2026年10月24日土曜日

「作家の村上龍さんの訃報に触れて」

 「作家の村上龍さんの訃報に触れて」

僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、ニュースに触れては、こうして文章にしています。

両親の介護で忙しくて、落ち着いてブログを書けません。心不全で要介護2の93歳の父と、脊柱管狭窄症と関節リウマチで要介護1の89歳の母を、統合失調症で幻聴の症状がある精神障害2級の58歳の次男である僕が、文京区の家で介護、世話しています。右手のマウス腱鞘炎をこらえながらキーボードをカチカチ打ち、近所を歩きながらスマホの万歩計の歩数を確認する日々です。それでも、今日も書きます。

2026年10月17日、作家の村上龍さんが自宅で亡くなったと、23日に幻冬舎から発表がありました。74歳でした。葬儀は家族葬で執り行われたそうです。『限りなく透明に近いブルー』で芥川賞を受賞し、その後も衝撃的な作品を次々と発表し続けた方で、僕も若い頃から名前を知っていました。

僕が若い頃、『コインロッカー・ベイビーズ』を読んだときの衝撃は、今でもはっきりと覚えています。コインロッカーに捨てられた二人の男の子が、社会への怒りと破壊の衝動を抱えながら生きていく物語で、文章から音や色や熱が直接伝わってくるような感覚がありました。当時の僕には、ただ「すごい小説がある」という以上の、何か胸の奥を揺さぶられるようなものが残りました。社会の外側に置かれた人間の話が、こんなに生々しく書けるのかと、驚きました。

その後、テレビで『Ryu's Bar 気ままにいい夜』という番組を見ていました。日曜の深夜に、村上龍さんがホストを務めて、ジャズバーのような雰囲気の中でゲストと話す番組でした。無口な部分や、ゲストとの間が空くようなところも含めて、普通のトーク番組とは違う空気感があって、僕はなんとなく見続けていました。派手に盛り上げるわけではなく、村上さんのペースで進む感じが、独特でした。

そして、もう一つ思い出すのは、『走れ!タカハシ』という短編集です。僕が大ファンだった広島東洋カープの高橋慶彦選手を題材にした作品で、高橋慶彦選手が走る瞬間に、球場にいる人々の人生が少しずつ動いていくような話が並んでいました。僕は高橋慶彦選手のスイッチヒッターとしての打撃や、特に盗塁の走り出しをテレビで見ていて、ただただカッコいいと思っていました。あの「走れ!」という声援が聞こえてくるような感じが好きで、村上龍さんがそんな選手を題材に短編を書いていたことを知ったときは、少し嬉しかったです。プロ野球のファンとして、作家として、村上龍さんが身近な存在に感じられる瞬間でした。

介護の合間に、ふとニュースを見て、昔読んだ本や見た番組のことを思い出しました。村上龍さんの作品は、若い世代に向けて衝撃を与え続けたものが多いと聞きます。僕もその一人として、あの頃の衝撃を、今でも時折思い出すことがあります。父の様子を見ながら、母の世話をしながら、こうして昔の本のことを思い浮かべていると、時間が少しだけ、違う流れに感じられます。

地道にコツコツと、諦めずに。これからも懲りずに、僕のブログにお付き合いいただければ幸いです。

Don't give up

10月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて

以上、「作家の村上龍さんの訃報に触れて」

ブログに載せます。

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