2018年4月30日月曜日

「僕の知っている統合失調症患者の人はいろいろな人がいた」


「僕の知っている統合失調症患者の人はいろいろな人がいた」

 今朝の朝日新聞を読んでいたら精神疾患に関しての記事がありました。

 記事では統合失調症を患った方のことも多く書かれていました。

 僕も昔、精神障害者向けの作業所に入所していたことがあるので、精神疾患の方々のことは知っています。

 僕の知っている精神疾患、統合失調症の方々にはいろいろな方がいました。

 話をしてみると確かに偏った考えを持っていることもあるが、健常者と言われる人でも持っているような考えをしている人もいるし、話をしてみても自分の考えを上手く話せない人もいました。

 マスコミの犯罪報道で報道されるような、犯罪を犯すような方はあまりいなかったと思います。

 ただ、大きな話をしたがる人が多かったような気もしています。

 アメリカの大統領のこととか話している人もいたし、「原発」のことについて話がしたいと電話をしてくる人もいました。「憲法改正反対」とか言っている人もいたし、政治的なことにも関心がある方もいたようです。

 職場によってはあまり話さないようなことも話したがる人もいたようです。

 ただ考えようによっては、アメリカ大統領のことや、「原発」のことや、「憲法改正」のことも世間話で話をする人もいると思うし、日本の会社組織の職場が、政治的なことを、あまり話をしないので、精神疾患の人たちが窮屈な思いをしていることもあるのかと思います。

 仕事に興味があるというより、世の中で大きな話題になっていることを話したがる人がいたような気もします。

 時に鋭い意見を言ったりするので、何か特別な能力があるのかなとも思うこともあります。

 僕の知っている統合失調症とされる方々にはいろいろな方がいたと思っています。

 以上、「僕の知っている統合失調症患者の人はいろいろな人がいた」

 ブログに載せます。




 

 

 

 



 
 

 

 

 

 
 

 

 

 

2018年4月29日日曜日

「心の病気でも日々、何か書いていれば徐々に病気も良くなるような気がする」


「心の病気でも日々、何か書いていれば徐々に病気も良くなるような気がする」

 僕はブログで、心の病気(精神障害)と文化というテーマでブログを書いています。

 心の病気とされる方々が、健常者からすると訂正不可能な妄想とかを持っていることもあるのかと思います。

 普通の人からすると考えられないような妄想を持っていて、その妄想が社会的に危険だと見なされるような場合もあるのだと思います。

 僕は社会的に危険だと思われるような妄想を持っていたとしても、自分の妄想を何か書いていれば、徐々に心の病気も良くなるような気もしています。

 心の中に、良からぬ妄想を溜め込んでいると時に妄想が爆発してしまうようなこともあるのかと思います。

 妄想と現実の区別がつかなくなり、現実ではなく自分の妄想に従い行動してしまうこともあるかと思います。

 妄想を心の中に溜め込まないようにするには誰かに自分の妄想を話してみたり、自分の妄想を文章にして書いてみたりすることも良いと僕は思っています。

 自分の妄想を少しずつ心の中から出していくことも良いことのような気がしています。

 何か良からぬ妄想が心の中に充満していくと妄想の力が自分の中で強くなり、妄想に支配されるようになってしまうような気がします

 心の病気とされる方が、引きこもり系の方も多く、現実社会と上手く折り合って生きていけない方が多いのだと思いますが、自分の妄想を文章にしてみるとかすると少しずつ心の中の妄想を心の中から出していけるような気がします。

 僕は自分の妄想に従い行動してしまうよりも、自分の妄想を書くなりした方が良いと思っているので、ブログを書いてみました。

 以上、「心の病気でも日々、何か書いていれば徐々に病気も良くなるような気がする」

ブログに載せます。



 

 
 


 

 


 

 



 

2018年4月28日土曜日

「Amazonを使わなくても公立図書館で十分だと僕は思っている」


Amazonを使わなくても公立図書館で十分だと僕は思っている」

 僕は、本はAmazonで買うこともなく、地元、文京区立図書館にある本を借りて読んでいます。

 公立図書館にない本もあるのだと思いますが、僕はプロではないので、わざわざ、希少本をAmazonで購入しようとも思いません。

 公立図書館にある本を借りて読んでいても僕は十分だと思っています。

 活字文化を担っているプロの方々は、Amazonで本を売ることもあると思うし、Amazonを使うことも多いのだと思いますが、僕は素人なので、公立図書館にある本を借りて読むので十分です。

