2016年11月22日火曜日

「神田川生活の闖入者 その9 いい夫婦の会、鎌倉材木座光明寺」

「神田川生活の闖入者 その9 いい夫婦の会、鎌倉材木座光明寺」

先日から、僕が神田川生活(一人暮らし)していた頃の闖入者(ちんにゅうしゃ=突然入って来た者)が良く来たので、その方々の様子をブログに書いています。

 今回の、第9弾は、早稲田大学探検部の僕と同期だった高橋宏治の闖入について書いたみたいと思います。

高橋宏治は実際に僕のアパートに闖入してきたわけではありませんでした。

 高橋宏治からは結婚をするとの旨のハガキが突然来て、結婚披露宴に出席しないかとの旨が書かれていました。

高橋宏治は早稲田大学探検部時代に副幹事を務めていて、僕が大学4年生の時に、同期の平泰則君が白神山地での遭難して亡くなってしまった事故の際に、高橋宏治はその遭難事故の対応で大変でした。

高橋宏治は本当に大変そうだったので、高橋宏治がご結婚すると知って、僕は自分で、

 「いい夫婦の会」という企画を企画して、1122日に新宿アイランドタワー44Fで「いい夫婦の会」という企画、高橋宏治のご結婚を祝う会を開催しました。

高橋宏治と高橋宏治の婚約者の方を主賓に、楽しい会を開催出来て良かったと思っています。

6年くらい前に高橋宏治にはハイキングに誘われ、僕もハイキングに参加しました。

楽しいハイキングに誘っていただき感謝しています。

高橋宏治とは、ハイキングの後に、鎌倉の材木座海岸沿いの光明寺にある、早稲田大学探検部の一つ下の後輩、八尋のお墓をお墓参りもしました。

お墓参りをした後に、鎌倉の材木座海岸のしらすが美味しいから、しらすをご両親にお土産に買っていってあげなよとアドバイスされ、しらすをお土産に買って帰京し、両親に届けると、僕の両親は、「おいしい」「おいしい」と喜んで食べていました。

高橋宏治は人の良い方で、早稲田大学探検部時代もその人の良さからいろいろと苦労も多かったと思います。

現在では、子宝にも恵まれ、パパとしても奮闘されていると思います。

高橋宏治も大変なことが沢山あると思いますが、持ち前の人の良さで良き人生を歩んでいただきたいと内心思っています。

以上、「神田川生活の闖入者 その9 いい夫婦の会、鎌倉材木座光明寺」

ブログに載せます。










2016年11月20日日曜日

「障害者福祉施設の旅行に見た、結婚式(ウェディング)」

「障害者福祉施設の旅行に見た、結婚式(ウェディング)」

 僕が、本郷の森、銀杏企画セカンドに在籍していた頃に秋の旅行がありました。

 僕が本郷の森、銀杏企画在籍中の旅行は、ファースト、セカンド、サード合同で旅行に行っていました。

総勢100人くらいの大所帯で旅行に行っていました。

 もう15年くらい前なので、どこに旅行に行ったかは覚えていませんが、旅行で結婚式(ウェディング)を目撃したことは脳裏に焼き付いています。

 僕が目撃した結婚式(ウェディング)は、本郷の森、銀杏企画の職員さん同士の結婚式(ウェディング)でした。

 旅行の宴会で、メンバーの方が、職員さん同士の結婚を祝福するために作詞作曲した歌を歌っていたことを今でもよく覚えています。

 結婚という旅に出発する、二人の職員さんは、神妙に、メンバーさんの作った歌を聴き入っていました。

 結婚相手の男性の方が、結婚相手の女性の方を抱きかかえ、

 「僕は、Mさんを幸せにします!!」

と言っていたのが印象に残っています。

包容力のある方だと思いました。

 僕も、まさか、障害者福祉施設の旅行で、職員さん同士の結婚式(ウェディング)を目撃するとは思っていなかったので、驚きましたが、結婚式は、早稲田大学探検部関係の結婚式に何度も出席していたので、慣れていましたが、何度見ても、結婚式というのは良いものだと思います。

