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2021年5月7日金曜日

「早稲田大学探検部関係者は僕がどれだけ苦労して『震災本を 集めて早し 神田川』を詠んでいたかが分からないと思う」

 「早稲田大学探検部関係者は僕がどれだけ苦労して『震災本を 集めて早し 神田川』を詠んでいたかが分からないと思う」

  僕は、早稲田大学探検部関係者は僕がどれだけ苦労して『震災本を 集めて早し 神田川』を詠んでいたかが分からないと思います。

  僕のTwitterのフォローワーの方々が東日本大震災被災地の方々が多く、僕のTwitterのフォローワーの方々の中には原発に反対している方々も多くいらっしゃいます。

  僕は僕のTwitterのフォローワーの方々がどんな方々か考えながらTwitterをしてきました。

  震災のことは忘れてはならないと思い、「東日本大震災」のことについて書かれた本、福島原発事故以降「原発」のことについて書かれた本を集めたブログを作り、Twitterから本を紹介しながら、毎朝のように、

  「震災本を 集めて早し 神田川」

  と詠んできました。

  新型コロナウィルスが流行するようになってからは、

  「震災本を 集めて早し 神田川」

  を詠むのはやめましたが、早稲田大学探検部関係者は僕がどれだけ苦労して

 「震災本を 集めて早し 神田川」

  を詠んできたかが分からないと思います。

  東京で震災の記憶が風化する中で、いつまでも震災にこだわるように、

 「震災本を 集めて早し 神田川」を詠んできました。

   幸いに、近所の江戸川公園を歩いて行くと、神田川沿いの歩道があり、神田川沿いの歩道を歩いて行くと、松尾芭蕉の芭蕉庵があるので、江戸時代に東北を歩いて「奥の細道」を書いた松尾芭蕉が、最上川を下った際に詠んだ句、

 「五月雨を 集めて早し 最上川」

  を真似て、

 「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んできました。

   早稲田大学探検部関係者に、松尾芭蕉の「奥の細道」の足跡を辿るように、東北の東日本大震災被災地を歩いて欲しいと思い、松尾芭蕉の芭蕉庵に辿り着く、神田川沿いの歩道を歩いた光景をブログで再現して、

 「震災本を 集めて早し 神田川」

  と詠んできました。

   早稲田大学探検部関係者で震災のことは忘れたい、福島原発事故のことは忘れたいと思っている方々も多くいることを承知した上で、

 「震災本を 集めて早し 神田川」

  を詠んできました。

 「震災本を 集めて早し 神田川」を詠む僕のことが嫌いな早稲田大学探検部関係者も多くいると思っています。

   早稲田大学探検部ならチベットに行ったり、インドブラマプトラ川に行ったりして探検しろと思っている方々も多くいると思っています。

   僕は30歳の頃に統合失調症という不治の病に罹り、精神障害者になっています。精神障害2級の精神障害者になっています。

   僕は探検をすることが不可能な人間になっています。

   探検をすることが不可能な人間が出来ることが、「震災本を 集めて早し 神田川」を詠むことでした。

 僕は「震災本を 集めて早し 神田川」を詠むことによって、自分の心境を表現してきました。

  自分の心境を表現することがこれほど疲れて、消耗する行為だと知らずに、

  「震災本を 集めて早し 神田川」

   を詠んできました。

   僕は早稲田大学探検部は僕がどれだけ苦労して

  「震災本を 集めて早し 神田川」を詠んできたかが分からないと思っていることをブログに書いておきます。

  以上、「早稲田大学探検部関係者は僕がどれだけ苦労して『震災本を 集めて早し 神田川』を詠んでいたかが分からないと思う」

  ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年5月3日月曜日

「インドブラマブトラ川川下りに一緒に行った関口君とは神田川沿いを一緒に歩いたことがある」

 「インドブラマブトラ川川下りに一緒に行った関口君とは神田川沿いを一緒に歩いたことがある」

  僕と一緒にインドプラマプトラ川川下りに行った関口君とは神田川沿いを一緒に歩いたことがあります。

  神田川沿いを歩いて行くとどこにたどり着くのかとかを話しながら一緒に神田川沿いを歩いたことがあります。

  僕にとっては小さな探検でもあり冒険でもあったのだと思います。

  江戸川橋の江戸川公園の入り口あたりから、ずっと神田川沿いを歩いていったと思います。

  高田馬場の先を歩いたかは覚えていません。

  僕がインドプラマプトラ川川下りに一緒に行った関口君と神田川沿いを一緒に歩いたことがあることをブログに書いておきます。

  以上、「インドブラマブトラ川川下りに一緒に行った関口君とは神田川沿いを一緒に歩いたことがある」

  ブログに載せます。

 

