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2024年6月12日水曜日

「紫藤クリニック カウンセリング カナダ・ユーコン川川下り」

「紫藤クリニック カウンセリング カナダ・ユーコン川川下り」

 昨年、自分の部屋の大掃除をしていたら、僕が統合失調症と診断されてから、僕が通院し始めた紫藤クリニックでのカウンセリングの際の書類が見つかりました。

 僕が31歳の頃に書いていた文書です。

 書類には紫藤クリニックでのカウンセリングの際に、女性の心理士の先生にカウンセリングの際の参考になるように僕が書いた書類がありました。

 僕の書いた書類を女性の心理士の先生に読んでいただき、カウンセリングを受けたようです。

 かなり、恥ずかしいことも書かれていますが、心の病気の診療に参考になると思うのでブログに載せていきたいと思います。

 紫藤クリ二ックでのカウンセリングの際書類、その10、書類のタイトルは「大学13年(19才~22才)(サークル・バイト編)4」というタイトルでした。

 以下のようなことが書かれていました。

 『カナダ・ユーコン川川下り』

 大学3年の時には同期の4人と一つ下の女子と5人で夏にカナダの北西部あるユーコン川の川下りをゴムボートで行いました。

 このときも副隊長でした。私、上原和明は、

  「ユーコン川の流域には先住民のインディアンが一定の居住区に住まわされていて、鮭を捕ったり、民芸品を売ったりして生活していました。」

 「私たちに捕った鮭を分けてくれたりしてくれて親切でしたが、うつろな目をした人が多く、又、自殺も多いらしく、白人の価値観に疑問を持ちました。」

 というような感想を持った川下り行だったようです。

   ユーコン川沿いの先住民の方々のインディアンの方々のリザベーション(居留区)に行った際の写真はこちら

 


 私たちも白人の方に

  “Hey yellow monkey”

 などとも言われました。                    

河下り自体は激流部もなく、佐野元春さんのアルバム「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」に収録されている「約束の橋」の音楽をラジカセで流して(中谷敏夫さん) 

ルアーで釣り(ルアーフィッシング)をしたり(松田泰さん)、 ムニエルの料理を作っていたり(浅井美香さん)していました。

ユーコン川川下りではビーバーに出くわしたり、遠い岸を闊歩する大きなグリズリーという熊を見られたりの楽しい旅でした。リバーサーフィンをしたりしていました。 (桜井誠人さん)

夜になるとオーロラが現れ、又、白夜に近い状態も経験し、これも楽しい思い出になりました。

私自身は探検部では楽しませてもらいましたが、きちんとした視点に立った報告書を出せるような活動は結局出来ず、又、特別な役職に就くこともありませんでした。

2年からは飲み会の幹事を任されるようになり、有能でちょっと自分勝手な人間が多い個性派集団のまとめ役のような存在になり、又、良くバイトばかりしていたので、

“形而下の幹事長”

“影の幹事長”

“探検部三軍(落ちこぼれ軍団)幹事長”

などとも言われていました。

この他、探検部では日本各地の山登りや、川下りなどさまざまな活動をし、又、バイトや旅をしていろんな体験をしたり、様々な人々に出会えたりしましたが、大学の成績は悪かったです。

