2016年12月9日金曜日

「高野秀行先輩の思い出、オタク」

「高野秀行先輩の思い出、オタク」

 僕が早稲田大学在学中に所属していたサークル探検部の先輩方で、僕の住んでいる、文京区の近所に住んでいた先輩がいらしました。
 
昨日は、Iのイニシャルを持った先輩の話を書きましたが、今日は、僕の家から歩いて行ける新宿区に住んでいた高野秀行先輩の思い出を書きたいと思います。

 高野秀行先輩は、僕の2つ上の先輩で、ライター業をされていた方です。

 僕の実家から歩いて行ける、新宿区に住んでいました。

 僕も、良く、新宿区の高野さんの住んでいたアパートに遊びに行きました。

アパートには、早稲田大学探検部の後輩連中も住んでいて、遊びに行くと、おもしろかったものです。

 僕は、高野さんが、Appleコンピューターの、マッキントッシュのノートパソコンを使っていたので、一度、高野さんの使っているMacのノートパソコンのOS(オペレーティングシステム)を入れ替えましょうと自分から言って、高野さんのMacのノートパソコンのOSを入れ替えたことがありました。

 僕もMacのノートパソコンを使っていて、Macが、OS8.1から立体的でカラフルなインターフェイスになっていたので、押しつけがましく、高野さんに、高野さんのMacのノートパソコンのOSを入れ替えましょうと提案し、MacのノートパソコンのOSを入れ替えました。

 その作業を行っていた時に、僕は、高野さんに、

「上原、オタクだなと思ったよ」

 と言われました。

 確かに、MacのノートパソコンのOSを入れ替える作業を自発的に行うのは、オタクのすることなのだと思います。

 ただ、そういう作業が出来る人間がいないと、日進月歩していく、パソコンの進化についていけないし、如何にも、気持ち悪いというような感じで、オタクと言われても、僕は、パソコンの勉強はしていました。

 その甲斐も、あり、国から精神障害者手帳を付与されてからも、パソコン関係に強かったので、仕事はあったし、パソコンを使う職場でも、十分通用しました。

 多くの職場での仕事が、気持ち悪い、オタクのような仕事をしている人も多くいるのではないでしょうか?

 高野さん自身が、物書き業で、文才もある方ですから、パソコンとかでオタクぽっく仕事をしている連中が気持ち悪いのかもしれませんが、多くの職場でパソコンは導入されています。

 僕は、自分から自発的に、個人的に、パソコンのことは勉強していました。

 オタクと言われても仕方ありませんが、僕はオタクのように、パソコンの作業をしていたからこそ、仕事があったのだと思います。

 世の中には実に様々な仕事があります。

早 稲田大学探検部と交流がある関野さんの「一からカレーライスを作る」ではありませんが、蔑視されているような仕事が世の中には多くあります。

パソコンのOSを入れ替える作業とかをしている人も、

「オタク、オタク」

 と蔑視されて、仕事をしています。

 早稲田大学探検部の方々が、外国とかに良く行き、世の中の構造を見ている方も多くいるのだと思いますが、パソコンのOSとかを入れ替える人も、

「オタク、オタク」

と蔑視されます。

 高野さん自身が、パソコンに詳しく、MacのノートパソコンのOSを自分で入れ替えるような人間を「オタクだ」とか言って、蔑視する方なので、とても不愉快に感じたことがありました。

 ウェブコンテンツの記事なりを書いている方、ウェブコンテンツのデザインとかを考えている方、ウェブコンテンツの言語を操っている方、多くのウェブコンテンツに携わる方がいて、ウェブコンテンツも出来ています。

 ウェブコンテンツの記事を書くことだけが仕事ではありません。

 多くのオタクのような仕事をされている方々がいて、ウェブコンテンツも出来ています。

 先日、自宅の部屋にあった本でもう読まないような本をピックアップして、大塚にあるブックオフに売りに行きましたが、20冊でなんと285円でした。

 購入金額を考えると、考えられないような買い取り金額で、気持ちが落ち込みました。

 本を書く人間が、偉いというような時代ではないと思います。

 僕の書いているブログも、出版社とかで編集の仕事をしている方に読んでいただいて、文章をいじっていただければ、一冊の本になるくらいの分量のブログを書いてきました。

 本を出せば、有名になるし、もし、出した本が売れれば、印税収入もあり、お金儲けにもなるし、本を出せるくらいの人間かと認められるのが世の中だと思いますが、多くの方は、本になるほどのコンテンツを書く時間がない方が多いのではないでしょうか?

