「10月は4万5772字入力していたようだ」
2023年12月1日金曜日
「11月は4万5772字入力していたようだ」
2023年11月30日木曜日
「11月は1日平均歩10583歩いていたようだ」
「11月は1日平均10583歩歩いていたようだ」
2023年11月22日水曜日
「ブログのページビュー数が81万ページビューを超えていた」
「ブログのページビュー数が81万ページビューを超えていた」
2023年11月17日金曜日
「2023年11月16日のメール 6期 故岩崎雅典さんの初期の作品が12月21日上映されます」
「2023年11月16日のメール 6期 故岩崎雅典さんの初期の作品が12月21日上映されます」
OB会の皆様にも、お時間があれば、是非、ご覧いただければと思っております。
カメラマンとして、岩崎さんと長年、映画づくりを続けられた明石太郎さんが連絡してくれました。
映画祭の詳細は以下からご覧ください。
https://tdff-neoneo.com/lineup/lineup-4198/
OB会23期 太田肇
昨日、早稲田大学探検部OB会より故岩崎雅典さんの初期の作品上映のお知らせのメールが届いたので、ブログに載せます。
2023年11月1日水曜日
「10月は4万5044字入力していたようだ」
「10月は4万5044字入力していたようだ」
2023年10月31日火曜日
「10月は1日平均10029歩いていたようだ」
「10月は1日平均10029歩歩いていたようだ」
2023年10月23日月曜日
「ブログのページビュー数が80万ページビューを超えていた」
「ブログのページビュー数が80万ページビューを超えていた」
2023年10月17日火曜日
「イスラエル・パレスチナ情勢に関する2015年のメールのやり取り」
「イスラエル・パレスチナ情勢に関する2015年のメールのやり取り」
今年も文化の日がやってきましたね。
先日イスラエルのエルサレムへ出張へ行きました。
キリストが死刑判決を受けてから、十字架を背負いながらゴルゴダの丘まで歩い
た道がヴィア ドロロッサという名で残っていて感銘を受けました。
キリストの墓がある聖墳墓教会や、ユダヤ民族の心のふるさとである嘆きの壁
は、途切れることなくお参りの人々であふれていました。
上ドンもブログで頑張っているようですね。
ご家族の皆様によろしくお伝えください。
ではでは
僕の誕生日を覚えていてくださり、ありがとうございます。
今日は「文化の日」。
東京は晴天です。
晴れの特異日です。
キリスト教の聖地ですが、
昔、倉島氏が、訪れていた地だと思います。
ニュースなどを見ていると、中東情勢が安定せずに、
エルサレムの治安は大丈夫なのでしょうか?
「文化国家」を目指し、
平和になりすぎたのでしょうか?
上ドンも48ですか。
先日、たまたまお袋が昔の戸籍などを整理していて、
私のおやじが48で死んだことを、その戸籍を見て、思い新たにしたところです。
いつも書いているような気がしますが、いつのまにか、お互いそんな年歳になりました。
健康には気を付けしつつ、行きましょう。
それと、さすが上原、抜群の記憶力ですね。
そう、私も今回、さくちゃんの行ったところに若いころ、行きました。
当時、ガザ地区などにもテクテク歩いて行きましたが、
うーん、世界情勢(特に中東か)は我々の若いころよりも、悪化しているのでしょうか?
さくちゃんが行ったときは、ここのところのイスラエルーパレスチナの緊張状態よりも前だった?
