2015年6月30日火曜日

銀杏企画三丁目の掲示板2009⑭「上司に呪われていると言われた」

銀杏企画三丁目の掲示板2009⑭「上司に呪われていると言われた」
フォローワーさん2009人到達記念、2009年に書いていた文章。

 Twitterのフォローワーさんが2009人に到達したので、僕が2009年に書いていた文章を公開してみます。
 心の病気の人たちを支援する、福祉施設、社会福祉法人、本郷の森、銀杏企画が運営する「銀杏企画三丁目の掲示板」に書き込みをしていました。
 ネット掲示板に関する本を読んでいたら、掲示板への書き込みの文は書き込んだ人間に著作権があるとのことでしたので、「銀杏企画三丁目の掲示板」への僕の書き込みをそのままブログに載せます。

掲示板でのハンドルネームは麻雀の役、国士無双でした。

銀杏企画三丁目の掲示板の掲示板はこちら

ハンドルネームの由来はこちら

朝日新聞が2008年に僕が働いていた職場を取材した記事はこちら

掲示板への書き込みは以下です。

今晩は、国士無双です。

仕事の愚痴で恐縮ですが、今日、仕事中に上司から「呪われている」と言われました。 上司は勿論、私が精神疾患だと知っています。
私も、自分が病気の事は辛いです。
そんな人間に、仕事中に「呪われている」などと言うでしょうか?

私の職場には、障害者専用の相談員はいません。 誰にも相談できず、仕方なく、上司に、厳重に注意しました。 人事の課長にも今回の件は報告すると伝えました。

銀杏の職員さんにも就労支援センターの方にも今回の件は報告します。 愚痴ですが、書き込みます。

今晩は、国士無双です。

レオンさん、ブルーアイズさんアドバイス頂きありがとうございます。 今回の件は、上司の常軌を逸した言動なので(しかも、私の就労支援者である直属の 上司の発言)、きちんとした団体に訴えようと思っています。 銀杏の職員さんや、就労支援センターの職員さんにはメールを出しておきました。

 銀杏や、就労支援センターが弱腰なら、もっと大きなきちんとした団体に訴えます。 名誉毀損でも訴えられるし、ハラスメント行為でも訴えられます。

  健常者は、余りに、障害者の人権に関心が無さ過ぎます。 精神疾患に罹っていると知っていて、「呪われている」などというのは、上司も精神状態が尋常ではないような気がします。

  私も、好きで統合失調症になった訳ではありません。 いくつかの要因が重なり、統合失調症に罹りました。

  幻覚も見たし、幻聴も聞こえました。 そんな人間に「呪われている」など言うのは、人として、全く逸脱していると思います。 そのような上司の下で働くのはウンザリです。
両親は、銀杏復帰を強く望んでいます。 しかし、自分の生活もあるので、何か、別の仕事を見つけられれば良いと思っていま す。
もし駄目なら、レオンさん、二人で障害者啓発の本でも書きませんか?
そして体と心を鍛えて、何か、運動でもしませんか? 私も煙草を止めます。

  健常者は、障害者のことなど、真剣に考えていません。 自分から、積極的に発言していかないと、この民度の低い国民は、障害者の存在す ら、忘れてしまいます。

  ただ、おとなしく、健常者の基準に合わせるのが、社会復帰ではなく、障害者の真実の姿を表現するのが、真の意味の障害者の社会参加であり、障害者運動だと思います。

  先日、障害者で、初めて東大教授になられた方について書かれた「指先の宇宙」とい う本を見つけたので、今度、買って読んでみようと思います。

  とりあえず、ウンザリしながらも、セカンドのO職員さんと約束した、3年は同じ仕事をしてみると言う約束が、今月末日で達成するので、それまでは、仕事続けます。

  こんにちは、国士無双です。

   真ん中さん、アドバイス頂きありがとうございます。 実は、昨日、職場に上司の上司にあたる課長が来て、今回の件は常識内の言動だ と、言われました。むしろ、非があるのは、そのような言動に反応する私の方で、この 職場が嫌なら別の職場を探して下さいと言われました。

