2018年2月11日日曜日

「誰か知り合いに僕のWordファイルを読んでもらいたい」


「誰か知り合いに僕のWordファイルを読んでもらいたい」

 僕の早稲田大学探検部時代の知り合いには出版関係者もいるし、精神科の医師もいます。

 早稲田大学探検部時代の知り合いに僕のブログをまとめたWordファイルを読んでもらいたいと僕は思っています。

 僕が果たして妄想のある統合失調症者なのかも判断していただきたいし、あわよくば、僕のブログが本になれば、少しは収入にもなると思うし、僕の経済状態も少しは良くなると思います。

 僕のブログをまとめたWordファイルを読むのが面倒だという方もいるかと思いますが、今までの早稲田大学探検部に対して、気を遣ってきた気遣い料として僕のブログをまとめたWordファイルを早稲田大学探検部関係者に読んでいただいて、なんとかならないとか(具体的には本にならないか)と思っています。

 以上、「誰か知り合いに僕のWordファイルを読んでもらいたい」

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「僕のブログは妄想観念を書いているものなのか?」

「僕のブログは妄想観念を書いているものなのか?」

 昨日、ヤフーのサイトを見ていたら、心の病気に関する記事がありました。

 僕も統合失調症とされています。

 統合失調症者とは、妄想観念があるとのことが記事に書かれていました。

 僕のこのブログも僕の妄想観念を書いているものなのでしょうか?

 僕は新聞記者でもないし、何かを取材して記事を書くというようなことはしていません。

 日々、心に浮かんだことを書いています。

 日々、心に浮かんでいることが僕の妄想観念なのでしょうか?

 2017年までのブログをWordファイルにまとめていたら、1171ページもありました。

 Wordファイルで1171ページもあるような妄想観念を僕は持っているのでしょうか?

 日本でもエッセイと言われるものや、随筆と言われるものを書いている方々は多いと思うし、ネットにあるブログなども含めると、日々、心に浮かんだことを書いている方々は多いと思います。

 自分で、自分のブログを読み返していても、文章もそれほど妄想のあるようなことを書いていないと思うし、日々、心に浮かんだことを書いているだけのような気もします。

 統合失調症者とは妄想観念があるらしいので、僕のブログも僕の妄想観念を書いているものなのかなとふと疑問に思い、ブログを書いてみました。

 以上、「僕のブログは妄想観念を書いているものなのか?」

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2018年2月10日土曜日

「亡くなった方々の著作を読んでみる」

「亡くなった方々の著作を読んでみる」

 先ほどブログに書きました、震災本を書かれている方々が亡くなっているようです。
                                                                                                                        
 文学などでは、生前は読まれなかった本が、死後に読まれることはよくあるようです。

 死後に作品が評価されることもよくあるようです。

 震災本を書かれて亡くなり、自分でも何かを残したと思い、逝去された方もいるかと思います。

 亡くなった方の作品を読んでみることも、僕は良いことだと思っています。

 今まで見えなかったことが見えるようになったりするかもしれません。

 震災本とは、未曾有の災害、東日本大震災を扱っているので、東日本大震災で亡くなった方々のことを書いている本も多くあります。

 亡くなった方々のことを書くとは、本当に辛いことだと思うし、自分で本を書きながら亡くなった方を供養しようとしたり、鎮魂の思いも湧いてくると思います。

 あえて、辛い震災本を書くという作業を選んだ方々は、本当に命がけで本を書かれていると僕は思っています。

 今一度、亡くなった方々の著作を読んでみるのも、自分の人生を考える上で良いことだと僕は思っています。

以上、「亡くなった方々の著作を読んでみる」

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「震災本を書いている方々が亡くなっていくのは寂しい気持ちになる」

「震災本を書いている方々が亡くなっていくのは寂しい気持ちになる」

 今朝、NHKを見ていたら、作家の石牟礼道子さんが亡くなったとのニュースがありました。

 僕はニュースを見て、すぐにヤフーのサイトを見て、石牟礼道子さんの訃報の毎日新聞の記事を見つけてツイートして、その後、石牟礼道子さんが東日本大震災後に書かれた震災本を紹介しました。