世界もそうですが、我々も平和が一番ですね。
安保法制はできてよかったと思うけど…。
ではまた、いずれ。
倉島
2023年10月14日土曜日
「激白萩尾さん宅で僕が自白した話の噂の真相」
「激白、萩尾さん宅で僕が自白した話の噂の真相」
僕が萩尾さん宅で激白した話の噂の真相は以下のようなものでした。
僕が神田川生活(一人暮らし)をしている頃に、僕が書店でアルバイトをしていて、書店で売っている性風俗の雑誌、シティプレスという雑誌を読んでいたら、渋谷のM性感の風俗店に、僕がアダルトビデオで見たことのあるAV女優が在籍していることが分かりました。
僕はそのAV女優のことは気に入っていたので、渋谷のM性感の風俗店に電話をして、渋谷までバスで行きました。
M性感の風俗店は渋谷の道玄坂のマンションの中にありました。
僕は渋谷の道玄坂のマンションに入り受付をして待合室で待っていました。
少し待ってから、マンションの一室に入ると、AVで見たことのある本物のAV女優がいました。
AV女優は赤いブラジャーに赤いパンティー、赤いガーターベルト、赤いストッキングを履き、赤で統一されたコスチュームでめちゃくちゃカッコ良くて、まるで、女だけの部族、アマゾネスのようで迫力があり、僕のあそこもすぐにギンギンになり、あそこの先からはカウパー液が漏れていました。
僕はアマゾネスのようなAV女優さんに、インドのアルナチャルブラデシュという所にある川を下った経験があることを伝えました。
シャワーを浴びると、ベッドに寝かされ、AV女優は僕を攻めてきます。
僕は人見知りで、男兄弟で女性経験がほとんど無く女の子には慣れておらず、女の子の前では緊張してしまい、僕は女の子に身を委ねていました。
アマゾネスのようなAV女優さんは、まるで、無垢な坊やを犯すかのように、僕のことを一方的に責め立ててきました。
AV女優さんは言葉責めで、僕の耳元で卑猥な言葉をたくさん言ってきて、耳の穴も舐められました。
僕はうつ伏せの状態で寝かされていたので、うつ伏せの状態の僕の耳の穴も舐められました。
その後、AV女優さんは僕の体全体を愛撫してサービス満点の責めをしてくれました。
僕はうつ伏せの状態から、両足を立たせ、お尻を突き出した状態にさせられました。
僕はお尻を突き出した状態にさせられると、AV女優さんは、僕のお尻の穴(アナル)にローションを垂らしました。
AV女優さんは、僕のお尻(アナル)の穴に、指を入れきました。
僕はいいようもない快感で気が狂いそうなっていました。
僕があえぎ声をあげていると、AV女優さんは、僕のお尻に指を入れた状態で、僕のペニスを握り、手こきをしてきました。
僕はどうしようもない快感で、すぐに発射、果てました。
以上が僕が萩尾さん宅で激白した話の噂の真相です。
僕はその後もそのAV女優さんのことが忘れられずに、何回かお店に電話をしてみましたが、もうお店には在籍していませんと言われ、一回限りの出会いでした。
僕が萩尾さん宅で激白した話は早稲田大学探検部関係者には広く知れ渡っているようなので、きちんとブログに僕が萩尾さん宅で激白した話の噂の真相を書いておきます。
以上、「激白萩尾さん宅で僕が自白した話の噂の真相」
ブログに載せます。
2023年10月1日日曜日
「9月は4万8176字入力していたようだ」
「9月は4万8176字入力していたようだ」
2023年9月30日土曜日
「9月は1日平均7374歩歩いていたようだ」
「9月は1日平均7374歩歩いていたようだ」
2023年9月18日月曜日
「ブログのページビュー数が79万ページビューを超えていた」
「ブログのページビュー数が79万ページビューを超えていた」
ブログに載せます
2023年9月6日水曜日
「白状します。2021年に、そらさんに質問してみました」
「白状します。2021年に、そらさんに質問してみました」
Q.そらさんが自分の体の中でエッチだと思う所はどこですか?
学生の頃は山田悠介さんの小説ばっかり読んでいた。
以上のようなやり取りをしました。
答えにくい質問もあったかと思いますが、きちんと丁寧に質問に答えて下り、僕も感動しました。
Q.写メ日記をたくさん書かれていますが、好きな小説家とかいますか?
