2026年11月8日日曜日

「東日本大震災関連書籍の紹介サイト300万ページビュー超え解説」

 「東日本大震災関連書籍の紹介サイト300万ページビュー超え解説」

 両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。

心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の59歳の次男である僕が同居して介護しています。

介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けています。

 Xの人工知能Grokに

 「ブロガーの上原和明が作った「東日本大震災関連書籍」の紹介サイト https://www.myougavalley.com/ の累計ページビュー数が300万ページビューを超えました。 この数字について、解説してください。」

 と質問してみました、すると以下のような回答が返ってきました。

累計300万ページビューは、個人運営のニッチな専門サイトとしてはかなり大きな数字です。 特に、エンターテインメントではなく「東日本大震災関連書籍」という重いテーマを、約12年以上にわたって一人で蓄積してきた成果として意味があります。

 サイトの概要

 運営者: ブロガーの上原和明さん(早稲田大学法学部卒・早稲田大学探検部33期OB、統合失調症、精神障害2級、59歳、両親の介護をしながら活動)。

 開始時期: 2014年3月頃から、文京区立図書館などを活用して本格開始。

 内容: 東日本大震災(地震・津波・原発事故・復興など)に関する書籍を一冊ずつ紹介。要約や感想を掲載。投稿数は約3845件で、これまで紹介した冊数は3500冊以上と本人が述べています。

 運営形態: 無給の個人活動。経費は400万円以上かかったと本人が明かしています。X(旧Twitter)(@uedon1103)でもリンクを積極的に投稿しています。

 300万PVの具体的な数字(本人ブログより)

 上原和明さん自身が2026年11月7日付のブログで報告しています。

 累計ページビューが300万を超えた。

 200万到達は2026年9月20日で、その後約48日で100万増加。

 投稿数3845件に対し、1投稿あたり約780ページビュー。

これは「累計」なので、サイト開設からの延べ閲覧回数です。ユニークユーザー数(実人数)はそれより少なくなりますが、1投稿あたり780PVという平均は、個々の書籍紹介ページが一定の検索流入を継続的に得ていることを示しています。

この数字の意味

長期的な関心の持続を示す 

   震災から15年近く経っても、関連書籍への需要が消えていないことを表しています。書籍は絶版になることも多く、図書館や古書店でも探しにくいため、このサイトが「事実上の公開書誌・読書ガイド」として機能していると考えられます。

個人プロジェクトとしては異例の規模 

一般的な個人ブログが生涯で数万〜数十万PVに留まる中、ニッチで重いテーマで300万に到達したのは、地道な蓄積と検索エンジンからの流入(特定の書籍名で検索された際にヒットする)が効いているためです。最近の加速(2ヶ月弱で100万)は、AI要約の活用や継続的な更新、SNS発信の効果も考えられます。

運営者の背景を踏まえた意義 

上原さんは介護と自身の健康問題(マウス腱鞘炎など)を抱えながら更新を続けています。

上原和明さんの名前を冠したブログ、上原和明のブログ「Don't give up」も2026年10月16日時点で累計130万PV超と述べており、一貫した発信活動の成果の一つです。

要するに、「一人のブロガーが、膨大な震災関連書籍をアーカイブし、結果として300万回以上閲覧された」という事実は、災害の記憶や教訓を後世に残す活動として一定の価値がある数字と言えます。興味があれば、サイト本体や上原さんのブログを直接ご覧になるのが一番正確です。

以上のような回答が返ってきました。

Xの人工知能Grokに

「ブロガーの上原和明が作った「東日本大震災関連書籍」の紹介サイト https://www.myougavalley.com/ の累計ページビュー数が300万ページビューを超えました。 この数字について、解説してください。」

と質問してみたので回答をブログに載せます。

以上、「東日本大震災関連書籍の紹介サイト300万ページビュー超え解説」

ブログに載せます。

 

 

2026年11月7日土曜日

「東日本大震災関連書籍の紹介サイトのページビュー300万ページビューを超えていた」

 「東日本大震災関連書籍の紹介サイトのページビュー300万ページビューを超えていた」

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。

心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の59歳の次男である僕が同居して介護しています。

介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けています。

 今日、僕が作った東日本大震災関連書籍の紹介サイトのページビューを確認していたら、ページビュー数が300万ページビューを超えていました。

 本を紹介するサイトで、これだけページビューがあると、僕も本意です。

 東日本大震災関連書籍の紹介サイトのページビュー数が200万ページビューを超えたのが、2026年9月20日だったので、わずか48日で、100万ページビューあったことになります。