 先日も、震災本を書かれていた西部邁さんが亡くなり、東日本大震災に際して、震災のことについて本を書かれている方が亡くなりました。

 東日本大震災に際して、本を書かれている方々は、ある程度、覚悟を持って震災本を書かれていると僕は思っています。

 東日本大震災とは日本にとって未曾有の災害で、1000年に一度の大地震と言われている災害です。

 その東日本大震災のことについて本を書くとは、本当に覚悟のいることだと思うし、渾身の思いで本を書かれている方々が多いと僕は思っています。

 やはり、東日本大震災に際して、震災本を書かれている石牟礼道子さんの訃報を聞いて、石牟礼道子さんも震災本を書かれていたと思い、震災本を書かれた方が亡くなっていくのは本当に寂しいと僕は思っています。

 NHKの、「花は咲く」の歌詞ではありませんが、

あなたは何を残したのだろう

の通り、震災本を残していった方々です。

 ご冥福をお祈りいたします。

以上、「震災本を書いている方々が亡くなっていくのは寂しい気持ちになる」

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2018年2月9日金曜日

「震災本を書いている人間の意図まで読んで次の一手を考える」

「震災本を書いている人間の意図まで読んで次の一手を考える」

 僕は長く、東日本大震災関連書籍=震災本を紹介しています。

 いわゆる「震災本」を書かれている方々は、様々な「意図」を持って本を書かれている方々もいるような気もします。
 
 政治的な意図もあると思うし、経済的な意図もあると思うし、様々な意図を持って本を書かれている方々が多いと思います。

 震災本を読んだら、本の著者の信者にならずに、本を書いている著者の意図まで読んで、自分で次の一手を考えた方が良いと思います。

僕はブログを持っているので、自分の考えていることを書けますが、何も表現媒体がない方々は、本を読んだら、本の著者の信者になってしまう方もいるかと思います。

僕は早稲田大学まで行っているので、ある程度は本を読み解く力があります。

本を書いた著者の意図まで時には読もうとします。

将棋ではありませんが、本を書いた方々も様々な意図を持って本を書かれていると思います。

本を書かれた方々の渾身の一手を読んで、どう対応するかを考えなければなりません。

僕は長く、

「震災本を 集めて早し 神田川」

と詠むことが僕の手になっています。

その他にも、本を読んでの感想などを書くことによって、本を書いた人間の意図まで読もうとしています。

言論に不慣れな方々は、本を読む機会も少なく、本を読んだら本を書いた著者の信者になってしまう方もいるかと思います。

なるべく自分で表現媒体を持つようにして、自分の考えを発信していった方が良いと僕は思っています。

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「震災本を読んでいる人は、かなり東日本大震災のことについて詳しくなると思う」

「震災本を読んでいる人は、かなり東日本大震災のことについて詳しくなると思う」

 僕は長く、東日本大震災関連書籍=震災本を紹介しています。

 僕の紹介している本を読んでいる方は、かなり東日本大震災に関して詳しくなると思います。

 ネットなどでも東日本大震災に関することは流れていますが、震災本はきちんと本としてまとまっていって、ネットに流れている情報よりきちんとしたものです。

 震災本の中には、ネットにあるブログなどを掲載している本も多くあり、震災本が、ネットを嫌っている訳ではないことが分かります。

 むしろ、新聞・テレビメディアに対して不信感を抱いているような本も多くあります。

 新聞・テレビメディアで、「原発」推進キャンペーンをしていたことは事実だと思うし、本を書いている方々の言説に耳を傾けてこなかったのも事実だと思います。

 僕もマスコミと言われる業界にいたことがあるので、メディアのことは少なからず分かります。

 特にテレビ業界とは、自由な言説も少なく、規制もかかる業界です。

 世論操作をしたがっている方もいるし、本を書かれている方々の自由な言説に比べると、自由度も少ない業界だと思います。

 原発推進キャンペーンをしてきた、テレビ、新聞メディアに対して批判的なことを書いている本も多くあります。

 僕も普段は、テレビも見るし、新聞も読むので、僕もマスメディアに影響されている人間ですが、僕が紹介している本を読んでいる方々は、東日本大震災のこと、「原発」のことについてかなり詳しくなると思います。