涼風そらさんの好きな小説家が湊かなえさんとのことなので、湊かなえさんの人気のある著作をネットで調べてみました。
「貴方解剖純愛歌」は以下のようなものです。
僕は聴いていて女性は怖いなと思いました。
「渡月橋 君想う」は以下のようなものです。
写メ日記を読んでいたら、好きな人が出来たらお仕事辞めると書いてあったので、是非、好きな人が出来て、好きな人と幸せな人生を歩んで欲しいと思いました。
これだけたくさん写メ日記を書く能力があればセックスワーク以外にもお仕事はあると思います。ご自分の能力を生かして、好きな人が出来て好きな人と幸せな人生を歩んでいただきたいと思いました。
写真や写メ日記で興奮したことは僕が悪いと思いますが、写メ日記を読んでいると表現力もあり、僕を興奮させるほどの言葉の力もあります。是非、ご自分の文章による表現力、写真による表現力を生かせるようなお仕事を見つけて、セックスワークから足を洗えばなあと思っています。セックスワークが出来るのもわずかな期間だと思います。人間、年を取るのはあっという間です。30過ぎればセックスワークをしても、お客さんもつかないと思います。きちんとご自分の将来のことも考えて、セックスワーク以外の仕事のスキルを身につけて好きな人が出来て、好きな人と幸せな人生を歩んでいただきたいと思っています。
その後、僕には風俗に遊びに行くほどのお金もないので、シティヘブンという風俗のサイトは退会しました。
僕にとってはコロナ禍の緊急事態宣言中の楽しい思い出になりました。
2021年に、緊急事態宣言中に不謹慎だと思いますが、そらさんという人に質問をしてみたことを白状する内容のブログを書いておきます。
以上、「白状します。2021年に、そらさんに質問してみました」
ブログに載せます。
2023年9月4日月曜日
「祝 2022年9月4日にうなぎ屋はし本を退職した」
橋本信二のお父さんが亡くなった際にも、僕はお葬式に参列しました。
橋本信二が茗荷谷で酒を飲んで倒れた際にも、僕の家に泊めて、介抱した人間です。
橋本信二が結婚した際にも僕は結婚式二次会に出席しました。
そのように、橋本信二は旧友でしたが、僕が仕事中の失念(ど忘れ、うっかり忘れ)が多いと指摘され、橋本信二の堪忍袋の緒も切れたようです。
飲み会の席で、僕に対して、自分の口から、
僕に向かって「おれは議員になる」とか「おれの手下になれ」とか「おまえ言語障害があるから」とか「おまえ、死ぬんだぞ」とか言えるなら、選挙にでも立候補して、文京区区議会議員でも、東京都都議会議員でも、衆議院議員でも、参議院議員にでもなっていただきたいと思います。
こんな薄情な人間で、差別発言をするような人間が政治家になったら、日本は本当に困っている人を助けられない、金儲け議員だけの国になってしまうと思います。
うなぎ屋はし本店主、橋本信二とは、大学は日東駒専ランクの、専修大学出身で、到底、早稲田大学法学部を出ている僕の上司になれるような器ではありません。
うなぎ屋の掃除をしてもらった給料は1日につき千円です。
週6、毎日、6時半頃にうなぎ屋はしもとに出勤していました。
老舗のうなぎ屋のボンボンで苦労知らずの人間で、自分のうなぎ屋に都合の良いようにしか物事を考えられないのだと思います。
こういう店からはどんどん良い人材は流出すると思います。
それに加えて、僕に向かって毎日ブログを書けとか言ってきます。
僕に向かって
「毎日ブログ書け」とか言えるなら、日東駒専ランクの大学を出ている人間の文章を僕も読んでみたいので、是非、文章修行して、毎日、ブログを書いて、日東駒専ランクの大学を出ている人間のブログを書いていただきたいと思います。橋本信二がブログを毎日書くようになったら、読んでやっても良いと思っています。
うなぎ屋はし本、店主、橋本信二が、日東駒専ランクのレベルの低い文章を書いて、毎日ブログを書くようになったら、僕もいやいや読んでやるよと思っています。
以上、「祝 2022年9月4日にうなぎ屋はし本を退職した」
