2016年11月28日月曜日

「茗荷谷での、桜井さん、森山さん発言」

「茗荷谷での、桜井さん、森山さん発言」

 昨日もブログに書きましたが、昨年、何故か、地元の神田川沿いで、東日本大震災に際してボランティアに行った際に泊めさせていただいた福島県いわき市に実家がある山田博英と遭遇しました。

 仕方なく、茗荷谷に連れて行き、お茶をして雑談をしました。

 僕は、福島県いわき市のYさんの実家に泊めさせていただき、山田博英のご家庭のこともお聞きしました。

 山田博英のご兄弟が学歴のある方々で、親御さんも学歴のある方だと分かりました。

 僕は山田博英と茗荷谷でお茶をしていて、山田博英に、早稲田大学探検部の僕と同期の

 桜井さん、森山さんの名前を挙げて、山田博英に対応しました。

 何故、僕が桜井さん、森山さんの名前を挙げたかというと、

 桜井さん、森山さんともに、親御さんが最高学歴を持つ方だったからです。

 僕の父は中卒だし、僕の母は商業高校中退です。

 もともと、生まれた段階で、親の学歴に違いがあるので、

 僕は、山田博英に

「桜井さん、森山さん」と言いました。

 僕には到底、大学の話ばかりするYさんには対応出来ませんでした。

 僕が30歳の頃から、日々、一緒に生活している人間は、中卒の父と、商業高校中退の母です。

 自然と父と母と話すことも、テレビの話とかになります。

 早稲田大学探検部の優秀な山田博英と会話をすると、再び、早稲田大学探検部で影響力のある高野さんの本の話とかになります。

早稲田大学探検部の話をしたいなら僕の同期の、

「桜井さん、森山さん」が山田博英に向いていると思ったので、山田博英に、

「桜井さん、森山さん」

 と言いました。

 普段は、中卒の父、商業高校中退の母と一緒に生活しているので、早稲田大学探検部の方々が書かれた本の内容の話など全くしません。

 朝日新聞は読んでいます(スーパーの安売り広告とかを熱心に読んでいます)が、僕の両親はもう高齢で、本などはほとんど読まないし、もっぱらテレビを見ています。

 早稲田大学探検部の方々と会話をするのは正直に言うととても疲れます。

 話すことも、早稲田大学探検部の高野さんの著作の話とかすると、高野さんの著作を読んでいない僕からすると会話が出来ません。

 早稲田大学探検部の方々が優秀なのは僕も認めますが、わざわざ、早稲田大学探検部の方々に話を合わせるのはとても疲れます。

 地元の神田川沿いで何故か遭遇して、茗荷谷でお茶して、早稲田大学探検部の話をするしかなかったので、患っていた逆流性食道炎の胃をさすりながらの苦しいお茶だったので、急場しのぎで、

「桜井さん、森山さん」の名前を挙げました。

学校の話をし始めると、僕にとっては非日常なので、とても疲れるのです。

何故、僕が茗荷谷で山田博英とお茶をした際に、

「桜井さん、森山さん」の名前を挙げたかたについてブログに書いてみました。

以上、「茗荷谷での、桜井さん、森山さん発言」

ブログに載せます。









2016年11月27日日曜日

「新宿 トルコ料理屋での 文学部じゃダメなんですよ発言」

「新宿 トルコ料理屋での 文学部じゃダメなんですよ発言」

 僕は3年くらい前に、早稲田大学探検部の二つ上の先輩のTさん主催の飲み会に出席しました。

 新宿トルコ料理屋での会合で僕は、高野さんに、

「文学部じゃダメなんですよ」

 と言いました。

 高野さんが、文学部出身だったので、高野さんに、

「文学部じゃダメなんですよ」と言いました。

何故、僕が、

「文学部じゃダメなんですよ」

と言ったかというと、

 文学部だと就職先が出版社とかしかないと思ったからです。

 とにかく、文学とか本が好きな、文学部関係の輩は付き合いづらい連中です。

 こちらから、何か、自分の好きな本の話とか、映画の話とか、作家の話をすると、何か物凄く専門的に話をし始めます。

 文学部出身の専門家たちと話をすると、下手に自分の好きな本とか、映画とか、作家の話が出来ません。

 ただ単に、本を読んだり、映画を観たりして、おもしろがったり、仕事の辛さを忘れてリフレッシュしている人たちにとっては、文学部の輩の高尚で専門的な話はとても疲れます。