  私は、非は会社側にあると思っており、断固として戦うつもりで、東京弁護士会の障害 者窓口に相談して、訴訟を起こしたいと伝えました。

  東京弁護士会の見解では、訴訟には莫大な費用がかかり、損害賠償を得られたとし ても、微々たるもので、大損するのは私の方だと言われました。
というわけで、訴訟は損なのでやめておきます。

  とりあえず、金曜日に人事の課長が現場に来て、話し合いをするので、その行方次第 で、進退考えます。

   真ん中さんの、ご意見ももっともで、障害者の就労に努力されている方も沢山いらっしゃいますが、私の職場では、健常者と、障害者の間の理解はなかなか進みません。 職場でお世話になっている方も、私の事を、逆差別で、不当にこき使われていると言っています。
会社は営利目的の団体なので障害者を雇用すれば、補助金が貰えます。 尚且つ、法定雇用率に対する、罰金も払わなくて済みます。 現実は、それが目的で、障害者を雇用する会社がほとんどです。

   日本、特有の辛いのはお互い様、というお気持ちも分かりますが、私たち障害者は、 発言力が著しく弱いです。

  今回の件で、泣き寝入りするのは、むしろ、他の会社や、社会に、悪影響を与えると思 います。

  臭いものには蓋をする社会のままでは、全然、社会にとっていい影響を与えないと思いますよ。

   真ん中さんは、障害者雇用の現状を知らな過ぎますよ。 議論するつもりは無いようなので、真ん中さんを非難しませんが、今一度、障害者の 置かれている現状をお考え下さい。

  レオンさん、アドバイスありがとうございます。
「フリーター労組」のホームページ見ました。 解雇されるようなことがあったら、相談します。

  自分から、退職するのは向こうの思うツボなので、辞表を出そうと思っていましたが、止めときます。

   ちなみに、私の会社には「労災」の保険がありません。 私の病気が再発しても、何の補償もありません。
  
  上司は、仕事が苦痛で病気が悪化したら、「自分が責任を持つ」とはっきり言いまし た。
もし、病気が悪化したら、本当に責任持ってくれるのでしょうか? 私は、上司の言葉を全く信用していません。

  「呪われている」と言うようなことを、精神疾患を持つ人間に嫌味ぽっく平気で言うよう な人間を私は信用できません。
そんな上司の下で働くのは苦痛の一語です。 ウンザリですが、転職は難航しそうだと就労支援センターの方に言われたので、通勤1時間半かけて、8時間立ちっ放しの仕事嫌々続けます。

   皆様に、ご迷惑をおかけした、今回の上司の「呪われている」発言騒動ですが、とりあ えず、今日、人事の課長が来て、今回の経緯を説明しました。 経緯は後ほど書き込みますが、とりあえず、人事の課長から今回の上司の発言に対 しては、人事の課長も反省し、誠意を持って謝罪したので、退職はしません。 むしろ、今回の騒動で、精神障害者に対して言ってはいけない言葉を学んだと、前向 きに捉えて下さったので、和解しました。

さ  て、「呪われている」という発言が、どのような、経緯でなされたかですが、長くなりま すが、書き込みます。

   先週の金曜日、9月4日、私の任されている仕事の中古DVDの配分出荷という作業が あるのですが、その作業は、私の職場に入荷した在庫を、東日本の各店舗に配分し て、出荷する作業です。

   ハンディという機械で、私の会社で発行したバーコードを、読み込んで、どの店舗に DVDを何本、移動したかを記録します。 そして、記録したデータを、パソコンのネットワーク上で、各店舗に送信し、私の職場の 在庫が正確に移動したかを確認します。