 現在でも、多くの職員さん、メンバーさんに結婚という旅立ちを祝福された、二人の職員さんは、仲睦まじいカップルとして、その後の人生も歩まれていると僕は勝手に思っています。

 急に、僕が銀杏企画セカンド在籍中の旅行で目撃した、結婚式(ウェディング)を思い出したので、ブログに書いてみました。

 以上、「障害者福祉施設の旅行に見た、結婚式(ウェディング)」

ブログに載せます。




 


 





 


2016年11月19日土曜日

「神田川生活(一人暮らし)時代の高校時代のバスケットボール部の集まり、トイレ掃除」

「神田川生活時代(一人暮らし)の高校時代のバスケットボール部の集まり、トイレ掃除」

 僕が神田川生活(一人暮らし)をしていた頃に、僕が高校時代に所属していたバスケットボール部の集まりがありました。

 池袋の西口で待ち合わせして集まり、池袋西口界隈の飲み屋さんで会合をしたと思います。

 会合はバスケットボール部の顧問の先生の慰労の会でした。

 僕は都立小石川高校バスケットボール部は2年生の秋で退部していましたが、都立小石川高校バスケットボール部にはお世話になったので参加しましたが、高校時代のバスケットボール部はカッコいいから、モテたいからとかでバスケットボール部に在籍していた連中もいて、ミーハーな部だったと思っています。

 高校生の頃ですから、女子高生(今でいうJK)からモテたい(フォローされたい、追いかけられたい)連中もいたと思うし、飲み会の場所が池袋西口だったことを考えても、やはりミーハーなクラブ(部活)だったと思います。

僕らの高校にとっての池袋西口とは、早稲田大学でいう新宿歌舞伎町のような場所だったと思います。

僕らの高校にとっての巣鴨が早稲田大学でいう高田馬場だったように、池袋西口とは早稲田大学でいう新宿歌舞伎町のような場所です。

 バスケットボールでレイアップシュート(ドリブルシュート)をカッコよく決められるようになれば、多くの女子高生(今でいうJK)からもフォローされるような(追いかけられるような)モテモテの男子高校生になると思います。

 僕のレイアップシュートは中学校の頃から出前シュート(僕が中華料理屋の息子なので、中華料理を出前するようにレイアップシュートをしていたので、出前シュートの名前がついたのだと思います。)と呼ばれていました。

 僕は他の部員の方々のように、レイアップシュートをカッコよく決められなかったので、高校時代は全く女子高生(今でいうJK)からモテませんでしたし、女子高生(今でいうJK)からフォローされる(追いかけられる)ような男子高校生ではありませんでした。

現在では、僕の開設しているTwitterのアカウントには2000人以上のフォローワーさん(追っかけさん)がついていますが、これは僕が浪人時代に東京新聞を新聞配達をしていて、

東日本大震災後に、新聞配達をしていた頃を思い出して、Twitterからツイートをし続けていて、その結果、ついてきていただいているフォロワーさん(追っかけさん)方だと思っています。

僕は高校時代にバスケットボール部に所属していましたが、全く女子高生(今でいうJK)からモテませんでしたし、フォロー(追いかけられ)もされませんでした。

 僕はミーハーな連中が嫌いなわけではないですが、僕の見聞した限り、バスケットボール部の連中は弱い者いじめを止められるような強い気持ちを持った連中だったとは思えませんでした。

 カッコいいから女子高生(今でいうJK)にモテたいから(女子高生にフォローされたいから、女子高生(今でいうJK)に追いかけられたいから)という理由でバスケットボール部に入部してくるような連中は、精神的に未熟だと思います。

 バスケットボールを通じて、心を鍛え、弱いものいじめをさせないような強い気持ちを持つに至ったバスケットボール部員はいたのかなと思います。

 僕の通っていた高校は、進学校で優等生ばかりの学校でした。

 優等生とは、目上の人間からは気に入られ、重用され、出世していきますが、自分より地位の高い人間が、何か良からぬことをしようとする際に止めることとか出来るのかなと思ってしまいます。