 ただ、僕が以前、ブログに書いているように、「震災本」を読んでみても、精神障害者の就労と「原発」の問題が関係があるとは僕は思いません。

 心の病気の方々が、「反原発」「脱原発」を掲げる会社とかで働く必要もないと僕は思っています。

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2018年2月8日木曜日

「東大関係者は絶望したりして諦めている方がいるような気がする」

「東大関係者は絶望したりして諦めている方がいるような気がする」

 僕の予感ですが、東大関係者は、あまにも難しいことを勉強しすぎて、世の中に対して絶望したりして、あきらめている方が多いだろうなと思っています。

 自分たちが勉強した難しいことが、世の中に反映されずに、絶望したりして、諦めの気持ちを持っている方々が多いような気がしています。

 学校で勉強したことが全て世の中に反映されるかと言ったら、世の中に反映されないことも多いと思います。

 普通の人たちが全て難しい勉強をしているかと言ったら、難しい勉強をしていない人の方が多いと思います。

 難しいことを勉強して、分かり易い言葉で、何か書いている方々は、僕は許せますが、難しい言葉そのままに何か書いている方々は、僕は許せません。

東大で勉強された方々が、これぐらいのことも分からないのかとかと難しい言葉で語りかけてきたら、僕はコミュニケーションを拒否すると思います。

東大で勉強された方々が、自分たちの勉強されたことを、世の中の人たちに分かってもらえないと絶望して、諦めている方々も多いだろうなと僕は思っています。

僕は諦めの気持ちは持ちたくないので、わざわざ、難しい勉強をして、誰も分かってくれないとか諦めの気持ちを持ちたいとは思っていません。

以上、「東大関係者は絶望したりして諦めている方がいるような気がする」

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「銀杏企画とは東大の企画という意味だと思う」

「銀杏企画とは東大の企画という意味だと思う」

 僕は昔、銀杏企画という作業所に在籍していました。

 東大のマークが銀杏ですから、「銀杏企画」とは東大の企画という意味になるのだと思います。

 僕は東大に恨みもありませんが、僕は東大に通っていたわけではないし、東大を受験したこともありません。

 僕の母校、早稲田大学に通っていた頃に東大の先生に学んだこともありません。

 僕は統合失調症になり、文京保健所に相談に行った際に、文京保健所で銀杏企画を紹介され、銀杏企画に入所しましたが、銀杏企画とは東大の影響力が強い作業所です。

 夏目漱石ではありませんが、

 智に働けば角が立ちます

 東大の方々の知性の高さは僕も認めますが、あまりにも、難解なことばかり話していると、僕も疲れてしまいます。

 もう僕も年齢も年齢なので、あまりにも知的レベルが高い環境に身を置くと僕が疲れてしまうので、僕は銀杏企画には行かないと思います。

 銀杏企画とは東大の企画という意味になるのだと思い、僕も年齢も年齢なので、あまりにも知的レベルが高い環境に身を置くと僕が疲れてしまうので、僕は銀杏企画には行こうと思っていないことを書いてみました。

 以上、「銀杏企画とは東大の企画という意味だと思う」

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「銀杏企画の忘年会に120名も集まっているのか?」

「銀杏企画の忘年会に120名も集まっているのか?」

 昨日、本郷の森のブログを見ていたら、昨年の忘年会のことが書かれていました。

 忘年会は文京区民センターで行われたようですが、忘年会には120名くらい集まったと書かれていました。

 一作業所としては、すごい人数だと思います。

 銀杏企画の忘年会とはクリスマスも兼ねていて、クリスマスプレゼントの交換とかもあったと思います。

 僕も、参加したことがあります。

 文京区民センターも改装されて、きれいになったようですが、盛況だったようです、

 120名くらい集まると、大所帯で、まとめるのも大変だと思いますが、 和やかに作業所が運営されれば良いと思います。

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「銀杏企画関係者とFacebookの友達になった」

「銀杏企画関係者とFacebookの友達になった」

 昨日、Facebookで銀杏企画関係者と友達になりました。

 僕が30代の頃、銀杏企画セカンドに在籍した頃に、知り合った方です。

Facebookメッセンジャーでやり取りをしていて、昨日、正式にFacebookの友達になりました。

Facebookで話をしていると、文章もきちんとしているし、心の病気のようには思えません。

心の病気からの回復者として、銀杏企画のお手本になる方だと思います。

昨日、Facebookで友達になった方が、銀杏企画で、自分の就労体験を皆さんの前でお話ししてみるとか良いと思いました。

銀杏企画を出て働き出して、もう18年とのことだし、皆さんのお手本になる方だと思いました。

銀杏企画の皆さんも、お手本になる方がいて、見習ってついていくのが良いと思います。

少しでも具合が良くなっている方を見習って、銀杏企画関係者はついていくのが良いと思います。

以上、「銀杏企画関係者とFacebookの友達になった」

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