  一本でも間違っていると、コンピュータ上ではじかます。

  その確認するソフトの問題で、エラーが発生しました。 エラーが発生すると、ハンディのデータは全部消えてしまい、又、もう一度、読み直さ いなといけません。
非常に手間がかかる作業で、稀にしか起きないエラーです。 そのエラーが発生した際に、上司に、「エラーが出ました」と報告しました。 その際に、上司が一瞬嫌な顔をして、「国士無双さん、呪われているなんじゃないです か?」と他の職場の皆さんの前で嫌味っぽく言いました。

   とりあえず、酷い言動だと思いましたが、仕事中だったので、作業を続け、その日の仕 事が全部終わってから、上司に、先ほどの「呪われている」という発言は余りにも失礼 ではないですか?とかなり強く注意しました。

   上司は、余り反省の色も見せず、ただ、謝ったので、このままではいけないと思い、終 礼が済んでから、もう一度注意し、今回の件は人事の課長に報告しますと伝えまし た。

   そして、今週の月曜日、9月7日、に職場に、上司の上司に当たる課長が来て、「国士 無双さん、今回の件ですが、そのような言動をいちいち気にしているなら、この職場では やっていけません。嫌なら、別の職場を探してください。国士無双さんは何かあると障 害者を持ち出すと。」と言われました。

   事実上の最後通告です。嫌なら辞めろということです。

   とりあえず、仕事中だったので、私の方から「申し訳ありません」と言っておき、ただ、 人事の課長には連絡してくださいと伝え、仕事に戻りました。

   そして、金曜日、今日、人事の課長が本社から私の職場まで来て、事実関係を検証することになりました。

   最初に書いたように、今朝、人事の課長に上司の発言の経緯を話し、精神障害者枠 で採用し、上司も私が、精神疾患者だと知っていながら、「呪われていると」とは、余り に軽率な発言ではないですかと主張しました。 きちんと、精神疾患にかかり、私も、酷いときは、幻覚を見たし、幻聴も聞こえたし、もう普通の人間じゃないとどん底を味わいました。そのような経験を持つ人間対して、

 「呪われている」とは、常識を逸脱しているのではないですか? と訴えました。

  そして、人事の課長からこちらの勉強不足だったと、反省し、誠意を持って謝罪し、これからも是非、仕事は続けて欲しいと言われたので、こちらも受け入れました。
帰り際、上司から、行き過ぎの発言だったと謝罪もあったので、仕事は続けます。

  嫌な言動があった時や、仕事上の無理な注文を断ること、又、自分の考えていること は、

 障害者でも、きちんと言わなければ、何も変わりません。

障害を持っているだけで、発言が制限されるならおかしなことです。

今回の一件はお騒がせしましたが、障害者雇用の問題点なので、きちんと掲示板に書き込んでおきます。

長くなりました、この辺で。

以上が僕の銀杏企画三丁目の掲示板への書き込みです。

書き込み日は200994日でした。

   この書き込みでは、職場で上司からの心無い発言があったので、福祉施設運営の掲示板に告発のような文章を書いています。

   書き込みから分かるように、僕は勤務先の職場で、仕事で使っている機械の誤作動が原因の仕事上のミスを職場の上司に報告したら、直属の上司から「呪われている」と言われました。

  当時は、職場も忙しく、僕は一日8時間の立ち仕事で、仕事中はかなりいらいらしながら仕事をしていました。

  ちょっとした心無い発言にも反応する精神状態でした。

  尚且つ、職場で働く精神障害者は僕一人で、いささか、被害的な心境で働いていたことは事実でしょう。

  ただ、この「呪われている」という発言に関しては、健常者、障がい者関係なく、あまりにもひどい発言だと正直に感じました。

 以上、「上司に呪われていると言われた」

くだらない内容ですが、ブログに載せます。






















2015年6月29日月曜日

銀杏企画三丁目の掲示板2009⑬「運・鈍・根」

銀杏企画三丁目の掲示板2009⑬「運・鈍・根」
フォローワーさん2009人到達記念、2009年に書いていた文章。

 Twitterのフォローワーさんが2009人に到達したので、僕が2009年に書いていた文章を公開してみます。
 心の病気の人たちを支援する、福祉施設、社会福祉法人、本郷の森、銀杏企画が運営する「銀杏企画三丁目の掲示板」に書き込みをしていました。
 ネット掲示板に関する本を読んでいたら、掲示板への書き込みの文は書き込んだ人間に著作権があるとのことでしたので、「銀杏企画三丁目の掲示板」への僕の書き込みをそのままブログに載せます。