 

 

2021年4月25日日曜日

「神田川生活をしていた松田和郎は文京区関口の聖カテドラル教会で結婚式を挙げられていた」

 「神田川生活をしていた松田和郎は文京区関口の聖カテドラル教会で結婚式を挙げられていた」

  昔、神田川生活をしていた早稲田大学探検部33期の同期の松田和朗(現在では医師になっています)は神田川生活を経て、お付き合いしていた女性とご結婚をされ、文京区関口にある聖カテドラル教会で結婚式を挙げられていました。

  神田川生活をしていた松田和郎は、学生時代に、早稲田大学の大隈講堂のすぐそばの、日の当たらない、オンボロアパートに住んでいました。

  僕も神田川生活をしていた松田和朗さんの日の当たらない、貧乏生活を見るのが面白かったので、何度か松田和郎の住んでいたアパートに遊びに行きました。

  松田和郎とは、早稲田大学探検部だけではなく能のサークルにも入っていました。

  お付き合いしていた女性も、能のサークルで出会った女性でした。

  松田和郎の日の当たらない貧乏アパートに遊びに行くと、能のサークルで出会った女性も一緒に居ることも多くて、僕も幾度か話をしたことがあります。

  才媛で、松田和郎もいい人を探したなと思っていました。

  松田和郎とは早稲田大学在学中は人間科学部に在籍していましたが、早稲田大学人間科学部に嫌気がさしたのか、早稲田大学人間科学部を中退して、筑波大学医学部に入り直して、医師の資格を得て、医師になった方です。

  松田和朗郎が難関の医学部に入学し、医師になったのも、能のサークルで出会った女性のおかげだと僕は思っています。

  現在も松田和郎とはFacebookで交流していますが、主に自分の親御さんや、自分のご兄弟、自分のご家族に関する記事をたくさん書いてFacebookに投稿しています。

  本当に良い女性を探して、文京区関口の聖カテドラル教会で結婚式を挙げられ、その後も医師になり、幸せな家庭を築いて記事をたくさん書かれているので、僕から見ると同じ神田川生活をしていた者としての面目躍如といったところだと思っています。

  僕も出来ることなら同じように神田川生活をしていた松田和朗を見倣いたいと思っていますが、僕には松田和朗のような知力も行動力も才能もないようです。

  僕から見ると、同じように神田川生活をしていた松田和朗は見倣うべき対象ですが、僕には松田和郎のような知力も行動力も才能もないようです。

  僕と同じように神田川生活をしていた松田和郎が極貧の日の当たらない神田川生活を経てからお付き合いしていた女性と文京区の聖カテドラル教会で結婚式を挙げられていたことをブログに書いておきます。

  以上、 「神田川生活をしていた松田和郎は文京区関口の聖カテドラル教会で結婚式を挙げられていた」

  ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2020年1月18日土曜日

「おやじとおふくろが頑張っていた江戸川橋で僕も頑張って生きる」

「おやじとおふくろが頑張っていた江戸川橋で僕も頑張って生きる」

 僕のおやじとおふくろは、文京区の江戸川橋でラーメン屋を開業して、朝から晩まで頑張って働いていました。

 僕は子供の頃、おやじとおふくろの働く姿を見て育ちました。

 もし僕がおやじとおふくろの働く姿を見ないで育ったら、僕も早稲田大学まで行けたか分かりません。

 おやじとおふくろの働く姿を見て育ったから、僕も勉強を頑張り、早稲田大学まで行けました。

 僕のおやじとおふくろは江戸川橋で頑張って働いていました。

 僕も週に6日間、江戸川橋にあるうなぎ屋さんに通って仕事をしていて、今日は休みたいと思う日も多くありますが、おやじとおふくろが頑張っていた江戸川橋に赴き、僕もおやじとおふくろが頑張って働いていた姿を思い出して、僕もなんとか休まずに仕事に行っています。

