「1月は1日平均7893歩歩いていたようだ」
2022年1月31日月曜日
「1月は1日平均7893歩歩いていたようだ」
2022年1月28日金曜日
「2009年に図書館流通センターを受けていたようだ」
「2009年に図書館流通センターを受けていたようだ」
2022年1月26日水曜日
「ヤップの歴史」
「ヤップの歴史」
1914年、第一次世界大戦に乗じてドイツ領ミクロネシアを占領。日本では南洋諸島の名で呼ばれる。1920年、国際連盟から委任統治領として承認。皇民教育がしかれる。経済開発が盛んに行われる。
4.アメリカ時代
2022年1月25日火曜日
「ヤップの戦後の状況」
「ヤップの戦後の状況」
以下、僕が早稲田大学1年生の時に書いていた、「ヤップの戦後の状況」という文章です。
ところで、この耳慣れない信託統治との内容は次のように要約されている。「信託統治とは住民の政治的、経済的、社会的なおよび教育的な発達を促進し、住民の意志に応じて自治または独立の方向に漸進的に発展するよう指導する。この内容を戦後アメリカの政策に当てはめてみる。そして、戦後アメリカの政策とそれによるヤップの変化、また自身で見聞した事実をもとにヤップの政治・経済・社会の状況を考察していきたいと思っている。
2022年1月24日月曜日
「ヤップに行く経緯」
「ヤップに行く経緯」
先日、部屋の掃除をしていたら、「ヤップに関する書類」という箱が見つかり、箱の中に「ヤップに行く経緯」という僕が書いた文章があったのでブログに載せます。
以上、「ヤップに行く経緯」
2022年1月23日日曜日
「佐藤圭作さんの思い出」
「佐藤圭作さんの思い出」
2022年1月22日土曜日
「母が大好きだった映画、鉄道員」
「母が大好きだった映画、鉄道員」
2022年1月21日金曜日
「鬼才、秋山英樹の作品、蛍の光 同窓会ぶちこわし編」
「鬼才、秋山英樹の作品、蛍の光 同窓会ぶちこわし編」
↓
なにかとストレスの多い世の中ですが、気分転換に聴いてみても良い作品だと思います。
鬼才、秋山英樹の作品、「蛍の光 同窓会ぶちこわし編」
ブログに載せます。
2022年1月20日木曜日
「チベットで出会った田中智秀君にプレゼントされた男宝(ナンパオ)」
「チベットで出会った田中智秀君にプレゼントされた男宝(ナンパオ)」
2022年1月18日火曜日
「僕の家では岸田文雄さんは、おまえの大先輩ではないかと言われている」
「僕の家では岸田文雄さんは、おまえの大先輩ではないかと言われている」
僕は僕が理想主義者であっても良いと思っています。
2022年1月17日月曜日
「八木原さんはHAJ(ハジ)に恥書かされたと昔、言っていた」
「八木原さんはHAJ(ハジ)に恥書かされたと昔、言っていた」
僕がインドブラマプトラ川川下りに行ったときの写真はこちら
↓
僕がインドブラマプトラ川川下りについて書いているブログはこちら
→ 「昨日はインドブラマプトラ川川下りに一緒に行った関口君と飲みに行った」
→ 「インドブラマプトラ川を知っている日本人はどれだけいるだろうか?」
→「僕の川下り経験は奥多摩、水上、四万十、ユーコン、阿武隈、吉野、ブラマプトラ」
→ 「インドブラマプトラ川川下りの番組が出来上がってフジテレビに行った際には土屋健に会った」
→ 「一緒にブラマプトラ川川下りに行った中谷には自分から動かないとなと言われていた」
→「一緒にブラマプトラ川川下りに行った関口君にはいい人から先に逝くんですねと言われていた」
→ 「早稲田大学探検部OB、吉澤基勝さんのインドブラマプトラ川川下り記事を読んでの感想」
→ 「インドブラマブトラ川川下りではムツゴロウさん(畑正憲さん)に早稲田大学探検部はだらしなかったと言われていたようだ」
→ 「僕と一緒にインドブラマブトラ川川下りに行った関口君はNHKに受かっていた」
→ 「僕と一緒にブラマプトラ川下りに行った関口君は音羽の熱海湯という銭湯に行っていた」
→ 「早稲田大学探検部の活動は、左右メディア関係なく取り上げられる」
→「高校の頃は全くフォローされなかったが、早稲田に行ってから、多くの人からフォローされるようになっていた。」
→「昔、尾形さん、名塚さん、八木原さんと一緒に僕の名前が朝日新聞に掲載されたことがあるのは僕には思い出になっている。」
2022年1月15日土曜日
「気分転換に読んでみたいと思っている本、千田真さんの、僕の戦場記者日記」
「気分転換に読んでみたいと思っている本、千田真さんの、僕の戦場記者日記」
「東京の女はなんでこんなにキレイなんだ」