女性と交際することは出来ず、彼女は出来ませんでしたが、自分では大学3年までは好きなことが出来た楽しい学生生活だったと思っています。

親からも

「和明は好きなことが出来て幸せだ。いつ死んでもいいだろう」

と嫌味半分、冗談半分に言われていました。

以上が、紫藤クリニックでのカウンセリングの際に女性の心理士の先生に読んでいただいた書類です。

この文書を読んでみると、僕が早稲田大学探検部3年生の時にカナダのユーコン川川下りに行ったことが書かれています。

オーロラが見られたり、白夜を体験したりすることの出来た川下りで、この文書を読んでみるとカナダユーコン川川下りは楽しい活動だったようです。

ただ、僕は早大探検部の伝統を持っていて、カナダユーコン川流域の一定の居留区に住む先住民のインディアンのことが書かれています。

うつろな目をした人が多く、自殺が多く、白人の価値観に疑問を持っていることも書かれています。

僕が真面目に何かを考え、何かを見ようとしていたことが分かる文書だと思います。

この文書を読む限りでは、僕は探検部の活動中も真面目に物事を考え、真面目に物事を見ようとしていたことが分かる文書だと思いました。

以上、「紫藤クリニック カウンセリング  カナダ・ユーコン川川下り」

ブログに載せます。

僕がカナダ・ユーコン川川下りについて書いているブログはこちら

「カナダ、イヌビックでバーテンをしている方からいただいた絵葉書」

 「一橋大学ラフティング部ストローム会の山下善弘さんからいただいた絵葉書の文面」

  「僕の川下り経験は奥多摩、水上、四万十、ユーコン、阿武隈、吉野、ブラマプトラ」

  「インドブラマブトラ川川下りとカナダユーコン川川下りでは訳が違う

  「早稲田大学探検部関係者に気づいて欲しいこと」

 「親に昔、早稲田大学探検部時代に外国から出した絵はがきを見せてもらった」

 「チベット隊はすぐに集まるのに、ユーコン隊は全く集まりがないと思っている」

  シアトル系の会社にどう対応するか」

  「野田知祐さん 著 ユーコン漂流 を読んで」

  「急にユーコン川に関する本を読みたくなった」 

  「茗荷谷のジンジャーエール

  「高田馬場ニューヨーカーズカフェに見た いいとこ住んでるわね」

  ブリティシュコロンビア大学( The University of British Columbia UBC)の思い出。

  「ユーコン川川下りの時のような穏やかな気持ちを持つ

  「カナダ ユーコン川の わび さび」

  「ユーコン川川下りにおける情報収集」

   

2024年3月25日月曜日

「カナダ、イヌビックでバーテンをしている方からいただいた絵葉書」

「カナダ、イヌビックでバーテンをしている方からいただいた絵葉書」

   先日、部屋の掃除をしていたら、僕が早稲田大学探検部3年生の時に、カナダユーコン川川下りをした際に、カナダ、ノースウェストテリトリー(NWT North West Territory)の北極圏にある町、イヌビックという街で出会った日本人の方からいただいた絵葉書が見つかりました。

  絵葉書の文面は以下のようなものでした。

  拝啓

  ここイヌビックは連日-20℃以下。

 最近は-40℃にもなる事もあり、ボイラーから出る水蒸気も地上100m程度より上には昇って行きません。

 今はホテルの酒場でバーテンをしておりますが、ドラッグとアルコールで浸るNWT(註カナダ、ノースウェストテリトリーのこと)のコミュニティ(註 カナダにもともと住んでいた原住民(先住民)のインディアンの居留地のこと、僕らがカナダユーコン川川下りに行った頃は、もともとカナダの地に住んでいたインディアンが、一定の居留地域に住まされていました、インディアンの住む居留地ではうつろな目をした方が多く、ドラッグ(麻薬)とアルコールに浸る生活をしている人もいました)の話を聴くといろいろ考えさせられることも多いです。

 日本人移民夫妻も南へ帰ってしまった為、ついに街で唯一の日本人になってしまいました。

 今度はぜひ北極圏の冬を体験しに来てもらいたいものです。

 それではお元気で

  19891121 有恒 敬具

 


  以上のような文面の絵葉書をいただいていたようです。

  この絵葉書をくださった方は、僕がカナダユーコン川川下りの祭にカナダのノースウェストテリトリー(NWT North West Territory)の北極圏の街、イヌビックという街で出会った日本人の方でした。

  手紙の文面を読み返してみると、ホテルの酒場でバーテンをしていることが書かれています。

  カナダの地にもともと住んでいた原住民(先住民)のインディアンのコミュニティ(居留地)の方々がドラッグとアルコールで浸るとも書かれています。

  僕がユーコン川川下りに行った際にも、カナダにもともと住むインディアンの方々には良く出会いました。

  僕の印象ではうつろな目をした方が多く、特定の居留地域に住まされていました。

  仕事もなくドラッグやアルコールに浸る方々も見たことがあります。

  僕はカナダユーコン川川下りをする前に、原ひろ子さんという方が書かれた「極北のインディアン」という本と「ヘアーインディアンとその世界」という本を読んでからカナダユーコン川川下りに行ったので、カナダにもともと住んでいた原住民(先住民)のインディアンの方々のことに大きな関心を持って、カナダユーコン川川下りに行きました。

  僕がカナダにもともと住んでいた原住民(先住民)のインディアンの方々の姿を見ようとしていたことが分かります。

   そのような僕の姿を見て、カナダのノースウェストテリトリーの北極圏の街イヌビックの街に住む唯一の日本人の方から絵葉書が届いたのだと思います。

   この絵葉書の文面を読み返してみると、僕も昔は、早稲田大探検部の活動中に真摯な姿勢で問題になっていることを見ようとしていたことが分かります。

   今では、僕は心の病気に罹り、早稲田大学探検部の現役の頃のように、真摯な姿勢で、何か問題になっていることを凝視することは出来なくなっているのだと思います。

  今では、地元文京区を流れる神田川沿いの様子くらいしか、見られないようです。

 先日、部屋の掃除をしていたら、僕が早稲田大学探検部3年生の時に、カナダユーコン川川下りをした際に、カナダ、ノースウェストテリトリー(NWT)の北極圏にある街、イヌビックという街で出会った日本人の方からいただいた絵葉書が見つかったので、絵葉書の文面を読み返して僕が思ったことをブログに書いておきます。