2023年9月1日金曜日
「8月は5万3425字入力していたようだ」
「8月は5万3425字入力していたようだ」
2023年8月31日木曜日
「8月は1日平均7741歩歩いていたようだ」
「8月は1日平均7741」歩歩いていたようだ」
2023年8月11日金曜日
「山の日に思う、小学校の頃の山登りの思い出」
「山の日に思う、小学校の頃の山登りの思い出」
2023年8月1日火曜日
「7月は5万4976字入力していたようだ」
「7月は5万4976字入力していたようだ」
2023年7月31日月曜日
「7月は1日平均8121歩歩いていたようだ」
「7月は1日平均8121歩歩いていたようだ」
2023年7月4日火曜日
「ブログのページビュー数が78万ページビューを超えていた」
「ブログのページビュー数が78万ページビューを超えていた」
今日、ブログのページビュー数を見ていたら、78万ページビューを越えていました。
ブログのページビュー数はチェックしています。
キリの良い数字になったので、ブログに書いておこうと思います。
77万ページビューを超えていたのが、6月10日なので、約25日で1万ページビューくらいあったようです。
今までに書いたブログ数が3380ブログなので、1ブログ、230ページビューくらいあったようです。
僕はプロではなくド素人のアマチュアのブロガーなので、ぺージビュー数も少ないブロガーですが、ページビュー数は気になっています。
今日、ブログのページビュー数を見ていたら78万ページビューを越えていたので、ブログを書いておきます。
以上、「ブログのページビュー数が78万ページビューを超えていた」
ブログに載せます
2023年7月1日土曜日
「6月は4万9503字入力していたようだ」
「6月は4万9503字入力していたようだ」
2023年6月30日金曜日
「6月は1日平均8012歩歩いていたようだ」
「6月は1日平均8012歩歩いていたようだ」
2023年6月14日水曜日
「早大探検部32期OB 吉澤基勝からのメール 探検部 久しぶりの飲み会」
「早大探検部32期OB 吉澤基勝からのメール 探検部 久しぶりの飲み会」
2023年3月22日に、早稲田大学探検部32期OBの吉澤基勝からメールが届きました。
吉澤基勝とは、早稲田大学探検部OB番号が、32-02になるので、3月22日にメールをしてきたのだと思います。
3月22日とは、まだ新型コロナウィルス感染症が感染症法上2類から5類になっていない時期です。
早稲田大学探検部関係者は、飲み会を自粛するどころか、写真入りで、飲み会に関するメールを送ってきました。
メールの内容は以下のような内容でした。
彼らの新歓合宿のとき、オリエンテーリングの後に天上山で歩荷をやったという思い出話が出たのですが、僕はまったく覚えていません。チャカチャンで記憶が吹っ飛んだのだろうと思います。
そのころ、お互いに勤務先が新橋にあって、偶然会ったのが最後かな~
オリエンテーリングの後に天上山で歩荷は合宿の定番ですね。これははっきり覚えています。
そのあとのちゃかちゃんでおかしくなるのも。
僕も森山と同じ後藤の名刺は持ってました。でも、もう違うところにいったとも聞いた記憶があります。
住友CRMという会社だったかな。
ありがとうございました。
2023年6月10日土曜日
「ブログのページビュー数が77万ページビューを超えていた」
「ブログのページビュー数が77万ページビューを超えていた」
2023年6月1日木曜日
「5月は7万2098字入力していたようだ」
「5月は7万2098字入力していたようだ」
2023年5月31日水曜日
「5月は1日平均8216歩歩いていたようだ」
「5月は1日平均8216歩歩いていたようだ」
2023年5月29日月曜日
「早稲田大学探検部アマゾン川川下り事故に関する吉澤基勝先輩とのメールでのやり取り」
「早稲田大学探検部アマゾン川川下り事故に関する吉澤基勝先輩とのメールでのやり取り」
