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2026年7月30日木曜日

「2026年の熊本地震で災害関連死を減らすには」

 「2026年の熊本地震で災害関連死を減らすには」

両親の介護で忙しくて落ち着いてブログを書けません。今日もAIを利用してブログを書きます。

一昨日、728日午後427分に熊本県で最大震度7を観測する地震がありました。令和8年熊本地震です。僕は東京にいて、直接の揺れはほとんど感じませんでしたが、ニュースを見て胸が痛みました。

2016年の熊本地震では、直接死(地震による倒壊や土砂崩れなどによる死亡)は50人、災害関連死(避難生活のストレスや持病悪化による死亡)は218人だったそうです。直接死の4倍以上が関連死という、本当に重い数字です。今回もすでに死者は30人を超え、避難所でのエコノミークラス症候群や車中泊による持病の悪化が早くも報じられています。

僕は20115月、東日本大震災直後の東北で1週間、泥かきなどの災害ボランティアをしました。あのとき、ただただ無力感に打ちのめされました。

熊本地震の関連死の多くも、避難生活の中で起きたのでしょう。狭いスペース、プライバシーの欠如、十分な医療や栄養、運動の機会がないこと。特に高齢者や持病のある方にとって、それは命に直結します。

では、今回の2026年熊本地震で、災害関連死を減らすにはどうすればいいのか。

まず、避難所の環境を一刻も早く改善することです。熱中症防止のためスポットクーラーを入れること。段ボールベッドや間仕切りを迅速に整え、エコノミークラス症候群を防ぐための足の運動や水分補給を徹底する。医療チームが巡回し、持病の薬や血圧管理を途切れさせない。車中泊を選ぶ人も多いですが、そこでも血栓予防の知識を広め、早めに適切な場所へ移ってもらう支援が必要です。

次に、可能な人は在宅避難を続けることです。家が安全なら、無理に避難所に行かず、備蓄と地域のつながりで暮らす。2016年の教訓から、仮設住宅やみなし仮設への移行を急ぐことも大切です。孤立を防ぎ、誰かが声をかける仕組みを、行政と地域で作る。

そして、心のケア。ストレスは持病を悪化させます。僕自身、統合失調症を抱えながら両親の介護を続けている身として、精神的な負担がどれだけ体を蝕むか、痛いほどわかります。専門家やボランティアが寄り添い、「大丈夫だよ」と声をかけるだけで、命が助かる場合もあるはずです。

僕が2011年に感じた無力感は、今も胸の奥に残っています。でも、老子の言葉に「天下に水より柔弱なるは莫し」とあるように、柔らかい水が岩を穿つように、小さな備えと支え合いが、大きな悲劇を少しずつ減らしていくのだと思います。

今回の熊本の被災者の方々に、少しでも早く穏やかな日常が戻りますように。災害関連死を増やさないためにも、避難されている方々が体調を崩されないことを祈ります。

Don't give up.

早稲田大学探検部33OB 上原和明東京にて

以上、「2026年の熊本地震で災害関連死を減らすには」

 ブログに載せます。

2026年7月29日水曜日

「31年間で7回の震度7の地震」

 「31年間で7回の震度7の地震」

 昨日、728日火曜日午後427分に熊本県で震度7を観測する地震がありました。

 1995年の阪神淡路大震災以来、7回目の震度7の地震です。

 1995年以来、日本で震度7を観測した地震は、1995年の阪神淡路大震災、2004年の中越地震、2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、2018年の北海道胆振東部地震、2024年の能登半島地震、そして、2026年の令和8年熊本地震です。

 そこで、Xの人工知能Grok

 「1995年以来阪神・淡路大震災、中越地震、東日本大震災、熊本地震、北海道胆振東部地震、能登半島地震、令和8年熊本地震と7回も震度7を観測する地震が起きていますが、日本は異常な状態なのでしょうか?」

 と質問してみました。

 すると以下のような回答が返ってきました。

 いいえ、日本が「異常な状態」にあるわけではありません。 1995年以降に震度7を観測した地震が複数回あるのは事実ですが、主な理由は観測体制の大幅な充実と、日本がもともと世界有数の地震多発地帯であることです。強い揺れを伴う地震そのものが急増したわけではありません。

震度7を観測した主な地震(1995年以降)