掲示板でのハンドルネームは麻雀の役、国士無双でした。

銀杏企画三丁目の掲示板の掲示板はこちら

ハンドルネームの由来はこちら

朝日新聞が2008年に僕が働いていた職場を取材した記事はこちら

掲示板への書き込みは以下です。

  ブルーアイズさん、実習大変そうですね。 初めは、私も全然、仕事出来ませんでした。

  周りの方と余り比較せずに、ご自分の力を最大限発揮すれば、トライアル雇用につながると思います。

  ちなみに、私の職場の方は、パソコンのタイピング、キーボードを見ずに、話しながら、 出来てしまいます。

  私も常に劣等感を持ちながら、働いています。

  急がば回れで、ご自分のお力を焦らず出せば、大丈夫だと思います。

   学生時代の友人からの助言で、「運・鈍・根」という言葉を頂いたのですが、ブルーアイ ズさんは、先ず、職場実習に採用された、「運」を持っているのですか、後は「根」 つまり「根気」で凌いでいけば、良いと思います。

   残りの「鈍」はあまりプラスのイメージは無いかもしれませんが、「鈍」=「にぶい」 ことが、大切なのだそうです。

     他人と比較するのも当たり前かもしれませんが、会社で長く働くためには、ある程度の
「鈍さ」も必要のようです。

   もっと、「鈍く」なって、気楽にやれば、逆にいい方向に展開するかもしれません。

   職場実習は競争かもしれませんが、「運・鈍・根」で何とかトライアル雇用に結び付けて下さい!

  以上が僕の銀杏企画三丁目の掲示板への書き込みです。

  書き込み日は2009813日でした。

  心の病気を抱えた施設の就労希望者の方に、会社で働くためには、ある程度の鈍さも必要だと書き込んでいます。

  会社や職場の中では、嫌なことも沢山あると思います。

  人間が集まって、給料をいただくために働いている場所だから、嫌なことも沢山あると思います。

  そのような場所で長く働くためには、ある程度の「鈍さ」=「鈍感さ」も必要だということを心の病気を抱えた施設の就労希望者の方に伝えたいと思い、この書き込みをしていました。

 以上、「運」「鈍」「根」

くだらない内容ですが、ブログに載せます。


2015年6月28日日曜日

銀杏企画三丁目の掲示板2009⑫「障害者自立支援法について考える」

銀杏企画三丁目の掲示板2009⑫「障害者自立支援法について考える」
フォローワーさん2009人到達記念、2009年に書いていた文章。

 Twitterのフォローワーさんが2009人に到達したので、僕が2009年に書いていた文章を公開してみます。
 心の病気の人たちを支援する、福祉施設、社会福祉法人、本郷の森、銀杏企画が運営する「銀杏企画三丁目の掲示板」に書き込みをしていました。
 ネット掲示板に関する本を読んでいたら、掲示板への書き込みの文は書き込んだ人間に著作権があるとのことでしたので、「銀杏企画三丁目の掲示板」への僕の書き込みをそのままブログに載せます。

掲示板でのハンドルネームは麻雀の役、国士無双でした。

銀杏企画三丁目の掲示板の掲示板はこちら

ハンドルネームの由来はこちら


朝日新聞が2008年に僕が働いていた職場を取材した記事はこちら

書き込みは以下です。

こんにちは、国士無双です。

今日は、仕事休みでしたが、午前中、ぐっすり寝ていました。 銀杏は、バザーモードで忙しそうですが、もう一度、自立支援法について考えてみたい と思い、ネットでいろいろと探してみました。
面白い記事があったので、投稿します
毎度毎度、同じような書き込みなってしまいますが、お許し下さい。

