2016年3月26日土曜日

「清楚で美しく優しい人は糧になる」

「清楚で美しく優しい人は糧になる」

僕が、以前、在籍していた、福祉施設運営の掲示板の書き込みをWordに落としてから、グーグルブロガーにアップして、書き込みを一つ一つTwitterを通じて紹介しています。

この掲示板での話題は、福祉関係のことを話題にする掲示板なので福祉関係の書き込みが多いようです。

僕もこの掲示板に書き込みをしていましたが、「郷に入れば郷に従え」で、僕もかなり、詳しく福祉関係のことを調べて、書き込みをしていました。

Twitterを通じて紹介した自分の書き込みを読んでいたらおもしろい書き込みがありました。

以下です。

今晩は、国士無双です。
今日のファーストのバケツリレーは大変だったようですね(^_^) ブルーアイズさんは、作業をしていらっしゃったようですが、ファーストのメンバーの 方、職員の方お疲れ様です。 レオンさんは相変わらず、強靭な体力で頑張っていますね(^_^) 国士無双も今日も忙しかったですが、何とか仕事乗り切りました。
ところで、本題ですが、セカンドの元職員で、所長さんも経験された、T職員さんが、お母様になられるのですか? ブルーアイズさん、本当に貴重な情報ありがとうございます。 T職員さんは、清楚で、美しく、そして優しく、セカンドのメンバーの皆さんから愛されて いらっしゃいました。 銀杏を退職され、ご結婚され、今年お母様になるというのは、銀杏20周年と何か縁が ありそうな出来事だと思います。 不思議なことにそのT職員さんに思いを寄せていたMさんが来週からファーストに通所するというのは奇妙なことだと思います。
国士無双は、銀杏には長くは在籍しませんでしたが、銀杏の職員の方には言葉に出 来ないような感謝と尊敬の念を持っています。 銀杏に在籍していた頃も、そうでしたが、社会に出て働いてみると、本当に銀杏の職員の方のような人はなかなかいらっしゃらないと思います。 仕事で、逃げ出したくなったときも、銀杏の職員さんのことを思い出して、あれだけお世話になったんだから、恩返しのためにも、頑張ろうという気持ちになりました。 国士無双は前向きに生きていこうと思っているので、過去のことは振り返らないように していますが、この掲示板にいつも書き込みしているということは、矢張り、過去も大切で、 人それぞれ、今の自分の糧になっているんだと思います。
国士無双の書き込みは、どうしても、堅苦しくなってしまいますが、性格的にそうなの でお許し下さい<m(__)m>
ではでは、明日は国士無双も公休日なので、音楽聴きながら、掲示板に書き込みして 仕事の事忘れ気分転換します。

この書き込みでは、僕が施設に在籍していた頃に大変お世話になった女性職員さんのことについて書き込みをしています。

掲示板の書き込み仲間の方が、元銀杏企画の職員だった女性の方がご結婚され、お母様になられたという書き込みがあり、僕もその書き込みに反応して、その女性職員さんについて書いています。

僕としては最大限の褒め言葉を使っています。

「清楚で美しく優しい」

という言葉を使っています。

僕とこの女性職員さんは、施設内で会話をしたこともあり、心の病気の僕と普通に話をしてくださった本当に優しい方でした。

僕が、

「仕事で、カンボジアに行ったことがある」

と話していたら、何か驚いた反応をしていたのを今でも覚えています。

書き込みでも書いていますが、清楚な感じで、美人の職員さんでした。

社会に出て働き出すと、かなりきつい職場が多かったので、福祉施設にいるような優しい、人は職場にはいないとも書いています。

多くの人が福祉施設に入りたがるのは、やはり職員さんを含め関係者の方が優しいからだと思います、

多くの職場では、心の病気だと言っても、労働力としてしか見てもらえない職場が多いのだと思います。

職場のことを考えるのも良いですが、昔、在籍していた、福祉施設の、

「清楚で美しく優しい」

女性職員さんのことを思い返すのも現在(いま)を生きる際の大きな糧になるのだと思いました。

以上、「清楚で美しく優しい人は糧になる」

ブログに載せます。







 

