ラベル 川柳・俳句 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 川柳・俳句 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年5月7日金曜日

「早稲田大学探検部関係者は僕がどれだけ苦労して『震災本を 集めて早し 神田川』を詠んでいたかが分からないと思う」

 「早稲田大学探検部関係者は僕がどれだけ苦労して『震災本を 集めて早し 神田川』を詠んでいたかが分からないと思う」

  僕は、早稲田大学探検部関係者は僕がどれだけ苦労して『震災本を 集めて早し 神田川』を詠んでいたかが分からないと思います。

  僕のTwitterのフォローワーの方々が東日本大震災被災地の方々が多く、僕のTwitterのフォローワーの方々の中には原発に反対している方々も多くいらっしゃいます。

  僕は僕のTwitterのフォローワーの方々がどんな方々か考えながらTwitterをしてきました。

  震災のことは忘れてはならないと思い、「東日本大震災」のことについて書かれた本、福島原発事故以降「原発」のことについて書かれた本を集めたブログを作り、Twitterから本を紹介しながら、毎朝のように、

  「震災本を 集めて早し 神田川」

  と詠んできました。

  新型コロナウィルスが流行するようになってからは、

  「震災本を 集めて早し 神田川」

  を詠むのはやめましたが、早稲田大学探検部関係者は僕がどれだけ苦労して

 「震災本を 集めて早し 神田川」

  を詠んできたかが分からないと思います。

  東京で震災の記憶が風化する中で、いつまでも震災にこだわるように、

 「震災本を 集めて早し 神田川」を詠んできました。

   幸いに、近所の江戸川公園を歩いて行くと、神田川沿いの歩道があり、神田川沿いの歩道を歩いて行くと、松尾芭蕉の芭蕉庵があるので、江戸時代に東北を歩いて「奥の細道」を書いた松尾芭蕉が、最上川を下った際に詠んだ句、

 「五月雨を 集めて早し 最上川」

  を真似て、

 「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んできました。

   早稲田大学探検部関係者に、松尾芭蕉の「奥の細道」の足跡を辿るように、東北の東日本大震災被災地を歩いて欲しいと思い、松尾芭蕉の芭蕉庵に辿り着く、神田川沿いの歩道を歩いた光景をブログで再現して、

 「震災本を 集めて早し 神田川」

  と詠んできました。

   早稲田大学探検部関係者で震災のことは忘れたい、福島原発事故のことは忘れたいと思っている方々も多くいることを承知した上で、

 「震災本を 集めて早し 神田川」

  を詠んできました。

 「震災本を 集めて早し 神田川」を詠む僕のことが嫌いな早稲田大学探検部関係者も多くいると思っています。

   早稲田大学探検部ならチベットに行ったり、インドブラマプトラ川に行ったりして探検しろと思っている方々も多くいると思っています。

   僕は30歳の頃に統合失調症という不治の病に罹り、精神障害者になっています。精神障害2級の精神障害者になっています。

   僕は探検をすることが不可能な人間になっています。

   探検をすることが不可能な人間が出来ることが、「震災本を 集めて早し 神田川」を詠むことでした。

 僕は「震災本を 集めて早し 神田川」を詠むことによって、自分の心境を表現してきました。

  自分の心境を表現することがこれほど疲れて、消耗する行為だと知らずに、

  「震災本を 集めて早し 神田川」

   を詠んできました。

   僕は早稲田大学探検部は僕がどれだけ苦労して

  「震災本を 集めて早し 神田川」を詠んできたかが分からないと思っていることをブログに書いておきます。

  以上、「早稲田大学探検部関係者は僕がどれだけ苦労して『震災本を 集めて早し 神田川』を詠んでいたかが分からないと思う」

  ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年5月28日火曜日

「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで5年が経った」 

「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで5年が経った」

 僕は長く、「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んでいます。

 僕が「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んだのが、2014年5月28日です。

 今日は2019年5月28日ですから、僕が「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んで5年が経ったことになります。

 長く、東日本大震災を忘れないようにする気持ちを持って、「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んできました。

 いつまで、「震災本を 集めて早し 神田川」と詠み続けるか決めていませんが、僕が、神田川沿いに朝早くから赴ける状態なら、2020年の東京オリンピックまでは、

 「震災本を 集めて早し 神田川」と詠み続けたいと思っています。

 今日で僕が「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んで5年が経ったのでブログを書いておきます。

 以上、「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで5年が経った」

ブログに載せます。






 