 僕もおやじとおふくろが頑張っていった江戸川橋で頑張って生きようと思っています。

 僕がおやじとおふくろが頑張っていた江戸川橋で頑張って生きようと思っていることをブログに書いておきます。

 以上、「おやじとおふくろが頑張っていた江戸川橋で僕も頑張って生きる」

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2019年8月6日火曜日

「一人暮らしをしている頃は、部屋にクーラーは無かったが熱中症にならなかった」

「一人暮らしをしている頃は、部屋にクーラーは無かったが熱中症にならなかった」

 昔、僕が一人暮らしをしていた頃は部屋にクーラーがありませんでした。

 僕が一人暮らしをしていた頃も夏は暑かったと思いますが、クーラーが無くても熱中症になりませんでした。

 今の暑さが、昔の暑さよりもより酷い暑さになっているのだと思います。

 今の時代に部屋にクーラーが無かったら、熱中症で死んでしまうかもしれないと思っています。

 今の暑さが異常な暑さなのだと僕は思っています。

 連日の猛暑日で35度越えの日々です。

 夜も暑いし、クーラーが部屋に無かったら、暑くて眠れずに本当に大変だと思っています。

 僕が昔一人暮らしをしていた頃は、部屋にクーラーが無くても熱中症にならなかったが、今の時代の暑さは昔の暑さとは違う暑さで、異常な暑さだと僕が思っていることをブログに書いておきます。

 以上、「一人暮らしをしている頃は、部屋にクーラーは無かったが熱中症にならなかった」

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2019年7月27日土曜日

「一人暮らしをしていた頃は月収15万円くらいだったが、全く貯金が出来なかった」

「一人暮らしをしていた頃は月収15万円くらいだったが、全く貯金が出来なかった」

 僕が一人暮らしをしていた頃は、月収は15万円くらいでした。

 二つ仕事をして、一日、8時間くらい働いていたと思いますが、月収は15万円くらいだったと思います。

 家賃は2万8千円でしたが、食費、光熱費、その他の費用で、全く貯金が出来なかったと思います。

 老後2000万円必要の問題以来、関連する記事を読んだりしていますが、家賃を支払って一人暮らしをしている人は、僕はほとんど貯金が出来ないのではないかと思っています。

 一人暮らしをしていると、掃除、洗濯などの家事も自分でやらなければならないし、食事も僕は御飯を炊いておかずを買ってきたりして食事をしていました。

 一人暮らしで、アパートを借りるなどして生活している人で、老後までに2000万円を貯金できる人は日本にどれだけいるのかなとも思っています。

 僕が一人暮らしをしている頃、1日8時間くらい働いて月収15万円くらいだったが、全く貯金できなかったことをブログに書いておきます。

 以上、「一人暮らしをしていた頃は月収15万円くらいだったが、全く貯金が出来なかった」

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2019年5月28日火曜日

「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで5年が経った」 

「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで5年が経った」

 僕は長く、「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んでいます。

 僕が「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んだのが、2014年5月28日です。

 今日は2019年5月28日ですから、僕が「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んで5年が経ったことになります。

 長く、東日本大震災を忘れないようにする気持ちを持って、「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んできました。

 いつまで、「震災本を 集めて早し 神田川」と詠み続けるか決めていませんが、僕が、神田川沿いに朝早くから赴ける状態なら、2020年の東京オリンピックまでは、

 「震災本を 集めて早し 神田川」と詠み続けたいと思っています。

 今日で僕が「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んで5年が経ったのでブログを書いておきます。