  以上、「カナダ、イヌビックでバーテンをしている方からいただいた絵葉書」

  ブログに載せます。

 

2024年3月24日日曜日

「一橋大学ラフティング部ストローム会の山下善弘さんからいただいた絵葉書の文面」

「一橋大学ラフティング部ストローム会の山下善弘さんからいただいた絵葉書の文面」

  先日、部屋の掃除をしていたら、一橋大学ラフティング部ストローム会の山下善弘さんという方からいただいた絵葉書が見つかりました。

  絵葉書の文面を読んでいたら面白かったのでブログに載せたいと思います。

  ユーコン下りも半分終わりました。

  74日の独立記念日は「アラスカ物語」でおなじみのビーバー村で過ごし、運動会に参加したり、Dinner party(もちろんただ)、ソフトボール大会にも参加しました。

  最近はキングサーモンを腹一杯食っています。ホワイトフィッシュの刺身は激うまです。

  こちらでは、いろいろハプニング(僕のメガネが壊れるなど)ありましたが、楽しくやっっています。

  自家用機でフェアバンクスからサークルまで送ってもらったりもしました。

  まだ熊には一度も会っていません。

  元気でやっています。

  では、日本へ帰ったら、又、連絡します。

  711日 ランパーツより

   


  以上のような文面の絵葉書をいただきました。

  僕は今ではこの絵葉書を下さった、一橋大学ラフティングストローム会の山下善弘さんという方のことは覚えていませんが、おそらく山下善弘さんという方がユーコン川川下りをする前に、僕のところにユーコン川川下りについて話を聞きに来たのだと思います。

 僕も一橋大学ラフティング部ストローム会の方から絵葉書をいただいていたとは、僕も昔は、信頼されていたのだと思います。

 今では、僕は何も探検冒険活動もしていないし、ラフティング(川下り)などインドブラマプトラ川川下り以来、一度もしていません。今の僕には全く信頼感が無いのだと思います。

 今の僕には自分の住んでいる文京区を流れている神田川沿いを歩くことくらいしか川に関することは出来ないのだと思います。

 先日、部屋の掃除をしていたら、一橋大学ラフティング部ストローム会の山下善弘さんという方からいただいた絵葉書が見つかったので、絵葉書の文面をブログに載せます。

 以上、「一橋大学ラフティング部ストローム会の山下善弘さんからいただいた絵葉書の文面」

  ブログに載せます。

 

 