2016年3月25日金曜日

「神田川生活(一人暮らし)の頃の夫婦善哉会(めおとぜんざいの会)に見た向井先輩」

「神田川生活(一人暮らし)の頃の夫婦善哉会(めおとぜんざいの会)に見た向井先輩」

 以前、ブログに書きましたが、僕が神田川生活(一人暮らし)をしていた時に、僕が幹事をして、探検部のOB会「夫婦善哉(めおとぜんざい)=いいふうふの会」を開催しました。

 僕は早稲田大学探検部在籍中に、飲み会の幹事を務めることが多かったので、探検部の友人が結婚された際には、何かしら催しを行うことが多かったです。

 卒業してからも、探検部の人間はきちんと就職して結婚する人間が多く、ある人間が結婚された際に、僕が幹事になって、

「夫婦善哉(めおとぜんざい)=いいふうふの会」

を開催しました。

会の名前からは、夫婦(めおと)になった人間をぜんざいにして食べてしまう会とかを想像する方もいるかと思いますが、僕は、織田作之助の小説からこの会の名前を考えました。

会には同期の方が出席するのですが、やはり同期の人間だけではまとまりません。

幹事を務める僕も当時は一書店員で、到底僕の力では、個性派集団「探検部」をまとめることは出来ません。

そんな僕の胸中を察してか、先日もブログに書いた、向井先輩が

「夫婦善哉(めおとぜんざい)」の会に出席してくださいました。

 向井先輩は後輩からの人望もあり、向井先輩が来て頂ければ、やはり飲み会もまとまります。

 個性派集団の探検部の連中も向井先輩の前では、きちんとまとまり、飲み会が荒れることもありませんでした。

 僕が開催する飲み会は、日頃のストレスを発散させるような感じの飲み会が多いので、昔のように飲み会が荒れると困るなと内心、ビクビクしていたので、向井先輩が来てくださって正直ほっとしました。