 昨年、地元の神田川沿いで、早稲田大学探検部の後輩で、文学部出身の山田博英とと遭遇して、仕方なく、茗荷谷に連れて行き、お茶をした際も、何か、文学の話をし始めました。

「ルサンチマン」とか言っていました。

「ルサンチマン」で何か仕事でもしていただきものだと思います。

 山田博英によると、文学部は厳しいらしいです。

 僕はテレビ番組制作会社勤務中に、文学部出身の後輩、戸田武広が、アルバイトがしたいと、僕の勤務していたテレビ番組制作会社に来て、文学部の輩とも一緒に仕事をしたことがありますが、とても厳しい文学部に通っていたとは思えないほど仕事が出来ませんでした。

 一緒に仕事をしていても、一緒に仕事をしている人間の足を引っ張るし、以来、僕は文学部出身の人間と一緒に仕事をするのは避けるようになりました。

僕は早稲田大学在学中は法学部で、学校で法律関係のことを勉強していれば、普通の会社に行っても総務とか、事務とか、法務とかの分野で仕事もあると思い、法学部に進みました。

 新宿トルコ料理屋の飲み会で、何故、僕が、

「文学部じゃダメなんですよ」

 と言ったかというと、文学部だと普通の会社に行っても、大学で勉強したことで仕事に役に立つことがあるのかなと思い、

「文学部じゃダメなんですよ」

 と言いました。

 文学部だと、就職先もなく、出版関係とか、マスコミ関係とか、書店業とか、物書き業になると思ったからです。

 文学部でも文才もあり、自分で本とか書いて、自分の書いた本が売れて、普通のサラリーマン並みの生活出来る方なら良いですが、いつまで経っても、

 本とか書くわけでも、出版関係で働くわけでもなく、書店で働くわけでもなく、製本屋さんで働くわけでもなく、印刷屋さんで働くわけでもなく、本の取次会社で働くわけでもない人間が多かったので、

「文学部じゃダメなんですよ」

 と言いました。

 早稲田大学探検部の中の本好きの、文学部関係の方々は、冷静に現実を見つめて、早稲田大学在学中に社会に出てからも仕事があるようなことを勉強されて、ご自分の人生を切り拓いて行っていただきたいと思っています。

 早稲田大学探検部での文学部出身の高野さんの影響力が大きいので、僕が何故、新宿トルコ料理屋で、

「文学部じゃダメなんですよ」

 と発言したかについて書いてみました。

以上、「新宿 トルコ料理屋での 文学部じゃダメなんですよ発言」

ブログに載せます。

















2016年11月26日土曜日

「障害者福祉施設での安いから発言」

「障害者福祉施設での安いから発言」

 僕は2010年に文京区の福祉作業所、本郷の森、銀杏企画に入所しました。

最初は、僕が昔、在籍していた銀杏企画セカンドに在籍していました。

銀杏企画セカンドの職員さん、メンバーさんには僕と面識とある方もいたので、銀杏企画セカンドではあまりコミュニケーションに苦しむこともなく、作業をしていました。銀杏企画セカンド在籍中に、就労移行というものがありますとのことを教えていただき、僕も就労移行を希望しました。

就労移行は銀杏企画サードで行っているので籍はセカンドでもサードでも良いのですが、

「上原さん、籍を移しますか?どうしますか?」

と尋ねられました。

何か、「籍を移す」というと、親が結婚していた人と離婚して、子供の籍が移ることを想起しましたが、僕は、単純に就労を目指していたので、「サードに籍を移す」ことにしました。