2021年5月24日月曜日

「僕の川下り経験は奥多摩、水上、四万十、ユーコン、阿武隈、吉野、ブラマプトラ」

 「僕の川下り経験は奥多摩、水上、四万十、ユーコン、阿武隈、吉野、ブラマプトラ」

  僕は早稲田大学探検部4年生の時にインドブラマプトラ川川下りに参加しました。

  僕がインドプラマプトラ川川下りに参加する前の川下り経験は、奥多摩、水上、四万十、ユーコン、阿武隈、吉野です。

  大学1年生の時に奥多摩の多摩川で川下り初経験をしました。

  同じく大学1年生の時に、群馬県水上の利根川で川下りを経験しました。

  大学2年生の時には四国四万十川で川下りを経験しました。

  大学3年生の時にはカナダのユーコン川で海外の川初経験の川下りを経験しました。

  大学4年生の時には、インドブラマプトラ川川下り前の練習で、東北の阿武隈川で川下りを経験しました。

  同じく大学4年生の時に、インドプラマプトラ川川下前の練習で四国吉野川で川下りを経験しました。

  そして大学4年生の時に、世界的な激流インドプラマプトラ川川下りを経験しました。

  早稲田大学探検部卒業以降は僕は川下りをしていません。

  僕の川下り経験が奥多摩、水上、四万十、ユーコン、阿武隈、吉野、ブラマプトラであることをブログに書いておきます。

  以上、「僕の川下り経験は奥多摩、水上、四万十、ユーコン、阿武隈、吉野、ブラマプトラ」

  ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年5月1日土曜日

「インドブラマブトラ川川下りとカナダユーコン川川下りでは訳が違う」

 「インドブラマブトラ川川下りとカナダユーコン川川下りでは訳が違う」

  僕は早稲田大学探検部4年生の時にインドプラマプトラ川川下りに参加しました。

  僕は早稲田大学探検部3年生の時にカナダユーコン川川下りに参加しています。

  こんなことを書いてはユーコン川川下りに参加した方々には悪いですが、インドプラマプトラ川川下りとカナダユーコン川川下りでは訳が違うと僕は思っています。

  カナダユーコン川川下りは大河の川下りで、大きな瀬もほとんどなく、雄大で穏やかな流れの大河をのんびり下る川下りだったと思っています。

  一カ所、セブンフィンガーズラピッドという瀬があり、皆で緊迫感を持って瀬に臨みましたが、全く生命の危険のない瀬でした。

  カナダユーコン川川下りでは、早稲田大学探検部の持つ装備である、4人乗りのゴムボートに5人のメンバーを乗せて、川下りを行いました。

  川下り中は日本からラジカセを持ってきたメンバーもいて、佐野元春の「約束の橋」を聴いたりしながらの、楽しい野外活動でした。

  一方のインドプラマプトラ川川下りとは、川下りをするためのゴムボートもイギリスのエイボン社製の10人乗りの世界最高峰のゴムボートでした。

  イギリスのエイボン社製の10人乗りのゴムボート2艘で、インドプラマプトラ川の激流を下りました。

  僕らがインドプラマプトラ川川下りを行ったのはブラマブトラ川の水量の少ないインド北東部で乾期になる、12月から1月でした。現地の気温も低く、水も冷たく、メンバー全員ドライスーツを着用しドライスーツの上にライフジャケットを着用しての川下りでした。

 世界最高峰のイギリスのエイボン社製の10人乗りのゴムボートでもパドラーが川に投げ出されるほどの激流の大きな瀬があり、僕らもブラマブトラ川に投げ出されました。

 実際にインドプラマプトラ川に行ったことのない人にしか分からないと思いますが、インドプラマプトラ川とは川下りをするのが本当に難しい川です。

 記事とか本とかの文章を読んだだけでは、インドプラマプトラ川の川の怖さ、川のすごさが伝わらないと思いますが、僕がインドプラマプトラ川川下りとカナダユーコン川川下りでは訳が違うと思っていることをブログに書いておきます。

 以上、「インドブラマブトラ川川下りとカナダユーコン川川下りでは訳が違う」

 ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年4月5日月曜日

「早稲田大学探検部関係者に気づいて欲しいこと」

 「早稲田大学探検部関係者に気づいて欲しいこと」

   僕は僕の331日のツイート、インドブラマブトラ川川下りの記事で僕のTwitterを固定しています。

   僕は是非、インドブラマブトラ川川下りの記事を早稲田大学探検部関係者に読んでいただきたいと思い、Twitterを僕の早稲田大学探検部OB番号、3301をイメージして、331日のツイートで僕のTwitterを固定しています。

  インドブラマブトラ川川下りの記事をきちんと読んで下さった方は分かると思いますが、インドブラマブトラ川川下りは、インド人の二人の若いガイドの舵取りにその命運は任されていました。今は亡きクマールと今でも存命中のマイラという二人の若いインド人ラフティングガイドに僕らインドブラマブトラ川川下り隊の命運は任されていました。

   若いラフティングガイドの一人であったクマール氏は、20209月に予期せぬ心停止で亡くなってしまったとのことです。僕も心よりご冥福をお祈り致します。僕の亡くなってしまったクマール氏の思い出は、僕がインドブラマプトラ川下りをしていて、僕がインドブラマブトラ川沿いの人々たちと交流し僕が考え事をしていて、目の下に大きなクマが出来ていたときに、僕の目の下の大きなクマを見つけて、そのことを指摘して、「サッカーでもやらないか」と誘われ、インド側隊員とサッカーをしたことが僕の思い出になっています。僕は早稲田大学探検部では、外国に行ったらどのような視点で物事を見るかを考えていたので、目の下に大きなクマが出来るほど、何かを考えていたのだと思います。

  僕らが下ったインドブラマブトラ川川下りとは、当時は世界中で誰も下ったことのない箇所の川下りで僕らが下った後には、誰も川下りを行っていない箇所の川下りでした。参考になる文献などもほとんどなかったようです。

  若いインド人ラフティングガイドである、マイラ氏の、日記だけが頼りになる文献で、若いインド人ラフティングガイドのマイラ氏の日記をもとにインドブラマブトラ川川下りが行われたと言っても過言ではないと僕は思っています。

   僕もマイラ氏のことはよく覚えていて、当時から紳士で、とても冷静で、ブラマブトラ川川下りの際も、僕らパドラーにきつく何かを言うこともなかったし、冷静で的確な指示を僕らパドラーに出していました。