 以上、「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで5年が経った」

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2019年2月24日日曜日

「子供の頃に住んでいたアパートが取り壊されていた」

「子供の頃に住んでいたアパートが取り壊されていた」            

 昨日、床屋さんに行きました。

 床屋さんは江戸川橋にあり、床屋さんに行く途中に僕が子供の頃に住んでいたアパートがあるのですが、昨日、道を歩いていると、アパートが取り壊されていました。

 神田川沿いにあるアパートで、古いアパートですが、取り壊されたようです。

 家に帰ってから両親にアパートが取り壊されていたよと言うと、古いから取り壊されたのだろうと言っていました。

 もう築100年くらいのアパートだったらしいです。

 幼少の頃に住んでいたアパートなので、僕には思い入れのあるアパートですが、時代の波には抗えずに取り壊されたようです。

 マンションが出来るのかもしれないと思っていますが、僕が子供の頃に住んでいたアパートが取り壊されたのは少し残念に思っています。

 本当に神田川沿いにあるアパートで、部屋から神田川が見えるアパートでした。

 僕が子供の頃に見ていた風景も神田川の川の流れでした。

 僕が子供の頃に住んでいたアパートも取り壊されて、東京の風景も変わっていき、僕が子供の頃に見ていた風景も無くなっていくのだと心の中で寂しい気がしています。

 昨日、床屋さんに行く途中の道で、僕が子供の頃に住んでいたアパートが取り壊されていたので、僕の寂しい気持ちを書いてみました。

 以上、「子供の頃に住んでいたアパートが取り壊されていた」

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2019年2月17日日曜日

「江戸川橋か茗荷谷くらいでなら人に会ってみてもいいと思っている」

「江戸川橋か茗荷谷くらいでなら人に会ってみてもいいと思っている」

 僕は、時に人に飲み会に参加しないかとの誘いがあります。

 昨年も小石川高校時代のクラスが同じだった方からクラス会の飲み会の誘いがありました。

 僕は逆流性食道炎を患っているので、飲み会には参加しませんが、僕の家の近所の江戸川橋か茗荷谷くらいでならお茶とかしても良いと思っています。

 僕はブログを書くのもカフェでコーヒーを飲みながらブログを書いているし、お茶は出来る状態です。

 江戸川橋か茗荷谷くらいなら、僕も出て行きやすいし、お茶くらいなら出来ると思っています。

 しばらく電車にも乗っていないので、電車で行かなければいけないような場所まで行って、人と会うのは出来ないと思います。

 僕が出て行きやすい江戸川橋か茗荷谷くらいでなら、人と会ってもいいと思っていることをブログに書いておきます。

 以上、「江戸川橋か茗荷谷くらいでなら人に会ってみてもいいと思っている」

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2019年1月19日土曜日

「江戸川橋に見たキャベジン飲んでいるのか」

「江戸川橋に見たキャベジン飲んでいるのか」

 以前、早稲田大学探検部OBの森山憲一氏と江戸川橋で食事をしました。

 僕の作った、探検冒険新聞記事データベースを見たいというので、江戸川橋のデニーズで食事をして、探検冒険新聞記事データベースの入ったCD-Rを森山憲一氏に渡しました。

