2018年2月11日日曜日

「本当に早稲田大学探検部関係を切っていて良かったと思っている」

「本当に早稲田大学探検部関係を切っていて良かったと思っている」

 今日、角幡氏のTwitterを見ていたら、自分の本のアマゾンのレビューで格調の高い文章とあったとのツイートがありました。

 角幡氏も、北海道の名士の家に生まれ、素性が良いのだと思います。

 早稲田大学探検部関係者が、地方の名家のご子息の方々もいて、そのような方々は、先輩に可愛がられ、伸びていくのだと思います。

 僕のような素性の人間は、早稲田大学探検部関係者からはうざい存在になるのだと思います。

 早稲田大学探検部関係者を切ることにより、育ちとかで判断されない環境に身を置き、僕も自由にブログが書けます。

 僕のように、労働者階級の家に生まれた人間で、自分の努力で早稲田大学まで進み、働きながら文章を書いていって、自分のブログを作ったような人間は早稲田大学探検部関係者からはうざいと思います。

 本当に早稲田大学探検部関係者を切って良かったし、僕も幸せになれたと思います。

 同期の幹事長含め、言いたいことは沢山あるし、書きたいことも多くありますが、僕が何を書いても早稲田大学探検部関係者がなんとも思わないだろうと思い、あまり悪口も書いていませんが、僕も本当に早稲田大学探検部関係者の育ちで人を判断する主義が嫌だったので、早稲田大学探検部関係者を切って良かったと思っています。

 これからも自分の思うようにブログを書いていこうと思っています。

 以上、「本当に早稲田大学探検部関係を切っていて良かったと思っている」

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「NHKも悪いとは思わないが、NHKで働きたいとは思わない」

NHKも悪いとは思わないが、NHKで働きたいとは思わない」

 今日は、NHK311の際の映像を見ました。

 アナウンサーの方が、渋谷の放送センターが大きく揺れている最中にも冷静に伝えていてすごいと思いました。 

 日頃から、よく訓練しているのだと思いました。

 ただ、僕はNHKのような会社で働きたいとは思いません。

 仕事も激務だと思うし、すぐに過労で病気になり会社を休んでしまうと思います。

 僕も地震などの緊急時にはNHKを見るので、NHKが悪いとは思いませんが、NHKのような激務の仕事は僕には到底出来ないと思います。

 NHKの放送センターの掃除とかだったらまだいいですが、NHKの報道とかでは働きたいと思いません。

 僕もテレビ業界のことは、少しは知っているので、報道の部署の大変さは知っています。

 報道の仕事は激務だと思います。

 僕もNHKを見るので、NHKが悪いとは思いませんが、NHKで働きたいとは思わないことを書いてみました。

 以上、「NHKも悪いとは思わないが、NHKで働きたいとは思わない」

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「3.11は多くの日本人にとってトラウマになっているような気がする。」

311は多くの日本人にとってトラウマになっているような気がする。」

 今日は、2011311日から611カ月の月命日です。

 僕も、311NHKの映像を見ましたが、今見ても恐ろしい映像だと思いました。

 僕は311246分には、都バスに乗っていました。

 文京区の春日付近で、地震に遭いましたが、都バスが止まり、都バスの中から外を見ていると、電信柱が、上下に揺れていて大きな地震であることはすぐに分かりました。

 2011年の311日以来、多くの日本人にとって311とはトラウマになっているような気がします。

 東京でも大きな揺れは感じたし、被害もありましたが、当時のNHKの映像を見ていると、岩手県、宮城県、福島県には大津波警報が発令されていて、実際に甚大な被害があったようです。

 東京でも大きな揺れがあったと言っても、東北地方の太平洋沿岸部に比べれば、被害は少なかったと思います。

 東京に住む方々が、3.11のことを忘れないことは大事だと思うし、3.11がトラウマになっている方々のことも考えないといけないと思います。

 今日は、3.11から611月の月命日で、僕も当時のNHKの映像を見たので、3.11が大きなトラウマになっている方々も多くいると思いブログを書いてみました。

 以上、「311は多くの日本人にとってトラウマになっているような気がする。」

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「ブログを書くのは心の病気の方々にとって良いことだと僕は思っている」

「ブログを書くのは心の病気の方々にとって良いことだと僕は思っている」

 先ほどブログに書きましたが、いわゆる統合失調症といわれている方々は、心の中に妄想観念があるようです。

 仮に妄想観念があったとしたら、自分の妄想観念を文章にまとめてブログなどに書くのは良いことなのではないかと僕は思っています。

 精神科医も患者さんの文章を読めば、どのようなことを考えているかが分かるし、病状把握も出来ると思います。

 僕も知り合いの精神科医に長文のメールなどをいただいたこともありますが、精神科医も言葉で治療しようとする方々だと僕は思っています。

 僕の精神科の主治医は、診察の際にあまり話すこともなく、言葉で治療しようとしていないようにも思われますが、多くの精神科医は言葉で、患者さんを治療しようといている方々が多いと僕は思っています。