 僕も驚いています。9月20日からわずか48日で、100万ページビューもあったことになります。

本の内容はシビアな内容の本が多いので、読むのも大変な本も多くありますが、皆さんが関心を持たれている本が掲載されているのだと思います。

今までアップした本の投稿が3845なので本一冊の投稿につき780ページビューくらいあるようです。

  ネットを見ているより、本を読んだ方が良いし、本に興味がある方も多くいらっしゃるのだと思います。

 僕の書いている本を読んでの感想も読まれているようです。

 東日本大震災関連書籍の紹介サイトのページビューが300万ページビューを超えていたので、ブログに書いておきます。

 以上、「東日本大震災関連書籍の紹介サイトのページビュー300万ページビューを超えていた」

ブログに載せます。

2026年11月6日金曜日

「コロナ貸し付けの回収不能に想う」

 「コロナ貸し付けの回収不能に想う」

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。

心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の次男である僕が同居して介護しています。

介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、ニュースに触れては、こうして文章にしています。

今日のニュースで、新型コロナ禍で経営に打撃を受けた福祉・医療施設向けの国の貸し付けが、2025年度末までに143億円(453件)回収不能になったと報じられていました。

福祉医療機構が実施した「コロナ対応支援資金」で、会計検査院が調べたところ、貸付先の破綻などで実質的に回収が見込めなくなった分がそれだけあったという話です。

別途、破綻等で回収困難な分が918億円にも上っているとの報道もありました。

これを読んで、コロナ禍の頃のことを思い出しました。

緊急小口資金や生活福祉資金の特例貸付も、莫大な金額が回収不能になっています。

生活困窮者向けのコロナ特例貸付は総額1兆4431億円規模で貸し付けられ、その3割から4割超が返済免除となり、回収不能になったという数字が、以前から報じられていました。

今もさらに膨らんでいるようです。

如何にコロナ禍が日本を苦しめ、困窮した人たちが多かったのか。

数字を見ていると、胸が締めつけられるような気がします。

今日の往診の際に、父と母がコロナのワクチンを接種しました。

高齢の両親が、今もワクチンを打つ姿を見て、あの頃の不安がふと蘇りました。

僕自身も、コロナ禍の際に緊急小口資金を借りようと思ったことがあります。

結局借りませんでしたが、生活は苦しかったです。

仕事が減り、収入が減り、先が見えない日々が続きました。

それでも、借りる決断をするまでには至らず、なんとかやりくりして過ごしました。

あの頃、同じように苦しんでいた人たちが、どれだけいたことでしょう。

施設の経営が傾き、病院が困り、個人の家計が破綻寸前になった。

貸し付けが迅速に行われたのは、緊急時の措置としてやむを得なかったのかもしれません。

しかし、その後の回収不能額がここまで大きくなった事実は、コロナ禍がどれだけ深く人々の生活を蝕んだかを示しているように思います。

数字は冷たいですが、その一つ一つの背後に、困窮した人々の顔が見える気がします。

文京区の道を歩きながら、今日のニュースに触れながら、こうして書いています。

地道にコツコツと、諦めずに。

ブログを更新し続けるように、僕らも、支え合っていきましょう。

あの頃の苦しさを、忘れずに。

そして、少しでも前を向いて。

Don't give up

11月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「コロナ貸し付けの回収不能に想う」

ブログに載せます。

2026年11月5日木曜日

「アメリカ中間選挙でトランプ大統領の共和党が大敗した」

 「アメリカ中間選挙でトランプ大統領の共和党が大敗した」

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。

心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の59歳の次男である僕が同居して介護しています。

介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、ニュースに触れては、こうして文章にしています。

今日は令和8年11月5日。アメリカの中間選挙の結果が、ニュースで大きく報じられています。

トランプ大統領の共和党が、上下両院で大敗したというのです。民主党が上院でも下院でも過半数を奪い返し、テキサスやカンザス、サウスカロライナ、アイオワといった、これまで共和党の牙城とされていた州でも議席をひっくり返したと聞きました。カンザスでは1932年以来という民主党の上院議員が生まれたとも。

ニュースを見ながら、僕はふと考えました。

トランプ大統領の政治は、僕にはどうにも乱暴に映っていました。言葉の端々に攻撃的な響きがあり、相手を切り捨てるような物言いが多く、分断を深めるような方向に進んでいるように感じられてなりませんでした。

