2014年10月4日土曜日

「ちょっといい話~スピッツ」

「ちょっといい話~スピッツ」

三陸経済新聞というサイトに以下の記事が掲載されていました。

陸前高田「小さな音楽祭」にスピッツ出演-震災直後の支援ライブが縁

陸前高田の仮設商店街「陸前高田未来商店街」(陸前高田市竹駒町)の野外ステージで105日、音楽イベント「小さな音楽祭 in 陸前高田」が開催される。3日、主催者はホームページでロックグループ「スピッツ」が参加すると発表した。

 このほかの出演は地元シンガーの斉藤選手、雪音&玄太、市立高田第一中学校3年生合唱団、横田保育園鼓笛隊。スピッツは2011年春に同市で支援ライブ を行っており、主催者はホームページで「平成2363日に、高田高校の仮校舎でライブを行っていただいたことを契機に、今なお被災地に思いを寄せてい ただいているスピッツに参加いただくことになりました。歌の力で出演する方も、参加いただく方も、互いに楽しいひと時と安らぎ、明日へ向かう力を満たす時 間を、一緒に未来商店街で共有しましょう」と参加を呼び掛けている。

 会場は同商店街に設けられる野外ステージ。雨天時は市立高田第一中学校体育館を予定する。14時開演、1630分ごろ終演。入場無料。

僕の好きなバンド、スピッツが震災被災地陸前高田で支援ライブを行うようです。
以前、ツイッターを見ていたら、「武器を楽器に変えて支援」というスローガンを目にしましたが、音楽家の方はこれを実践しているようです。

現在でも、被災地支援に思いを寄せているスピッツにはいいですね。

ネット記事を引用して、ブログに載せてしまいますが、良い記事だったで、公開します。

スピッツの名曲 「空も飛べるはず」の動画も載せてみます。

You Tubeはこちら

    ↓





コープ(生協)でのアルバイト

「コープ(生協)でのアルバイト」

昨日、近所を散歩していたら、コープのトラックに出くわしました。
荷台で作業をしているCO-PEの方が、一所懸命働いていました。
CO-PEの荷台には「つながろうCO-OPアクション 東日本大震災復興支援」のロゴがありました。
このロゴを見て、昔、CO-OPで働いていたことを思い出しました。
品川区の京浜島の倉庫街で、CO-OPの冷凍食品の倉庫で、品出しの作業を行っていたことを思い出しました。
品川まで出て、京浜急行に乗り換え、青物横丁で下車、送迎バスで、京浜島にあるCO-OPの倉庫まで出勤します。
職場には、中国の青島から稼ぎに来ている人も沢山いて、一緒に仲良く働いてました。
冷凍倉庫での品出しの仕事は氷点下の冷凍庫の中で仕事をするので、体の調子が悪くなりますが、時給が当時としては、1,100円と良かったので、品川区の京浜島まで、働きに行ってました。
倉庫街の風景は東京都とは思えない風景で、地道に働くのが好きな僕にとっては働きやすい職場でした。
職場には、様々な人種の人が働いていましたが、給料をもらうという共通の目的で働いていたので、氷点下でのきつい冷凍倉庫での仕事もダジャレを言いながら、なんとかやってました。
毎朝、氷点下の冷凍庫の中で、防寒着を着用して、冷凍食品のピッキング作業がありました。ピッキング作業は反射神経が大事で、モニターに表示された冷凍食品を、ピッキングして、発泡スチロールの箱に詰めていきます。
東京の各家庭に、僕らがピッキングした冷凍食品が配達されてました。
昨日、偶然、CO-OPのトラックを見かけ、「つながろうCO-PEアクション」 東日本大震災復興支援のロゴマークを付けていたので、急に昔、CO-PEで働いていたことを思い出しました。
でも、もう、年齢も年齢なので、冷凍倉庫の中での仕事は出来ないと思います。

以上、「コープ(生協)でのアルバイト」

くだらない内容ですが、ブログに載せます。





2014年10月2日木曜日

『「タブ」を開いてのパソコンでの仕事』

『タブを開きながらのパソコンでの仕事


僕の最近の仕事のやり方をブログに書きます。
パソコンを起動。
すぐにブラウザを開きます。
ブラウザはFirefoxを使用。
自分の上司にしたい人のTwitterのアカウントを第一タブで開きます。
その人の下で働いていると自分に言い聞かせつつ、ワード、エクセルなどの作業をPC上で行います。
Firefoxでは複数のタブが開けるので、仕事上の上司にしたい人のTwitterのアカウントを複数のタブで開いておきます。
僕のモバイルPCにWiMAXが搭載されているので、外出先でも、ブラウザは開けます。
家にいても、外出先でも、ブラウザでタブを開きながら仕事ができます。
現在の僕には上司がいないので、この仕事のやり方が結構、自分に合ってます。
自分の気に入っているTwitterのアカウントをブラウザのタブで見ながら、仮想上司にして、パソコンで作業。

