ラベル 日本電波ニュース の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 日本電波ニュース の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年5月31日金曜日

「生きて、生きて、生きろ」

 「生きて、生きて、生きろ」

  昨日、早稲田大学探検部OB会よりメールが届きました。

  以下のような文面のメールが届きました。

  一見の価値のある映画の紹介のメールだと思いましたので、メールをそのままブログに載せさせていただきます。

   早稲田大学探検部OB会 会員各位

   41期の島田陽磨さんの新作ドキュメンタリー映画「生きて、生きて、生きろ。」が525日より上映されます。詳しくは、以下、島田さんからのメールをご参照ください。

  探検部OB会連絡幹事 鈴木(26)

   41期の島田陽磨と申します。1997年のアマゾン川事件の際に学生側の対策本部長を務めていたものです。

以前、拙作「ちょっと北朝鮮まで行ってくるけん。」というドキュメンタリー映画をOB会メールでご紹介頂きました。

その節はありがとうございました。

この度、新作のドキュメンタリー映画を明日25日より東京・ポレポレ東中野ほか全国にて公開することとなったので、

もしよろしければ、またOB会のメーリングリストで案内して頂けないかと思い、連絡させて頂いた次第です。

急なご案内となり申し訳ありません。

  以下が概要です。

  映画「生きて、生きて、生きろ。」

http://ikiro.ndn-news.co.jp

 原発事故から13年が経った福島では今、遅発性のPTSDが増加しており、若者の自殺率や児童虐待なども増えています。

それに向き合う精神科医や医療従事者たちを追ったドキュメンタリー映画です。

  525日(土)から東京・ポレポレ東中野、ほか全国にて公開予定。

  探検部先輩であるドキュメンタリー監督の大島新さんからはコメントやパンフレットへの寄稿、さらに5/31(金)のトークイベントにも登壇頂く予定です。

  この間、様々なメディアで紹介して頂きました。

   NHKラジオ Nらじ 2024/5/15 ニュースアップ『被災者の心に寄り添うために』/出演:映画監督 島田陽磨さん

  https://www.nhk.jp/p/nradi/rs/X7R2P2PW5P/episode/re/GZQL8K5NMM/

  東京新聞 2024/5/17絶望の淵を歩く人たちと「次に会うまで死なない約束」を交わして映画「生きて、生きて、生きろ。」が描く福島の医療従事者たち

 https://www.tokyo-np.co.jp/article/327555

 毎日新聞 2024/5/9 島田陽磨監督が語るドキュメンタリー映画

 https://mainichi.jp/articles/20240509/dde/012/040/009000c

  朝日新聞 2024/5/11 「生きてるだけで立派だよ」 震災と原発事故の被災者追う映画が公開

https://digital.asahi.com/articles/ASS590G8JS59UTIL02BM.html

  現代ビジネス 2024/5/15 福島で今何が起きているのか映画『生きて、生きて、生きろ。』が問う「自助努力」「自己責任」の限界と、あるべき社会の姿(安田 菜津紀)

 https://gendai.media/articles/-/129711#goog_rewarded

  沖縄タイムス 2024/5/21心を病む患者と向き合う 原発事故13年 福島と沖縄重ねる 映画「生きて、生きて、生きろ」 島田陽磨監督 国策押し付け 住民切り捨て

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1363038

 宣伝・配給も自前でやっていて、なかなか手が回っておりません。

探検部OB会のメーリングリストでご紹介頂ければ大変心強いです。

 また前作「ちょっと北朝鮮まで行ってくるけん。」も今月末まで下記にて配信しております。

bit.ly/4c1mSHK

お手数おかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。

*****************************************

島田 陽磨  携帯 090-8348-5600

日本電波ニュース社

東京都港区南麻布一丁目五番十号 小池ビル3F

Tel:03-5765-6810 Fax:03-5765-0540

 

 僕も時間が許せば、是非、見てみたい映画だと思いました。

 

 昨日は早稲田大学探検部OB会よりメールが届いたので、メールの文面をそのままブログに載せさせていただきます。

 

 以上、「生きて、生きて、生きろ」

 

 ブログに載せます。

 