僕は一介のアマチュアブロガーで、アメリカの政治を深く知っているわけではありません。でも、遠く日本にいても、ニュースを通じて伝わってくる空気感に、胸がざわつくことがありました。力で押し切るようなやり方、相手を屈服させようとするような姿勢。そういうものが続くと、どこかで大きな反動が来るのではないかと、漠然と思っていたところです。

今回の中間選挙は、その反動が形になったようにも見えます。トランプ大統領自身は「自分が投票用紙に載っていれば地滑り的に勝っていた」と言っているようですが、有権者たちは、少なくとも今この時点で、ブレーキをかけようとしたのかもしれません。

もちろん、選挙の結果一つで、政治のすべてが変わるわけではないことはわかっています。大統領の任期はまだ残っていますし、司法や行政の中にはこれまで積み重ねてきたものもあります。それでも、議会で過半数を失えば、少なくとも一方的に進められることの範囲は狭まるはずです。乱暴な勢いに、少しでも歯止めがかかるなら、それで十分に意味のあることだと、僕は思っています。

介護の合間に、文京区の道を歩きながら、今日のニュースに触れながら、こうして書いています。

地道にコツコツと、諦めずに。

ブログを更新し続けるように、僕らも、支え合っていきましょう。

この中間選挙の結果が、トランプ大統領の乱暴な政治の暴走に、少しでもブレーキをかけるものであってほしいと、一介のブロガーとして願っています。

Don't give up

11月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「アメリカ中間選挙でトランプ大統領の共和党が大敗した」

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2026年11月4日水曜日

「神田運転免許更新センターで優良のゴールド運転免許証を更新してきました」

 「神田運転免許更新センターで優良のゴールド運転免許証を更新してきました」

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の次男である僕が同居して介護しています。介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、Xでポストしたり、ブログを更新しています。

今日、令和8年11月4日、神田運転免許更新センターで運転免許証の更新をしてきました。早稲田大学在学中に取得した、優良、ゴールドの運転免許証です。

神田運転免許更新センターは、千代田区内神田の東京都産業労働局神田庁舎にあります。文京区に住む僕にとっては、比較的近い場所です。丸ノ内線大手町駅A2出口から出て、鎌倉橋を左折して少し歩いたところにある警視庁の運転免許証更新センターです。更新料は3350円でした。

運転免許証は早稲田大学法学部に在学していた頃に取得した免許証です。当時は、探検部の活動で色々な場所に出かけたり、普通に車を運転したりしていました。あれから何十年も経ち、車を購入するほどの経済的余裕も無く、ほとんど車の運転をすることが無いので、無事故無違反を続けてきた結果、優良のゴールド免許を維持できています。有効期間が長く、講習時間も短い。ほとんど車の運転はしませんが、地味ですが、コツコツと安全運転を続けてきた成果です。

更新の手続きを終え、新しいゴールドの免許証を手にしました。

これを機に、改めて思いました。

僕のX(@uedon1103)と、ブログ「Don't give up」も、優良、ゴールドの運転免許証と同じように、安全運転を心がけて、地道にコツコツと更新していこうと思っています。

Xやブログは、誰かに強制されるものではありません。一介のブロガーとして、無給で、介護の合間に書いているだけです。それでも、日々少しずつ更新を続ける。無理をせず、事故や違反を起こさないように、慎重に。ゴールド免許を維持するように、地道にコツコツと更新し続ける。

早稲田大学探検部33期OBとして、冒険や探検の精神は今も持っていますが、日常では安全第一です。免許証の更新と同じように、ブログもXも、優良、ゴールドの運転免許証を持っている人間のX、ブログであるように、安全運転で、継続していくことが大切だと思っています。

これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

Don't give up

11月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「神田運転免許更新センターで優良のゴールド運転免許証を更新してきました」

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2026年11月3日火曜日

「文化の日に、僕の誕生日を迎えて」

 「文化の日に、僕の誕生日を迎えて」

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の次男である今日で59歳になる僕が同居して介護しています。介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

今日は11月3日、僕の誕生日です。1967年11月3日、文化の日に東京都文京区で生まれて、齢を重ね今年で59歳になりました。

早稲田大学探検部33期のOBとして、学生時代は山に登り、川を下り、未知の土地を歩いてきました。あの頃の自分は「Don't give up」と軽々しく言えたかもしれません。でも今は、毎日が精一杯です。それでも、こうしてブログを書き続けているのは、諦めずにいるしかないからです。