不良になる人間も、いじめられた経験を持っている方もいると思います。

いじめられた経験があり、いじめられないように強くなりたくて、不良になった人間もいるかと思います。

もともとの優等生は、弱い者いじめをしている人間を止めたりすることなどにエネルギーは使えるのかなと思ってしまいます。

僕は同学年の人間にバスケットボール部の責任者に推薦されたので、バスケットボール部のことは高校時代は真面目に考えていました。

毎週、水曜日に、バスケットボール部の入っていたクラブハウスのトイレ掃除とかも責任者という立場上、毎週、行っていました。

僕が、学校の授業が始まる前に、クラブハウスのトイレ掃除をしていると、土のグラウンドで練習する、ラグビー部とかサッカー部の連中が、何か悪そうな顔をして僕がトイレ掃除をしている風景を見ていました。

ラグビー部とかサッカー部は土のグラウンドで練習するので、土が付着したスパイクでクラブハウスのトイレに入って来るので、トイレが泥だらけになります。

僕が毎週、水曜日にトイレ掃除をしていると、ラグビー部とかサッカー部の連中の土の付着したスパイクによって、トイレが泥だらけになっていて、僕がその汚れをきれいにしていたので、トイレ掃除をするのが大変でした。

そんな僕のトイレ掃除をしている風景を見ていて、ラグビー部とかサッカー部の連中も、何か悪そうな顔をしていたのだと思います。

バスケットボール部の責任者というそんな立場の僕のことを、憐れみも含めた表情で見ていたラグビー部とかサッカー部の連中の顔が今でも忘れられません。

とにかく、規律の厳しいバスケットボール部で、規律の厳しいバスケットボール部をまとめる責任者としてのそんな僕がトイレ掃除しているのが憐れに見えたのだと思います。

僕はバスケットボール部をまとめるために自分から率先して、毎週、水曜日にトイレ掃除をしましたが、バスケットボール部の部員の方々は、それぞれが自分の価値観を持っている方々で、僕がどれだけ頑張ってトイレ掃除をしても僕にまとめられるような集団ではありませんでした。

今ではフェイスブック以外では全く交流がありませんが、皆さん、それぞれの人生を歩まれていると思います。

電通系とか、日経系のメディアで働いている方もいるようです。

僕は特別にメディアで働いているわけではありませんが、ブログを書いているということは、僕も自分のメディアを持っているということになります。

僕の家では朝日新聞を購読していて、毎朝、朝日新聞を読むので、僕の思考は、朝、朝日新聞を読むことから始まるようです。

朝、NHKを見ている人もいると思うし、日経新聞を読んでいる人もいると思います。

メディアの話になると、とにかく相手を否定しがちになるので、僕は、あまりメディアの話はしたくありませんが、高校時代のバスケットボール部の仲間もメディア系の会社に勤務されているようなので、神田川生活の高校時代のバスケットボール部の集まりを思い出しました。

高校時代に一緒に汗を流した仲間ですから、思い出も沢山ありますが、女子高生(今でいうJK)にモテたいから(フォローされたいから、追いかけられたいから)という理由でバスケットボール部に入部して来るような部員が多いミーハーな雰囲気のバスケットボール部をトイレ掃除でまとめようとしていた僕には、バスケットボール部は向いていなっかたのかなと現在では思っています。