 多くのコンテンツ記事を支えている方もいると肝に銘じて、ウェブコンテンツ記事を書くなりした方が良いと僕は個人的に思っています。

 僕がもともとパソコンには昔から、とても興味があり、オタクと呼ばれるほど、パソコンをいじっていた頃があったので、高野さんに、

「上原、オタクだなと思ったよ」

 と言われたことから、現代の、ウェブコンテンツに携わる方々のことについても考えてみました。

 以上、「高野秀行先輩の思い出、オタク」

ブログに載せます。













2016年12月8日木曜日

「障害者福祉施設に見た、TさんもTwitterをやるべきだ」

「障害者福祉施設に見た、TさんもTwitterをやるべきだ」

 僕が本郷の森、銀杏企画サードに入所した際に驚いたことがあります。

 施設内で、施設のある職員さんが、同じ職員であるTさんに、

 「TさんもTwitterをやるべきだ」

と仰っているのを聞いたことがありました。

僕は長い間、普通の職場で働いていたので、職場での会話も、仕事の愚痴や、パソコンに関する情報交換(今度のインテルのCPUは良いとか、MacOSは面倒くさくて使えないとか)の話でした。

それが、福祉施設に入所すると、

「~べきだ」

具体的には、

TさんもTwitterをやるべきだ」

との発言に出くわします。

「~べきだ」という言葉はとても強い言葉です。

普通の職場では到底使われないような言葉です。

僕の働いていた物流センターでは、

「~べきだ」

とかいう言葉を使っていた方はいませんでした。

事務職の現場とかでは、

「~べきだ」

とかの言葉も使われるのでしょうか?

狭いオフィスで、

「~べきだ」

とか言っていると、一緒に働いている人も参ってしまうと思います。

言葉とは、発言している人以上に、聞いている人には心に残ります。

聞き心地の良い言葉もあれば、聞き心地の悪い言葉もあります。

狭いオフィス空間で、円滑な人間関係を作り、仕事を進めるためには、言葉遣いにも気を付けなければならないのではないでしょうか?

