2015年7月2日木曜日

「ブログなり文章を書くということ」



「ブログなり文章を書くということ」

 ブログなり、文章なりを書くのは何かを伝えたい。自分の考えていることをまとめる、あるいは表現したいということかと思います。
 僕は、この点で一つ考えます。
 読んでほしい人は誰なのかという点です。
 自分の書いた文章を、例えば、金持ちセレブに読んで欲しいのか?貧乏人に少しでも元気を出してもらいために読んでもらいたいのか?
 これだけでも、ブログなり文章を書くことの意味合いが変わってきます。
 例えば、金持ちセレブに読んでもらいなら、金持ちセレブ向け文章があると思います。
 貧乏で、困っている人に読んでもらいたいなら、貧乏人(僕も貧乏人です)向けの文章があると思います。
 金持ちセレブに読んでもらいたいなら、金持ちセレブがコーヒーを飲む高級なカフェとか金持ちセレブが食事をするレストランとかに行ったりして、金持ちセレブの嗜好を研究するとかするのも文章を書く際に参考になるでしょう。
 一方、貧乏で困っている人に読んでもらいたいなら、貧乏人がコーヒーを飲むカフェとか食堂に行って貧乏人の嗜好を研究するのも文章を書く際に参考になると思います。
 
 僕は、金持ちセレブに自分の文章を読んでもらいとは思っていないので、赴くカフェとか店も庶民が足を運ぶことの出来るお店にしか行きません。

 カフェで言えば、誰でも気軽に入れるようなドトールとかサンマルクカフェとかを選びます。

近所には高級なカフェもありますが、客層が気難しそうだし、何かお金持ちそうなので、敬遠しています。

金銭的に余裕があって外食する時も、高級なレストランには行かず、庶民的な食堂(ジャンクフードと言われている店にも)に行きます。

文章を書くと文章にその人の生活感も出てきます。

一日中、テレビを観ている人なら、テレビ番組のこと、テレビ業界のことに詳しくなると思います。

テレビ番組の批評では、マスコミ関係者より鋭い批評をする人もいると思います。

毎日、毎日、音楽を聴いている人なら、自分の聴いている音楽について、音楽関係者より詳しくなると思います。

毎日、毎日、インターネットをやっている人なら、自分の見ているサイトについてサイト運営者より詳しくなると思います。

このように、テレビやインターネットに関しては視聴者なり、閲覧者なりが、番組制作者、サイト運営者より、熱意をもつことは良くあります。

自分が観ている番組なりインターネットサイトなりをこうしたら、受け取る側にとってもよりおもしろくなるということで、番組なりインターネットサイトの表現がエスカレートしていくことはよくあると思います。

ファンがいるテレビ番組、インターネットサイトは幸運だと思いますが、視聴者や、閲覧者の要望に応え過ぎていると、表現もエスカレートしていくのではないかと思っています。

それは、ブログなり、文章でも同じことだと思います。読者の要望を受け入れてばかりいると自分の書きたいブログ、文章は書けないのではないかと思っています。

「何事も過ぎたるは及ばざるが如しです」

製作者の側が自分の能力をきちんと自分で、把握して、テレビ番組なりインターネットサイトなり、ブログなり文章を作るのが良いのではないかと僕は思っています。

以上、「ブログなり、文章を書くということ」

くだらない内容ですがブログに載せます。




















 

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