このパソコンの作業のやり方ががけっこうはかどります。

普通の職場では、とにかく人間関係で、疲れてしまい、仕事もはかどりません。

上司の悪口、部下の悪口、同僚の悪口が多く、時間の無駄です。

これからの時代は自分の気に入ったTwitterのアカウントを上司に見立てて、自分のやりたいようにパソコンで仕事をしたりするのがもしかしたら流行るかもしれません。


くだらない内容ですがブログに書きます。

2014年9月25日木曜日

「パソコン通信によるデータベース検索業務」

パソコン通信によるデータベース検索業務」

僕は20代から30代にかけて、パソコン通信によるデータベースの検索業務を行っていました。
ビルのメインテナンス会社に勤務して、コンピュータからアクセス出来るデータベースを利用して、東京近辺の都市開発に関する情報を収集し、会社の各部署に社内報のような形で、配っていました。
会社のパソコンのOSはなんとMS-DOSで、グラフィカルユーザーインターフェースでなく、画面にコマンドを入力しながら、データベースにアクセスして、And検索、Or検索などを駆使して、様々な情報を収集してました。
当時の時代の最先端の「サーチャー」に少し近い仕事でした。
キーワードを入力しおけば、キーワードにヒットする情報が得られました。
このデータベース検索業務の仕事を長く行っていた経験が、東日本大震災の際にGoogle Readerを活用しての情報収集、Twitterを通じての情報発信に生きました。
災害時にはなるべく正確な情報が必要になります。
今ではパソコンやスマートフォン、タブレットPCが普及していて、情報の共有は当たり前になっています。
Google Readerがなくなり、情報収集がTwitterBlogなどに変化しているのかもしれません。
もう東京では、パソコン、スマホによる情報収集、タスクの管理が当たり前になっています。
1千万都市、東京の人間は総サーチャー化しているのかもしれません。
GoogleYahooなどの検索エンジンによる検索もサーチャーの仕事に似ていると思います。
僕がビルメインテナンス会社で行っていたサーチャーもどきの仕事を、現在では、パソコン、スマートフォン、タブレットを持っている人が簡単に行えるようになったようです。
時代の進化の良い所は誰にでも受け入れられるようです。
というわけで、僕が10年以上前に行っていた仕事は、今では需要がないようです。



くだらない内容ですがブログに載せます。

2014年9月23日火曜日

「デング熱」と「さようなら原発集会(広瀬隆氏)」

デング熱とさようなら原発集会(広瀬隆氏)

東京ではデング熱の脅威が盛んに報道されています。
代々木公園でデング熱が検出されて以来、東京各地でデング熱が検出されています。先日は、上野公園でもデング熱が検出されました。
先日の朝日新聞に、代々木公園で予定されていた「さようなら原発」アクションの催しが、デング熱の脅威を理由に代々木公園から江東区の亀戸中央公園に開催場所が変更されたとのことが紙面に載ってました。
政府主導の鹿児島県の川内原発に始まる原発再稼働に絡み、東京では「さようなら原発」の催しが代々木公園で予定されていました。
この集会には、原発問題の権威とも言える広瀬隆氏も参加し、集会の模様を空撮しようと考えていたそうです。
残念なことに「さようなら原発」の集会はデング熱の検出を理由に代々木公園での開催は中止されてしまいました。

政府 VS 市民、デング熱 VS 反原発の構図はネット上で話題になっているようです。

デング熱 VS 反原発集会。

さて、反原発の市民運動はデング熱の脅威に勝てるのでしょうか?

デング熱を権力者による生物兵器に見立てる論調もあるようです。

広瀬隆氏にはさようなら原発の集会が代々木公園から亀戸中央公園に変更されても、反原発の主張は変えないでで、代々木公園で考えていた空撮も是非行って欲しいと思います。

デング熱の脅威に負けずに都の公園での「さようなら原発」の集会は行って欲しいと思います。


くだらない内容ですがブログに載せます。






2014年9月21日日曜日

「大学受験」と「悪霊」(ドストエフスキー)

「大学受験」と「悪霊」(ドストエフスキー)