文京区本郷にある作業所、本郷の森、銀杏企画サード在籍中に、僕の担当になった女性職員さんから、

「何故、早稲田大学探検部でチベットに行ったのか?」

と尋ねられました。

何か、僕の早稲田大学在学中のことを知っている方がいらっしゃったようです。

僕は、その質問に対して、

「安いから」

と発言しました。(答えました)

僕は、早稲田大学に通っていた頃も日本育英会の貸与奨学金(借金です。きちんと貸与奨学金は日本育英会に返しました)も貰っていたし、もともと、家庭がそんなに裕福ではないので、早稲田大学に通うには貸与奨学金を受けなければ、通えない家庭環境でした。

そんな僕ですが、大学時代くらい、楽しい思い出を残したいと思い、日本各地や、世界各地に行ける早稲田大学探検部に入部しました。

早稲田大学探検部に所属して、外国に行くのは楽しいのですが、外国に行くにはやはりお金がかかります。

僕は、奨学金をもらって、早稲田大学に通うような貧乏学生だったので、早稲田大学探検部でも、なるべく安く行ける、外国に行っていました。

現地の物価が安く、旅費が安く行ける外国に行っていました。

以来、僕の、

「安いから」

という発言は、早稲田大学探検部関係者にも伝わってしまったようです。

その後、本郷の森、銀杏企画運営の「銀杏企画三丁目の掲示板」を拝見すると、何か、ブランド品の「激安商品」とかの紹介とかもしていて、

僕の、

「安いから」発言は、僕を象徴する発言となっているようです。

僕は、早稲田大学を受験するための浪人時代も、東京新聞の奨学生となって、東京新聞を、朝と夕に配達しながら、奨学金をもらって、受験勉強をしていたし、もともと、早稲田大学に行くには、かなり、無理がある人間だったようです。

もともと、家庭がそんなに裕福でない人間にとっては、早稲田大学に通うとは、受験勉強、早稲田大学在学中の学費、所属するサークル活動のための活動資金など、物凄い負担になります。

僕は、高校までは公立で、学費自体も安くて、教育を受けるとは、そんなにお金のかからないものだと思っていましたが、早稲田大学に進み、教育にこんなにお金がかかるのかとびっくりしました。

そんな僕ですが、早稲田大学に進んだからには、少しでも楽しい思い出を残したいと思い、日本各地や世界各地にまで行ける早稲田大学探検部に入部しました。

早稲田大学探検部では、早稲田大学探検部以前も以後も、経験したことのないような、旅が出来ました。

楽しい思い出が出来て、良かったと思っています。

早稲田大学探検部時代に経験した楽しい思い出は、早稲田大学探検部のようなサークルに経済的理由で入部出来ずに、早稲田大学探検部のような経験が出来ない普通の庶民の方々にも、文章とか、写真、映像などの伝わる形で残していくのが良いと思っています。

僕はチベットに行った際の自分で撮影したスライド(ポジの写真)は、早稲田大学探検部時代の友人で一緒にチベットに行った友人に全て渡してしまいましたが、今では少し後悔しています。

僕の開設しているTwitterがこれだけ多くのフォロワーさんがいるとなると、出来れば、友人の手元にある、写真をもう一度、僕の手元に置いて、ブログなりで、チベットの美しい風景を公開出来れば良いなと思っています。

ポジのスライドはパソコン上で見られないのかなとふと、思いました

もし、ポジのスライドが、パソコン上で見られば、そのままブログにアップすることも出来ます。

僕の、Twitterのフォローワーさんには、東日本大震災被災地の方々も多くいらっしゃるので、東日本大震災被災地の方々に、チベットの美しい風景の写真を見ていただいて、少しでも気分を和らげていただけたら良いなとも思っています。

日本から持参した、オートフォーカスのカメラで、ポジフィルムで写真を撮り、スライドとなっています。

友人に渡してある、チベットのスライドをもう一度、僕の手元に置ければ、より多くの方々にチベットの美しい自然の風景を見ていただけるので、チベットのスライドを僕の手元に一度置きたいなと内心思っています。

