり不便です。設定を確認したり、再起動を何度もしたりしましたが、まったく直りませんでした。

「もう寿命なのかな」と、少し諦めかけていました。

サポートに電話をしたら先週修理に来て、タッチパッドを交換しましたが、直らず、基板が原因ということで、基板を交換することになり、今日、再び修理に来ました

基板を取り替えました。部品を交換するだけで直るのか、半信半疑でした。ThinkPadは昔から修理しやすいと聞いたことはありましたが、自分の使っている機械で、基板を交換して直るとは思っていませんでした。

基板を交換したThinkPadのタッチパッドは、普通に動きました。

カーソルが素直についてくる。クリックも効く。まるで何もなかったかのように、元通りです。

正直、驚きました。

基板を交換しただけで、こんなにきれいに直るものなのかと。パソコンの中の、見えない部分の故障が、部品の入れ替え一つで直ってしまう。長年、キーボードを打ち続けてきた機械が、また使えるようになったことが、妙に嬉しかったです。

僕は報酬をもらわずに、無給でブログを書き続けているド素人のアマチュアです。ページビュー数も少ないブロガーですが、このThinkPadがあるから、介護の合間にでも文章を残すことが出来ます。タッチパッドが効かなくなって困っていた数日間を思うと、基板を交換して直ったことに、素直に感謝しています。

機械も、人も、壊れたり調子を崩したりします。でも、直せるところは直して、また使い続けていく。そういうことなのかもしれません。

これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

Don't give up

10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「ThinkPadのタッチパッドが効かなくなり、基板を交換して直ったことに驚いている」

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2026年10月4日日曜日

「朝日新聞朝刊の(読者と記者のbe会議)で、繰り返し読む本の1位が夏目漱石、2位が司馬遼太郎だったことに賛成する」

 「朝日新聞朝刊の(読者と記者のbe会議)で、繰り返し読む本の1位が夏目漱石、2位が司馬遼太郎だったことに賛成する」

毎回、毎回、同じことを書きますが、僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、ふと心に残る記事に触れては、こうして文章にしています。

今朝の朝日新聞朝刊に、「(読者と記者のbe会議)繰り返し読む本はありますか?」という記事が載っていました。読書の秋です。アンケートでは「ある」が1120人、「ない」が1189人と、ほぼ真っ二つに分かれていたようです。そのなかで、繰り返し読む本として夏目漱石が1位、司馬遼太郎が2位だった、と記事は伝えていました。

僕は、この結果に賛成です。

根拠は、ほかでもありません。僕自身が、夏目漱石も司馬遼太郎も読んできたからです。

漱石は、若い頃に『坊っちゃん』を手に取り、そのあと『こころ』や『行人』を読み返しました。一度読んで終わり、という本ではありません。年齢を重ねるたびに、登場人物の息づかいの聞こえ方が変わります。冗談のあいだに、ふと重いものが落ちてくる。文京区の静かな道を歩きながら、昔読んだ一節が頭に浮かぶことがあります。繰り返し読むに値する文章だと、今も思います。

司馬遼太郎も同じです。『竜馬がゆく』は僕は小石川高校時代に夢中になって読んでいました。一度読み終えても、またページを開きたくなります。人物が意志を持って時代のなかを歩いている。へこたれない。事をなそうとする。介護で落ち着かない日が続いても、そうした本を開くと、少し肩の力が抜けます。歴史を扱いながら、読んだあとに前を向かせてくれるところがある。だから、繰り返し手に取る人が多いのだろうと思います。

漱石が1位、司馬が2位。この順番にも、僕はうなずきます。漱石は、人間の内側を、繰り返し確かめずにはいられない文章を残しました。司馬は、時代と人の歩みを、何度でもたどりたくなる物語にしました。どちらも、本棚に戻したあとで、また引き戻される本です。朝日の読者アンケートが、その二人を上位に置いたのは、不思議ではありません。

僕はプロの書き手ではありません。早稲田大学探検部33期のOBとして、報酬をもらわずに、地道にコツコツとブログを書いてきただけの人間です。それでも、自分が実際にページをめくってきた本についてなら、こうして一言は書けます。繰り返し読む本がある、と答えた1120人の気持ちは、よく分かります。

読書の秋です。新しい本との出会いもよいけれど、一度読んだ本をもう一度開くことも、悪くありません。漱石を、司馬を、また読んでみたいなと思う今朝の朝日新聞朝刊の記事でした。

これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

Don't give up

10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「朝日新聞朝刊の(読者と記者のbe会議)で、繰り返し読む本の1位が夏目漱石、2位が司馬遼太郎だったことに賛成する」

