2016年7月27日水曜日

「チベットの聖地、カイラス山北壁にて」



「チベットの聖地、カイラス山北壁にて」

 先日、朝日新聞を読んでいたら、「ラサへの歩き方~祈りの2400km」という映画についての記事があったので、興味津々に記事を読みました。

 僕は早稲田大学在学中に早稲田大学探検部に所属していて、この映画に出てくるチベットの地に赴き、チベット西部にある聖山、カイラスまで行ったことがあり、懐かしくなり、記事を読みました。

 今日、Twitterで紹介しましたが記事は以下です。


浮世離れした巡礼の旅との副題がついています。

僕も、実際にチベットに赴き、浮世離れした、巡礼の旅を経験しました。

カイラス山の巡礼路の途中で宿泊した、カイラス北壁にあるゴンパ(山小屋のようなもの)での様子を書いた文章が見つかったので、ブログで紹介してみたいと思います。

以下です。

 私はシーチャンホーでK氏、N氏と別れ、S氏と二人でカイラスに向かい、カイラス北壁でS氏と別れ、後続の二人を待つため4日間カイラス北壁にあるゴンパと呼ばれる山小屋のような建物の中で過ごした。ゴンパは20畳くらいの広さで、中には柱が2本立っていてテントを張るスペースがなく、又、天井に穴が二つ空いており吹雪という悪天候の中、寒さが身にしみた。私は最初、テントを外に張っていたが吹雪になったので急きょゴンパに避難したのであったがテントのほうがゴンパより快適であった。そんななかで私が外に出られずシュラフに包まっていると大きな袋を持った親子連れの巡礼者やってきた。父親の方は40半ばくらいの人の良さそうな顔つきの男で、子供はまだ5才ぐらいのかわいらしい笑顔を持つ元気な男の子であった。彼らが来たのは午後6時ごろであったがチベットは北京時間を採用しており、しかもカイラスはチベットの西に位置しているため時間のずれが大きく6時でも外は明るかった。(ひぐれはだいたい9時ごろ)。彼らは吹雪のため体じゅう雪化粧といった観で白くなっており衣服の汚れ、顔の汚れと対照的であった。
 彼らは私を見ると一瞬驚いたようであるが、こちらから笑顔を見せると笑顔で答えてきた。彼らはしきりにチベット語で話しかけてきたが私はほとんどチベット語を知らないので、ただ「タシデレ」(こんにちは)と繰り返していた。彼らはようやく私がチベット語を話せないことが理解できたらしく話しかけるのをあきらめた様子でゴンパのなかに入り、私のいた反対側にあぐらをかいて座った。父親の方は何かを口ずさんだ後、大きな袋から円形の黒い塊を取り出した。最初、何がなんだか分からなかったが、これらに火をつけるのを見て、ヤクのフンであることが分かった。チベットではヤクのフンが大切な燃料になっている。彼はヤクのフンに火をつけると今度は羊の皮で作ったふいごのようなもので空気を送り、火をだんだん大きくしていった。もの凄い煙のためゴンパの中はモノクロの世界に変わった。火が大きくなると彼はやかんを持って外に出ていき水を汲んできた。そしてやかんを石で作ったかまどの上に置いた。彼は再びふいごを自由自在に操り空気を吹き込んだ。30分ぐらいすると、湯が沸きはじめ、四角い固まりになっている茶をばらして湯の中に入れた。2、3分ふいごの手をゆるめ、待ち、茶ができると茶椀を出して茶を注いだ。次にそのなかに独特の臭みのあるバターを入れる。チベットではバターは希少なたんぱくであり、このバター茶は朝昼晩を問わず一日20杯ぐらいは飲む。彼は子供の茶碗に茶を注いだ後、私にも勧めてきたので私は好意を受け入れコップを差し出した。バター茶は日本人が飲んでもうまいと感じないかもしれないが、この様な状況では寒さをいやしてくれるもの、人の暖かみを感じさせてくれるものである。私は一杯飲み干しすっかりいい気分になった。彼はもう一杯勧めてきた。私は一度遠慮してからコップを差し出して注いでもらった。すると今度は白い粉をバター茶の中に入れてくれた。明らかに砂糖でないことがわかる。なぜならコップ一杯にこぼれるぐらい入れるのであるから。この白い粉はチンコー麦である。チベットの主食であるツァンパはこのようにチンコー麦をバター茶の中に入れそれを練りそのまま食べるのである。日本のきなこを思い浮かばればわかりやすいと思う。味は砂糖か何かがあれば何とか口に入るのだが、そのままでは何も味がせずバター独特の臭みとあいまってうまいと言えるものではない。しかし彼らはそれをうまそうに食べているので、私も気分を害すまいと「ヤップドゥ」(very goodの意)を連発した。それに乗じて勧めてくる彼らに辟易したが真の好意であったのだろう。そうこうしているうちに私と彼らはすっかり仲良くなり、子供は調子に乗って歌を歌い出し、服を脱いで小さな息子をあらわにして踊りも始めた。私と子供の父親は大笑いでそれに拍手を送った。このようにしてバター茶とツァンパの食事は終わり、私はシュラフの中にもぐりこんだ。
 彼らはもう寝るものと思っていると父親はお経をとなえ、手を頭の上にかざして祈りはじめた。もう夜の11時過ぎであった。ヤクのフンの火も消えゴンパの中は真っ暗になっていた。彼は細いろうそくの火を頼りに五体投地をしている。彼はさっきまでの笑顔と打って変わって真剣であった。子供が何を話しかけても怒鳴ってそれに答え、ひたすら

「オム マニ ペメ フム」

で始まるお経を繰り返してはゴンパの土間に身を投げ出していた。祈りが終わったのは12時過ぎであった。

以上が、僕が1988年に書いていた、チベットの聖山、カイラス山北壁で僕が見聞したチベット仏教徒の方の父と子の様子です。

 チベット仏教徒の方の、祈りの真剣さが現在でも記憶に残っています。
 
チベット仏教徒の方々は他者のために祈りを捧げるようです。

五体投地という祈りの仕方のようです。

僕も、チベットに行った際に五体投地をする方と実際に会いましたが、真剣でした。

何か、僕にとって大切なことを教えていただいたような気がしています。

先日、朝日新聞を読んでいたら、「ラサへの歩き方~祈りの2400km」という映画についての記事があったので、僕が早稲田大学在学中に早稲田大学探検部に所属し、チベットの聖山カイラス山に赴いた際の報告のような文章をブログに載せてみました。

以上、「チベットの聖地、カイラス山北壁にて」

ブログに載せます。





 





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