早稲田大学探検部OBの皆様
吉澤さん、東京に戻られたとのこと確認致しました。
神戸の地での貴重な経験を生かされ、今後のお仕事の糧にされていかれることを期待致します。
実は、僕らが30年前に遠征したインドブラマプトラ川川下りのことが昨年取材されまして記事になりました。
是非、早稲田大学探検部OBの皆様にも記事を読んでいただきたいと思います。
記事は以下のURLで読めます。
「インドブラマプトラ川川下り記事のきちんと翻訳されたものが出来上がったようなので、ブログに載せます」
https://www.ueharakazuaki.net/2021/02/blog-post_26.html?spref=tw
早稲田大学探検部関係者の皆様がインドブラマブトラ川川下りの記事をきちんと読んで下されば、
アマゾン川川下り事故のような凄惨な事故は起きないような気がします。
是非、早稲田大学探検部OBの皆様に記事をきちんと読んでいただき、
今後も早稲田大学探検部で取り返しのつかない事故が起きないように活動されていかれればと祈っています。
早稲田大学探検部OBとして早稲田大学探検部をしっかり見守っていくことが僕らに出来ることだと思っています。
きちんと仕事もしていない僕に対する反感の念もあるとは思いますが、
早稲田大学探検部OBの皆様には是非読んでいただきたい記事なので、URLを載せて皆様への返信とさせていただきます。
早稲田大学探検部OBの皆様
吉澤さん、記事をきちんと読んで下さりありがとうございます。
僕も良く出来た記事だと思っています。
早稲田大学探検部で活動する際にもとても参考になる記事だと僕は思っています。
エベレスト登頂経験のある八木原圀明さんが日本側隊長として率いられた隊の記事なので、
記事の説得力も増すと僕は思っています。
八木原さんは早稲田大学探検部ではありませんが、信用できる方だと僕は思っています。
早稲田大学探検部の後輩になる角幡唯介氏も八木原さんと一緒に活動をされていたようです。
早稲田大学探検部も日本ヒマラヤ協会に多くのことを学び、
今後の早稲田大学探検部の活動の糧にされていかかれば良いと思っています。
僕の方こそ、今後も早稲田大学探検部関係者の皆様方と懲りずにお付き合いしていただければ幸いと思っております。
吉澤さん以外にも早稲田大学探検部関係者の皆様の記事を読んでの感想などをいただければ僕も
メールに返信している甲斐があります。
早稲田大学探検部関係者の皆様からの記事を読んでの感想などをいただければ幸いです。
上原
2023年5月25日木曜日
「ヤップ島で出会ったデービスという若者へのインタビュー」
「ヤップ島で出会ったデービスという若者へのインタビュー」
本名 David Chineg(25才)
1982年 ハイスクール卒業
2年間 ポナペの大学で教育学専攻
小学校の教師を志すが、教師過剰のため失業中
A:ハッキリと一般化することは出来ない。
私の意見は外国の影響のもと、伝統文化にしがみついている訳にはいかないだろう。
(質問を理解できなかったらしい)
A:15年後に完全にアメリカから独立するが、果たして本当に独立できるかは分からない。
A:それは分からない。しかし、独立することは素晴らしい
A:自然資源を利用するのも、アメリカの援助が必要だ。
A:イエス。勉強のため。
A:それしかないだろう。だが、好きなのは政治学だ。
A:知っているが、きらいだ。なぜなら、社会主義に民主主義は無いからだ。
A:知らない。
A:外国の影響のもと、生活様式は変わっていく。
おそらく近いうちに伝統文化は形骸化するであろう。
もう一歩、進んだ見地から見ると、アメリカの一部となるのではないだろうか。
例えば、1970年代には机も椅子も服も伝統的なものだった。
しかし、現在、1987年では、村の中でも西洋風のものはかなり目に付くようになった。
10年後にはとても多くの家で、そのような生活用品を使うようになるだろう。
A:腕時計。とにかく仕事が欲しい。