2021年5月12日水曜日

「日本電波ニュース時代の先輩秋山英樹さんはインドのアンベートカルの思想の取材をしていた」

「日本電波ニュース時代の先輩秋山英樹さんはインドのアンベートカルの思想の取材をしていた」

  僕が日本電波ニュース社という会社に在籍していた頃に、僕の日本電波ニュース社の先輩になる秋山英樹さん(僕の早稲田大学探検部時代の先輩の船越通暁さんのルポルタージュ研究会の友達の方です)はインドの地に赴き、インドでアンベートカルの思想を取材していたことがあります。

  ウィキペディアによると、アンベートカルとはインドでネルー首相時代に法務大臣を務められた方です。

  反カースト運動の指導者の方のようです。

  仏教復興運動を始めた方のようです。

  インドではヒンドゥー教に基づくカースト制度があり、身分制度があります。

  そんなインドという国で、反カーストの運動をした法務大臣アンベートカルの思想を秋山英樹さんは取材していました。

  アンベートカルのことを知っている日本人がどれだけいるか分かりませんが、秋山英樹さんは、日本のテレビ番組の中でアンベートカルの思想を紹介しました。

  佐々井秀嶺さんという日本人の仏教者の僧の方のことも取材して、インドにおける反カースト運動を取材していました。

  僕も秋山英樹さんが取材した映像の記録の編集作業をしていた記憶があります。

  インドというヒンドゥー教の国で、弱小宗教仏教の仏教復興運動のことを秋山英樹さんは取材されていました。

  僕が日本電波ニュース社に在籍していたのは日本がカンボジアにPKOPeace keeping operation)活動で自衛隊を派遣していた頃です。1992年から1994年くらいまで僕は日本電波ニュース社に在籍していました。

  もう30年近く前になりますが、日本電波ニュース社の先輩の秋山英樹さんはインドの地に赴き、インドのアンベートカルの思想を取材していました。

  秋山英樹さんとは先見の明のある方だったと僕は思っています。

  もう30年近く前に、ヒンドゥー教に基づきカースト制度のあるインドで、反カースト運動をして、仏教復興運動をしたアンベートカルの思想を日本のテレビで紹介した秋山英樹さんとは僕は先見の明のある方だと思っています。

  僕の日本電波ニュース社時代の先輩の秋山英樹さんはインドのアンベートカルの思想を取材していたことをブログに書いておきます。

  以上、「日本電波ニュース時代の先輩秋山英樹さんはインドのアンベートカルの思想の取材をしていた」

  ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2019年7月19日金曜日

「早稲田大学探検部OB茅野臣平さんの思い出」

「早稲田大学探検部OB茅野臣平さんの思い出」

 昨日、早稲田大学探検部OB会からメールが届きました。

 早稲田大学探検部OBの茅野臣平さんが、「探検の家」を作るプロジェクトを進めているとの内容のメールでした。

 「探検の家」に、早稲田大学探検部の計画書、報告書、撮影した写真などを、保存しようとしているようです。

 僕は、「探検の家」のプロジェクトを進めている茅野臣平さんとは、僕が日本電波ニュース社という会社に勤めていたときに、テレビ朝日で会った記憶があります。

 茅野臣平さんはテレビ朝日のプロデューサーをしていたと思います。

 テレビ朝日のプロデューサーをしていて、日本電波ニュース社のお偉いさんも、「茅野さん」「茅野さん」と慕っていた方です。

 僕は早稲田大学探検部の話を茅野さんとしたことはないと思いますが、僕が日本電波ニュース社に勤務していたときにテレビ朝日で会ったので、茅野臣平さんとは偉い方というイメージが強く残っています。

 「探検の家」のプロジェクトも、偉い茅野臣平さんらしく、立派なプロジェクトだと僕は思っています。

 是非、プロジェクトが実現すれば良いと思っています。

 昨日は、早稲田大学探検部OB会からメールが届き、「探検の家」というプロジェクトを早稲田大学探検部OBの茅野臣平さんが進めているとのことで、僕の茅野臣平さんの思い出をブログに書いておきます。

 以上、「早稲田大学探検部OB茅野臣平さんの思い出」

ブログに載せます。



 

 

 

 