「自立支援法」(2)…障害者を国家公務員にしよう
<<          作成日時 2007/01/23 06:32       >>

さて「ホワイトカラー・エグイデション」と違って、「障害者自立支援法」は「障害者やそ の家族、国民の『理解』」を得られなかったにもかかわらず断念されることなく施行され ている。
この障害者の「自立」を支援するというこの法律がどんなものかを考えてみたい。と、いっても「今のとこ」ワタシは障害者じゃなく、家族にも障害者がいない。だから、現実 的な痛みや深い部分での気持ちは解らないし、安易な想像を書くのもよくないような 気がするので、そうしたアプローチで書く気はない。いや書けない。でも何かを書かなければならないと強く感じているのだ。 いつも思うのだが、なぜワタシは障害者が気になるのだろう。そう、知らなければ、とりあえずのワタシの生活にはなんの支障もなく過ぎて行く「障害者」の生活。知ろうとし なくても、哀しいかな恐らくほとんど非難さえされないだろう障害者が対象の法律。同じニポンという社会のなかの出来事だから気になるという理由なんだろうか?  わから ない。ワタシが差別者であることの贖罪なのだろうか?  ちがう、と言いたい。障害者 にもっと根源的なことを問いかけられているような気がしているのだ。答えは簡単には でそうにもないのだけど……

国士無双です。 先程の記事の続きです。
「障害者自立支援法」という法律がどんなものか、昨秋参加した学習会の白石正久さんの言葉を借りて紹介しておこう。

0610月施行された「障害者自立支援法」は、寮育手帳や身体障害者手帳をもっている方(家庭)にとって「ゆりかごから墓場まで」、つまり一生大変な金が取られる法律です。
これまで学校に上がる前の障害児が障害者のための通園施設の負担額は、4500 円でした。この額は20万円前後の月収の家庭ですね。ただしこれだけに納まらない。バス電車を乗り継いで通わなければならない家庭にとって交通費も非常にかかる。あまり知られていないのですが、通園するのにタクシーをつかわざるえない障害 児も多いわけです。つまり4500円におわらない負担を障害児の家族はしているってことです。
それが、28700円にはね上がった。最低で28700円ですが、収入の多い家庭は33000 円支払っている。この支払いが「ゆりかごから墓場まで」続くわけです(もちろん28700 円に終わらない負担は変わらない)。
障害者が成長して学齢期を過ぎ、障害があることを理由に十分な職場を得られなかったとしても、不十分なお金ですが、障害基礎年金67000/月がありますので、その お金をつかって生活することは出来たんです。これまでは、そうした障害者が作業所 に通ってもお金はとられなかった。あたりまえです、67000円から何をとろうというんですか?  取ってしまっては生活がなりたたないわけですね。作業所の給料は、厚生労 働省が10000円などと言ってますが、無認可の作業所にかよっている人の月給は5000 円くらい、基礎年金と合わせても72000円ここから30000円ちかくも払ったらどうなりますか。実際には負担額が25000円になりましたが、それでも25000円も払わなければならない。手元に残るお金は一体いくらになるのですか?
前にNHKの福祉のひろばでもやっていたが、作業所の昼食も680円の負担になった。680円払って食べられる仲間はいいんですが、払えない人もいます。そんな障害 者が片道20分歩いて毎日200円のハンバーガーを食べに行くんです。……
次に続きます。

国士無双です。

先程の記事の続きです。

白石さんは、67000円/月で生活することが出来たというが、一体どんな生活なのだろう、と想像を絶する。またこのときの話で出された無認可の作業所は、障害者の地域 生活をささえるものとして重要な働きをしていると聞いているが、この作業所自体にも 補助金の廃止や削減がされ、運営ができない施設も出ていると聞く。