  若いインド人ラフティングガイド、クマール氏とマイラ氏がいなかったら、インドブラマブトラ川下りなど出来なかったと今では僕は思っています。

  僕は早稲田大学探検部では海外の活動は、1年生の時にミクロネシアに行き、外国に行ってどう現地の人たちに溶け込んでいくか、どのような視点で物事を見るかの目が養われました。

   2年生の時には、チベットのカイラス山に行き、チベットの聖地、聖山であるカイラス山の周りの巡礼路約52キロを歩いて、チベットの方々の厚い信仰心を感じ取りました。

  3年生の時にはカナダのユーコン川川下りを行い、外国の大河である、ユーコン川を漕ぎ下って外国での大河のラフティングを経験しました。

   4年生の時に、僕にとっての早稲田大学探検部での活動の集大成になるとも思われる、インドブラマブトラ川川下りに参加しました。

  僕が早稲田大学探検部関係者の方々に気づいて欲しいことは、早稲田大学探検部在籍中に出来ることは限られていて自分の経験、自分の能力の範囲で出来ることを考えるのが良いということです。

  僕は早稲田大学探検部の活動は自分の経験、自分の持っている能力の範囲内で自分の出来る活動を行うのが良いと思っています。

  誰かがものすごい活動をしているから、自分もすごい活動をしたいとか考えずに、自分たちの能力を見極め、自分の出来る活動をしていくのが良いと思っています。

  自分の背丈以上の身の丈に合わない活動をしょうとすると僕は、早稲田探検部は失敗してしまうと思っています。

  自分の身の丈に合った活動を地道に重ね、自分の身の丈に合った地道な活動の集大成の活動が他人から見ると、すごい活動のように見えることになるのだと思います。

   僕が早稲田大学探検部関係者に気づいて欲しいことは、自分の背丈以上の身の丈に合わない活動をすることなく、自分の身の丈に合った自分の出来る活動を地道にしていって欲しいということです。

  僕が早稲田大学探検部関係者に気づいて欲しいことをブログに書いておきます。

  以上、「早稲田大学探検部関係者に気づいて欲しいこと」

  ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年1月28日火曜日

「カナダのユーコン川川下りに行ったことを忘れる」

「カナダのユーコン川川下りに行ったことを忘れる」

 僕は昔、早稲田大学探検部時代にカナダのユーコン川川下りに行きました。

 ユーコン川とは行くのが大変な川で、今の僕の状態ではとてもでありませんが、カナダのユーコン川川下りなど行けません。

 今の僕の状況をきちんと見つめて、昔、カナダのユーコン川川下りに行ったことは忘れようと思っています。

 カナダのユーコン川川下りをしたというと、野田知佑とかを思い出す人もいるかと思いますが、僕は野田知佑のようにはなれないし、今の僕には文京区を流れる神田川くらいにしか行くことは出来ません。

 もう僕は昔、カナダのユーコン川川下りをしたことは忘れてこの先の人生を過ごそうと思っています。

 昔は、カナダのユーコン川川下りをしたとか自慢せずに、今の自分を冷静に見つめ、謙虚に生きていこうと思っています。

 僕がカナダのユーコン川川下りをしたことを忘れようと思っていることをブログに書いておきます。

 以上、「カナダのユーコン川川下りに行ったことを忘れる」

 ブログに載せます。



 

 

 





2019年8月17日土曜日

「親に昔、早稲田大学探検部時代に外国から出した絵はがきを見せてもらった」

「親に昔、早稲田大学探検部時代に外国から出した絵はがきを見せてもらった」

 今日は親に、僕が早稲田大学探検部時代に外国から出した絵はがきを見せてもらいました。

 チベットに行った時、カナダのユーコン川川下りに行った時、インドのプラマプトラ川川下りに行った時に、僕は外国から絵はがきを家に送っていたようです。

 絵はがきなので、世界各地の写真が写っています。世界各地の良い風景の写真が写っています。

 文面は、ほとんどが外国で元気でやっているから、東京での生活を気をつけて送ってくださいといった文面でした。

 外国に行った、現地の様子も書いていたようです。

 チベットのラサからは、チベットは素晴らしいところだとか書いていたようです。

 ユーコン川川下りに行ったときもカナダは治安が良いので安心ですと書いていたようです。

 ニューデリーからは、北海道のような気候で過ごしやすいと書いていたようです。

 僕の両親も、昔、書いた絵はがきを読み返して、僕に元気になってくれと思っているようです。

 今の僕の状態が、あまり元気がない状態なので、僕の両親も昔、早稲田大学探検部時代に外国から送った絵はがきを読み返して、元気になってもらいたいと思っているようです。

 僕も昔は、僕が世界各地に足を運んでいて、世界各地を見て回っていて、自分でも昔はすごかったんだなと思いました。

 今では、外国に行くこともなくなり、世界を見ることもなくなり、東京でしょぼい生活を送る毎日です。

 僕も昔、自分が外国から出した絵はがきを読み返してみて、再び、昔みたいに外国に行ってみようかと思いました。

 今では精神障害者になってしまっているので、そう簡単には外国には行けないかもしれませんが、チャレンジ精神で、昔みたいに外国に行ってみようかという気持ちになりました。

