「中学校の頃の部活の思い出と僕の所属していたバスケットボール部」
僕は中学校でバスケットボール部に所属していました。
僕が通っていた中学校はバレーボールが盛んな中学校でした。
僕が通っていた中学校はバレーボールが盛んな中学校でした。
中学校で運動が出来る人間の多くの方々がバレーボール部に入部されていました。
文京区の中でもバレーボールの強い中学校で、都大会まで進出していたと思います。
僕の通っていた中学校ではバレーボール部が人気の部活でした。
僕は中学校の頃はバスケットボール部でしたが、バスケットボール部は、区大会でベスト8に入れるかどうかの強くない部活でした。
強くない部活でしたが、バスケットボール部に入部されてくる方は多くて、僕らの代は15人くらい部員がいたと思うし、僕の一つ下の代は、20人以上部員の方がいたと思います。。
狭い校庭と、体育館でバスケットボール部の練習をしていましたが、ストリートバスケのような感じで、楽しく練習をしていました。
強い部活動も良いと思いますが、部活動で人生が決まるわけではないので、無理をして強い部活動に入る必要はないと思います。
情操教育も必要かと思われる中学時代に、ストリートバスケのような感じで、楽しくバスケットボールをすることも良いことだと思います。
運動不足になりがちな、東京都内での生活で、空き地とかを活用してのスポーツは子供の遊びの延長で良いものだと思います。
本格的にバスケットボールをしたい方はバスケットボールが強い学校に行かれて、バスケットボールをすれば良いと思います。
中学校時代に、楽しくストリートバスケのように、バスケットボールを楽しみたい方々にとっては、僕らが所属していた中学校のバスケットボール部は良い部活だったと思います。
特にバスケットボールの名門中学校でもないし、楽しんでバスケットボールをして、体と心を鍛えるには良いバスケットボール部だったと思います。
文京区の大会で、負けると、少しでも強くなりたいと思い、練習量を増やしたり、顧問の先生だけに頼らずに、部員で練習法を考えたりしていました。
中学校の頃から、一方的に先生の指示に従うだけでなく、自分たちで、創意工夫しながらバスケットボール部を運営していたので、自分たちで考える習慣が中学生の頃が身に付きます。
しごきとかもなかったし、ストリートバスケのような感じで、楽しくバスケットボール部を運営していました。
その後、僕は都立小石川高校に進み、やはりバスケットボール部に入部しましたが、高校のバスケットボール部は、管理教育のような部活で、とにかく規律が厳しく、高校の中ではバスケットボール部は宗教団体だとかと言われていました。
人間教育としての、部活も悪くないと思いますが、生徒たちが自分たちで考えて部活動を作っていくとかいうのもおもしろいと思います。
高校の頃のバスケットボール部では、バスケットボール部の雰囲気に合わずにバスケットボール部を退部していった部員も多くいました。
僕も2年生の秋に退部しました。
その後、僕がFacebookを開設したら、どこで探し出したのか分かりませんが、都立小石川高校のバスケットボール部の人間だった方から友達申請がありました。
高校の時のバスケットボール部の部員だった人間が落語で真打になっている方がいるので、その方の落語会を見に行くために連絡をしたいようです。
僕も、落語家になっている方の落語は、僕が一人暮らしをしていた頃に、落語会のお知らせをする封書が良く郵送されてきて足を運びました。
同じ、宗教団体と言われていた、小石川高校バスケットボール部を中途退部した人間同士でシンパシーもあり、僕が一人暮らしをしていた頃も手紙のやり取りをしていたのだと思います。
中学・高校含めて、部活動は楽しい方が良いと思うし、辛い思い出ばかりある部活動に入部すると、その後の部活動で汗を流した人間同士の交流もなくなると思います。
高校時代のバスケットボール部は、とにかく厳しい部活で、高校時代の部活の仲間と会っても、辛い練習の思い出ばかりが思い出されると思うので、高校時代のバスケットボール部の仲間とは、ネット以外では会っていません。
かといって、中学時代のバスケットボール部の仲間とも会っていませんが、まだ、中学時代のバスケットボール部の仲間の方が、楽しい思い出もあると思っています。
僕が中学校の頃、バスケットボール部に所属していたことを書くとともに、部活動のことについても書いてみました。
以上、「中学校の頃の部活の思い出と僕の所属していたバスケットボール部」
ブログに載せます。
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