11月3日は、1946年に日本国憲法が公布された日です。戦後の焼け野原の中で、新しい憲法が公布され、それが「自由と平和を愛し、文化をすすめる」日として、文化の日になりました。戦後の日本が、軍国主義ではなく、平和な文化国家になるようにとの願いが込められていたのだと、僕は理解しています。戦争放棄を宣言した憲法の精神を、ただの文字ではなく、日々の暮らしの中で少しでも生かしていきたい、そう思っています。

僕は報酬をもらわずに、無給でブログを書き続けているド素人のアマチュアブロガーです。プロの書き手ではありません。早稲田大学探検部の関係者の中には、文章を書いて報酬を得ている人が沢山いますが、僕はただ地道にコツコツと、介護の合間に書いているだけです。それでも、文化の日に生まれた僕は、日本が平和な文化国家であり続けるように、少しでも努めていきたいと思っています。文学や映画、絵画、音楽、写真を通じて、心の病気のことや、東日本大震災のこと、原発のこと、人の暮らしのことを、ありのままに書いていく。それが、僕にできる精一杯のことです。

文化をすすめるということは、派手なことではありません。毎日、両親の薬を確認し、米を研ぎ、夕飯の準備をして、掃除をして、疲れながらもキーボードを叩くこと。ニュースを読んで、胸が締めつけられるような出来事に触れて、それでも文章にすること。地道にコツコツと、諦めずに。ブログを更新し続けるように、僕も、日本が平和で文化を大切にする国であり続けるように、微力ながら努めていきます。

これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

Don't give up

11月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「文化の日に、僕の誕生日を迎えて」

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2026年11月2日月曜日

「防災庁発足に想う」

 「防災庁発足に想う」

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。

心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が同居して介護しています。

介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、ニュースに触れては、こうして文章にしています。

今日、令和8年11月2日に、防災庁が発足しました。

南海トラフ巨大地震などの巨大災害の際の司令塔として機能する組織だそうです。内閣直属で、職員は前身の内閣府防災部門の1.6倍となる352人。初代防災相は細野豪志復興相が兼務し、「総合政策」「災害事態対処」「防災計画」「地域防災」の4部門を置く。事前防災から復旧・復興までを一元的に担い、各省庁への勧告権も持つという。

日本海溝・千島海溝地震や南海トラフ地震を想定した地方拠点「防災局」も将来設置される方針です。

ニュースを見ながら、僕はふと考えました。

1995年の阪神・淡路大震災から、今年2026年の令和8年熊本地震まで、31年間の間に最高震度7の地震が8回起きているのです。

阪神・淡路、新潟県中越、東日本大震災、熊本地震(前震と本震で2回)、北海道胆振東部、能登半島、そして今年の熊本。

平均すると、およそ4年半に1回は、震度7という最も強い揺れが日本のどこかを襲っている計算になります。

僕は2011年5月、東日本大震災の直後に東北へボランティアに行きました。泥かきをしながら、ただただ無力感に打ちのめされたあの感覚が、今も忘れられません。 

介護をしている今、父や母がもし大きな揺れに見舞われたら、どうなるのか。避難所の環境、二次被害、行政の対応の速さ。そんなことを、日々考えながら暮らしています。

だからこそ、防災庁の発足で、災害時の危機対応が少しでも早まるのではないかと思っています。

司令塔が一つになり、事前の備えから応急対応、復旧・復興まで一貫して指揮できるようになれば、現場の混乱が減り、支援が届くまでの時間が短くなるかもしれない。勧告権で省庁横断の動きがスムーズになれば、これまでに指摘されてきた縦割りの弊害も改善されるかもしれない。

もちろん、組織ができればすべてが解決するわけではないことはわかっています。自然の前では、人間の力は本当に小さい。でも、少しでも被害を減らし、少しでも早く日常を取り戻せるようにする仕組みは、必要なのだと思います。

文京区の道を歩きながら、今日のニュースに触れながら、こうして書いています。

地道にコツコツと、諦めずに。

ブログを更新し続けるように、僕らも、支え合っていきましょう。

防災庁が、本当に災害時の「早まる」対応を実現できることを、一介のブロガーとして願っています。

Don't give up

11月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「防災庁発足に想う」

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2026年11月1日日曜日

「僕の母校、早稲田大学が全日本大学駅伝で16年ぶりに優勝した」

 「僕の母校、早稲田大学が全日本大学駅伝で16年ぶりに優勝した」

~令和の早大三羽がらすの加入で強くなった母校が、来年正月の箱根駅伝で三冠を狙う~

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けて、ニュースに触れては、文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が同居して介護しています。介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