 森山憲一氏と食事をしている際に、僕が胃が痛くて仕方がないと言って、胃の辺りをさすっていると、森山憲一氏は、

「キャベジン飲んでいるのか」と僕に言ってきました。

 僕は、キャベジンは飲んでいないので、キャベジンは飲んでいないと言いました。

 ただ、当時から胃の辺りの痛みはひどかったので、僕も自分の胃の痛みを訴えたのだと思います。

 慢性的に胃の辺りが痛み、本当に辛い生活をしています。

 胃の辺りがキリキリとキューと痛みます。

 立っていても座っていても胃の辺りが痛みます。

 僕が胃の辺りの痛みを訴えても、「キャベジン飲んでいるのか」と言われるだけで、何の解決策も示せない早稲田大学探検部関係者に失望しています。

 以上、「江戸川橋に見たキャベジン飲んでいるのか」

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2018年8月9日木曜日

「早稲田大学探検部関係者は神田川沿いで地道に働いて、東北の被災地に行くのならフォローしても良い。」

「早稲田大学探検部関係者は神田川沿いで地道に働いて、東北の被災地に行くのならフォローしても良い。」

 先日、早稲田大学探検部の企画、1000kmのヒマラヤ隊にフォローされました。

 サイトを見ているとクラウドファンディングとか言っているようです。

 自分たちの活動は自分たちで働いたお金でするのが良いと僕は思っています。

 僕は早稲田大学探検部時代も、自分でアルバイトをして稼いだお金で外国に行ったし、誰にも募金など募りませんでした。

 僕は長く、「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んでいます。

 神田川沿いで地道に働く方々の様子を詠んでいます。

 僕のことをフォローしてくるなら、神田川沿いで地道に働き、稼いだお金で、東日本大震災の被災地に行って欲しいと思っています。
 
僕のTwitterをフォローしてくるなら、東北の被災地に行って欲しいし、東北の被災地のためになることをしていただきたいです。

先日、早稲田大学探検部の企画、1000kmのヒマラヤ隊にフォローされたので、僕の率直な気持ちを書いてみました。

以上、「早稲田大学探検部関係者は神田川沿いで地道に働いて、東北の被災地に行くのならフォローしても良い。」

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2018年5月28日月曜日

「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで4年が経ちました」

「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで4年が経ちました」

 今日は2018528日です。僕は2014年の528日に

「震災本を 集めて早し 神田川」と詠みました。

以来、長い間、同じ句を詠んでいます。

2011年に起きた東日本大震災は未曾有の災害で、多くの被害をもたらしました。現在でも多くの方が避難して生活されているようです。

僕の自分の力で出来ることは、文京区立図書館所蔵の東日本大震災関連書籍を紹介して、

「震災本を 集めて早し 神田川」と詠むことでした。

4年間、同じことを繰り返してきて、胃が痛くなったりすることもありましたが、毎朝、規則正しく起きる習慣をつけて、同じ句を詠んできました。

テレビ、新聞メディアなどでの東日本大震災関連の報道も減っているような気がしますが、僕は継続して、同じ句を詠んでいます。

僕は東日本大震災のことを一日の中で一度でも思い出すことは大事なことだと思っています。

これからも可能な限り、同じように詠んでいきたいと思っています。

4年間、同じ句を詠んできたのでブログを書いてみました。

以上、「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで4年が経ちました」

ブログに載せます。









  











2018年5月11日金曜日

「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで、4年が経とうとしている」

「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで、4年が経とうとしている」

 僕は2014年の528日に、

 「震災本を 集めて早し 神田川」 と詠みました。

 以来、長い間、震災本を紹介しては、

「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んでいます。

 今日は511日ですから、今月末で、4年になります。

 同じことの繰り返しをもう4年近く続けていることになります。

 Twitterでも同じことを繰り返しているので、フォロワーさんも減っていますが、 この歳になると、日々同じことの繰り返しをすることが精神的にも良いようです。

 規則正しく、朝早く起きて、仕事に行き、仕事が終わってから、神田川沿いの様子を定点観測して、

「震災本を 集めて早し 神田川」と詠むことが精神的にも良いようです。

奇を衒(てら)った活動とかはせずに、地道に規則正しい生活をすることが精神衛生上良いようです。

同じことの繰り返しでも、月日を重ねれば、力になると思います。

僕も同じことの繰り返しをしていても、いろいろとブログは書けているし、窮屈な人間にならずに柔軟に様々なテーマについてブログを書けていると思います。

4年近く、同じことの繰り返しをしていますが、生活も規則正しくなり、精神衛生上良いので、良い傾向だと思っています。

これからもなるべく長く、同じことを繰り返せるようにしていきたいと思っています。

以上、「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで、4年が経とうとしている」

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2018年4月3日火曜日

「震災本を 集めて早し 神田川 では、人はついてこないと思ったが、詠み続けている」

「震災本を 集めて早し 神田川 では、人はついてこないと思ったが、詠み続けている」

 僕は長く、「震災本を 集めて早し 神田川」と詠み続けています。

 神田川に縁のない人もいると思うし、

 「震災本を 集めて早し 神田川」

では人はついてこないとも思いましたが、僕は同じ句を詠み続けています。

案の定、ツイッターのフォローワーさんはここ1年間で100人くらい減っています。

東京に住んでいるなら、銀座とか六本木とか渋谷とかに行きたいと思っている人も多いと思うし、僕が長く僕の地元の神田川沿いの様子を詠み続けているので、ツイッターのフォロワーさんも減っているのだと思います。