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2026年10月2日金曜日

「中部電力の耐震データ不正で刑事告発をしたことに賛成する」

 「中部電力の耐震データ不正で刑事告発をしたことに賛成する」

毎回、毎回、同じことを書きますが、僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、胸が締めつけられるようなニュースに触れては、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。心不全で要介護2の父と、脊柱管狭窄症や関節リウマチで要介護1の母を、幻聴の症状のある統合失調症で精神障害2級を抱える次男の僕が同居して介護しています。右手のマウス腱鞘炎をこらえ、文京区の静かな道を歩きながら、スマホの万歩計をチラチラ見て、頭の中は浜岡原発のことでいっぱいです。

2026年9月29日、市民団体や研究者らが、中部電力の勝野哲会長(同日付で辞任)らを、偽計業務妨害の疑いで東京地検に刑事告発しました。代理人の河合弘之弁護士は「1回の出来心ではなく長期間の組織的な不正。原発の安全の基礎を揺るがす事件で、強制力のある刑事手続きで追及されるべきだ」と記者会見で述べています。

僕はこの刑事告発に、はっきりと賛成します。

浜岡原発3号機・4号機の再稼働審査で、耐震設計の根幹になる基準地震動の評価が、不適切な方法で行われていました。乱数で作った多数の地震波から、平均値に近いものを代表波として選んだと説明していたのに、実際には都合のよい波を選び、それが平均値に近づくように残りを後からそろえていた。遅くとも2012年以降、こうした行為が続き、社内で問題視する声や内部通報も上がっていたのに、改められなかった。2025年5月に規制庁の調査が始まってからも、69ケースでデータを書き換えていた、と報じられています。

9月14日に公表された調査委員会の報告書は、虚偽説明や隠蔽とも言える行為があったと指摘し、早期再稼働への重圧のなかで「独自の正当化理論」が社内に広がっていたと認定しました。原子力規制委員会の山中委員長は「安全に直接関わる審査データのねつ造案件」と厳しく批判しています。中部電力は9月25日に審査申請を取り下げ、林欣吾社長と勝野会長は9月30日付で辞任しました。

辞任と申請取り下げは当然です。でも、それで終わりにしてはいけないと思います。

原発の耐震データは、御前崎の人たちの命に直結する数字です。南海トラフの震源域のすぐ近くに立地する浜岡で、基準地震動を小さく見せるような操作をしていたとすれば、それは「裁量の範囲」では済まない。安全の前提そのものを、審査する側に対して偽っていたことになります。河合弁護士が言うように、強制力のある刑事手続きで事実を明らかにするべき事案です。

僕は早稲田大学探検部33期のOBです。学生時代は山を歩き、未知の場所で仲間と困難を乗り越えてきました。あの頃から思っているのは、危ない場所では、数字をごまかさないこと、隠さないこと、です。地震の国で原発を動かすなら、なおさらです。

「結果として安全性に問題はない」という言い方は、聞いているこちらが不安になります。問題がなかったかどうかは、正しいデータで、外部から検証できて、初めて言えることです。都合のよい波を選び、説明と違う計算をし、調査が始まってからも書き換えていたのでは、信頼の土台が崩れています。

刑事告発は、誰かを叩くためのものではありません。組織の中で声を上げても届かなかった事実を、司法の場で確かめるためのものです。告発した市民や研究者の判断を、僕は支持します。

これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

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10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「中部電力の耐震データ不正で刑事告発をしたことに賛成する」

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2026年9月30日水曜日

「9月は1日平均5455歩歩いていたようだ

 「9月は1日平均5455歩歩いていたようだ」

スマホの万歩計を確認していたら、僕は、9月は163650歩、1日平均、5455歩歩いていたようです。

 3年前、文京シビックセンターで行われた文京区の特定保健指導では1日1万2千歩歩くことが目標になっていますが、1日7千歩程度で十分だと自分では思っています。

9月は8月に比べると歩いた歩数は大幅に減っています。

両親の訪問診療、訪問歯科、訪問看護、訪問リハビリの対応で、家に居なければならずに、なかなか外出できません。自分の精神科訪問看護も週2回あり、散歩をする時間もなかなか作れません。

尚且つ、秋の長雨で天気も悪くて外出する機会も大幅に減っています。

3年前の健康診断では体重が74キロもあり、メタボリックシンドロームだと診断されて、文京区の特定保健指導を受けましたが、74キロもあった体重が、一昨年の文京区の健康診断では、体重を測ったら、65キロになっていましたが、昨年の健康診断では体重は69キロと昨年に比べて4キロも増えていました。今年の健康診断では体重は68キロくらいです。

