2016年2月4日木曜日

「ブランドものの服が嫌いだった10代の頃、そして現在、40代」



「ブランドものの服が嫌いだった10代の頃、そして現在、40代」

 僕は早稲田大学在学中に名門サークル早稲田大学探検部に所属していました。
サークル在籍中には、ミクロネシアのヤップ島、中国のチベット自治区、カナダのユーコン川、インドのプラマプトラ川などに遠征に行きました。
 10代の頃、とにかく、欧米型の物質文明型の教育ばかり受けてきて、欧米文化以外の土地に行きたいという物凄い、動機がありました。
 大学一年生の時にミクロネシアのヤップ島に1ヶ月滞在して、現地の人達と全く同じような生活をさせていただきした。
 ヤップ島では、貨幣はそれほど必要ではなく、食べ物は、畑で採れた、ヤム芋、タロ芋、海で採れた魚などを村人同士で分けあっていました。
 東京に住んでいると、食べ物は、スーパーなどで、貨幣を払って、得られます。しかし、ヤップ島では、食べ物は畑や海で得られました。
 現地の人たちは英語のロゴの入ったTシャツを着たりしていましたが、ブランド物の服が欲しいとか言う人は皆無でした。そもそも、ブランド物の服を売っている店がないのです。
 僕が思春期を過ごした多感な10代の頃はとかく、ブランド物の服が人気で、欧米の有名ブランドの洋服を着こなすことがオシャレであった時代でした。自然と、欧米のブランド物の洋服を着こなすには、モデルのような体型が似合います。足が長くて、顔が小さい、出るところは出ている。こういう体型をしている人が欧米のブランド物の洋服を着こなしていました。
多感な10代の頃ですから、皆、テレビや雑誌などの流行に非常に敏感になります。
でも、僕はそういう話が嫌で嫌で仕方ありませんでした。
ろくにお金のない10代の人間が、高価なブランド品を購入するためには、多大なお金が必要です。

特にデザイナーズブランドとか信じられないほど高い洋服がありました。

僕はそういう尺度で評価される世の中が嫌だったので、物価が安く、欧米型の物質文明に毒されていない、アジア諸国や、アメリカ領の辺境地域に良く赴きました。

アジア地域やアメリカの辺境地域などでは、日本での流行などとは全く異質な価値観で、人々は生活していて、僕にとってはとても新鮮でした。

もう、40半ば過ぎですが、いまだに服はUNIQLOとしまむらのお世話になっています。

以上、「ブランドものの服が嫌いだった10代の頃、そして現在、40代」

ブログに載せます。



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