 今日は親から昔、僕が早稲田大学探検時代に外国に行ったときに外国から送った絵はがきを見せてもらい、チャレンジ精神で、外国に行ってみようかと思ったことをブログに書いておきます。

 以上、「親に昔、早稲田大学探検部時代に外国から出した絵はがきを見せてもらった」

ブログに載せます。




 

 



 

 

 

2019年3月20日水曜日

「チベット隊はすぐに集まるのに、ユーコン隊は全く集まりがないと思っている」

「チベット隊はすぐに集まるのに、ユーコン隊は全く集まりがないと思っている」

 昨日もブログに書きましたが、僕が早稲田大学在学中に所属していたサークル早稲田大学探検部時代に一緒にチベットに行ったメンバーと、チベットで会った近大探検部の人間、中国語が得意な人間の6人で集まることになりました。

 チベット隊は誰かが連絡をすれば、待っていましたとばかりにすぐに集まるようです。

 僕は、早稲田大学探検部時代は、チベット隊の他にもカナダのユーコン隊とかにも参加していましたが、ユーコン川川下りのメンバーで集まることは大学卒業後一回もありません。

 誰かが連絡をすれば待っていましたとばかりにすぐに集まるチベット隊に比べて、ユーコン隊の集まりの悪さを感じています。

 同じ早稲田大学探検部の活動でも、集まりの良い隊もあれば集まりの悪い隊もあるようです。

 以上、「チベット隊はすぐに集まるのに、ユーコン隊は全く集まりがないと思っている」

ブログに載せます。




 

 



 





  

2017年7月16日日曜日

「シアトル系の会社にどう対応するか」

「シアトル系の会社にどう対応するか」

 先日はAmazonのことについてブログを書きました。

 Amazonもアメリカのワシントン州のシアトルに本社があるようです。

 WindowsOSのパソコンのメーカーのマイクロソフト社もアメリカのワシントン州のシアトルに本社があるようです。

 他にも、スターバックスコーヒーなどがアメリカのワシントン州のシアトルに本社があるようです。

 アメリカのワシントン州に本社がある会社の他に、これだけ日本社会に影響を及ぼしている会社もあまりないと思います。

 僕は、早稲田大学探検部の活動で、カナダのユーコン川の川下りに行ったことがあり、アメリカのワシントン州の上空は飛行機で通過したことがあり、天敵になるような土地ではありません。 

 シアトルには降りませんでしたが、上空は通過したと思います。

 飛行機から見ると、森が多い州だったと記憶しています。

 何故、日本社会にこれほどの影響を及ぼしているのか僕には分かりませんが、マイクロソフトのOSのパソコンを使っている人は多いと思うし、アメリカのワシントン州のシアトルとは大きな影響力のある土地だと思います。

 日本からアメリカメジャーリーグに行った、イチロー選手の最初に所属していた球団もシアトルマリナーズでした。

 日本に大きな影響を及ぼしているシアトルですが、果たして、そんなに僕らは影響を受けなければならないのでしょうか?

 マイクロソフトのWindowsPCは仕方ありませんが、Amazonに関しては、功罪も多々あると思います。

 日本のネットショッピングの形を作っているのもAmazonだと思います。

 Amazonの商品を扱うことによって、日本の運輸の会社も大きな負担になっているようです。

 地域の書店も、Amazonのおかげで減少していると思うし、本離れの一因を作っているのも僕はAmazonだと思っています。

 本を読むことは他人の人生に触れることで、酒を飲んで会話をしたりしなくても、他人の人生に触れることが出来るのが本だと思っています。

一商品として本を扱うAmazonの商法は、先日もブログに書きましたが、本の価値を下落させていると僕は思っています。

ワシントン州、シアトルという町も歩いたこともないし、どのような価値観の土地かも分かりませんが、マイクロソフト、Amazon、スタバと影響力のある会社があるようですが、日本は何故、これほど、シアトル系の会社の影響を受けなればならないのかと不思議に思うこともあります。

アメリカの首都がワシントンですから、ワシントン州にある会社の影響が大きいのかもしれませんが、ワシントン州とはアメリカのカリフォルニア州の北に位置するカナダと国境を接する州です。