僕はTwitterは回転ずし的なメディアだと思ってます。フォローワーさんがお客さん。フォロワーさんにいかに安価に良いネタを提供できるか?僕は高級寿司店には行きません。回転ずしにお世話になっている人は、Twitterをやるんだと思うんです。フォローワーさんが沢山いる人は、それだけ、安く、良いネタを提供できる人だと思うんです。だからお客さんも付く。特に東日本大震災後は、その人が今までどのような価値観で人生を過ごしてきたかが分かるんだと思います。100円ショップ。コンビニ。ユニクロ。ドトール。生協。新聞販売店。郵便局。こういうお店にお世話になってきた人はTwitterの世界で通用するんだと思います。僕は大学受験に失敗して、一年間、東京新聞の新聞専売所に住み込んで、新聞配達をしながら受験勉強をしてました。毎朝、3時半に起きて、250軒くらいの家に新聞を配ってました。この経験が僕の人生を決定付けたと言えると思います。中央区の下町で雨の日も雪の日も転びながらも新聞を配ってました。英語の勉強はマ ンションに新聞を配る時の階段の上り降りの時に「出る単」を読みながら勉強してました。こういう勉強法でも英語が異常に難しい上智大学国際関係法学部に合格しました。
幸い、僕のことを理解してくださる塾の先生が文京区にいらして、な んと、無料で塾に半年、通わせていただきました。文京区の本郷にある塾の先生でした。出身大学は早稲田大学でした。僕は受験で、「早稲田」「上智」「明 治」に合格しました。恩師の先生が早稲田だったので、早稲田を選びました。早稲田大学入学後も、僕は楽しい仲間に囲まれ過ごしました。有意義な学生生活を 送れました。社会に出ると、出身大学とかでいろいろ言われ、これが社会かとびっくりしました。僕は勤めていた会社を辞めて、庶民的な街の本屋さんで働きました。お客さんはごくごく普通の人たちでした。僕にオススメの本や、売れ筋の本を聞いてくるお客さんも沢山いました。新聞配達、街の本屋さんでのアルバイト。この経験は本当に僕にとっては大きな経験です。
 僕は公立高校出身ですが、公立の高校というのは定時制もあり、若い頃から苦学している人が沢山いることを教えてくれます。勉強したくても、事情があり勉強できない人が沢山いることを教えてくれます。僕の高校時代の部活の顧問の先生は、定時制の先生も兼ねてました。
 高校時代の経験、新聞配達の経験、街の本屋さんでのアルバイトの経験。普通の学校生活だけは得られない自分の人間の幅を広げてくれる大きな経験だったと今でも思ってます。
そして、英語が異常に難しい上智大学に進まず、国語が異常に難しい早稲田大学に進んだことも正解だったと思ってます。苦学して、上智に進んでいたら、ドストエフスキーの「悪霊」とか研究していたかもしれません。

社会変革に情熱を燃やす、無神論者たちの、社会変革について研究していたかもしれません。

早稲田に進んで、何事も客観的に見る視点を教えていただいたことは感謝してます。













2014年9月20日土曜日

「人生のモチーフ」

「人生のモチーフ」

その世代その世代で、自分の人生のモチーフとなる、本だったり、映画、テレビドラマがあると思います。
僕の人生のモチーフとなっている本は、冒険家の植村直己さんの「青春を山に賭けて」だったこともありました。
植村直巳さんは僕が子供の頃、国民栄誉賞を受賞して、冒険の素晴らしさを日本国民に伝えてくれました。
植村直巳さんのような冒険がしてみたいと思っていた子供たちは日本中にいたと思います。
「青春を山に賭けて」の影響もあり、アウトドア活動を真面目に行っている、早稲田大学探検部に入部し、日本各地の名山、幸いなことにチベット(ヒマラヤ山系)のトレッキングを体験できました。
でも年をとると、植村直己さんの本は人生のモチーフになりにくくなってます。
何か、今後の人生のモチーフになるような、本なり、映画なりに出会ってみたいと思ってますが、とにかく年を取ってからの読書とか、映画鑑賞は若い頃のように本当に感動したり共感したりするものがなかなかありません。

最近は落語なり、時代劇に走りそうです。でも通っている障害者支援施設ではドラえもんとか、金八先生の話をしてます。仕方なく、施設では、ドラえもんなり、のび太くんなり、3年B組なりを演じてます。

せっかくの、休日は、もう40半ばを過ぎているので、「週末に楽しむ中高年障害者の文京区界隈歩き」とかいう本があれば人生のモチーフになるのかなと思ってます。

他にも乙武洋匡さんの「五体不満足」なども同じ障害者の方が書いた本として、人生のモチーフになるかもしれません。

何か、今後の人生のモチーフになるような、本なり、映画なりに出会ってみたいと思っています。


くだらない内容ですがブログに書きます。