何とかして、友人とコンタクトを取り、チベットの風景を撮影したスライドを見てみたいと思っています。

学費が高い早稲田大学で、尚且つ活動資金もかかる早稲田大学探検部で経験出来た僕にとっての「安い」旅が、チベット遠征でした。

僕が背伸びして通っていた早稲田大学での最高級の「安い」旅の思い出が沢山、写真として残っているスライドを急に見たくなったので、僕が、何故、障害者福祉施設で

「安いから」

と発言したかについてブログを書いてみました。

以上。「障害者就労移行支援事業所での安いから発言」

ブログに載せます。







2016年11月25日金曜日

「障害者就労移行支援事業所でのおもしろいほうがいい発言」

「障害者就労移行支援事業所でのおもしろいほうがいい発言」

 僕が文京区湯島にある障害者就労移行支援事業所リバーサルに在籍中に、パソコンの訓練を受けていました。

 リバーサルでは朝日新聞の天声人語をコピーして利用者に渡して、施設の利用者にパソコンで、写経をさせます。

 僕は、朝日新聞の天声人語を写経させる訓練をさせていた施設の女性職員で、

「難しいことを考えている人もいるんです」

と言ってきた女性職員がいたので、僕は、

「難しいことを考えている人もいるんです」

と、僕に言ってきた女性職員に、

「おもしろいほうがいい」

と言いました。

すると、僕の発言は、早稲田大学探検部関連の人間にも伝わったようで、

僕の家に電話がかかるようになりました。

ある電話は、

「お前、おもしろいよ」

ある電話は

「おもしろいことをやっている人、いる?」

とかの電話が来るようになりました。

電話をしてきた二人とも、早稲田大学政経学部出身の人間で、僕とは少なからず、関係がある人間です。

一人は現在では博士号も取得している学者で、分厚い難しい本も書いています。

2010年に、わざわざ、僕の家を訪問して、ご自分の書いた分厚い本を置いていきました。

もう一人は、フリーのライターで、ウィキペディアにも出てきて、やはり本を書いています。

2015年に、わざわざ、僕の家に、ご自分の書いた本を送ってきました。

僕が、障害者就労移行事業所リバーサルで何故、

「おもしろいほうがいい」

と発言したかというと、障害者でも仕事をしていると辛いからです。

障害者にとって、仕事をすること自体が辛いのに、尚且つ、仕事中にまで、「難しいこと」を考えていたら、普通の人でも精神的に破たんしてしまうと思います。

障害者就労移行支援事業所リバーサルは、仕事中に「難しいこと」まで考えさせる、極めて悪質な事業所です。

支援員の未熟さを痛感させるとともに、「難しいことを考えている人もいるんです」

との発言をするような支援員を雇っている、障害者就労移行支援事業所リバーサル自体にも大きな責任があると思いました。

「難しいことを考えているなら、ご自分たちの事業所で運営しているブログなりでご自分の考えている「難しいこと」を書いていただきものだと思っています。

就労移行支援事業所リバーサルの

Twitterはこちら→@reversal_aver

ホームページはこちら→reversal.work

きちんと、ご自分たちの施設内での発言に忠実な呟きなり、ブログなりを書いていただきたいと思っています。

健常者、障害者問わずに、仕事をしていれば、辛いと思います。

少しでも、仕事の辛さを忘れるためにも、仕事中はなるべく「おもしろいこと」を考えたいのが普通ではないでしょか?