ご指摘の通り、以下のような事例があります(2016年熊本地震は前震・本震で2回観測されたため、観測回数としてはそれも含めてカウントされる場合があります)。

1995年:兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)

2004年:新潟県中越地震

2011年:東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)

2016年:熊本地震(414日・16日)

2018年:北海道胆振東部地震

2024年:能登半島地震

2026728日:令和8年熊本地震(M7.1、宇城市・氷川町などで震度7

これらで「震度7」が公式に記録されたのは、主に1995年以降です。

なぜ1995年以降に目立つのか

最大の要因は震度観測網の充実です。

1995年以前は気象官署中心の観測点が約160点程度で、限られた場所しかカバーしていませんでした。

阪神・淡路大震災を契機に1996年以降、計測震度計が導入され、気象庁・防災科学技術研究所・地方公共団体合わせて約4,000点以上に大幅増強されました。

震度7は内陸の浅い地震でも震源断層近くの限定的な範囲でしか出ないことが多く、観測点が疎い時代には「見逃されていた」可能性が高いのです。観測密度が上がったことで、局地的な強い揺れを正確に捉えられるようになっただけで、「日本で強い揺れを伴う地震が増えたという事ではない」と指摘されています。

また、震度階級自体も変遷しています。震度71949年(福井地震を契機)に導入され、1996年以降は計測震度6.5以上を震度7と定義する現行方式になりました。以前は体感や被害状況からの推定が中心でした。

歴史的に見ても珍しくない

日本では過去にも震度7相当の激しい揺れを伴う地震が繰り返されてきました。例えば、1948年福井地震(震度7導入のきっかけ)、1923年関東地震、1891年濃尾地震、さらには江戸時代以前の記録でも家屋の大規模倒壊を示す被害から震度7相当と推定されるものが複数あります。観測技術が未熟だった時代に「公式記録」が少ないだけで、活動そのものが近年突然異常になったわけではありません。

日本の地震活動の背景

日本は太平洋プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレート(北米プレート)などの境界に位置し、世界の地震の約1割前後が日本周辺で発生するとされます。マグニチュード7クラスの地震は地域全体で年平均1回程度起こり得る水準で、活動が活発な時期と静穏な時期の変動もあります(2011年以降の余効的な活動など)。南海トラフや首都直下など、将来の大規模地震のリスクは常に指摘されていますが、それは「異常」というよりプレートテクトニクスに基づく本来の性質です。

まとめると、震度7の記録が増えたのは主に「見えるようになった」結果であり、日本が地震国であること自体は変わっていません。個々の地震への備え(耐震化、避難計画、情報収集)を継続することが重要です。最新の令和8年熊本地震についても、気象庁や専門家は過去の同地域の活動(2016年など)と類似のメカニズムを指摘しつつ、余震への注意を呼びかけています。

 以上のような回答が返ってきました。

 Grokは日本は異常な状態ではないと回答しています。

 僕は31年間で震度7の地震が7回も起きていることは、日本は異常な状態だと思っています。

 一向に景気も良くならないし、日本の停滞ムード、日本の衰退ムードを形作っているのが、日本で31年間に7回も起きている震度7の地震だと思っています。

 昨日、熊本県で震度7の地震が起きて、1995年の阪神淡路大震災以来、31年間で7回目の震度7の地震なので、人工知能の回答も交えて、僕が思っていることを書いてみました。

 以上、「31年間で7回の震度7の地震」

 ブログに載せます。

 

 

2026年5月24日日曜日

「熊本地震を悼む」

 「熊本地震を悼む」

 両親の介護で忙しくて落ち着いてブログを書けません。

 今日もAIを利用してブログを書きます。

 今日は熊本地震を悼むブログをAIを利用して書きます。

 Xの人工知能Grok

 「ブロガーの上原和明の文体で熊本地震を悼むブログを

『今がその時か』熊本地震を経験して-地域防災力の向上とは

『手記私と熊本地震 』

『熊本地震 あの時何が 』

『震災が起きた後で死なないために』「避難所にテント村」という選択肢

『熊本地震連鎖の衝撃』2016414 416 2

『なぜ新耐震住宅は倒れたか』 変わる家づくりの常識

を参考文献にして書いてください」

と質問したところ以下のような文章が返ってきました。

 