「~べきだ」

とかの言葉を聞くと、この職場は一体、どんな職場なのかと思ってしまいます。

狭い空間で仕事をする際の言葉遣いには気を付けた方が良いと思いました。

障害者福祉施設での言葉、

TさんもTwitterをやるべきだ」

との言葉が僕の心に残っているので、ブログに書いてみました。

以上、「障害者福祉施設に見た、TさんもTwitterをやるべきだ」

ブログに載せます。



2016年12月6日火曜日

「新宿トルコ料理屋でのうつけんさん発言」

「新宿トルコ料理屋でのうつけんさん発言」

 先日もブログに書きましが、僕は3年くらい前に、早稲田大学探検部の二つ上の先輩の高野秀行さん主催の飲み会に出席しました。

 新宿トルコ料理屋での会合で僕は、高野さんに、

「うつけんさん」

と言いました。

「うつけんさん」

 とは、宇都宮健児さんのことです。

 貧困の問題にも取り組んでいる政治家の方です。

 共産党推薦の政治家の方だと思います。

 僕は特別に共産党に入党しているわけではありませんが、東京都知事選では、東京都での貧困問題に取り組んでいらっしゃる宇都宮健児さんのことは注視してきました。

 企業が多く集まる東京都での、貧困問題、福祉の問題に取り組んでいる宇都宮健児さんのことは関心を持っていたので、新宿トルコ料理屋で僕は高野さんに、

「うつけんさん」

と言いました。

すると、高野さんは、

「宇津井健か」

 と言ってきました。

 この会話からも、僕と高野さんが全く話が合わないことが分かります。

 企業が多く集まる、東京都でのサバイバルゲームの犠牲になった人たちの貧困の問題に取り組んでいる宇都宮健児さんのことは、以前から注視していきました。

 宇都宮健児さんは東京大学出身で、学部は法学部出身です。

 都市圏での貧困の問題に取り組んでいる、湯浅誠さんや、稲葉剛さんともつながりがあるように思われます。

 僕が障害者雇用で勤務していた頃に、読んでいた本は、湯浅誠さんの「反貧困」とかでした。

 2014年には、早稲田大学探検部時代の友人から、「ビックイシューの挑戦」という本を頂き、経済的理由でなホームレスになっている方々が、ネット環境にホームページなり、ブログなりを作れば、ネット環境上ではホームレスから脱せられるとのことが書いてあり、僕も、「ビックイシューの挑戦」を基に、自分でブログを作り、2000人以上フォローワーさんのいる、Twitterアカウントのホームに置き、ネット環境上ではホームレスから脱することが出来ました。

 僕と高野さんでは、

 僕が、宇都宮健児さんの話をしようとして、

「うつけんさん」

と言っても、

高野さんに、

「宇津井健か?」

 と言われてしまい、全く話が嚙み合いません。

 高野さんは長い間、外国にばかり行っているので、日本の貧困の問題のこと、東京の貧困の問題(特に日本人の貧困)のことが分かりません。

 早稲田大学探検部の方々と会話をしていても、話が噛み合わないことが多いので、ブログに書いておきました。

 以上、「新宿トルコ料理屋でのうつけんさん発言」

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2016年12月5日月曜日

「神田川生活の沢木耕太郎みたいな作家になればいいじゃないですか発言」

「神田川生活の沢木耕太郎みたいな作家になればいいじゃないですか発言」

 僕が神田川生活(一人暮らし)していた頃に、近所に早稲田大学探検部の先輩の高野秀行んが住んでいらしました。

 僕は、高野さんの住んでいたアパートを訪問し、高野さんに、

「沢木耕太郎みたいな作家になればいいじゃないですか」

と言ったことがありました。

何故、僕が、

「沢木耕太郎みたいな作家になればいいじゃないですか」

と発言したかというと、浪人時代に東京新聞を配達しながら受験勉強をして、早稲田大学に合格した際に、早稲田大学合格を報告しに行った小学校の頃の友人に、沢木耕太郎の本を紹介されていて、学生時代に、沢木耕太郎の著作を沢山読んでいて、良いルポルタージュを書く方だと思っていたからです。