 少しずつ、歩く歩数を増やしていき、体重を落とさないといけないと思っています。

1日5500歩程度では歩く歩数が足りないと思うので、 一日8千歩の散歩を目標にして歩く歩数を増やして来月は歩こうと思っています。

少しずつ外出する機会を増やして、徐々に歩く歩数を増やしていこうと思っています。

これから天気も少しづつ良くなっていくと思うので、徐々に散歩する歩数を増やしていこうと思っています。

 スマホの万歩計を確認していたら、僕は、9月は163650歩、1日平均、5455歩歩いていたようなのでブログを書いておきます。

以上、「9月は1日平均5455歩歩いていたようだ」

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2026年9月22日火曜日

「台風25号の被害を悼む」

 「台風25号の被害を悼む」

毎回、毎回、同じことを書きますが、僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、胸が締めつけられるようなニュースに触れては、こうして文章にしています。

令和8年9月21日、大型で強い台風25号(ドゥージェン)が関東に接近しました。千葉県勝浦市の南を北東へ進み、伊豆大島では24時間降水量が680ミリを超え、9月の観測史上1位を大幅に更新する記録的な大雨となりました。気象庁は東京都大島町にレベル5の土砂災害特別警報を発表し、ピーク時には関東・東海の1都5県で約190万人に避難指示が出されました。

22日朝には台風は日本の東の海上へ抜けましたが、土砂崩れが相次ぎました。現時点で確認されている死者は15人(千葉県10人、神奈川県5人)です。神奈川県横須賀市では64歳の女性が自宅に流れ込んだ土砂に巻き込まれて亡くなり、三浦市でも複数の住宅が土砂に埋まりました。千葉県では袖ケ浦市で道路の復旧作業をしていた51歳の男性が油圧ショベルごと土砂崩れに巻き込まれて死亡し、山武市と鴨川市でも高齢の女性が家屋の倒壊で命を落とされています。鴨川市ではさらに2人の男性の行方が分かっていません。停電はなお4万軒以上残り、佐倉市などでは冠水も発生しています。印旛沼では堤防が決壊し大規模な冠水が発生しています。

台風25号は激甚災害に指定される見込みになっています。

僕は2011年5月、東日本大震災の直後に東北へボランティアに行きました。泥かきをしながら、ただただ無力感に打ちのめされたあの感覚が、今また蘇ります。形は違えど、災害が奪うものはいつも「当たり前の日常」なのです。

母は要支援2で脊柱管狭窄症と関節リウマチを抱え、父は心不全で要介護2。僕自身も統合失調症で精神障害2級を抱え、右手のマウス腱鞘炎をこらえながら、文京区の静かな道を歩き、両親の介護の合間にキーボードを叩いている一介のブロガーです。遠くない関東の同じ空の下で起きた惨事なのに、僕にできることはこうして書くことだけです。

台風25号で亡くなられた方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。遺されたご遺族、今も捜索と復旧に当たられている方々、避難所で不安な夜を過ごされている方々に、東京の文京区から連帯の思いを送ります。

忘れないことが、僕たちにできる、せめてもの「悼み」のかたちではないでしょうか。

地道にコツコツと、諦めずに。ブログを更新し続けるように、被災地の皆さんも、僕らも、支え合っていきましょう。

Don't give up

9月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「台風25号の被害を悼む」

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2026年9月20日日曜日

「東日本大震災関連書籍の紹介サイトのページビュー200万ページビューを超えていた」

 「東日本大震災関連書籍の紹介サイトのページビュー200万ページビューを超えていた」

 東日本大震災関連書籍の紹介サイトのページビューを確認していたら、ページビューが200万ページビューを超えていました。

 本を紹介するサイトで、これだけページビューがあると、僕も本意です。

 東日本大震災関連書籍の紹介サイトのページビュー数が100万ページビューを超えたのが、2022年4月12日だったので、約4年5ヶ月で、100万ページビューあったことになります。

本の内容はシビアな内容の本が多いので、読むのも大変な本も多くありますが、皆さんが関心を持たれている本が掲載されているのだと思います。

  ネットを見ているより、本を読んだ方が良いし、本に興味がある方も多くいらっしゃるのだと思います。

 僕の書いている本を読んでの感想も読まれているようです。

 東日本大震災関連書籍の紹介サイトのページビューが200万ページビューを超えていたので、ブログに書いておきます。

 以上、「東日本大震災関連書籍の紹介サイトのページビュー200万ページビューを超えていた」

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