 患者さんが何か妄想のあるようなことを書いていれば、患者さんの妄想を訂正するような言葉を発して、言葉で患者さんを治療しようとすると僕は思っています。

 患者さんが仮に妄想観念に囚われているとしたら、患者さんが自分の妄想観念を書くことによって、患者さんの文章を読み、患者さんの妄想観念を訂正しようとするような言葉を出すと思います。

 いわゆる統合失調症といわれている方々が、自分の考えている妄想観念を文章にしてみれば、精神科医も、患者さんの文章を読むことによって、次にどのような治療をしよううかと考えることが出来ると思います。

 精神科医が患者さんを言葉で治療しようとしていると僕は思っているので、ブログを書くことは統合失調症などの患者さんにとって良いことだと僕は思っています。

 以上、「ブログを書くのは心の病気の方々にとって良いことだと僕は思っている」

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「誰か知り合いに僕のWordファイルを読んでもらいたい」


「誰か知り合いに僕のWordファイルを読んでもらいたい」

 僕の早稲田大学探検部時代の知り合いには出版関係者もいるし、精神科の医師もいます。

 早稲田大学探検部時代の知り合いに僕のブログをまとめたWordファイルを読んでもらいたいと僕は思っています。

 僕が果たして妄想のある統合失調症者なのかも判断していただきたいし、あわよくば、僕のブログが本になれば、少しは収入にもなると思うし、僕の経済状態も少しは良くなると思います。

 僕のブログをまとめたWordファイルを読むのが面倒だという方もいるかと思いますが、今までの早稲田大学探検部に対して、気を遣ってきた気遣い料として僕のブログをまとめたWordファイルを早稲田大学探検部関係者に読んでいただいて、なんとかならないとか(具体的には本にならないか)と思っています。

 以上、「誰か知り合いに僕のWordファイルを読んでもらいたい」

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「僕のブログは妄想観念を書いているものなのか?」

「僕のブログは妄想観念を書いているものなのか?」

 昨日、ヤフーのサイトを見ていたら、心の病気に関する記事がありました。

 僕も統合失調症とされています。

 統合失調症者とは、妄想観念があるとのことが記事に書かれていました。

 僕のこのブログも僕の妄想観念を書いているものなのでしょうか?

 僕は新聞記者でもないし、何かを取材して記事を書くというようなことはしていません。

 日々、心に浮かんだことを書いています。

 日々、心に浮かんでいることが僕の妄想観念なのでしょうか?

 2017年までのブログをWordファイルにまとめていたら、1171ページもありました。

 Wordファイルで1171ページもあるような妄想観念を僕は持っているのでしょうか?

 日本でもエッセイと言われるものや、随筆と言われるものを書いている方々は多いと思うし、ネットにあるブログなども含めると、日々、心に浮かんだことを書いている方々は多いと思います。

 自分で、自分のブログを読み返していても、文章もそれほど妄想のあるようなことを書いていないと思うし、日々、心に浮かんだことを書いているだけのような気もします。

 統合失調症者とは妄想観念があるらしいので、僕のブログも僕の妄想観念を書いているものなのかなとふと疑問に思い、ブログを書いてみました。

 以上、「僕のブログは妄想観念を書いているものなのか?」

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2018年2月10日土曜日

「亡くなった方々の著作を読んでみる」

「亡くなった方々の著作を読んでみる」

 先ほどブログに書きました、震災本を書かれている方々が亡くなっているようです。
                                                                                                                        
 文学などでは、生前は読まれなかった本が、死後に読まれることはよくあるようです。

 死後に作品が評価されることもよくあるようです。

 震災本を書かれて亡くなり、自分でも何かを残したと思い、逝去された方もいるかと思います。

 亡くなった方の作品を読んでみることも、僕は良いことだと思っています。

 今まで見えなかったことが見えるようになったりするかもしれません。

 震災本とは、未曾有の災害、東日本大震災を扱っているので、東日本大震災で亡くなった方々のことを書いている本も多くあります。

 亡くなった方々のことを書くとは、本当に辛いことだと思うし、自分で本を書きながら亡くなった方を供養しようとしたり、鎮魂の思いも湧いてくると思います。

 あえて、辛い震災本を書くという作業を選んだ方々は、本当に命がけで本を書かれていると僕は思っています。

 今一度、亡くなった方々の著作を読んでみるのも、自分の人生を考える上で良いことだと僕は思っています。

以上、「亡くなった方々の著作を読んでみる」

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「震災本を書いている方々が亡くなっていくのは寂しい気持ちになる」