2018年5月11日金曜日

「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで、4年が経とうとしている」

「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで、4年が経とうとしている」

 僕は2014年の528日に、

 「震災本を 集めて早し 神田川」 と詠みました。

 以来、長い間、震災本を紹介しては、

「震災本を 集めて早し 神田川」と詠んでいます。

 今日は511日ですから、今月末で、4年になります。

 同じことの繰り返しをもう4年近く続けていることになります。

 Twitterでも同じことを繰り返しているので、フォロワーさんも減っていますが、 この歳になると、日々同じことの繰り返しをすることが精神的にも良いようです。

 規則正しく、朝早く起きて、仕事に行き、仕事が終わってから、神田川沿いの様子を定点観測して、

「震災本を 集めて早し 神田川」と詠むことが精神的にも良いようです。

奇を衒(てら)った活動とかはせずに、地道に規則正しい生活をすることが精神衛生上良いようです。

同じことの繰り返しでも、月日を重ねれば、力になると思います。

僕も同じことの繰り返しをしていても、いろいろとブログは書けているし、窮屈な人間にならずに柔軟に様々なテーマについてブログを書けていると思います。

4年近く、同じことの繰り返しをしていますが、生活も規則正しくなり、精神衛生上良いので、良い傾向だと思っています。

これからもなるべく長く、同じことを繰り返せるようにしていきたいと思っています。

以上、「震災本を 集めて早し 神田川 と詠んで、4年が経とうとしている」

ブログに載せます。
 





 

 

 

 

 

2018年4月3日火曜日

「震災本を 集めて早し 神田川 では、人はついてこないと思ったが、詠み続けている」

「震災本を 集めて早し 神田川 では、人はついてこないと思ったが、詠み続けている」

 僕は長く、「震災本を 集めて早し 神田川」と詠み続けています。

 神田川に縁のない人もいると思うし、

 「震災本を 集めて早し 神田川」

では人はついてこないとも思いましたが、僕は同じ句を詠み続けています。

案の定、ツイッターのフォローワーさんはここ1年間で100人くらい減っています。

東京に住んでいるなら、銀座とか六本木とか渋谷とかに行きたいと思っている人も多いと思うし、僕が長く僕の地元の神田川沿いの様子を詠み続けているので、ツイッターのフォロワーさんも減っているのだと思います。

ただ、僕に出来ることは、「震災本を 集めて早し 神田川」と詠むことくらいしか出来ないので、自分の出来ることをしています。

これが僕の実力なので、フォロワーさんが1年間で100人くらい減っているのも、僕に対する正当な評価だと思います。

等身大の僕を表現している句なので、身の丈にあった活動が、

「震災本を 集めて早し 神田川」を詠むことです。

自分で出来ることをしているので、無理しなくても良いし、ある程度の安全も確保されている活動です。

僕の真の姿を表している句であり、活動なので、僕にはこれ以上のことは出来ないと思っています。

 昨年から1年間でツイッターのフォロワーさんが100人くらい減っているので、長く、

「震災本を 集めて早し 神田川」

と詠んでいることが悪いのかなとも思いブログを書いてみました。

以上、 「震災本を 集めて早し 神田川 では、人はついてこないと思ったが、詠み続けている」

ブログに載せます。





 





 
 

 











2018年2月25日日曜日

「以前、曜日の感覚がなくなったことがあるので、神田川沿いの様子を定点観測している」

「以前、曜日の感覚がなくなったことがあるので、神田川沿いの様子を定点観測している」

 僕は、2013年頃、曜日の感覚がなくなったことがありました。

 今日が何曜日かも分からなくなったことがありました。

 そのような経験をしているので、僕は毎日のように、神田川沿いの様子を定点観測しています。

 月曜日から金曜日までは、製本屋さんが仕事の準備をしている様子を観測しています。

 土日は、フリークライミングのジムの様子を観測しています。

 神田川沿いの様子を定点観測することによって曜日の感覚を持つようにしています。

 僕が以前、曜日の感覚がなくなったことがあったので、長く神田川沿いの様子を定点観測していることについて書いてみました。

 以上、「以前、曜日の感覚がなくなったことがあるので、神田川沿いの様子を定点観測している」

ブログに載せます。

2018年1月20日土曜日

「大寒に 胃が震えてる 冬の午後」

「大寒に 胃が震えてる 冬の午後」

 今日は暦の上では大寒です。

 一年で一番寒いとされる日のようです。

 今日は、東京は寒さもそれほど厳しくありませんが、僕は逆流性食道炎で胃の辺りが、震えるように痛みます。

 そんな、冬の午後の僕の様子を詠んだ句が、

  大寒に 胃が震えている 冬の午後

という句です。

冬の寒さで、逆流性食道炎の胃が震えるように痛む様子を詠んでみました。

以上、「大寒に 胃が震えてる 冬の午後」

ブログに載せます。

 