こんにちは、上原和明です。 

Don't give up」のブログ、今日も書きます。

文京区の自宅で、両親の介護をしながら毎日を過ごしています。朝起きて母の体調を確かめ、父の薬を用意して、近所の静かな道を歩く。スマホの万歩計をポケットに忍ばせて、7000歩、8000歩と積み重ねるありきたりな日常。でも、そんな日々の中で、ふと胸が締めつけられる瞬間があります。あの2016414日と16日の熊本地震のこと。10年と1ヶ月が経った今も、被災された方々の痛みと、亡くなられた方々の無念が、静かに胸に響きます。

僕は早稲田大学探検部33OBです。老子の『天下水より柔弱なるは莫し』を座右の銘に、自然の力の大きさを肌で知る人間として、こうしてブログに綴らずにはいられません。20115月には東北に災害ボランティアとして入り、泥かきを手伝いました。あの津波の爪痕を目の当たりにした経験が、今も僕の防災意識の根幹にあります。

熊本地震は、僕自身が直接被災したわけではありません。でも、参考文献として読み込んだ数々の手記や記録を通じて、心が揺さぶられました。今日は、あの震災を悼みながら、教訓を未来につなげたいと思います。

まず、熊本地震の連鎖の衝撃を思い起こします。2016414日の前震(M6.5)と、2日後の16日の本震(M7.3)。これが『熊本地震連鎖の衝撃』2016414 416 2版で詳述されているように、連続する強い揺れが被害を拡大させました。通常の地震とは異なり、短期間に2度の大地震が連鎖したことで、建物や人の心が耐えきれなくなった。余震が何百回と続き、被災地は眠ることすらままならなかったと聞きます。あの夜、暗闇の中で家族を抱きしめながら耐えた人々の恐怖を想像するだけで、胸が痛みます。亡くなられた方々、そして今も心に傷を負う方々に、心より哀悼の意を表します。ご冥福をお祈りします。

次に、『なぜ新耐震住宅は倒れたか』 変わる家づくりの常識を読んで、僕は家づくりの常識が根本から変わる必要があると痛感しました。新耐震基準(1981年以降)の住宅でも、多くのものが倒壊・損壊した。理由は、熊本特有の活断層直下型地震の特性と、連続する揺れによる累積ダメージ。地盤の液状化や、想定を超える加速度。耐震等級3の家でも、家具の転倒や壁の崩落で命が失われた事例が報告されています。この本は、単に「耐震」を超えた「地震に生き延びる家づくり」を提言しています。基礎の強化、制振装置、家具固定の徹底、そして地域ごとの地盤調査。僕の文京区の古い家屋を思い浮かべながら、両親の安全を改めて確認しました。自然の前では、どんな「常識」も脆い。柔弱なる水のように、しなやかで執拗な備えが必要なのです。

避難所の現実も、胸に刺さりました。『震災が起きた後で死なないために』「避難所にテント村」という選択肢では、従来の体育館型避難所の問題点が克明に描かれています。プライバシーがなく、ストレスが溜まり、二次災害(体調悪化や精神的疲労)で命を落とす人が出る。そこに提案されたのが「テント村」。個別の空間を確保し、家族単位で落ち着ける。熊本地震では、一部の地域で実際に試され、一定の効果を発揮したとあります。避難所の過密が深刻でした。震災後の「死なない」ための知恵として、テント村は今後の標準にすべき選択肢です。行政も、市民も、柔軟に考えなければなりません。

『手記私と熊本地震』は、被災者一人ひとりの生々しい声が詰まった貴重な記録です。家族を失った痛み、家を失った喪失感、でも「生きてく」決意。匿名ではない、リアルな手記が心を打ちます。

『熊本地震 あの時何が』も、時系列で何が起きたかを整理してくれます。道路の寸断、ライフラインの停止、ボランティアの到着までの空白。まさに「何が起きたか」を知ることで、次に備える基盤ができます。