こんな状況のなか、障害者の「自立」のために一般企業への就職が斡旋されている。数日前のNHK教育TVの「福祉」でも一般企業就職することで「自立」を期待する官民の努力が放映されていた。障害者の地域生活をささえる作業所を潰す方向へもっていき、健常者と同じ競争経済という土俵での「経済的自立」を強要しようとする。ワタシ はここに違和感を感じるのだ。
前出のNHKの番組でも、障害者が一般企業で働く例として、工場での同じ動作が黙々と延々とつづく作業が紹介されたが、こういう決められた単純作業なら健常者より早くできますよ。同等にできますよ。変わらずにできますよ。むしろ障害者の方が向いていますよ、というのを見るのがけっこう辛いのである。健常者が作業していても大変そうな仕事だな、と思うのだが、たとえそこに「経済的自立」の可能性があるとしても、障害者にさせていいのかよってのはワタシの個人的な感情なのだろうか?  何の疑問もなく健常者ベースの社会が前提とされ、そんな社会の中でもともと差別的に扱われていた障害者をさらに追い込んでいるような気がしてならない。
障害者だからといって容赦しません。健常者ベースの競争社会で同等に争えるよう努力しなさい。それこそが「自立」っていうものです。「自立」するのは寸分の間違いなくよいことです。自立を努力する障害者にのみ支援してあげましょう、ってのが、ニポン 社会の器であり、苦労知らずの23世議員の不徳であり、さらにはワタシたち健常者の欺瞞のような気がするのだ。

健常者ベースの「競争社会」のなかで「自立」はあたりまえとして、効率重視の工場にほうりこまれる障害者。現実にそこで発生するイジメや疎外感。一般企業の効率に耐えうる障害者だけを支援する法律。やはり根本の部分で間違ってはいないだろうか?
たしかに健常者ベースの社会のなかで障害者は非効率かもしれない。しかしその非効率のどこが悪いのであろうか?  その非効率がカウンターカルチャー的に「たかだか健常というだけの人間」に価値を投げかけていないのだろうか?  ……あれ、なんか表現がおかしいな。もう少し言葉を替えて言おう。障害者の存在そのものが、健常者中心の社会に、いや人間の社会そのものに何か大切な、根源的な、問題提起をしてないだろうか?
間違いなく問題を投げかけているだろう。社会はそのことに意味や価値を見いだし、 その意味や価値を評価することができないのか?  国家はその意味や価値に対価を支払うべきではないのだろうか。
「作業所」を障害者の地域生活を支える場としての存在と捉えるのではなく、地域社会が障害者に教えを乞う場としてとらえ、社会に開放された「だれもの解放を支援」する場にできないのだろうか?  そうしたフィールドとして社会に価値を提供する。その価 値に対して国家が給金を支払う。障害者は国家公務員として雇用される。作業所で働く職員の給金の保障もしなければならない。

何度も書くが、ワタシは過去ホームレスとかかわってきた。大切な事のほとんどはそこで教えられたと思っている。ホームレスと同様に障害者も「社会的弱者」と呼ばれ る。「社会的弱者」と呼ばれるときの「社会」とは、それが余儀なき場合でも「経済的自立」ができない者を「弱者」と呼んでしまう社会であり、逆にその「弱者」と呼ばれる視点から見ればいかに情けない「社会」かということが見えるのだ。「社会」ばかりではない。障害者からは、もっと根源的な、人とは、命とは、生きるとは……といったことまで も教えられる、と思う。ああそうだ。これこそ、ワタシが障害者が気になっている理由かもしれない。

次に続きます。

前エントリーで華氏さんに教えられた。「病気や老齢で働けなくなれば、当然、共同体
(一応、国といってもいい)全体で経済的に支えるべき。それは「お情けで与えられるも の」ではなく、したがってそういう形で生活費を得ている場合も『経済的に自立』しているのだと私は思う。」
そうだ「お情け」ではないのだ。ワタシもどこかで「お情け」とまでは言わないが、それ に近い感覚をもっていなかっただろうか?  それではいけないのだ。当然のこととして 共同体(一応、国といってもいい)が支えるべきで、がそれが共同体社会の使命では ないか。華氏さんが言われるように、とうぜん共同体から生活費を得ている場合も「経 済的自立」だろう。しかし、もっと発展的な考えてみたい。それが障害者を国家公務員 にという案である。  特に今のニポン社会にはそれだけの価値があるのではないか!!