 Amazonを利用している方々にはAmazonを利用することのメリットがあるのだと思いますが、僕はAmazonを利用しなくてもそれほど不自由も感じていません。

 散歩をしていてもAmazonの段ボール箱を配達している人をよく見かけるし、Amazonは普及しているのだと思いますが、僕のような精神障害者はお金がないのでAmazonで買い物とかとするとお金がなくなってしまいます。

 僕のような精神障害者の素人のブロガーにとっては、Amazonを利用することもなく公立図書館にある本を借りて読んでいれば十分だと思いブログを書いてみました。

 以上、「Amazonを使わなくても公立図書館で十分だと僕は思っている」

ブログに載せます。



2018年4月27日金曜日

「創作でなく現場に出て取材しての作品とかならあまり妄想とかも出ないような気もする」


「創作でなく現場に出て取材しての作品とかならあまり妄想とかも出ないような気もする」

 僕は心の病気(精神障害)と文化ということを考えてブログを書いています。

 文化とは、文学のような文芸作品、映画などの映像作品、美術作品としての絵画とか、普段聴いている音楽とか、インスタグラムなどの写真など広義に考えています。

 僕が何故、ブログで心の病気(精神障害)と文化というテーマを選んだかというと、僕が昔、精神障害者の作業所に入所した経験があり、その時の経験から、いわゆる心の病気(精神障害)とされる方々が、文化活動をすると良い作品を作ったりする方々がいて、何らかの要因で、心の病気(精神障害)の方々の文化活動が阻害されて、能力が生かされていないような気がしているからです。

 文化作品とは、創作物になると、作者の妄想とか時には幻覚なども作品に反映されることもあるかと思います。

 文化作品とは自由な発想で作られているので、妄想あるいは幻覚も含めた作者の意識が作品に反映されると思います。

 医学的には心の病気とされる妄想、あるいは幻覚に対しても文化は許容します。

 医学的には治すべき、治療すべき、妄想、幻覚を作品に反映出来るのが文化活動です。

 僕自身が心の病気(精神障害)であることから、僕も頭の中に様々なことが思い浮かび、頭の中に思い浮かんだことを僕は文章という形にしていて、僕にとっては精神衛生上良いので、医学的には治すべきもの、治療すべきものである妄想なども、文化という分野では作品として成立すると僕は思っているからです。

 ただ、妄想などを嫌う人も多いと思うので、妄想をなるべく出さないようにするためには、創作ではなく、現場に出て取材して、現場の写真なども撮ってのリアリティのある作品作りをした方が良いのかもしれません。

 僕は早稲田大学在学中に探検部というサークルに所属して、様々な地に赴いた経験があり、写真を撮ったり、文章を書いたりもしています。

 探検冒険文化活動とは、様々な地に赴き、自分の感性で風景を切り取り、自分の感性に従い文章を書きます。

 現場に赴いた方が、妄想も出にくいと思うし、現場のことをリアルに表現しようとするので、リアリティも強く出てくると思います。

 妄想や幻覚などの医学的に心の病気とされるものを作品になるべく出さないようにするためにも現場に出ての取材のようなことをしての作品作りは良いことのように僕は思っています。

 以上、「創作でなく現場に出て取材しての作品とかならあまり妄想とかも出ないような気もする」

 ブログに載せます。





 

 


 

 





2018年4月26日木曜日

「8年以上Twitterをやっていて言葉を使い果たしてしまったような気がする」


8年以上Twitterをやっていて言葉を使い果たしてしまったような気がする」

 僕はTwitterを開設して今年で8年になります。

 8年以上Twitterをやっていて、僕の持っている言葉を使い果たしてしまったような気もしています。

 ツイート数も4万ツイートを超えたし、とても多くのツイートをしてきました。

 2014年からはブログも書き始めて、書いたブログ数も1400以上です。

 お金にもならないTwitterですが、かなり真面目にTwitterをやっていて僕も疲れてしまっているようです。

 時にはTwitterを開くのが辛い日もあるし、ツイートをしたり、ブログを書くのが辛い日もあります。

 Twitterに大きな力を注ぎ、疲れてしまっているようです。

 僕はもともと語彙が豊富な人間ではないし、言葉で何かをするということもありませんでした。

 それが8年前にTwitterを開設して、ツイートをしたり、ブログを書くようになり、僕の持っている言葉を使い果たしてしまったような気もしています。

 まだ僕は本を読んでいるから言葉も得られますが、自分の言葉はとっくに使い果たしてしまっているような気がしています。

 8年以上Twitterをやっていて、僕の持っている言葉を使い果たしてしまったような気もしているので、ブログを書いてみました。

 以上、「8年以上Twitterをやっていて言葉を使い果たしてしまったような気がする」

ブログに載せます。






 