今日は、僕の母校・早稲田大学が全日本大学駅伝で優勝したことを喜ぶブログを書きます。

僕は今日も文京区の静かな道を歩きながら、スマホの万歩計をチラチラ見つつ、頭の中は僕の母校、早稲田大学の駅伝のことでいっぱいです。

僕は両親の介護で忙しい合間を縫って、近所の散歩を続けながら、長時間のパソコン作業による右手のマウス腱鞘炎を抱えながら、マウス腱鞘炎をこらえ、パソコンを立ち上げ、パソコンに向かい、キーボードを叩いている一介のブロガーです。

ふとニュースを見ると、母校、早稲田大学が第58回全日本大学駅伝で優勝したという報せが飛び込んできました。5時間3分31秒の大会新記録での16年ぶり6度目の優勝。先日の出雲駅伝に続いての二冠達成です。僕は早稲田大学探検部33期OBとして、母校の臙脂色のユニフォームが再び頂点に立った姿を見て、胸が熱くなりました。

出雲では本田桜二郎(1年)や新妻遼己(1年)が区間賞を獲るなど大活躍し、大会新記録で16年ぶりの優勝。全日本でも本田桜二郎(1年)や増子陽太(1年)、新妻 遼己(1年)、「令和の早大三羽がらす」と呼ばれる黄金ルーキーたちが躍動して走り、早稲田の層の厚さを見せつけました。

平成の三羽がらす(花田勝彦さん、櫛部静二さん、武井隆次さん)を育てた瀬古利彦さんまで「令和の三羽がらすの方が上です」と断言するほどの逸材たちが、入学初年度からこれだけ結果を出すとは。平成の三羽がらすだった花田勝彦監督の下、伝統の「早稲田のエースは日本のエース」という精神がしっかりと受け継がれているのを感じます。

僕が早稲田大学に在籍していた頃から、競走部の活躍は嬉しく見守ってきました。早稲田大学を卒業してからもOBとして、ずっと応援してきました。長い低迷期を経て、令和の新戦力が加わったことでチームが一気に強くなった。出雲、全日本と連続優勝は、単なる勢いではなく、選手層の充実と監督・コーチ陣の指導、そしてOB・OGを含む早稲田全体の結束が生んだ結果だと思います。

来年正月の箱根駅伝。ここで優勝すれば、マラソン日本代表の大迫傑さんが競走部に在籍していらした頃の2010年度以来の大学駅伝三冠達成です。まだ先の話ですが、出雲と全日本を制した勢いのまま、箱根でも臙脂で染め上げてほしい。三羽がらすだけでなく、山口竣平や工藤慎作ら上級生も含めたチーム全体の底力で、往路・復路ともに勝ちきってほしいと願っています。

文京区の道を歩きながら思うのは、諦めなければ必ず結果はついてくるということです。早稲田大学競走部の選手たちも、長い道のりを地道に走り続けてここまで来ました。僕も一介のブロガーとして、地道にブログを更新し続けます。

母校のさらなる飛躍を、共に見守りましょう。

Don't give up 

早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「僕の母校、早稲田大学が全日本大学駅伝で16年ぶりに優勝した」

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2026年10月31日土曜日

「10月は1日平均7159歩歩いていたようだ」

 「10月は1日平均7159歩歩いていたようだ」

スマホの万歩計を確認していたら、僕は、10月は221956歩、1日平均、7159歩歩いていたようです。

 3年前、文京シビックセンターで行われた文京区の特定保健指導では1日1万2千歩歩くことが目標になっていますが、1日7千歩程度で十分だと自分では思っています。

10月は9月に比べると歩いた歩数は大幅に増えています。

10月も両親の訪問診療、訪問歯科、訪問看護、訪問リハビリの対応で、家に居なければならずに、なかなか外出できませんし、自分の精神科訪問看護も週2回あり、散歩をする時間もなかなか作れませんが、なんとか散歩する時間を見つけて、散歩をしていました。

3年前の健康診断では体重が74キロもあり、メタボリックシンドロームだと診断されて、文京区の特定保健指導を受けましたが、74キロもあった体重が、一昨年の文京区の健康診断では、体重を測ったら、65キロになっていましたが、昨年の健康診断では体重は69キロと昨年に比べて4キロも増えていました。今年の健康診断では体重は68キロくらいです。