名前は同じでも、アメリカの
首都ではありません。

何故、これほど、アメリカ、ワシントン州のシアトル系の会社の影響が強いのかと本当に不思議に思ってしまいます。

マイクロソフトのOSのパソコンも使わずに、Amazonも利用せず、スタバにも行かなくても、日本で生活している人も多くいると思います。

少し、アメリカのワシントン州シアトルにある会社の影響力から脱してみるのも良いことではないかと僕は思っています。

何か、アメリカのワシントン州シアトルにある会社の影響を受けると、中毒症状のようになってしまうので、アメリカのワシントン州シアトルにある会社の影響力から脱してみるも良いことではないかと僕は思っています。

以上、「シアトル系の会社にどう対応するか」

ブログに載せます。











 


 

2016年9月10日土曜日

「野田知祐さん 著 ユーコン漂流 を読んで」

「野田知祐さん 著 ユーコン漂流 を読んで」
                                                           
 今朝、近所の図書館で、野田知祐さんの著作、「ユーコン漂流」を借りてきました。

 午後に寝っ転がりながら読みました。

 先程、ブログに書きましたが、僕も学生時代にユーコン川に川下りに行ったので、ユーコン川の雄大な川の流れを思い出しました。

 「ユーコン漂流」によると、ユーコン川の川の流れの早さは時速10キロくらいだそうです。

 一時間、川の流れに任せていれば、一時間に10キロくらいは進んでくれるのだと思います。
                                                                                                  
一日、10時間、川の流れに任せていれば一日に100キロ進むことになります。

雄大な自然の川の流れに任せていれば、自然に流れていきます。

もちろん、ゴムボートなり、カヌーなりをパドルなどで漕げば、もっと進むと思います。

ユーコンの川の流れは、森の中を川が流れているので、景色を見ているだけでも、川下りは飽きません。

川が大きいので、島があったりして、それも楽しかったです。

野田知祐さんの「ユーコン漂流」では、ユーコンの川の幸、サーモン(鮭)のことも出てきました。

現地の方々が、サーモンを獲っても、すじこ(イクラ)の部分を捨ててしまうので、日本の水産会社が、貴重な、すじこ(イクラ)を売り物にしようとして進出していることも書いてありました。

僕らも川下り中にサーモンを獲って食べました。(確か、サーモンのマリネだったと思います)

ユーコン川川下りの終点、ドーソンのカジノのことも書いてありました。

僕らも、ドーソンに到着してからカジノに行きました。

確かルーレットをやったと思います。

ユーコン川のビーバーダムのことも書いてありました。

ユーコン川ではビーバーがダムを作っていました。

「ユーコン漂流」を読んでいて一番おもしろかったのは、著者がユーコン川沿いに滞在していた時に、3日で原稿を80枚書いたという部分です。

日本で生活している時より真面目に原稿を書いていたとの話がおもしろかったです。

僕もブログを真面目にパソコンで書いていますが、原稿用紙80枚とは、400文字×80枚で32千字くらい書いていらしたということになります。

僕が一回で書くブログの文字数は千文字くらいですから、3日間で千文字のブログを32くらい、書いていることになります。

作家の方が書く分量に驚きました。本を読んでから、著者のプロフィールを見ていたら、野田知祐さんが早稲田大学出身の方だと分かりました。

学生時代は探検部には入部していないと思いますが、僕らと同じような活動を早稲田大学出身の方がしていると知ると親近感が湧きました。

久しぶりにアウトドアものの著作を読んで気軽に読めて、良い作品だったので、週末の気分転換には良かったです。

これからも、週末はアウトドアものを読んで、気持ちのリフレッシュをしていこうと思いました。

以上、「野田知祐さん 著 ユーコン漂流 を読んで」

ブログに載せます。


















「急にユーコン川に関する本を読みたくなった」

「急にユーコン川に関する本を読みたくなった」

 今朝、起きて、仕事に行き、仕事が終わってからの帰り道に図書館があるので、本でも読もうと思い図書館に入館しました。

 本棚を見ていると、目に入ってきた本がありました。

 野田知祐さんの「ユーコン漂流」です。

 ユーコン川と言えば、僕が大学3年生の時に、早稲田大学探検部の仲間5人でゴムボートで下った川です。

 ユーコン川の雄大な流れは、自然と一体化していて、良い川でした。

 ボートが転覆するような激しい瀬のような難所もなくて、毎日、毎日、ゴムボートを漕いで、雄大なユーコンを下りました。

 毎日、毎日、仕事をしていると、時には、大学時代のゆったりしたユーコン川川下りのような時を思い返すのも、心をリフレッシュするのに良い効果があると思い、今日は図書館で、野田知祐さんの「ユーコン漂流」を借りてきました。