 僕は自分の力量の無さを実感するとともに、やはり同期の人間をまとめるためには、先輩の力は欠かせないなあと痛感しました。

 僕が神田川生活(一人暮らし)をしていた時に開催した「夫婦善哉(めおとぜんざい)の会」は向井先輩の力量を感じる「夫婦善哉(めおとざんぜい)」の会でした。

 以上、「神田川生活(一人暮らし)の頃の夫婦善哉会(いいふうふの会)に見た向井先輩」

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2016年3月21日月曜日

「神田川生活(一人暮らし)のサッカーワールドカップフランス大会テレビ中継に見た向井先輩」

「神田川生活(一人暮らし)のサッカーワールドカップフランス大会テレビ中継に見た向井先輩」

 僕が神田川生活(一人暮らし)をしていた頃に、サッカーワールドカップフランス大会が開催されました。

 僕は一人暮らしをしていた部屋でテレビをつけて、サッカーワールドカップフランス大会を見ていました。

 どことどこのサッカーの試合を見ていたか覚えていませんが、テレビを見ていたら、僕の学生時代のサークルの先輩、向井先輩がレポーターとして出演していました。

 向井先輩のレポートは冷静で、的確でした。

 まさか、偶然つけたテレビの画面からM先輩の姿を拝めるとは夢にも思わなかったので、驚きました。

 サッカーワールドカップ自体がおもしろいこともありますが、そこに面識のある方が登場すると余計、驚きます。

 やはり、先輩方は、きちんとした仕事をされていると思いました。

 面識のある方が、テレビに登場すると、懐かしさとともに、自分も頑張ろうという気持ちになります。

 今でも、向井先輩はスポーツ関係のことに携わっているのだと思いますが、仕事で忙しいだろうなと想像しています。

 今年はリオデジャネイロオリンピックがありますから、リオオリンピック関連の仕事をされているのかなと思います。

 もう、レポーターとして登場することはないと思いますが、お体に気をつけてお仕事して頂きものだと思っています。

 僕の神田川生活(一人暮らし)の時の、サッカーワールドカップフランス大会テレビ中継に見た向井先輩のことをブログに書くとともに、現在の先輩のことも慮ってみました。

 以上、「神田川生活(一人暮らし)のサッカーワールドカップフランス大会テレビ中継に見た向井先輩」

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2016年3月20日日曜日

「昔の友人と久しぶりに会いました」

「昔の友人と久しぶりに会いました」

 昨日は、学生時代の友人と久しぶりに会いました。

 学生時代に一緒にチベットに行った人間2人と、プラマプトラに行った人間との僕との4人で、久しぶりに会いました。

 場所は、早稲田大学文化圏の高田馬場でした。

 お店は、結構、有名な餃子屋さんで会食しました。

 3人の話を聞いてみると、仕事はしているようですが、プライベートで円満な家庭を築いている人間はいませんでした。

 離婚をしていたり、彼女もいなかったり、の人間ばかりでした。

 僕も、結婚もしていないし、彼女もいませんから自然と話しも合いました。

 「類は友を呼ぶ」という格言が当たっているのか、話していて全く、不快に感じませんでした。

 お互いに口から出てくる言葉は、

 「癒される」

 とか、

 「懐かしい」

 とか、

 の言葉で、何の気を遣うこともなく、会話も弾みました。

 誰が何の話をしようと、説教口調になる人間もいないし、

 4人で、お互いをフォローしながら、会話をしていました。

 最近、昔の知り合いと話すことが多く、見知らぬ人間と話すように、無用な意見の対立とかなくて、楽です。

 自分と意見が違っていても、

「そういう意見もあるよな」

とか、

一回、自分の中で、

I feel so。」

の感覚を持てば、コミュニケーションも円滑に進みます。

コミュニケーションをしていれば、情報交換にもなるし、自分の知らないことを新たに知ることも出来ます。

 会話の中で新しい発見が出来ます。

  僕が苦手な人間のタイプに、自分の意見を押し付けてくる人間がいます。

 会って話をしても、人の話に耳を傾けずに、自分の意見を一方的に話すタイプの人間です。

 昔の友人とは学生時代の楽しい思い出を共有している人間同士なので、自然と会話も弾むのだと思います。

 久しぶりに昔の友人と会ってみて、心が解放されるとともに、意識も高揚しました。

 心の病気のリハビリで、リハビリのプログラムをこなすことも良いかもしれませんが、
 気心知れた友人と久しぶりに会うのも、良いことだと思いました。

以上、「昔の友人と久しぶりに会いました」

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2016年3月16日水曜日

「神田川生活(一人暮らし)の浅草サンバカーニバル」

「神田川生活(一人暮らし)の浅草サンバカーニバル」

 僕が神田川生活(一人暮らし)していたときに、学生時代の友人から浅草サンバカーニバルを見物に行かないかと誘われました。
 
 友人の友人と僕の4人で、浅草のサンバカーニバルを見物に行きました。

 僕は、浅草サンバカーニバルのことは聞いたことがありましたが、実物を見たことはありませんでした。

 東西線の早稲田から、日本橋に出て、銀座に乗り換え、浅草まで行ったと思います。

 浅草サンバカーニバルは、老若男女が南米のサンバのリズムに合わせて、浅草を練り歩きます。

 衣装も豪華で完成度の高い催しです。

老若男女が、サンバのリズムに合わせて、浅草の街を練り歩きます。

 本場のリオのカーニバルはもっと凄いのだと思いますが、日本の浅草サンバカーニバルもなかなかおもしろかったです。

 先日、ネットで「浅草サンバカーニバル」で検索したら、ウイキペディアに「浅草サンバカーニバル」がありました。

 発案者は、日本の代表的コメディアン、伴淳三郎さんだそうです。

 伴淳さんが発案者だけあって、浅草の街を練り歩き、見物客たちを楽しませてくれます。

 僕も、友人と、友人の友人の4人で、浅草サンバカーニバルを見物しましたが、サンバのリズムに合わせて街を練り歩く人たちの、熱気がムンムン伝わってきて、刺激になりました。

 僕は映画が好きで、邦画、洋画関係なく良く映画を見ていましたが、浅草サンバカーニバルも、映画に劣らぬ、娯楽だと思います。

 浅草サンバカーニバルの日のために、練習している人たちもいるのかと思います。

 浅草サンバカーニバルを見物に行ったのは、1990年代だと思いますが、その後は一度も浅草サンバカーニバルを見物に行っていません。

 「東日本大震災」「原発」関連書籍を調べ、Twitterを通じて紹介する活動も一段落したので、今年は、浅草まで行って、浅草サンバカーニバルを見物でもしようかと思っています。