神田川生活(一人暮らし)の頃の高校のバスケットボール部の会合から、高校時代のバスケットボール部、優等生、メディア、トイレ掃除などについて考えてみました。

以上、 「神田川生活時代(一人暮らし)の高校時代のバスケットボール部の集まり、トイレ掃除」

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2016年11月18日金曜日

「則天去私、私心、“Don’t give up”」

「則天去私、私心、“Dont give up”」

 先日、早稲田大学探検部OB会から、一通のメールが届きました。

 メールには、キルギス(旧、ソビエト連邦の共和国)の山(ウチーテル峰(4320))を登ったことについて書かれていました。

 登った山は、天山山脈の山だったようです。

 僕は、このメールを読んでみて、夏目漱石の文学観、

「則天去私」を思い出しました。

「則天去私」とは、 自然の摂理に従って、「私心」を捨て去ることのようです。

僕は、この「則天去私」という言葉は、浪人時代に通っていた塾の先生から教わりました。

言葉の重みを感じさせる言葉でした。

人間の「私心」を描いたものが多くの文学作品なのかもしれません。

僕は、文学が嫌いなわけではありませんが、小説一つとっても読むのが大変な小説とかもあります。

夏目漱石の小説も、読むのが大変な小説も多くあります。

「明暗」とかも読むのが大変な夏目漱石の小説です。

漱石も「私心」を描き続けて、小説を書き続けていたのだと思います。

漱石の晩年に悟った、境地が、「則天去私」で、漱石の凄さを感じさせます。

僕は、いまだに「私心」を捨て去ることが出来ません。

ブログを書いていること自体が、「私心」を書いていることだし、東日本大震災以後になって、ようやく僕も、僕の「私心」を書くことが出来るようになったようです。

漱石が自分の「私心」を書き始めたのは何歳か分かりませんが、ようやく、東日本大震災という天変地異を経験して、僕も、

「私心」=“Don’t give up”=あきらめるな、諦らめないで

を書けるようになったようです。

大きな天変地異を経験して、ようやく僕の私心が表現できるようになったようです。

早稲田大学探検部OBの方からの一通のメールから、偉大な文豪、夏目漱石の文学観、

「則天去私」

について考えてみるとともに、現在の僕の「私心」

Dont give up”(あきらめるな、諦めないで)

について考えてみました。

以上、「則天去私、私心、“Don’t give up”」  

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2016年11月16日水曜日

「超音波検査(エコー検査)、血液検査、異常なし」

「超音波検査(エコー検査)、血液検査、異常なし」

 先日、かかりつけの内科に診察に行った際に、逆流性食道炎が良くならずに、毎日、毎日が、とても苦しくて、辛い生活になっていると医師に相談しました。

 医師は、それでは、大病院に紹介状を書いてあげますと、紹介状を書き始めました。

 紹介された大病院は、飯田橋にある大病院でした。

 先ず、大病院に勤務されている医師の方との問診をしました。

 医師の方に、僕の現在の症状を伝えると、

 医師の方は、現在服薬している薬は、「ネキシウムですか?」

 と尋ねてきました。

 僕は、もうかなり前からタケキャブという薬を服薬しているので、

 「タケキャブ」という薬ですと答えました。

すると、医師は、僕に紹介状を見せてきて、

「紹介状には、処方している薬は、ネキシウムと書いてある」

と、僕に紹介状を見せてきました。

僕は紹介状を確認しましたが、長い間、タケキャブという薬を飲んでいるので、

「現在は、タケキャブを飲んでいます」

と言いました。

すると医師は、

「タケキャブを飲んで、逆流性食道炎が良くならないことはない。何か悪いことをしているのはないですか?」

と言ってきました。

僕は何も悪いことはしていないので、

「悪いことはしていません」

と答えました。


すると、医師は、

「チョコレートとかお饅頭は食べていないですか?」

と尋ねてきました。

僕は、チョコレートを食べることはあるので、

「チョコレートを食べることはあります」

と答えました。

すると、医師は、

「チョコレートも逆流性食道炎に悪い」

と言いました。

僕はその言葉を聞いて、

「チョコレートを食べるのを止めます」

と答えました。

次に医師は、

「食後にすぐに横になって寝てしまうことなどないですか?」

と尋ねてきました。

僕は、自分で、逆流性食道炎のことについて調べて、食後に散歩をすることが逆流性食道炎に良いとあったので、

「なるべく、食後に散歩をするようにしています」

と答えました。

すると、医師は、

「それは良いことですね」

と言いました。

問診はこの程度で終わり、

それでは、症状はあるようなので、

「血液を採らせてください」

「念のために体に負荷のかからない、超音波エコーの検査をしてみましょう」

とのことで、問診の日に、血液を採取し、診察から約1週間後に超音波エコーの検査をしました。

血液の採取は、何度やっても、注射針が刺さる瞬間は嫌です。

超音波エコーの検査とは、僕が痛がっている箇所(腹部)に、ブローブという機械をあてて、超音波の反射波(エコー)の情報を収集して、腹部に異常がないかを調べる検査らしいです。