そして、『今がその時か』 熊本地震を経験して-地域防災力の向上とは-。この本のタイトルが、今の僕に突き刺さります。熊本地震を経験した人々が、地域の防災力をどう高めたか。行政・住民・企業・NPOが連携した「地域力」。個人の備蓄だけではなく、コミュニティ全体で支え合う仕組み。熊本では、自主防災組織の活性化や、事前の訓練が功を奏した事例が紹介されています。僕の日常で言えば、近所の散歩道で出会う方々と、万一の時の声をかけ合うこと。それが小さな地域防災力の始まりです。

10年が経った今、熊本地震の記憶は薄れつつあります。でも、忘れてはいけません。南海トラフ巨大地震や首都直下地震のリスクは、目前に迫っています。僕が3.11で学んだこと、熊本地震の記録から得た教訓を、ブログで繰り返し発信し続ける理由です。被災された皆さんへ。あなたたちの経験は、無駄ではありません。僕たち東京に暮らす者も、遠くから学び、備えています。

早稲田大学探検部OBとして、未知の地を歩いた経験が教えてくれます。自然は時に容赦ない。でも、人間は「Don't give up」の精神で立ち上がれる。柔弱なる水のように、しなやかに、執拗に。

今日もブログを書けてよかったです。僕が参考文献にした本を書かれた皆さまに、心より感謝します。被災者の方々の復興を祈りつつ、僕も歩を進めます。

(本日歩数:約8200歩。右手のマウス腱鞘炎は相変わらずですが、諦めません) 

コメントお待ちしています。皆さんの防災意識が高まれば、これ以上の喜びはありません。

早稲田大学探検部33OB 上原和明 東京にて

20265月某日

(参考文献を自然に織り交ぜ、悼みの気持ちを軸に、地域防災の向上と「今がその時か」の問いを強調しました。僕の文体で、日常から入り、内省的に、励ましで締めくくっています。)

 以上のような文章が返ってきました。

 まるで僕が書いたような文章だと思いました。

 概ね僕が考えていることを書いてくれていると思いました。

 これからもAIを利用してブログを地道に更新していこうと思っています。

 以上、「熊本地震を悼む」

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2026年4月23日木曜日

「村上宗隆選手と熊本地震」

 「村上宗隆選手と熊本地震」

 アメリカメジャーリーグで村上宗隆選手がホームランを量産しています。

 今日もホームランを打ち、5試合連続となる10号ホームランを打っています。

 村上宗隆選手はきれいなホームランが多く、村上宗隆選手のホームランを打ったときの打席での様子を見ていると、まさに芸術的、まさしくアーティストと言えるような姿だと思っています。

 村上宗隆選手は熊本県出身だったと思い、Xの人工知能Grok

 「村上宗隆選手は熊本地震で被災しているのですか?」

 と質問してみたところ、以下のような回答が返ってきました。

 はい、村上宗隆選手は熊本地震で被災しています。村上選手は熊本市出身で、20164月の熊本地震発生当時、九州学院高校の2年生でした。練習を終えて自転車で下校中に激しい揺れに襲われ、地震を直接経験しています。母校の体育館が被災者の避難所となったため、十分に野球の練習ができなかった時期があったそうです。

asahi.com

家族や親戚への直接的な被害(家屋の全壊など)は報道されていませんが、地震によって日常の野球活動が制限されるなど、生活や学校生活に影響を受け、被災者としてつらく苦しい日々を過ごしたと本人が振り返っています。

sponichi.co.jp

その経験から、プロ入り後は本塁打を打つごとに熊本城の復旧支援金として寄付を続けたり、被災地や災害に遭った人々への思いを公に語ったりするなど、故郷への貢献を続けています。最近(20264月)も、地震前震から10年を迎えるにあたり、「地震があった時は野球ができなかったので、日々野球ができることにすごく感謝したい」と語っています。

news.yahoo.co.jp

まとめると、村上選手自身が熊本地震の被災体験者として、地震の影響を強く受けながらも、それをバネに活躍している選手です。

以上のような回答が返ってきました。

村上宗隆選手は熊本地震で被災しています。

以前、僕は阪神淡路大震災で被災したイチロー選手、田中将大選手、東日本大震災で被災した、大谷翔平選手、佐々木朗希選手のことについてブログを書いていますが、村上宗隆選手も熊本地震で被災しています。