「震災本を書いている方々が亡くなっていくのは寂しい気持ちになる」

 今朝、NHKを見ていたら、作家の石牟礼道子さんが亡くなったとのニュースがありました。

 僕はニュースを見て、すぐにヤフーのサイトを見て、石牟礼道子さんの訃報の毎日新聞の記事を見つけてツイートして、その後、石牟礼道子さんが東日本大震災後に書かれた震災本を紹介しました。

 先日も、震災本を書かれていた西部邁さんが亡くなり、東日本大震災に際して、震災のことについて本を書かれている方が亡くなりました。

 東日本大震災に際して、本を書かれている方々は、ある程度、覚悟を持って震災本を書かれていると僕は思っています。

 東日本大震災とは日本にとって未曾有の災害で、1000年に一度の大地震と言われている災害です。

 その東日本大震災のことについて本を書くとは、本当に覚悟のいることだと思うし、渾身の思いで本を書かれている方々が多いと僕は思っています。

 やはり、東日本大震災に際して、震災本を書かれている石牟礼道子さんの訃報を聞いて、石牟礼道子さんも震災本を書かれていたと思い、震災本を書かれた方が亡くなっていくのは本当に寂しいと僕は思っています。

 NHKの、「花は咲く」の歌詞ではありませんが、

あなたは何を残したのだろう

の通り、震災本を残していった方々です。

 ご冥福をお祈りいたします。

以上、「震災本を書いている方々が亡くなっていくのは寂しい気持ちになる」

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2018年2月9日金曜日

「震災本を書いている人間の意図まで読んで次の一手を考える」

「震災本を書いている人間の意図まで読んで次の一手を考える」

 僕は長く、東日本大震災関連書籍=震災本を紹介しています。

 いわゆる「震災本」を書かれている方々は、様々な「意図」を持って本を書かれている方々もいるような気もします。
 
 政治的な意図もあると思うし、経済的な意図もあると思うし、様々な意図を持って本を書かれている方々が多いと思います。

 震災本を読んだら、本の著者の信者にならずに、本を書いている著者の意図まで読んで、自分で次の一手を考えた方が良いと思います。

僕はブログを持っているので、自分の考えていることを書けますが、何も表現媒体がない方々は、本を読んだら、本の著者の信者になってしまう方もいるかと思います。

僕は早稲田大学まで行っているので、ある程度は本を読み解く力があります。

本を書いた著者の意図まで時には読もうとします。

将棋ではありませんが、本を書いた方々も様々な意図を持って本を書かれていると思います。

本を書かれた方々の渾身の一手を読んで、どう対応するかを考えなければなりません。

僕は長く、

「震災本を 集めて早し 神田川」

と詠むことが僕の手になっています。

その他にも、本を読んでの感想などを書くことによって、本を書いた人間の意図まで読もうとしています。

言論に不慣れな方々は、本を読む機会も少なく、本を読んだら本を書いた著者の信者になってしまう方もいるかと思います。

なるべく自分で表現媒体を持つようにして、自分の考えを発信していった方が良いと僕は思っています。

以上、「震災本を書いている人間の意図まで読んで次の一手を考える」

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「震災本を読んでいる人は、かなり東日本大震災のことについて詳しくなると思う」

「震災本を読んでいる人は、かなり東日本大震災のことについて詳しくなると思う」

 僕は長く、東日本大震災関連書籍=震災本を紹介しています。

 僕の紹介している本を読んでいる方は、かなり東日本大震災に関して詳しくなると思います。

 ネットなどでも東日本大震災に関することは流れていますが、震災本はきちんと本としてまとまっていって、ネットに流れている情報よりきちんとしたものです。

 震災本の中には、ネットにあるブログなどを掲載している本も多くあり、震災本が、ネットを嫌っている訳ではないことが分かります。

 むしろ、新聞・テレビメディアに対して不信感を抱いているような本も多くあります。

 新聞・テレビメディアで、「原発」推進キャンペーンをしていたことは事実だと思うし、本を書いている方々の言説に耳を傾けてこなかったのも事実だと思います。

 僕もマスコミと言われる業界にいたことがあるので、メディアのことは少なからず分かります。

 特にテレビ業界とは、自由な言説も少なく、規制もかかる業界です。

 世論操作をしたがっている方もいるし、本を書かれている方々の自由な言説に比べると、自由度も少ない業界だと思います。

 原発推進キャンペーンをしてきた、テレビ、新聞メディアに対して批判的なことを書いている本も多くあります。

 僕も普段は、テレビも見るし、新聞も読むので、僕もマスメディアに影響されている人間ですが、僕が紹介している本を読んでいる方々は、東日本大震災のこと、「原発」のことについてかなり詳しくなると思います。

 ただ、僕が以前、ブログに書いているように、「震災本」を読んでみても、精神障害者の就労と「原発」の問題が関係があるとは僕は思いません。

 心の病気の方々が、「反原発」「脱原発」を掲げる会社とかで働く必要もないと僕は思っています。

 以上、「震災本を読んでいる人は、かなり東日本大震災のことについて詳しくなると思う」

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