ブローブという機械を腹部にあてる前に、何かヌルヌルした物質を、僕の腹部に塗っていました。

検査で必要な、物質を腹部に塗るのだと思いました。

検査中は、

「息を吸ってください、吐いてください」

を繰り返して、僕の腹部にブローブをあてて、エコー(反射波)を調べていました。

超音波エコー検査の約10日後に、検査の結果を聞きに、大病院に赴きました。

検査の結果は異状なしとのことでした。

検査の結果を聞きに行った際に、禁煙指導を受けました。

僕は、一日、タバコを一箱くらい吸っているので、やはり喫煙習慣が悪いことのようです。

とりあえず、超音波エコー、血液検査では異常がなかったのですが、禁煙をしたほうが良いとの指導を受けました。

以上、「超音波検査(エコー検査)、血液検査、異常なし」

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2016年11月13日日曜日

「障害者福祉施設に見たサービスカレーを食べていたんだろ」

「障害者福祉施設に見たサービスカレーを食べていたんだろ」

 僕が、文京区の障害者福祉施設で作業所でもある、本郷の森、銀杏企画に入所した際に、本郷の森、銀杏企画の女性職員さんから、

「上原さんは、早稲田大学に通っていたら、サービスカレーを食べていたんだろ」

と詰問されたことがありました。

確かに、僕が早稲田大学に通っていた頃は、カフェテリアとかなくて、学生食堂で200円位のサービスカレーを昼食に食べていました。

例え、サービスカレーでも、僕にとっては貴重なエネルギー源でした。

何か、本郷の森、銀杏企画に行くと、学生運動をしていた学生さんとか、真面目に社会問題に取り組んでいる学生さんがバカにされる傾向があるので、足が遠ざかる原因にもなりました。

普通の方々からすると、早稲田大学の硬派で社会派の学生さんは、何か危険思想を持っている人間のように思われてしまうようです。

楽しいはずのキャンパスライフの昼食が、200円位のサービスカレーだったと分かると、普通の感覚を持った優しいはずの本郷の森、銀杏企画の関係者の方々も早稲田大学出身の人間から離れていくようです。

有名私大、早稲田大学の大学生の昼食が、200円位のサービスカレーだったと判明すると、普通の感覚を持った優しい職員さん方も早稲田大学出身の人間から離れていくようです。
福祉施設に入所した際の職員さんからの詰問調の質問がとてもおもしろかったので、ブログに書いてみました。

以上、「障害者福祉に見たサービスカレーを食べていたんだろ」

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2016年11月3日木曜日

「ブロガー移行支援.comのページビュー数が2万5千ページビューを超えていました」

「ブロガー移行支援.comのページビュー数が25千ページビューを超えていました」

 本日、今年、作ったブログ、ブロガー移行支援.comのページビュー数を確認したら、25千ページビューを超えていました。

 ブログを確認していたら、2万ページビューを超えたのが、20165月ですから、約半年かけて、ページビュー数が25千ページビューを超えたということになります。Twitterからツイートした書き込み数は、2080ですから、1ツイート当たり、12ページビューくらいあるということになります。

 全ての書き込みを紹介し終えたのは、429日ですから、その後、約半年かけて、ページビューの合計が2万5千ページビューを超えたということになります。

 少しでも関心を持っていただいて書き込みを読んで頂ければ良いなと思っています。

 心の病気の方々が、自分の気持ちを吐き出すためにもブログなどは良いものになると僕は思っています。

 国民の祝日、「みどりの日」に、書き込みを紹介し終えて、やはり、国民の祝日、「文化の日」にページビュー数を確認してみたら、ページビュー数が25千ページビューを超えていました

 心の病気の方々にとっても、ブログなどの文章を書く文化的な活動はとても重要なものになってくると思います。


 以上、「ブロガー移行支援.comのページビュー数が25千ページビューを超えていました」

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