辛い仕事中に、更に、「難しいこと」を考えていたら、健常者でも精神が破綻してしまうと思います。

障害者就労移行支援事業所リバーサルの支援員があまりにも未熟だったのでブログに書いておこうと思いました。

以上、「障害者就労移行支援事業所でのおもしろいほうがいい発言」

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2016年11月23日水曜日

「神田川生活の闖入者 その10 未知への挑戦」

「神田川生活の闖入者 その10 未知への挑戦」

 先日から、僕が神田川生活(一人暮らし)していた頃の闖入者(ちんにゅうしゃ=突然入って来た者)が良く来たので、その方々の様子をブログに書いています。

 今回の、第10弾は、早稲田大学探検部の僕の二つ上の先輩、高野秀行さんの闖入について書いたみたいと思います。

高野秀行さんは僕のアパートに闖入してきました。

高野秀行さんは学生時時代に本を書かれている方で、文才のある方です。

本を書くほどの文才のある分、新聞記者とかを平気でバカにしています。

僕のアパートに闖入してきた時も、僕の部屋にある本を読むわけではなく、僕がコンビニで買ってきていた、毎日新聞を読んでいました。

僕は神田川生活をしていた頃は、新聞は定期購読しておらずに、近所のコンビニで、毎日新聞を買って読んでいました。

新聞を読まないと、世の中の動きが分からなくなるので、毎日新聞をコンビニで買って読んでいました。

何故、毎日新聞を買って読んでいたかいうと、神田川生活をしていると、毎日新聞が読みやすかったからです。

朝日新聞でも読売新聞でも良かったのですが、あえて僕は毎日新聞を買って読んでいました。

毎日新聞を読んでいると、記者の目とかおもしろかったです。

高野秀行さんも、僕のアパートに闖入して来ると、僕がコンビニで買ってきていた毎日新聞を読んでいました。

高野秀行さんは早稲田大学探検部時代に、早稲田大学探検部名義で、本を出してしまっているので、探検関連のことに宿命づけられてしまっているような方でした。

 僕は、その探検関連のことに宿命づけられてしまっているTさんに、NHK出版の、

「未知への挑戦 日本の探検家たち」という本をプレゼントしたと思います。

「未知への挑戦 日本の探検家たち」

 は、京都大学系の方々が、日本の探検家49人をセレクトして、本文と絵画により日本の探検家を紹介している本です。

 西堀栄三郎記念、探検の殿堂という施設が滋賀県にあるようで、探検の殿堂が選んだ、探検家たちを本文と絵画により紹介している本です。

 こんな感じの本です。

    ↓




 僕も読みましたが、本文よりも絵画が良いと思いました。

 絵画には様々な探検家の方の肖像が描かれています。

 チベットのカイラス山に赴いた、河口慧海



北海道の間宮海峡を確認した間宮林蔵。



西域探検をしていた大谷光瑞。



チベットに潜行した西川一三。




チベットのカイラス山を写真撮影した長谷川伝次郎。



アルピニストの槇有恒




 この他にも、多くの探検家と呼ばれている方々の肖像が描かれています。

 絵を描いている方々が、探検家と呼ばれる方々の肖像を懸命にイメージして、探検家と呼ばれる方の心境になったような感じで描かれているような気がして、絵がとても良い本だと思いました。

高野秀行さんは早稲田大学探検部在籍中に早稲田大学探検部名義で本を出してしまっているので、探検関連の人生を送ることが宿命づけられています。

僕は、高野秀行さんが本を書かれたころの早稲田大学探検部を知っているので、高野秀行さんの早稲田大学探検部に与えた、功罪も知っています。

良くも悪くも、高野秀行さんは、早稲田大学探検部に大きな影響を与える方なので、僕も、高野秀行さんには、探検関連の本をプレゼントしました。

僕が何故、高野秀行さんにこの、「未知への挑戦」という本をプレゼントしたかというと、Tさんにこの本をプレゼントすれば、この、「未知への挑戦」という本が早稲田大学探検部に影響を与えると思ったからです。

現在の早稲田大学探検部のTwitter、ホームページを拝見すると、

やはり、「未知への挑戦」をしているようです。

早稲田大学探検部も、日本の大学探検部の礎を作っている方々の活動を参考に今後も新しい「未知への挑戦」をされていけば良いと思っています。

以上、「神田川生活の闖入者 その10 未知への挑戦」

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