2016年9月22日木曜日

「バスハイクで俳句を詠んでみる」



「バスハイクで俳句を詠んでみる」

 先日の、本郷の森のブログを読んでいたら、バスハイクに行ったことが書かれていました。



 ブログがアップされていたのは、99日、重陽の節句の日でした。

 バスハイクのブログの文章の中では、動物と戯れたこととか、美味しいものを食べたことが書かれていました。

 ブログを読んでいると、何か出来事について詰め込み過ぎのような気がしました。

 バスハイクでの出来事を網羅して書くことも良いことだと思いますが、バスハイクというくらいですから、例えば、俳句の五七五の17文字にバスハイクへの思いを凝縮させることとかもおもしろいのではないかと思いました。

 事実を網羅して書くこともとても大事なことだと思いますが、日本人が持っている、俳句の世界で、バスハイクのことを詠んでみるとかおもしろいと僕は思います。

 五七五の17文字で、バスハイクを表現できるようになれば、バスハイクのバスハイクたる所以(ゆえん)も生まれると思います。

 言葉を沢山使って、ブログを書くことも良いことだと思うのですが、あまりにも言葉が多いと読むほうも大変です。

 俳句のような五七五の17文字でバスハイクに行った心境を表現できるようになれば、読み手の側も句を詠んだ方の心の動きについて関心を持つようになるかもしれません。

 先日のバスハイクのブログでは、行間をわざわざ作っていました。

 以前、僕が文学作品のようにブログでは行間を読む(書き手の思いを読み取る)とかのようなことは必要ないのではないかと書いたので、わざわざ、ブログで行間を作っているのでしょうか?

 小説とか、エッセイ(随筆)とか、ルポルタージュ作品とかを読んで作者の真意を読み取ることは、作品ときちんと対峙することになるのかと思いますが、ネットにあるブログを読んでブロガー(ブログの書き手)さんの真意を読み取る(行間を読む)ことはとても大変なことです。

 話が脱線してしまいましたが、本題に戻します。

 言葉遊びになってしまいますが、バスハイクというくらいですから、俳句を詠むことの出来る小さな旅だと思います。

 常日頃、真面目に作業に励んでいらっしゃる、メンバーの方々が体験できる、小さな旅がバスハイクだと思います。

日本の俳人も、松尾芭蕉を代表に、旅をして、渾身の思いで俳句を詠んでいたものと思われます。

 松尾芭蕉のような、大きな旅が出来なくても、東京近郊に、バスで旅が出来る貴重な機会がバスハイクなので、自分の思いを俳句に託して、一句詠んでみるとかおもしろいのではないかと思いました。

 なんでも自分の習慣にすれば、身に付いていくものと思います。

 バスハイクに行った際に、五七五の17文字で自分の気持ちを表現する練習とかを意識するようになれば、バスハイクのバスハイクたる所以(ゆえん)も生じてくると思います。

 楽しいバスハイクで、俳句を詠むのは面倒くさいという方もいらっしゃるかもしませんが、自分の気持ちを表現する習慣を身に着けることは、とても大事なことだと僕は思っています。

 先日の重陽の節句にアップされていた、バスハイクのブログを読んでいて、バスハイクで俳句を詠んでみるとかおもしろいと思ったので、ブログを書いてみました。

 以上、「バスハイクで俳句を詠んでみる」

ブログに載せます。



 


 

 


 
 






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