最後に今のニポン社会の現実の声を紹介する。障害児K君の母tomokoさんのコメン トである。

dr.stonefly まさにその「自立」に対する疑問が、現在の障害者やその保護者の胸にあります。
社会は、行政は彼らにどう自立してほしいのか。どこまでを求めているのか。そして、 それが不可能だと思われる場合どうしたらいいのか。
不可能だと決めてはいけない、と言われても、根性や努力でなんとかなるものでは ないケースも多いのが現実です。何かが少しずつ、でも確実に崩れている。やはりうまく言えないけど、周囲の人々の生活にそんな感じをおぼえます。
以上です。

自ら、当事者でない「ワタシ」さんのブログには考えさせられるところ沢山ありました。
「一般企業の効率に耐えられるだけの障がい者のための法律」 という言葉には国士無双も自らそのような現場で働いているので、「なるほど」と実感 しました。

「障害者の存在そのものが、健常者中心の社会に、いや人間の社会そのものに何か 大切な、根源的な、問題提起をしてないだろうか?」 という言葉には、「ワタシ」さんの障がい者問題に対する認識を感じました。 当事者である、私もそう思います。「臭いものにはふたをする」日本の悪い風習を改 め、どんどん、障がい者の存在アピールしていったほうが良いと思います。

「「作業所」を障害者の地域生活を支える場としての存在と捉えるのではなく、地域社会が障害者に教えを乞う場としてとらえ、社会に開放された「だれもの解放を支援」する場にできないのだろうか?」 という提案にも、作業所の役割を多機能に捉え、障がい者だけの解放の場として捉えるのではなく、地域の重要な役割として、作業所を捉えていて感心しました。

健常者を含め、「だれもの解放を支援する場にできないか?」 この言葉は、「ワタシ」さんの深い思想を感じさせられます。 当事者である私だけでなく、健常者も沢山、苦しんでいる方いらっしゃいます。

以上が僕に銀杏企画三丁目の掲示板への書き込みです。

書き込み日は2009224日でした。

この書き込みの中では、当時の障害者の自立を促すための法律、障害者自立支援法が、健常者の効率優先の論理の中で、その効率優先の論理の職場に耐えうるだけの障害者向けの法律なのではないかというブログをコピペして、書き込んでいます。

当時、僕が働いていた職場も、システマティックで、何から何まで、コンピュータで管理して、なるべく効率的に業務をこなそうとする職場でした。

僕の働いていた職場も、 単純労働をするだけの無味乾燥とした職場のように見える人も多くいると思います。

僕の職場を取材した朝日新聞の記者の方にも、僕の働いていた職場は、単純労働をするだけの健常者の論理の必要なものを集めて運ぶだけの何の技術も身に付かない効率優先の単純作業工場のような派遣の村と映ったのでしょう。

リサーチをきちんとして、現場を取材して、派遣村帰りのバスを降りる労働者の姿を撮影するカメラマン、自分の視点で記事にまとめる記者、新聞社の仕事も大変だと思いますが、3年半以上、派遣の村に通い続けて、福祉施設運営の掲示板に様々なことを書き込むのも大変です。

ひたすら単純労働をこなす。疎外感を感じることも確かにありました。

この書き込みのコピペしたブログ記事にあるように、健常者の論理で、単純労働を障害者にこなさせるという点が障害者自立支援法による障害者雇用の問題点なのでしょう。

以上、「障害者自立支援法について考える」
                                                                                          
くだらない内容ですが、ブログに載せます。