ただ、僕に出来ることは、「震災本を 集めて早し 神田川」と詠むことくらいしか出来ないので、自分の出来ることをしています。

これが僕の実力なので、フォロワーさんが1年間で100人くらい減っているのも、僕に対する正当な評価だと思います。

等身大の僕を表現している句なので、身の丈にあった活動が、

「震災本を 集めて早し 神田川」を詠むことです。

自分で出来ることをしているので、無理しなくても良いし、ある程度の安全も確保されている活動です。

僕の真の姿を表している句であり、活動なので、僕にはこれ以上のことは出来ないと思っています。

 昨年から1年間でツイッターのフォロワーさんが100人くらい減っているので、長く、

「震災本を 集めて早し 神田川」

と詠んでいることが悪いのかなとも思いブログを書いてみました。

以上、 「震災本を 集めて早し 神田川 では、人はついてこないと思ったが、詠み続けている」

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2018年2月25日日曜日

「以前、曜日の感覚がなくなったことがあるので、神田川沿いの様子を定点観測している」

「以前、曜日の感覚がなくなったことがあるので、神田川沿いの様子を定点観測している」

 僕は、2013年頃、曜日の感覚がなくなったことがありました。

 今日が何曜日かも分からなくなったことがありました。

 そのような経験をしているので、僕は毎日のように、神田川沿いの様子を定点観測しています。

 月曜日から金曜日までは、製本屋さんが仕事の準備をしている様子を観測しています。

 土日は、フリークライミングのジムの様子を観測しています。

 神田川沿いの様子を定点観測することによって曜日の感覚を持つようにしています。

 僕が以前、曜日の感覚がなくなったことがあったので、長く神田川沿いの様子を定点観測していることについて書いてみました。

 以上、「以前、曜日の感覚がなくなったことがあるので、神田川沿いの様子を定点観測している」

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2018年1月15日月曜日

「インスタグラムを見ていただければ、僕の見ている風景が分かると思う」

「インスタグラムを見ていただければ、僕の見ている風景が分かると思う」

 僕は少し前にインスタグラムをTwitterのプロフィールに載せました。
 
 僕のインスタグラムを見ていただければ、僕の見ている風景も分かると思います。

 神田川沿いの芭蕉庵、神田川沿いにある大学、早稲田大学の大隈講堂、神田川が御茶ノ水近辺を流れている様子、神田川の河口、両国近辺の江戸東京博物館などの風景を見ていることが分かります。

 僕のここ何年かの間、見ている風景が神田川沿いの風景であることが分かります。

 僕のインスタグラムを見ていただければ、僕が見ている風景も分かると思います。

以上、「インスタグラムを見ていただければ、僕の見ている風景が分かると思う」

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「東日本大震災、原発のことをツイートするとあちこちに話が飛ぶから、神田川沿いの様子を詠んでいる。」

「東日本大震災、原発のことをツイートするとあちこちに話が飛ぶから、神田川沿いの様子を詠んでいる。」

 僕は、2011年の東日本大震災、福島原発事故以後、東日本大震災関連、原発関連のニュース記事を多くツイートしています。

 東日本大震災関連の記事は主に、東北地方、岩手、宮城、福島の記事が多いです。

 原発関連の記事は、日本全国の原発に関する記事があります。

 記事を読んでいると関心もあちこちの地域に飛んでしまいます。

 僕にあちこちの地域に行くほどの経済的な余裕があれば良いですが、僕には経済的な余裕がありません。

 自分の見ることの出来る風景を詠むことしか出来ません。

 ニュース記事をツイートしてから関連する本を紹介して、地元、文京区の神田川沿いの様子を詠むことによって、まとめています。

 ニュース記事を読むことも良いことですが、関心があちこちの地域に飛んでも、経済的に余裕のない人間はニュースの話題になっている地域にも行けません。

 自分の見ることの出来る風景を詠むことによって、話があちこちに飛ばないようにしています。

 以上、「東日本大震災、原発のことをツイートするとあちこちに話が飛ぶから、神田川沿いの様子を詠んでいる。」

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