 

 

 

 

 

 

 

2018年4月25日水曜日

「精神障害者になり冠婚葬祭に出席しなくて良くなり、その点は楽だ」


「精神障害者になり冠婚葬祭に出席しなくて良くなり、その点は楽だ」

 僕は30歳の頃に精神障害者になりました。

 それまでは、結婚式など冠婚葬祭に出席することも多くあり、いろいろと大変でした。

 精神障害者になり、冠婚葬祭に出席しなくて良くなり、その点では楽になりました。

 もう、体力、気力とも衰えているので、冠婚葬祭に出席しても何も出来ません。

 これからも自分のペースでブログなどを書き余生を過ごすことになると思います。

 面倒な人間関係から脱却して余生を過ごすことになると思います。

 以上、「精神障害者になり冠婚葬祭に出席しなくて良くなり、その点は楽だ」

ブログに載せます。



2018年4月24日火曜日

「本を読むよりブログを書く方が楽だ」


「本を読むよりブログを書く方が楽だ」

 僕は長い間、東日本大震災関連書籍を読んでいます。

 東日本大震災関連書籍には読むのも辛いような本が多くあり、本を読んでいると精神的にも辛くなるような本が多くあります。

 原発のことについて書かれている本でも、現政権の理不尽さを書いている本が多くあり、本を読むと、原発反対の考えになります。

 僕も長い間、東日本大震災関連書籍を読んでいて、本を読むより、自分でブログを書いていた方が精神的に楽なことが分かりました。

 自分の日々の雑感を書いていた方が、精神衛生上良いことが分かりました。

 時には、自分の辛い気持ちを吐き出すことも出来るし、自分が不満に思っていることも書けます。

 東日本大震災関連書籍を読むことがとても辛いことで、精神的にも負担になることが分かりました。

 特に僕のような心の病気(精神障害者)の人間にとっては、東日本大震災関連のことを考えることがものすごい大きな精神的負担になることも分かりました。

 僕が早稲田大学時代に所属していたサークル、探検部のOBの方々も、いわゆる震災本を書かれている方々が多いですが、本を読むとどうしても辛い気持ちになります。

 僕は東日本大震災関連書籍を読んでも感想を書いていて、本を読んでの自分の気持ちも書いているので良いですが、本を読んで本の世界にどっぷりと浸かってしまうとあまり良いこともないと思っています。

本を書いている人も人間だし、本を読んでいる人も人間です。

本に影響を受けることは悪いことだとは思いませんが、本を教科書のように丸暗記したりしても良いこともないと思います。

僕のような心の病気(精神障害)の人間にとっては、震災本を読むことが大きな精神的な負担にもなり、自分の病気をより悪化させる行為になることが分かりました。

もう東日本大震災から7年が経っています。

被災地の方々は本当に大変だと思いますが、心の病気(精神障害)の人間にとっては、震災本を読むことが大きな精神的な負担にもなることも分かりました。

自分の日々考えている雑感をブログに書いたりする方が、震災本を読むより精神衛生上良いことも分かりました。

長い間、自分で紹介している東日本大震災関連書籍を読んでいて、本を読むよりブログを書いていた方が楽だと思ったのでブログを書いてみました。

以上、「本を読むよりブログを書く方が楽だ」

ブログに載せます。



 





 


  

 

 

 



 


 
 

 