 以上、「神田川生活(一人暮らし)の浅草サンバカーニバル」

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2016年3月15日火曜日

「書かれたら書き返せ」

「書かれたら書き返せ」

僕が以前、勤務して職場は朝日新聞にかなり悪く書かれましたが、「書かれたら書き返せ」です。
 ちょこちょこと取材して、一面に記事を載せる、大新聞。
 大新聞に記事を書かれた方のダメージは計り知れません。
 現代では、Twitterやブログなど、自分を表現するメディアは発達していますからマスメディアの一方的な記事に対して、力は弱いですが、書かれた記事に対しての反論のようなこともブログに書けるかと思います。
 
 僕は、昨年は、朝日新聞の一つの記事を検証する作業を3ヶ月位かけて、ブログで行ってきました。
 
 何の報酬もありませんでしたが、自分の中で朝日新聞の記事に納得かないものがあったので、自分のブログで検証してきました。

僕も、昔、メディア系の会社に勤務していたので、日本のマスメディアのことは、少しは知っていますが、メディアの現場は、上司からの圧力もあり、僕が以前勤務していた職場より、ひどい労働環境だったと思います。
 
職場で、タバコは吸うは、AD(アシスタント・ディレクター)をこき使うは、それはひどい労働環境でした。
 
徹夜も多かったし、体を壊さないほうがおかしいような労働現場でした。

 若い、ADはほとんど使い捨て、会社を退職しても、何の保証もしてくれません。

 今度、マスコミ関係者を取材して、「聞き書き、日本のマスコミの現場」というブログでも作ろうかな?