2019年5月27日月曜日

「日本電波ニュース社の怖さ、凄みを知らない人間は痛い目に遭うと思う」

「日本電波ニュース社の怖さ、凄みを知らない人間は痛い目に遭うと思う」

 僕が、勤務した経験のある日本電波ニュース社という会社は怖い会社で凄みのある会社でした。

 僕が日本電波ニュース社に勤務していた頃も、アフリカのソマリアを取材していたカメラマンの方が、戦場を取材中に銃弾を受けたりしていました。

 僕は、アフリカのソマリアで銃弾を受けたカメラマンの方を日本電波ニュース社の編集室で見ましたが、松葉杖に支えられた状態で編集室に来ていました。

 まさに命がけで、現場で取材している会社で、日本電波ニュース社とは怖くて凄みのある会社です。

 日本電波ニュース社を知らない人間、反共(反共産主義)の人間が、日本電波ニュース社を悪く言ったりすることもあるかと思いますが、日本電波ニュース社の怖さ、凄みを知らない人間は、僕は痛い目に遭うと思っています。

 以上、「日本電波ニュース社の怖さ、凄みを知らない人間は痛い目に遭うと思う」

ブログに載せます。



 

 

 

 

2019年3月14日木曜日

「仕事したメディアがデイリーアン、日本電波ニュース、DHC出版では何を書いたところで信用されないと思っている」

「仕事したメディアがデイリーアン、日本電波ニュース、DHC出版では何を書いたところで信用されないと思っている」

 僕はブログを多く書いています。

 僕はブログを多く書いていますが、僕はおそらく信用されていないと思っています。

 僕のメディアでの仕事の経験があまり信用度のないメディアでしか仕事をしたことがないので、僕はおそらく信用されていないと思っています。

 僕がメディアの仕事をしたのは、デイリーアン、日本電波ニュース、DHC出版です。

 どのメディアもマイナーなメディアで、世間であまり名を知られていないメディアです。

 僕のメディアでの仕事の経験が、デイリーアン、日本電波ニュース、DHC出版なので、僕が何を書いたところで信用されていないと思っています。

 僕が朝日新聞とか、文藝春秋とかで何か書く仕事でもしていれば、僕のブログも少なからず信用されるのだと思いますが、僕はメジャーなメディアでは仕事をした経験がありません。

 名前も聞いたことのないようなメディアでしか仕事をした経験がないので、僕がいくら多くのブログを書いたところで信用されないと思っています。

 僕が仕事をしたメディアがデイリーアン、日本電波ニュース、DHC出版なので僕が何を書いたところで信用されないと思っていることをブログに書いておきます。

 以上、「仕事したメディアがデイリーアン、日本電波ニュース、DHC出版では何を書いたところで信用されないと思っている」

 ブログに載せます。




 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 



2019年2月12日火曜日

「大学卒業後に勤務した会社でやっていけなかった人間は悲惨な人生を歩むことになる」

「大学卒業後に勤務した会社でやっていけなかった人間は悲惨な人生を歩むことになる」

 僕は早稲田大学卒業後に、日本電波ニュース社という会社で働きました。

 待遇はアルバイトでしたが、過労で入院して会社を辞めましたが、その後もアルバイばかりして、良い待遇で働いたことはありません。

 僕が思うに、大学卒業後に勤務した会社でやっていけなかった人間は、悲惨な人生を歩むような気がしています。

 きちんと、一人前になってから、会社を辞めるなら分かりますが、過労で大学卒業後に勤務した会社を辞めたような人間は、その後の人生もきちんとした会社に勤務できるわけでもなく、悲惨な人生を歩むことになるような気がします。
 
 僕の人生がまさしく悲惨な人生で、良い職場で働けずに、51歳になっています。

 30歳の頃には精神障害者にもなり、精神障害者手帳を支給されています。

 僕は、発病前の1年前の国民年金の免除申請をしていなかったので、障害年金ももらえません。

 僕は精神障害者になりながらも働き続けなければならずに、この年になっています。

 僕の人生が悲惨な人生で、僕の人生が悲惨な人生になったのも、大学卒業後に勤務した会社でやっていけなかったことが大きな原因になっているようです。

 僕が思うに、大学卒業後に勤務した会社でやっていけなかった人間は悲惨な人生を歩むことになると思っているのでブログを書いておきます。

 以上、「大学卒業後に勤務した会社でやっていけなかった人間は悲惨な人生を歩むことになる」

 ブログに載せます。



 