港区赤坂とはハイソサエティの方々が集まる街で、TBSとか、テレビ朝日の社屋も近所にありました。
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2022年1月14日金曜日
「ミクロネシアヤップ島で出会った清水正巳さんに勧められていたマンガ、冒険ダン吉」
「ミクロネシアヤップ島で出会った清水正巳さんに勧められていたマンガ、冒険ダン吉」
と言うと、清水正巳さんは、
日本人の少年・ダン吉はネズミのカリ公と釣り舟に乗って眠っているうちに流されてしまい、はるか南の島に漂着した。そこで出会った蛮公(島の先住民)に捕らえられるが、カリ公の機転もあって逆に蛮公たちから王として尊敬される存在となる。ダン吉は彼らとともに、知恵を絞った文明を築いていく。
以上引用です。
日本の戦前の「南進論」(領土拡張政策)に合致するようなマンガのようです。
批判も多くあるマンガのようです。
急にミクロネシアヤップ島で出会った清水正巳さんに勧められていたマンガ、「冒険ダン吉」を思い出したのでブログを書いておきます。
以上、「ミクロネシアヤップ島で出会った清水正巳さんに勧められていたマンガ、冒険ダン吉」
2022年1月13日木曜日
「後藤健介の結婚式でいただいた本、空の色と光の図鑑」
「後藤健介の結婚式でいただいた本、空の色と光の図鑑」
空の写真家が撮影した、虹、オーロラ、稲妻、蜃気楼などの空の写真がたくさん載っている本です。
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2022年1月12日水曜日
「今でも覚えているトーハンの新聞広告、飯を食え空を見ろ本を読め」
「今でも覚えているトーハンの新聞広告、飯を食え空を見ろ本を読め」
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2022年1月10日月曜日
「渋谷には早稲田大学1年生の時に何回も行っている」
「渋谷には早稲田大学1年生の時に何回も行っている」
ヤップ島で出会った清水正巳さんは当時から原発に反対していました。
1987年、88年頃から原発に反対していました。
2022年1月8日土曜日
「僕が早稲田大学4年生の時の土本ゼミの後輩は一ツ橋書店でアルバイトをしていた」
「僕が早稲田大学4年生の時の土本ゼミの後輩は一ツ橋書店でアルバイトをしていた」
僕が早稲田大学4年生の時に、3年生の後輩が土本ゼミに入ってきました。
2022年1月6日木曜日
「白河南湖自動車学校で車の運転免許を取得した」
「白河南湖自動車学校で車の運転免許を取得した」
2022年1月5日水曜日
「白瀧酒造の上善如水を飲んでみたい」
「白瀧酒造の上善如水を飲んでみたい」
以上、「白瀧酒造の上善如水を飲んでみたい」
ブログに載せます。
2022年1月4日火曜日
「14歳の頃に書いていた作文、とんかつ」
「14歳の頃に書いていた作文、とんかつ」
僕は、その日、夕方6時15分頃家に帰った。
「ただいま」、とんかつを揚げている母の後姿にむかって声をかけた。僕は制服を脱いで着替え、手を洗い、いすにすわった。すると、僕の目の前に、揚げたてのとんかつが、キャベツの上にどかっとのって出ていた。僕は無意識にどなってしまった「疲れて帰ってきて、こんなもの食えるか!」母は一瞬びっくりしたようだったが、「食べたくなければ食べなくていい」と語調強く言い返してきた。僕は「やばい」と心の中で思ったが、今になっては、謝るわけにもいかず、言いわけもしないで、黙って二階に上がってしまった。
僕は、大の字になり、「バカやろう」などと独り言をいっているうちに、いつのまにか眠ってしまった。十二時頃、目が覚めたが、お腹がすいているのでそっと、下に降りていった。すると母が、さっきの出来事など忘れてしまったのか、僕の前にとんかつを出してくれた。僕はぐうぐうなるお腹をたたきながら、すぐにたいらげてしまった。心の中では、「ありがとう」と母に感謝したが、口に出して「ありがとう」とは、言えなかった。ただ無言で食べた。母もひとことも言わなかった。
よく考えてみると、僕は、その前日、なかなか眠れず、朝も早かったので、3時間くらいしか、睡眠をとっていなかった。それに重ねて、部活がとても厳しかったので、疲れて、気分がむかむかしていた。それで、母にやつあたりをしていたのであった。
僕は、その夜、自分の行動を恥じ、悲しくなった。十四歳にもなって、自分の気持ちを押さえられないのが悔しく思った。そしてまた、我儘な僕を黙って見つめてくれた母親をありがたいと思った。