2018年4月22日日曜日

「高校時代のバスケットボール部の後輩に20年ぶりくらいに会った」


「高校時代のバスケットボール部の後輩に20年ぶりくらいに会った」

 昨日は、僕が小石川高校時代に在籍していた頃に所属していた部活動のバスケットボール部の後輩と20年ぶりくらいに会いました。

 Facebookでやり取りをしていたら、久しぶりに会おうということになって、江戸川橋界隈でお茶をしました。

 僕は高校時代のバスケットボール部は2年生の秋頃に辞めてしまっていったので、後輩もそのことを気にかけていたようです。

 後輩は、僕と同じく、小石川高校バスケットボール部で一年生の責任者をしていて、僕と同じ役職を担っていました。

 小学校も同じで、高校時代の帰り道も同じで、一緒に自転車で部活の後も帰っていました。

 良く知っている後輩ですが、昨日は後輩の本音も聞けて良かったです。

 後輩連中は、同期の集まりなどもあったようで、同期で集まったときの写真なども見せていただきました。
 
僕もお世話になった先生も写真に写っていて、僕も懐かしくなりました。

 僕も高校時代は、バスケットボール部に所属していたから、あれだけ運動をしてから、体力もついたし、精神力もつきました。

昔の高校生の頃は、少し厳しい部活動で、嫌だったこともありますが、今から思うと僕の中では楽しい思い出にもなっています。

 後輩と昔の高校時代のバスケットボール部の話をしていると、僕も高校時代が懐かしくなりました。

 今では昔のようには走ったり、ジャンプしたりすることも出来ませんが、記憶の中で、高校時代のバスケットボール部のことを思い出すと、僕も少し元気になりました。

 後輩は、今では本郷界隈で小学校の先生をしているとのことで、僕も機会があれば本郷界隈に行ってみようと思いました。

 後輩も教員人生で、いろいろなことがあり辛い思いもした経験もあるようで、僕が精神障害者だと自分から言っても、それほど驚きませんでした。

 後輩からは、またバスケットボール部の集まりがあれば先輩も来てくださいよと言われ、僕も今は時間があるので、大丈夫だが、精神障害者になってしまったこともあり、後輩たちが驚かないかとそれが心配だと言っておきました。

 昔の高校時代のことは懐かしのですが、今の僕の状況を考えてしまうと、後輩連中が僕に気を遣ってしまわないかと僕は思っています。

 今の状況抜きに、昔のことを楽しく話せるような集まりであれば、僕もバスケットボール部の集まりに参加してみても良いと思っています。

 昔の話に花を咲かせるような、集まりがあれば僕も是非参加してみたいと思いました。

 昨日は20年ぶりくらいに、高校時代のバスケットボール部の後輩に会ったので、ブログを書いてみました。

 以上、「高校時代のバスケットボール部の後輩に20年ぶりくらいに会った」

ブログに載せます。



 

 

 




 

 
 

2018年4月20日金曜日

「司馬遼太郎の、街道をゆく 本郷界隈 を読んで」


「司馬遼太郎の、街道をゆく 本郷界隈 を読んで」

 先日、文京区の図書館に行ってみたら、司馬遼太郎の「街道をゆく 本郷界隈」という本があったので読んでみました。

 活字も大きめの本で読みやすく、文章も司馬遼太郎の文章なので、一気に読めました。

 司馬遼太郎が、東京大学のある本郷界隈を歩いて、ルポルタージュ形式で、文章を書いています。
 
 司馬遼太郎らしく、資料集めもきちんとしていて、なおかつ、資料もきちんと読んでいて、本の中で、資料からの引用、借用も多くある本です。

 「街道をゆく 本郷界隈」では、本郷の地理的なことについても書かれています。

 東京大学のある本郷台地が、昔は少し行くと海に出くわすような場所で、現在の上野公園にある不忍池も昔は海だったとありました。

 上野公園も上野の山を、環境保全のために公園にしたとのことです。

 この本の中には本郷三丁目の交差点に現在もある、「かねやす」というお店のことについても書かれています。

江戸時代の享保年間に口中医師(歯科医師)の兼康友悦(かねやすゆうえつ)という人が、本郷三丁目の角に店を開いて、「乳香散」という、粉の歯磨き粉を売って、江戸じゅうに知られるようになったそうです。