「人の砂漠」「地の漂流者たち」などが僕の好きだった沢木耕太郎さんのルポルタージュ作品でした。

 短編で、人を描いている沢木耕太郎さんのルポルタージュ作品が気に入っていました。
 
そのような経緯から、僕はノンフィクション作家を目指さされていたTさんに、

「沢木耕太郎みたいな作家になればいいじゃないですか」

と言いました。

もし、僕が小学校の頃の友人に沢木耕太郎を紹介されていなかったら、沢木耕太郎というノンフィクション作家さえ知らなかったかもしれません。

良いノンフィクション作家の方を教えていただき、感謝しています。

ルポルタージュの方法論とかも書いているノンフィクション作家の方で、大学時代に読んでおいて損はないノンフィクション作家の方だと思います。

 早稲田大学探検部でも、「深夜特急」とか、アジア地域を旅する際に、参考になる本だと思います。

 高野さんはもともと文才のある方だったので、僕はTさんに、

「沢木耕太郎みたいな作家になればいいじゃないですか」

 と言いました。

 高野先輩にとってはプレッシャーになる発言だったと思いますが、学べるものは学んでおいた方が良いと思い、
                            
「沢木耕太郎みたいな作家になればいいじゃないですか」

 と言いました。

以上、「神田川生活の沢木耕太郎みたいな作家になればいいじゃないですか発言」

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2016年12月4日日曜日

「障害者福祉施設での 男は学生時代が一番楽しいんだよ発言」

「障害者福祉施設での 男は学生時代が一番楽しいんだよ発言」

  僕は、本郷の森、銀杏企画サードに入所した際に、担当になった職員さんに、

「男は学生時代が一番楽しいんだよ」

と言いました。

当時は、僕も勤務していた会社を過労で退職した後だったので、本当に企業社会に嫌気が差していたので、この発言が出ました。

僕は、早稲田大学在学中は探検部に所属していて、登山、川下り、外国への旅なども経験出来て、本当に学生時代は楽しかったです。

大学卒業後に、社会に出て働き出すと、夜中まで仕事をすることがあったし、社会に出て仕事をし始めると、楽しい思い出がほとんどありませんでした。

そのようなことから、本郷の森、銀杏企画サードに入所した際に、担当になった職員さんに、

「男は学生時代が一番楽しいんだよ」

と言ってしまったのだと思います。

銀杏企画サードでもやはり、就労就労とパソコンとかビジネスマナーの練習ばかりだったので、嫌だったのだと思います。

パソコンは嫌というほど、使ってきたし、自分でTwitterを開設しても2000人以上のフォローワーさんが付きます。

自分でブログも作れて、累計ページビューは10万ページビューを超えています。

もう、パソコンのことは特別、勉強したくないというのが僕の本心です。

大学を卒業して、会社に勤務するようになると、ちょうど、Windows95が出た頃で、職場でもパソコン、パソコン、会社を過労で退職して、障害者福祉福祉施設に入所してもパソコンの練習ばかりだったので、僕も嫌気が差して、

「男は学生時代が一番楽しいんだよ」

と発言してしまったのだと思います。

以上、「障害者福祉施設での 男は学生時代が一番楽しいんだよ発言」

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2016年12月3日土曜日

「俳句・川柳文化と心の病気」

「俳句・川柳文化と心の病気」

昨年の123日に「文字化け」というブログを書きました。

以下です。



以上が、昨年の123日に書いていたブログです。

上記のブログの中にある

アンドレイ・タルコフスキーの芭蕉(上)



-なんと簡潔で、また正確な観察だろうか!規則正しい知性、高尚な想像力!(略)
日本の詩人は、たった三行で現実に対する関係を表現できた。彼らは現実を観察しただけではない。観察しながら、その永遠の意味を、せかせかしたり、あくせくしたりせずに、呈示したのである。観察は正確で具体的であるほど、それはユニークなものになる、反復不可能なものであればあるほど、それだけイメージに近づく。(『映像のポエジア』より)

という部分を参考に、昨年123日以降から、 地元、文京区立図書館所蔵の「東日本大震災」関連書籍を紹介するとともに、

きちんと、毎日、規則正しく朝早く起きて、一日に一度は外出するようにして、神田川沿いに赴き、清掃などの仕事をしてから、神田川沿いの朝早くから仕事をされている製本屋さん、フリークライミング屋さんの様子を自分の目で観察して、