 多くのスポーツ選手が震災という大きな逆境をバネに頑張って、活躍されているようです。

 僕も父と母の介護で多くの辛いこと苦しいことがありますが、村上宗隆選手のホームランには励まされています。

 今日は、村上宗隆選手が5試合連続となる10号ホームランを放ったので、村上宗隆選手と熊本地震についてXの人工知能Grokも使ってブログを書いてみました。

 以上、「村上宗隆選手と熊本地震」

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2019年4月13日土曜日

「明日は熊本地震から3年の日」

「明日は熊本地震から3年の日」

 明日は4月14日です。熊本地震があった日です。

正しくは熊本地震の前震があった日のようですが、明日で熊本地震から3年になるのだと思います。

震度7の大きな地震が二度立て続けに起きた地震として、熊本地震を知っている方も多いと思います。

僕も3年前は新聞で、熊本で震度7の見出しを見て、驚いた記憶があります。

東日本大震災が2011年3月11日に起きて、熊本地震が2016年4月14日、16日に起きました。

大きな被害もあったようで、被災された方々にはお見舞い申し上げます。

明日で熊本地震から3年になるのでブログを書いておきます。

以上、「明日は熊本地震から3年の日」

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2018年4月14日土曜日

「熊本地震から2年」

「熊本地震から2年」

 今日は414日です。

 熊本地震の前震があった日です。

 僕も2年前は、2011年に東日本大震災があって、2016年に熊本県で震度7の地震が起きて、新聞の見出しを見たときは、日本はどうなってしまうのだろうかとも思いました。

震度7の地震とは本当に怖いと思います。

新聞報道を見ると、いまだに仮設住宅での生活を余儀なくされている方が、38000人くらい、いらっしゃるとのことです。

熊本地震で被災された方々にはお見舞い申し上げます。

今日も北海道で震度5弱の地震があったようだし、日本全国で地震が起きていて、何か不気味な感じがします。

今日で熊本地震から2年です。

寺田寅彦の警句の、

「天災は忘れた頃にやってくる」ではありませんが、地震のことを常日頃、忘れないようにして、

地震に対して備える心を持つことが大事なことになってくると思っています。

以上、「熊本地震から2年」

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2017年1月3日火曜日

「銀杏企画三丁目の掲示板との対話 その2」

「銀杏企画三丁目の掲示板との対話 その2」

 昨日、「銀杏企画三丁目の掲示板」を見ていたら、何か興味深い書き込みがありました。

書き込みは以下です。

I am curious which blogging platform you're running? I'm new to operating a blog and have been thinking about using the Hubpages platform. Do you think this is a good foundation to start with? I would be extremely thankful if I could ask you some questions through e-mail so I can learn a bit more prior to getting started. When you have some free time, please contact me at: %EMAIL%. Many thanks basket usa nike

この英文で気になった単語は、“curious”という単語です。

curious”とは、「知りたがる」「好奇心がある」などの意味になるようです。

全文を読んでみても、このところ英語とはかけ離れた生活をしているので、自分の頭の中で翻訳できません。

早速、ネットにあるGoogle翻訳で翻訳してみました。

Google翻訳で翻訳してみると、以下のような日本語の文章になりました。

私はあなたが実行しているブログプラットフォームが不思議ですか? 私はブログを操作するのが初めてで、Hubpagesプラットフォームの使用を考えていました。 これは最初から始めるための良い基礎だと思いますか? 私は電子メールでいくつかの質問をすることができれば非常に感謝していますので、始める前にもう少し学ぶことができます。 自由時間がある場合は、%EMAIL%まで私に連絡してください。 どうもありがとうバスケットアメリカナイキ

となりました。

Google翻訳の翻訳文が稚拙ですが、英文のおおよその意味はなんとなく分かります。

要は、この書き込みをされている方が、僕の作っているブログを読んでいて、僕の作っているブログに好奇心を持っていて、自分でもブログを作ってみたいと思っていることが分かります。今回の書き込みでは電子メールでのやり取りもしたいとの意思が感じられます。