 


 



2018年11月11日日曜日

「テレビ番組の編集の仕事に就かなければ、僕の人生も変わっていたと思う」

「テレビ番組の編集の仕事に就かなければ、僕の人生も変わっていたと思う」

 僕は早稲田大学卒業後、日本電波ニュース社という会社で働きました。

 ディレクターの助手の仕事をしました。

 ディレクターの助手と言ってもアシスタントディレクターというわけではなく、現場には行かずに、朝から晩まで、編集室に閉じこもってテレビモニターとにらめっこして仕事する編集助手の仕事でした。

 運動不足もいいところで、どんどん体力は落ちていきました。

 僕が気分転換に散歩をしてきたいと言っても、編集室から出ることは許されずに、編集室に閉じこもって仕事をしていました。

 現場から送られてきたベーカムのビデオテープを、VHSに落とす作業とかひたすらしてような気がします。

 VHSに落とすと、今度は、タイムコードを読んでの、カット表作り、そんな下働きをずっとしていました。  

 職場は映像関係が好きな方が多くいたので、ディレクターのことを巨匠とか言って、冗談も出る職場でしたが、働く職場としては良い環境だったとは思えませんでした。

 職場も港区の赤坂にあり、ハイソサエティの方々が集う街で、職場から一歩外に出ると、高級なお店とかがあり、僕程度の給料では到底入ることの出来ないようなお店が多くありました。

 僕の同僚の方も、六本木の明治屋で買った冷めた弁当とかを食べていた方もいらしました。

 テレビ番組の編集の仕事に就かなければ、僕も違った人生を歩んでいたような気もしています。

 僕が現在もパソコンとにらめっこして、Twitterをしたり、ブログを書いているのも、僕が早稲田大学卒業後、テレビ番組の編集の仕事をした経験から、朝から晩までパソコンとにらめっこしているのだと思います。

 テレビモニターがパソコンに変わっただけで、テレビ番組制作会社で働いていた頃と同じような生活をしているようです。

 早稲田大学卒業後、テレビ番組の編集の仕事に就かなければ僕の人生も変わっていたと思いブログを書いてみました。

 以上、「テレビ番組の編集の仕事に就かなければ、僕の人生も変わっていたと思う」

ブログに載せます。




 

 

 

 

 

  

 

 

 

 



2018年10月18日木曜日

「日本電波ニュース社でなんて働かなければ良かったと思っている」

「日本電波ニュース社でなんて働かなければ良かったと思っている」

 僕は早稲田大学卒業後、日本電波ニュース社という会社で働きました。

 待遇はアルバイトで、社会保険にも入れませんでした。

 アルバイトにも関わらずに、深夜まで働かされ、過労で入院し会社を辞めました。

 社会保険にも加入していなかったので、厚生年金も国民年金も払っていませんでした。

 本当に酷い待遇の会社だったと思っています。

 日本共産党のシンパの会社のようですが、会社で働く労働者を守るどころか、徹底的にこき使われました。

 今から思うと本当に酷い会社だったと思っています。

 僕に日本電波ニュース社を紹介した早稲田大学探検部時代の知り合いにも本当に変な会社を紹介されたと思っています。

 早稲田大学卒業後、日本電波ニュース社という会社で働き、本当に酷い目に遭ったので、日本電波ニュース社でなんて働かなければ良かったと思っています。

 以上、「日本電波ニュース社でなんて働かなければ良かったと思っている」

ブログに載せます。




 

 

 

 
 

 