松尾芭蕉の、奥の細道に出てくる、

「五月雨を 集めて早し 最上川」

を真似て、

「震災本を 集めて早し 神田川」

を詠み続けてきました。

少しでも、芭蕉の境地に近づこうと日々、努めてきました。

その甲斐もあり、僕の生活も規則正しくなり、生活のリズムも整い始めました。

松尾芭蕉も奥の細道(東北)を旅して、

「五月雨を 集めて早し 最上川」

と詠んだようですが、家の外に出ることも、引きこもりの人にとっては小さな旅になると思います。

小さな旅をして、外の空気に触れ、外の風景を見て、俳句でも川柳でも詠んでみるのも、心の病気に対しての良い効用があるような気がします。

日本人の持っている五七五の三行からなる「俳句」「川柳」文化には、人間の生活リズムを規則正しくする効用もあるようです。

アンドレイ・タルコフスキーの芭蕉への礼賛の文章から、日本人の持っている、「俳句」「川柳」文化の、心の病気(精神障害)の方々への良い効用について考えてみました。

以上、「俳句・川柳文化と心の病気」

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2016年12月2日金曜日

「神楽坂での、「働け」っていうことでしょう。発言」

「神楽坂での、「働け」っていうことでしょう。発言」

 僕は2010年に、新宿区の神楽坂で早稲田大学探検部OBの集まりの飲み会に参加しました。

 神楽坂での飲み会には、早稲田大学探検部OB関係者の方々が集い、しんみりと飲みました。

 飲み会の席で、僕は一つ上の先輩、吉澤基勝さんに、

『「働け」っていうことでしょう。

と言いました。

僕は、当時は、医者から、もうこれ以上働けないと、診断されていて、勤務していた会社も退職していました。

そのような状況だったので、現役で働いている吉澤先輩に、

「働け」っていうことでしょう。

と言いました。

早稲田大学探検部OBの方々は、皆さん、きちんと働いている方々だったので、僕の発言は失言だったと現在では思っています。

ただ、当時は本当に状況が悪かったので、僕も苦し紛れに、

「働け」っていうことでしょう。

と発言してしまいました。

僕は自分が障害者だという身分もわきまえずに、変な発言をしてしまったと思っています。

飲み会の席での、変な発言は、その人を象徴する言葉として印象に残ってしまうこともあります。

僕もいくら、早稲田大学在学中に、名門サークル早稲田大学探検部に所属していたからといって、現在では、一精神障害者です。身分の違いも考えずに変な発言してしまったのは本当に大人気なかったと現在では思っています。

今後は、早稲田大学探検部関係者と会うことがあったら、よく自分の置かれている身分をわきまえて、言葉を発しようと思っています。

もう、神楽坂とかで飲むことはないと思いますが、飲み会の土地柄、自分の身分も良く考えて、言葉を発しようと思っています。

学生時代のことは懐かしいのですが、やはり、早稲田大学探検部関係の皆様と僕とでは置かれている立場も全く違うし、背負っている責任も大きく違います。

これからは良く、自分の現在の置かれている状況を考えてから、きちんと働いている方々に発する言葉も吟味して発しようと思っています。

以上、「神楽坂での、「働け」っていうことでしょう。発言」

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2016年12月1日木曜日

「早稲田大学探検部の井出先輩の思い出、ブロガー免許」

「早稲田大学探検部の井出先輩の思い出、ブロガー免許」

 僕が早稲田大学在学中に所属していたサークル探検部の先輩方で、僕の住んでいる、文京区に住んでいた先輩がいらしました。

 先輩は、早稲田大学探検部30期OBになる、僕の3つ上の先輩、井出先輩で、僕の家から歩いて行けるところに住んでいたようです。

 住んでいたいらした場所は、僕の通っていた中学校の、学区域でした。

 僕が早稲田大学探検部在籍中に、僕の二つ上の先輩の金子先輩より、井出先輩が、今度引っ越しするから、

「上原、車を出して、引っ越しの手伝いをしてくれ」

 と頼まれたことがありました。

 僕は、父の車を運転して、近所まで車で行きました。

 井出Iさんの住んでいらした地域は、入り組んだ地域で、車を運転するにはとても難しい地域でした。

 僕は、運転免許は持っていましたが、東京は交通量も多くて、車の運転をすると怖かったので、車を運転することはほとんどありませんでした。

 早稲田大学探検部のK先輩に、

「上原、車を出して、引っ越しの手伝いをしてくれ」

 と頼まれたので、僕は断り切れずに、父の車を出して、井出先輩の住む地域まで車で行きました。

 車を運転していたら、路地で、車の前方をぶつけてしまい、ヘッドライトを破損してしまいました。

(車は修理に出しました)

 その後、井出先輩の引っ越しがどうなったか覚えていませんが、僕の井出先輩との思い出は、車をぶつけてしまったことでした。

 人それぞれ、適性があると思います。

 車の運転が得意な人もいれば、ブログを書くのが得意な人もいると思います。

 車の運転には、きちんと国が、「運転免許」というライセンスを付与しますが、ブログなどには「ブロガー免許」とかのライセンスはありません。

 「運転免許」は警視庁が、付与していると思います。

 「ブログ」に関しても、文科省とか、法務省、文化庁などがブロガーさんのライセンス制度とかを導入できないのかなとひそかに思っています。

 きちんと、著作物としてのブログとして、名誉棄損などの法律も勉強させて、「ブロガー免許」制度とか作れば、誹謗中傷ばかりするような、考えられないような、無免許運転のようなブログを書くような、悪質なブロガーは減っていくと思います。

ネットの世界を安全に運転できる、「ブロガー免許制度とかを考えてみるのもおもしろいと思います。

早稲田大学探検部の井出先輩との思い出を書くとともに、車の「運転免許」のような、ブロガーさんの「ブロガー免許」とかを制定してみるのもおもしろいのではないかと考えてみました。

以上、「早稲田大学探検部の井出先輩の思い出、ブロガー免許」

ブログに載せます。











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