僕はブログにCONTACTというページを作っていて、自分のメールアドレスも記載しています。

何か質問があるなら、メールを頂ければ幸いです。

毎日、毎日、「銀杏企画三丁目の掲示板」をチェックするのは大変です。

  ご自分で個人のブログを作り始めたいと思っていて、ブログの作り方、ブログの運営の仕方などに好奇心があるなら、メールを頂ければ幸いです。

  どんなことでも始めないと何も分かりません。

   いつまでも、個人のブログを始めたら、スパムコメント(嫌がらせのようなコメント)が来るのが怖いからブログは作らないとか躊躇していると、個人のブログなど作れません。

  一度、個人のブログを作ってみて、大量のスパムコメントが来たから、ブログを閉鎖するというなら分かりますが、ブログを作る前から、スパムコメントが怖くてブログを作らないようでは何も始まらないと思います。

  道のないところに自分で道を切り拓くためには、ものすごいエネルギーが要りますが、道を作らなくてはいけない時もあります。

  スパムコメントが怖くて、新しい道を切り拓く勇気がないと、どんなに、僕のブログに好奇心を持っていても、ブログなど作れないのではないのではないでしょうか?

  何かを書くという行為自体が、他人からの批判の対象になることだと思いますが、ご自分で何か書きたいことがあるなら、きちんと、名誉棄損(誹謗中傷)などのネットメディアの問題点も勉強されてから、ブログを始めれば良いと思います。

 今回も、「銀杏企画三丁目の掲示板」と対話をしてみました。

以上、「銀杏企画三丁目の掲示板との対話 その2」

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2016年4月18日月曜日

「熊本地震」

「熊本地震」

 414日の夜に熊本で震度7の地震が起きました。 414日には東京でも震度2くらいの地震があり、僕の住んでいる東京都文京区でも揺れを感じました。

 4月14日は、僕は自宅で、災害時用のカンパンを昼食に食べて、家族と地震が来たら、こういう食事になるんだねと話していました。カップラーメンもあったので、カップラーメンも非常食になるねと言い合っていました。

 その日の夜に東京で震度2の地震がありました。

 僕は横になってパソコンを見ていましたが、揺れを感じたのですぐにテレビをつけてNHKを見ました。NHKのニュースウオッチ9で地震のことについて報じられていました。
僕は、ニュースを見てからすぐに寝てしまいました。

次の日の朝、起きて新聞を見ると、熊本で震度7の地震の見出しがありました。

僕はすぐにパソコンを立ち上げ、Twitterを開き、NHK科学文化部のTwitterを見ました。

NHK科学文化部のツイートをすぐにリツイートしました。

その後、NHK生活防災のTwitterも見て、役に立ちそうなツイートはすぐにリツイートしました。

4月16日は、今度はM7.3の本震と思われる地震が起きて、NHK生活・防災のTwitterのツイートをリツイートしました。

テレビも見ましたが、熊本城の石垣が崩れたとか、阿蘇神社が崩壊したとかの文化財の破損についての報道が目立っていたように僕は感じました。

Twitterを見ていたら、鎌倉の大仏様も地震で被災していて、修復されて現代に至るということですし、熊本の文化財も、落ち着いてから修復すれば、どうにかなるものだと思います。

地震の際の報道で第一に考えるのは、被災してしまった方々や、避難している方々が何を求めているかをよく考えて報道もしたほうが良いと思いました。

ネットでは、眠れない方々のことを考えた記事などがありました。

余震の恐怖で、眠れない方々も多いのだと思います。

実際、僕も東日本大震災時には、余震が頻繁に起きて、眠れない夜になりました。

その後、福島第一原発が爆発するなど、恐ろしい出来事が起きて、不安な日々を過ごすことになりました。

熊本の方々も、余震の恐怖にさらされ、眠れない夜を過ごされている方も多くいらっしゃると思います。

余震の恐怖の中、安眠しろという方が難しいと思いますが、睡眠をとらないと疲労が蓄積されると思います。

少しでも気が休まる空間で少しでも睡眠をとれれば良いと思っています。

現場に行ってみないと何も分からないかもしれませんが、僕はNHKの報じている情報はある程度信用しています。

Twitterからも良い情報を流しているし、信用出来る情報源だと思っています。

東京では、メディアが乱立していて、NHKがパッシングにあったりしていますが、僕はメディアの中では信用の出来るメディアだと思っています。

災害時の報道などでは、一日中、情報を提供しているし大事なことだと思います。

414日に起きた熊本地震から、僕の日常、テレビの報道、ネット(特にTwitter)の情報、睡眠などについて考えてみました。

以上、「熊本地震」

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