2018年1月8日月曜日

「マスコミ業界に進まなくて良かった」

「マスコミ業界に進まなくて良かった」

 僕は、早稲田大学卒業後、一度、テレビ番組制作会社に勤めたことがありました。

 いわゆるマスコミ業界と言われる業界で、労働環境は酷かったし、周囲の人間も血も涙もないような人間ばかりが周りにいました。

 僕が、業務負担過多で入院して会社を退職しても何の補償もなかったし、マスコミ業界とは酷い業界です。

 僕はその後、マスコミ業界で働いた経験がありません。

 もう二度とマスコミ業界で働きたいと思っていません。

 毎日、規則正しく、朝起きて、夜就寝することが精神病の回復には良いことのようです。

 マスコミ業界などで働いたら、再び精神病になると思うので、二度とマスコミ業界で働きたいと思っていません。

 以上、「マスコミ業界に進まなくて良かった」

ブログに載せます。





2017年12月7日木曜日

「テレビ番組制作会社時代の渋谷」

「テレビ番組制作会社時代の渋谷」

 僕は、若い頃、テレビ番組制作会社に勤務していました。

 僕が勤務していた会社は、社会派の映像を制作する会社で、会社の編集室に閉じこもって、番組の編集とかしていました。

 毎日、毎日、テレビモニターとにらめっこしていて、外国の映像ばかりを見ていたような気がします。

 東京の風景とはかなり異なる映像を毎日のように見ていたと思います。

 会社の編集室に泊まり込むこともありました。

 徹夜をして、朝になって、帰宅することもありましたが、六本木通りのバスに乗って、渋谷経由で帰宅したことがありました。

 バスに乗って、渋谷で降りると、番組で編集している映像とは全く異なる風景が渋谷に広がっていて、何か異国にいるような感じになりました。

 映像制作で、自分が普段目にしている風景と全く異なるような映像ばかりを見ていると、精神的におかしくなると思います。

 現代ではスマホもあり、自分が普段、目にしている風景を写真に撮ったり出来ます。

 自分が普段、目にしている風景を写真とかに収められます。

 自分が普段、目にしている風景が当たり前の風景だと思い、映像制作会社が作っている映像などは、普通の風景ではないと思うことが大事になってくると思います。

 以上、「テレビ番組制作会社時代の渋谷」

ブログに載せます。







 




2017年6月15日木曜日

「僕がマスコミ業界を辞めた理由の一つ」

「僕がマスコミ業界を辞めた理由の一つ」

 僕は、早稲田大学卒業後、日本電波ニュース社という会社に勤務しました。

 日本電波ニュース社では、東南アジアでの出来事を取材する会社だったので、1993年の日本初のPKO活動のことも取材していました。

 カンボジアでのPKO活動を取材するテレビ番組の制作もしている会社でした。

 雰囲気はそんなに悪くない会社でしたが、会社が首を突っ込んでいるテレビ業界の真の姿をテレビ番組制作会社勤務中に見てしまいました。

 僕は、カンボジアにも行きましたが、カンボジアを取材しているテレビ局の人間が、夜になるとタイのバンコクのゴーゴーバーのような場所に出入りし、ミニスカートを履いた女の人の股に首を突っ込んでいる方とかいらして、僕はその光景を見て、テレビ業界、マスコミ業界で長く働くことを辞めようと思うに至りました。

 僕は将来、ミニスカートを履いた女の人の股に首を突っ込むような人間になりたくなかったので、テレビ業界、マスコミ業界を辞める決心をしました。

 テレビ業界、マスコミ業界は、ストレスフルな業界なのだと思います。

 人間、限界以上のストレスがかかると、人間としておかしな行為をするに至るようです。

 僕は、Twitterを開設していますが、限界以上のストレスがかからないように工夫してTwitterを運営しています。

 ストレスの解消方法も、ウォーキングを主体にしています。

 ミニスカートを履いた女の人の股に首を突っ込まなければストレスが解消できないような仕事には就きたいと思いません。

 普通の市井の人たちと同じような生活をして、ウォーキングでストレスが解消できるような仕事に就きたいと思っています。

 過剰なストレスがかかる仕事はパスしようと思っています。

 大きな仕事をするより、一人の人間として、まともな生活が送れるような仕事をしたいと思っています。

 僕がテレビ番組制作会社に勤務していた頃の、業界の人間のいびつな行動を目撃したことから僕がテレビ業界、マスコミ業界で長く働くのを辞めようと思うに至ったことについてブログを書いてみました。

 以上、「僕がマスコミ業界を辞めた理由の一つ」

ブログに載せます。