2016年5月15日日曜日

「梅里雪山 十七人の友を探して」 を読んで



「梅里雪山 十七人の友を探して」を読んで

以前から気になっていた本があります。
1991年に起きた、中国の梅里雪山での遭難事故の本です。

タイトルは「梅里雪山 十七人の友を探して」です。

昨年、一度読みました。今年になってもう一度、読んでみました。

以前、ブログに書いた、僕が参加した、インド、プラマプトラ川川下り中に起きた、日本山岳史上最悪の遭難事故、梅里雪山登山挑戦中の大量遭難事故に関する本です。

この川下りは、僕と早稲田大学探検部で同期だった中谷敏夫さんという方も参加しています。

中谷敏夫さんのウィキペディアはこちらです。
         

中谷敏夫さんのウィキペディアにも、プラマプトラ川川下りのことが掲載されています。

中谷さんも僕も、もうすでに探検・冒険活動からは退いていますが、僕らが現役だった頃の話を書いてみたいと思います。

実は、僕はプラマプトラ川川下り遠征隊に参加している時に悪夢を見て、体の調子を崩したことがありました。

 病院もない、土地で、高熱を出してしまいました。

 その際に、プラマプトラ川川下り隊に同行して、アルナチャルプラデシュを取材していた、フジテレビのテレビクルーに医学に詳しい、畑正憲さん(ムツゴロウさん)がいらして、夜に、僕の看病をしていただいたことを覚えています。

 梅里雪山での遭難事件と関係があるのか分かりませんが、僕らの赴いていた、アルナチャルプラデシュと梅里雪山は距離的に近く、尚且つ、チベット文化圏で、謎の川川下りと未踏峰登山という違いはありましたが、両方とも、世界初を目指す挑戦でした。

 プラマプトラ川川下りと、梅里雪山登山では、難度も違いますが、片や中国隊と組んでの聖山登山挑戦、片やインド隊と組んでの、謎の川川下り。お互い、一団体での遠征隊ではなく、他国の団体と組んでのジョイント(合同隊)で、一団体での遠征でないという問題を抱えていたことと思います。

 チベット文化圏という、特有の文化圏での、探検・冒険活動で、地元の住民の方々との心のわだかまりの問題を超えられるかが探検・冒険活動をする際にも大事な問題になります。

 梅里雪山への登山の挑戦は、言わば、チベット文化圏というチベット仏教文化圏の信仰の山を登るという行為で、地元の方からすれば、信仰の対象、聖なる山を、外国人が踏んでいくという行為になるのかもしれません。

 僕は、早稲田大学探検部で、チベットの信仰の山、聖山カイラス山にも赴きましたが、カイラス山の周囲は、巡礼する、ボン教徒の方、チベット仏教徒の方、ヒンドゥー教徒の方々が多くいらっしゃいました。

信仰の山の巡礼路は、標高5600メートルを超えるドルマ・ラ峠を最高点に、本当に、苦行をする道のようでした。

信仰の山、聖山、カイラス山にも、登山に挑戦した、外国人も多くいるようですが、登頂は失敗しています。

Youtubeで検索していたら、梅里雪山もカイラス山も世界で危険な山ベスト10にも出ていました。




日本にも、信仰の山は多くあると思いますが、日本の信仰の山では、山をゴミなどで汚していく登山者も多くいるようです。

街での生活のストレス解消として、山に赴き、街での生活を持ち込んでいる人間も多くいるようです。

 僕はチベットのカイラス山の麓に赴き、仏教徒の方やヒンドゥー教徒の方々の厚い信仰心を感じました。

 心から、カイラス山に辿り着いたことを喜び、一生の思い出にする人々もいらしたと思います。

 僕らの頃の日本での登山の時代から、東京での生活のストレス解消の手段として、山に赴き、街の生活を山に持ち込んで山をゴミなどで汚す連中もいたと思います。

 後々の世代の方が僕らと同じように登山をして同じような喜びを感じられることが出来るようにするためにも、山をゴミなどで汚すことには僕は反対です。

 僕らが学生時代に観た山をなるべくそのままの状態で後世にも残すことが、登山をする人間の使命のような気がします。

僕はもう、探検・冒険活動からは退いていますが、梅里雪山での大量遭難のことについて書かれている、「十七人の友を探して」から、探検冒険行為、登山をすること、登山をする山をゴミなどで汚すことなどについて考えてみました。

以上、「梅里雪山 十七人の友を探して」を読んで

ブログに載せます。




 

 





 

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