 特に、一面にデカデカと記事を書かれた朝日新聞にはかなり恨みがあるので、朝日新聞社の知り合いとかから、マスコミの労働現場のことを聞き出してブログに書こうかな。

以上、「書かれたら書き返せ」

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2016年3月13日日曜日

「本棚、パソコンラックの危険性」

「本棚、パソコンラック」

僕は、文京区で生まれ育ってきて、文京区民の根底にある、学歴崇拝のことは良く知っています。

 地元文京区には日本一の大学、東京大学もあるし、文京区では良い学校に進学すると評価されることも知っています。

 ただ、いくら勉強が出来ても、その能力を社会の中で生かしていく能力なりがないといつまでたっても社会の中で生活していけないと思います。

 難解な問題を解くことばかり考えているとそのことに時間を費やし、自分で生活する能力が落ちていくと思います。

 例えば、自分でお米を研ぐこととか、食事の後の皿洗いとか、自分の部屋の掃除とか、トイレ掃除とか、風呂掃除とかをする能力が落ちると思います。

 これだけ、東日本大震災に端を発する、地震のことがクローズアップされると例えば、自分の部屋にある本棚とかパソコンラックも、地震の際は大きな危険物になります。

 国立国会図書館でも、東日本大震災時には、本棚から本が落ちてきたというし、本をよく読む人の部屋の本棚は、地震の際に危険なものになります。

 また、デスクトップパソコンを設置している、パソコンラックのようなものも地震の際は崩壊する可能性があります。

 本棚もパソコンラックも僕の部屋にはあり、部屋の中を見ていると、地震対策はまずは自分の部屋からだなと思っています。

 家屋が倒壊する前に、自分の部屋の本棚とかパソコンラックが地震の際に危険なものになると思います。

 自分の身近な問題から解決していき、難解な問題は後回しにしようと思っています。

 都内に住んでいる方々は、先ずは、部屋の本棚とか、デスクトップパソコンのパソコンラックとかの危険性を先に認識したほうが良いと僕は思っています。

 以上、「本棚、パソコンラックの危険性」

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2016年3月12日土曜日

「3.11から5年が経過して」

3.11から5年が経過して」

  昨日は、家でテレビをつけて、NHKで東日本大震災追悼式を見ていました。

 246分には、僕もテレビを見ながら黙祷をしました。

 2万人近い方々が犠牲になった東日本大震災を経験して、自分が生かされていることを感謝するとともに、亡くなった方々への追悼の祈りを捧げました。

 あまりにも月日が経つのは早く、2011311日のことが昨日のことのように思い出されます。

 僕は、2011311日は、バスの中で、地震にあい、幸いにも家に帰宅できましたが、部屋はテレビがひっくり返っているなど、地震の影響はありました。

 その後のテレビの報道で、何が起きているかを知りました。

 津波の映像はとても恐ろしく、言い知れぬ恐怖を感じました。

 家に帰宅してからも余震は続き、安心して眠れない夜となりました。

 僕は、2010年にTwitterを開設していたので、Twitterの情報も見ていました。

 余りにも大きな出来事だったので、ネットの情報をTwitterからツイートするなどしていました。

 僕は仕事のために使っていたGoogle Readerのキーワードをすぐに、「東日本大震災」関連に切り替えて、自発的に情報収集を開始しました。

 参考になるような情報は、すぐにTwitterから発信し始めました。

 緊急時には情報が必要になります。

 ネットの良し悪しはあるかとは思いますが、当時、ネットが無かったら、情報が入ってこない状況で、困っていたと思います。

 スマートフォン一つとっても、その良し悪しが議論されていますが、携帯から簡単にネットに繋がるのは緊急時にはとても役に立ちます。

 テレビも見られるし、ラジオも聴けます。

 非常時のために、スマホを持っているのは貴重な情報源があり貴重だと思います。

 緊急時のためにもスマホでの情報収集のことを学んでおくのは良いことだと思います。
 
 Twitterも開設しておけば、Twitterからも情報が得られます。
 FacebookLINEも開設しておけば、知り合いと連絡が取れます。

 緊急時のためにも、SNSを活用することを学ぶことは良いことだと僕は思っています。

以上、「3.11から5年が経過して」

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2016年3月10日木曜日

「文京区立図書館で東日本大震災関連のことを調べると何かしらの応援になるとか出来ないのだろうか?」

「文京区立図書館で東日本大震災関連のことを調べると何かしらの応援になるとか出来ないのだろうか?」

 僕は2014年から、地元、文京区の区立図書館と図書館のサイトで、「東日本大震災」関連書籍を詳しく調べています。

 区立図書館には、2011311日以降に刊行された2000冊以上の「東日本大震災」「原発」「防災」関連の書籍が所蔵されており、僕は自分で調べた全ての書籍情報をグーグルブロガーのブログにアップして、楽天ブックスアフィリエイト、Amazonアフィリエイトのリンクを貼る作業を行いました。

 販売単価の総計は、350万円を超えています。

 普通に書店なり、Amazonなりで本を購入すると、350万円以上かかるということになります。

 その資産価値も重要ですが、調べるための作業、ブログにアップする作業、Amazon、楽天ブックスのリンクを貼る作業に費やした時間も2年とかなりかかっています。

 区立図書館に行くと、「東日本大震災」のことは、ポスターとかで貼ってあるし、図書館としても、「東日本大震災」はとても重要なことなのだと思います。

 今日は、Twitterで、Yahoo3.11 Searchのことを紹介しましたが、文京区立図書館とかでも、「東日本大震災」関連の事を調べると何かしら、震災被災地への応援になるとかのシステムを作ることは出来ないのでしょうか?

 東日本大震災から5年で、2000冊以上の関連書籍を蔵書として購入しているだけでも、少しは支援になっているかと思いますが、その書籍を調べると、何かしらの復興支援の応援の効果が出来るとかのシステムを作るとか図書館では考えないのでしょうか?

 公立ゆえに、あまり、新しい試みは行わないのかもしれませんが、グーグルとか、ヤフーの取り組みを真似てみるとか、良い試みだと思います。

 区立図書館は、区内の至る所にあるので、図書館に行って書籍を調べることも可能だし、図書館のサイトで書籍を検索することも可能です。

 一般市民に開かれた図書館だからこそ、キャパシティも大きく、様々な試みも可能だと思います。

 公立図書館で「東日本大震災」のことを調べると、何かしらの震災被災地の応援になるとかの仕組みを作るとか良いアイデアだと思います。

 以上、「文京区立図書館で東日本大震災関連のことを調べると何かしらの応援になるとか出来ないのだろうか?」

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