2018年1月15日月曜日

「東日本大震災、原発のことをツイートするとあちこちに話が飛ぶから、神田川沿いの様子を詠んでいる。」

「東日本大震災、原発のことをツイートするとあちこちに話が飛ぶから、神田川沿いの様子を詠んでいる。」

 僕は、2011年の東日本大震災、福島原発事故以後、東日本大震災関連、原発関連のニュース記事を多くツイートしています。

 東日本大震災関連の記事は主に、東北地方、岩手、宮城、福島の記事が多いです。

 原発関連の記事は、日本全国の原発に関する記事があります。

 記事を読んでいると関心もあちこちの地域に飛んでしまいます。

 僕にあちこちの地域に行くほどの経済的な余裕があれば良いですが、僕には経済的な余裕がありません。

 自分の見ることの出来る風景を詠むことしか出来ません。

 ニュース記事をツイートしてから関連する本を紹介して、地元、文京区の神田川沿いの様子を詠むことによって、まとめています。

 ニュース記事を読むことも良いことですが、関心があちこちの地域に飛んでも、経済的に余裕のない人間はニュースの話題になっている地域にも行けません。

 自分の見ることの出来る風景を詠むことによって、話があちこちに飛ばないようにしています。

 以上、「東日本大震災、原発のことをツイートするとあちこちに話が飛ぶから、神田川沿いの様子を詠んでいる。」

 ブログに載せます。







 

2018年1月8日月曜日

「街中に 晴れ着が映える 冬の朝」

「街中に 晴れ着が映える 冬の朝」

 今日は成人の日です。

 今朝、近所の茗荷谷駅界隈を歩いていたら、成人式の晴れ着を着た方々が歩いていました。

 街中に成人式の晴れ着を着た方々が映えていました。

 そのような光景を詠んだ句が、

 街中に 晴れ着が映える 冬の朝

 という句です。

 1月の寒い冬の朝に、成人式の晴れ着が街中に映えている様子を詠んでみました。

 今日は成人の日なので、成人式にちなんだ句を詠んでみました。

 以上、「街中に 晴れ着が映える 冬の朝」

ブログに載せます。



2017年12月4日月曜日

「粘り強く、震災本を 集めて早し 神田川と詠んでいるが効果はあるのか?」

「粘り強く、震災本を 集めて早し 神田川と詠んでいるが効果はあるのか?」

 僕は、2014年の5月以来、3年半以上、

 「震災本を 集めて早し 神田川」

と詠んでいます。

粘り強く、句を詠んできました。

震災本は、毎月、文京区立図書館に所蔵されていくので、紹介する本が無くなることはありません。

ただ、ネットで、Twitterで、

「震災本を 集めて早し 神田川」

と詠み続けて、果たして効果はあるのかなと疑問に思っています。

昨日のヤフーの記事では、原発の新設に関する記事がありました。

福島原発事故のこともきちんと処理できていないのに、新たに原発を作るとは理解できないことです。

ドイツは福島原発事故を教訓に、原発事故が倫理的に許されるものではないという見解になり、技術者がいくら安全を主張しても、倫理委員会で、「脱原発」を決めたとのことも本に書いてありました。

福島原発事故のことは、人間として倫理的に許されるものではないという見解がドイツの見解のようです。

日本では、福島原発事故に関しての倫理委員会のようなものはないのでしょうか?

自国で起きた事故であるにも関わらず、日本国内できちんと福島原発事故のことを倫理的に検証しないと、被害にあった方々はやりきれないと思います。

僕も、東日本大震災のこと、福島原発事故のことを風化させないように、
 
3年半以上、「震災本を 集めて早し 神田川」

と詠んでいますが、効果はあるのかなと疑問にも思っています。

一介のブロガーのしていることなので、もしかしたら何の効果もないのかなとも思っています。

長く、粘り強く「震災本を 集めて早し 神田川」

と詠んでいますが、効果はあるのかなと思いブログを書いてみました。

以上、「粘り強く、震災本を 集めて早し 神田川と詠んでいるが効果はあるのか?」

ブログに載せます。



  