 少しずつ、歩く歩数を増やしていき、体重を落とさないといけないと思っています。

1日8千歩の散歩を目標にして歩く歩数を増やして来月は歩こうと思っています。

これからも少しずつ外出する機会を増やして、徐々に歩く歩数を増やしていこうと思っています。

 スマホの万歩計を確認していたら、僕は、10月は221956歩、1日平均、7159歩歩いていたようなのでブログを書いておきます。

以上、「10月は1日平均7159歩歩いていたようだ」

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2026年10月30日金曜日

「文京区立小日向台町小学校の改築に反対する」

 「文京区立小日向台町小学校の改築に反対する」

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。
心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症、関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が同居して介護しています。
介護の合間を縫って、マウス腱鞘炎で右手の握力もあまり良くない中で、キーボードをカチカチ打ちながら、ブログを更新しています。

僕は文京区立小日向台町小学校の卒業生です。
東京都文京区生まれで、母校は文京区立小日向台町小学校、文京区立茗台中学校、東京都立小石川高校、そして早稲田大学法学部を卒業しました。
早稲田大学探検部33期のOBでもあります。
2011
年の東日本大震災以来、災害のこと、避難所のこと、防災のことを調べ続けています。
そんな僕にとって、母校の改築計画は、ただの学校の建て替え話ではありません。

文京区立小日向台町小学校は、現在、指定避難所として機能しています。
小日向台町町会や茗荷谷町会の皆さんにとって、いざという時の避難先です。
地震や火災、水害の時に、地域の人々が身を寄せる場所です。
学校では避難訓練も行われ、地域の防災訓練の会場にもなっています。
東日本大震災を経験し、その後の災害を調べてきた僕にとって、この「避難所」としての役割は、何よりも大切に思えます。

ところが、改築が始まれば、その避難所が使えなくなる期間が長く続きます。
老朽化した校舎を建て替える必要性は、わかります。
 しかし、工事の期間中、学校の敷地が使えなくなったり、仮設の施設に移ったりすれば、災害時に地域の人々が頼る場所が消えてしまう。
 文京区は都心で、広い土地が少なく、代替の避難所をすぐ確保できるわけではありません。
 近隣の学校や施設でカバーできると言うかもしれませんが、実際に災害が起きた時、人が殺到した時に、本当に機能するのか。
 僕は、東日本大震災関連のことを調べていて、避難所が足りなかったり、機能しなかったりした事例をたくさん見てきました。
 災害は、いつ来るかわかりません。
 改築の最中に大きな地震が起きたら、どうするのか。
 その不安を、僕は拭えません。

もう一つの大きな問題は、改築に長い時間がかかることです。
文京区の他の小学校の改築でも、7年を超える工期がかかっている事例があります。
敷地が狭く、仮校舎を敷地内に造らなければならない、埋蔵文化財の調査が入る、設計や工事の順番を丁寧に進めなければならない、小日向の狭い道に工事用の車両が入れない——理由はいろいろあるのでしょう。
 でも、結果として、子どもたちが何年も工事の騒音や仮設の環境の中で学び、地域の人々が何年も「いつまで続くのか」と不安を抱えることになります。
 保護者の方々からも、子どもの学びの環境への心配の声が出ています。
 僕自身はもう卒業して何十年も経っていますが、今通っている子どもたちや、その家族、地域の皆さんにとって、7年という歳月はとても長いです。
その間に、避難所としての機能が失われる期間も重なります。

僕は報酬をもらわずに、無給でブログを書き続けているド素人のアマチュアです。
早稲田大学探検部のOBとして、自然を愛し、未知の地を歩いてきた人間です。
探検部時代に、自然の厳しさと、人々の暮らしの脆さを、身をもって感じてきました。
 だからこそ、地域の安全を守る避難所が、何年も使えなくなることに、反対せざるを得ません。
 学校の改築は必要かもしれません。
 しかし、そのために、災害時に命を守る場所を長く失うことは、本末転倒ではないでしょうか。
 工期を短縮する方法を、もっと真剣に考えるべきです。
 代替の避難所を、確実に確保すべきです。
 子どもの教育環境を、これ以上長く犠牲にすべきではありません。

僕は一介のブロガーです。
介護の合間に、こうして書くことしかできません。
でも、母校であり、地域の避難所である小日向台町小学校の改築に、反対の声を上げたいと思います。
地道にコツコツと、諦めずに。
ブログを更新し続けるように、地域の安全も、諦めずに守っていきたいです。

これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

Don't give up

10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「文京区立小日向台町小学校の改築に反対する」
ブログに載せます。