 実際に、ユーコン川に行けなくても、本を読むことによって、ユーコン川川下りの時のような気分を思い出すことも出来るかと思います。

 僕は学生時代には野田知祐さんとかあまり読んでいませんでしたが、急に思いついたように今日は図書館で、野田知祐さんの「ユーコン漂流」を借りてきました。

 週末に読むには良い本だと思います。

 本の冒頭を読んでいると、ホワイトホースとか、ドーソンとか懐かしい地名が出てきました。

 僕らが赴いた土地の地名が出てきて、急に懐かしくなりました。

 早稲田大学探検部OBの横綱とも思われる、角幡唯介さんは「漂流」という新刊を出されたようですが、僕は、あえて角幡さんの新刊ではなく、自分たちが下った川であるユーコン川の川下りの記録「ユーコン漂流」を図書館で借りてきました。

 夏の暑さもお彼岸くらいまでで、収束すると思います。

 夏の暑さの疲れが出ている時だからこそ、読んでみて心をリフレッシュ出来るような本もあると思います。

 今週末は、野田知祐さんの「ユーコン漂流」を読んで、酷暑で疲れている心をリフレッシュしようと思います。

 以上、「急にユーコン川に関する本を読みたくなった」

ブログに載せます。







 

 

 



 

 

2016年6月30日木曜日

「茗荷谷のジンジャーエールの味」

「茗荷谷のジンジャーエールの味」

 先日、最近、僕が活動をしている地域である茗荷谷でジンジャーエールを飲みました。

 茗荷谷というくらいですから、もう少し早くジンジャーエールを飲んでいていても良かったのかなと思いますが、先日、初めて飲みました。

 茗荷谷界隈でジンジャーエールを飲める店は少ないようで、カフェにも置いてないし、ファミレスにも置いていないし、僕が入るような店にはジンジャーエールは置いていなかったです。

先日、思い切ってMOSバーガーに入ったら、メニューにジンジャーエールがあったので、注文して、ジンジャーエールを飲んでみました。

飲み心地は、炭酸飲料でありながら、炭酸が強くなくて、ジンジャー(しょうが)の風味が効いていて飲みごたえのある飲み物でした。

MOSバーガーでジンジャーエールを飲んでから、ネットでジンジャーエールについて調べてみました。

ジンジャーエールとは、カナダ人が作った飲料のようです。

僕も学生時代にカナダに行ったことがあり、カナダのバンクーバーとか、エドモントン、バンフなどの街にも行きました。

カナダは、森が多くてまるでカナダの人々は森の中に住んでいるようでした。

カナダの人々はナチュラリストの方が多くて自然と共生して生活している方も多くおおらかな感じの人が多かったような気がします。

探検・冒険活動をするにはうってつけの国で、ユーコン川、マッケンジー川など、大きな川もあるし、カナディアンロッキーもあります。

僕が学生時代にカナダに行ったときは、カナダでカナダドライジンジャーエールは飲まなかったと思いますが(ユーコン川川下り中にはハイネケンビールとか飲んでいたと思います)、ようやく、最近になって、地元の茗荷谷のMOSバーガーでジンジャーエールを飲みました。

僕は、インドのプラマプトラ川に川下りに行ったときに、川下り隊員報告として、「プラマの水の味」という感想のような報告を書いていて、自分が飲んだものの味について書くことはその後の人生でも多々ありました。

地元の茗荷谷で飲んだジンジャーエールの味は、炭酸とジンジャーの風味が効いていて、ハンバーガーをもう少し食べてみようかと言うような味がしました。

プラマプトラ川川下りの際に、プラマプトラ川に落ちた際に飲んだ、プラマプトラ川の川の水の味は何か恐怖感を感じさせる味でしたが、先日、地元、茗荷谷のMOSバーガーで飲んだジンジャーエールの味は、ジンジャー(しょうが)の風味が効いていて、なおかつ炭酸飲料で、水ではなく、ジンジャーの風味を効かせた炭酸飲料を良く考えて作っていて、食がすすむような味でした。

茗荷谷というくらいですから、みょうがをベースにした飲み物もあっても良いとは思いますが、茗荷谷のMOSバーガーにはしょうがをベースにした飲み物があったので、ジンジャーエールを飲みました。

みょうがとしょうがの見分け方はこちら→http://nanisore-club.com/myouga-syouga-6455

ミョウガが妹香で、しょうがが兄香というくらいですから、兄と妹の関係の例えになっているようです。

妹香(みょうが)の地、茗荷谷で兄香(しょうが)ベースの飲料を飲んだので、これからは僕も綺麗で美しいミョウガのような女性から頼りにされる偉い兄貴のような男になれることを目指して、奮闘していきたいと思いました。

以上、「茗荷谷のジンジャーエールの味」

ブログに載せます。