神田や日本橋界隈で、

「本郷にゆくのならかねやすで乳香散を買ってきておくれよ」

という会話が交わされていたに違いない、とあります。

「本郷もかねやすまでは江戸の内」

との川柳も詠まれ、本郷界隈も、かねやすまでは江戸になると思われたようです。



司馬遼太郎は、実際に現在も残っている「かねやす」に赴いて、お店に入っています。

昔は歯磨き粉が売られていたが、今では娘さん好みの持ち物や愛玩用品、化粧品のたぐいが並べられていて、司馬遼太郎は空豆ほどの小さな硯を買ったそうです。

僕も昔、本郷界隈に通っていたことがあるので、「かねやす」のことは知っています。

本郷三丁目の交差点にあるお店で、よく、かねやすの前で誰かと待ち合わせをしたりしていたこともありました。



本の中では、東京大学のことが多く書かれています。

 加賀藩の屋敷だった土地に西洋の学問を学び、日本に広める東京大学が出来て、医学部、理学部、法学部、文学部などの大学が出来たのとのことです。

 昔は医科大学、理科大学、法科大学、文科大学などと呼ばれていたそうです。

 作家、司馬遼太郎なので、東京大学出身の文豪、夏目漱石、森鴎外のことについても多く書かれていました。

 夏目漱石の、「三四郎」森鴎外の「雁」を持ち出して、東京大学生の恋愛事情のことについても書いています。

 「三四郎」では東大構内にある三四郎池が出てきて、「雁」では、東京大学から不忍池に出る無縁坂が出てきます。

 僕は「三四郎」も「雁」も読んだことはありませんが、東京大学生も男なので、女性を女性と意識して恋愛感情を抱いていたようなことが分かりました。

 司馬遼太郎はきちんと、三四郎池にも無縁坂にも実際に行って、写真も載せて、文章を書いています。

 なおかつ、「三四郎」や「雁」からの引用もあるので、とても分かり易かったです。

 ルポルタージュのお手本にもなるような文章で、実際に現場に行き、写真を撮って、現場の雰囲気を伝え、その現場を舞台にしている小説からの引用もきちんとしています。

 司馬遼太郎が、資料の世界だけではなく、実際に、東京大学のある本郷界隈を歩いて文章を書いているので、文章も読み易いのだと思いました。

 その他にも、水戸学のことなども書かれています。


 現在の東京大学農学部のある場所は、江戸時代は水戸家の中屋敷で、水戸黄門で有名な徳川光圀が日本史を編む作業をする修史の局を置いた地だと書かれています。

「大日本史」を編む修史の局、開局の地が本郷界隈の水戸家の中屋敷のある場所だったとのことです。

その後、現在の後楽園になっている、水戸家の上屋敷に場所を移し、局を「彰考館」と命名し、「大日本史」を編んだとのことです。

光圀はテレビ番組でおなじみの、「水戸黄門漫遊記」で有名ですが、「水戸黄門漫遊記」とは創話で、講釈場で語られていたとのことです。

「水戸黄門」に出てくる助さんとは、光圀の命によって四方の資料を探し歩いたひとりに、佐々十竹(さつきじつちく)(164098)という人のことで、のちに彰考館総裁になる人で、通称介三郎といったそうです。この方が、「水戸黄門漫遊記」では助さんとして造形されたとのことです。

同じく「水戸黄門」に出てくる格さんとは、助さんより年下の安積澹泊(あさかたんぱく)(16561738)という人のことで、この方も儒者として学才文才を兼ねのちに彰考館総裁になっていて、通称覚兵衛といったそうです。この方が、「水戸黄門漫遊記」では格さんになっているそうです。

この水戸家による「大日本史」の編む作業は、光圀が本郷界隈の水戸家の中屋敷で業を興してから250年後の明治39年(1906)に終了したとのことで、江戸時代の一藩の作業としては途方もない作業だったと書かれています。

 現在の東京大学のある、本郷界隈が、日本の中でも、学問の先進地だったことが分かりました。

 本郷界隈を言い表す言葉として、「配電盤」という言葉を使っていますが、東京大学のある本郷界隈のことを言い表す言葉としてはとても分かり易い言葉だと思いました。

 日本の首都、東京で西洋の学問を受け止め、東京から日本各地に、西洋の学問を広めるという意味で司馬遼太郎は、「配電盤」という言葉を使っているのだと思います。

 その配電盤の役割を担っていた東京の中でも、東京大学のあった本郷界隈こそが、「配電盤」だったと書いています。

 本郷界隈を言い表す言葉としてこれほど分かり易い言葉もないと思います。

 本郷界隈に何かあったら、配電盤が故障して、日本全体にも何らかの影響が出てしまうのかもしれないと思いました。

 先日、地元、文京区立図書館で司馬遼太郎の「街道をゆく 本郷界隈」という本を借りて読んでみたので、本を読んでの感想を書いてみました。

 以上、「司馬遼太郎の、街道をゆく 本郷界隈 を読んで」

ブログに載せます。