2019年10月9日水曜日

「早稲田大学探検部OBで朝日新聞勤務の四倉幹木の思い出」


「早稲田大学探検部OBで朝日新聞勤務の四倉幹木の思い出」

 先日、早稲田大学探検部OB会よりメールが届きました。

 早稲田大学探検部OBで朝日新聞勤務の大島隆という人間が本を出したとの内容のメールが来ました。

 同じく早稲田大学探検部OBで朝日新聞勤務の四倉幹木とういう人間がメールを書いたようです。

 この四倉幹木という人間は、早稲田大学探検部時代は僕の一つ下になる後輩でした。

 僕がカラオケに行って、尾崎豊とか歌っていると、村田英雄とか歌って対抗してきて、いかにも自分の方が大人だと言わんばかりに先輩に接する生意気な後輩でした。

 学生時代から家柄の良さを感じました。

 朝日新聞に就職するのも分かるタイプの人間でした。

 同じ朝日新聞勤務で早稲田大学探検部OBの後輩になる大島隆が本を出したので、後輩を気遣ってメールを書いたようです。

 僕も以前、自分の働いていた職場が朝日新聞に潜入取材され、記事を書かれ朝日新聞にはあまり良い感情は持っていませんが、早稲田大学探検部関連のメールのようなので、きちんとメールは読ませていただきました。

 本を書いたり記事を書いたりすることを一方的に悪いことだと言うことはしませんが、早稲田大学探検部とは本を書くサークルなのかなと少し疑問に思いました。

 早稲田大学探検部の現役時代は、山登りとか川下りとかしていたのに、世に出ると、早稲田大学探検部関係者は本を書いたり記事を書いたりする人間になってしまうのかなと寂しくも感じました。

 早稲田大学探検部時代の共通体験とは山登りだったり、川下りだったりすると思います。

 文章がうまいとか、おもしろい文章を書くとかで、早稲田大学探検部関係者が評価されるようになると早稲田大学探検部も探検部を名乗れなくなるのではないかと一抹の不安を感じます。

 メールを書いた四倉幹木も早稲田大学探検部時代にアフガニスタンに行ったりして、行動派の人間だったのが、文章を書いたり、文章を読んだりする内省型の人間になったのかなとも思いました。

 先日は早稲田大学探検部OB会よりメールが届き、早稲田大学探検部OBで朝日新聞勤務の四倉幹木の名前が書かれていたので、僕の四倉幹木の思い出をブログに書いておきます。

 以上、「早稲田大学探検部OBで朝日新聞勤務の四倉幹木の思い出」

ブログに載せます。




 



 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

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