2017年11月29日水曜日

「地道に規則正しい文化活動を行うことが、心の病気の改善につながるような気がする」

「地道に規則正しい文化活動を行うことが、心の病気の改善につながるような気がする」

 僕は現在の仕事が2年以上続いています。

 毎朝、文京区の神田川沿いに赴き、神田川沿いの様子を定点観測して、

 「震災本を 集めて早し 神田川」

 と詠んでいます。

 毎朝、同じ時間に規則正しく起きて、仕事に規則正しく行き、規則正しく、

 「震災本を 集めて早し 神田川」

 と詠んでいます。

 地道に規則正しい文化活動を、2年以上行っています。

 おかげさまで、夜もぐっすり眠れるようになっているし、朝もほぼ同じ時間に起きています。

 睡眠障害はほとんどなくなったと言っても良い状態になりました。

 僕は、地道に規則正しい文化活動をすることが、心の病気の改善にもつながるような気がしています。

 奇をてらった文化活動には、無理して文化活動を行っているようなところもあり、文化活動をしている人が心の病気になることもあるのかなとも思っています。

 地道に、規則正しく、自分の出来る文化活動を行うことが、心の病気を改善させていくような気がしてなりません。

 奇をてらった文化活動には、僕は関心がないし、自分で奇をてらった文化活動をしようとも思っていません。

 僕はもともと奇をてらった人間でもないし、普通の人間です。

 普通の人間なので、奇をてらった文化活動は僕には出来ないと思っています。

 地道に規則正しい文化活動を行うことによって、僕も規則正しい生活が出来るようになり、睡眠障害もほぼ無くなっているので、心の病気の方々には奇をてらった文化活動ではなく、地道で規則正しい文化活動を行ってみることをおススメします。

 以上、「地道に規則正しい文化活動を行うことが、心の病気の改善につながるような気がする」

 ブログに載せます。



 



 

 
 





2017年10月20日金曜日

「物書き連中の怒り、うつ感情を抑えるためには 震災本を 集めて早し 神田川 と詠むしかなかなかった」

「物書き連中の怒り、うつ感情を抑えるためには 震災本を 集めて早し 神田川 と詠むしかなかなかった」

 僕は長い間、「震災本を 集めて早し 神田川」と詠み続けています。

 2011年の東日本大震災、それに伴う、福島原発事故以来、多くの物書き(新聞記者も含む)の方々が、憤り、怒り、憂い、うつ状態にも近くなって本を書かれていると思います。。

 中には読むのもしんどい本も多くあり、ボクシングの打ち合いのような感じで本を書かれている方もいます。

 本を書かれている物書き(新聞記者を含む)の方々の怒り、うつ感情を抑えるためにも、僕は、

 「震災本を 集めて早し 神田川」

と詠み続けざるを得ませんでした。

 本を書くことが悪いことだとは思いませんが、「震災本」も本という価格のついた一商品です。

 本を作る工程があり、文章を執筆する方だけが、本作りを担っているわけではありません。

 本作りの工程の一役を担っている、神田川沿いの製本業、印刷業、などの紙産業に従事する方々の風景を詠むことによって、僕は、「震災本」を書かれた方々の怒り、うつ感情を抑えてきたつもりです。

 福島県に電気作りを任せてきたことを本に書かれている方々が多いですが、東京都に本作りを任せてきたことも事実です。

 東京都の文京区の地場産業に従事する方々の風景を詠み続けることによって、僕は、「震災本」を書かれた方々の怒り、うつ感情を抑えてきたつもりです。

 新聞社に代表されるマスコミの世論誘導に巻き込まれないように、僕はあえて、

 「震災本を 集めて早し 神田川」

と詠み続けてきました、

 物書き(新聞記者含む)連中の怒り、うつ感情が収まったかは分かりませんが、一般人が物書き(新聞記者含む)連中の怒り、うつ感情に影響されないように、

 「震災本を 集めて早し 神田川」

を詠んできました。

 以前、ブログを書いたように、句にある、「早し」から想起されるように僕が「早死に」したら、国語の教科書からも、松尾芭蕉の句は削除されるかもしません。

 僕のことを嫌う、物書き(新聞記者含む)の方々も多いかとは思いますが、僕はあえて、

「震災本を 集めて早し 神田川」

と詠み続けてきました。

物書き(新聞記者含む)連中の怒り、うつ感情が少しでも収まっていれば良いと内心思っています。

以上、「物書き連中の怒り、うつ感情を抑えるためには 震災本を 集めて早し 神田川 と詠むしかなかなかった」

ブログに載せます。





 

 

 

 






 

2017年9月26日火曜日

「何故、僕が 震災本を 集めて早し 神田川 と詠んでいるか?」

「何故、僕が 震災本を 集めて早し 神田川 と詠んでいるか?」

 僕は3年以上、

「震災本を 集めて早し 神田川」

と詠んでいます。

何故、僕がこの句を詠み続けているかと言うと、僕の両親が神田川沿いで中華料理店を開いていて、働いていたからです。

 長い間、両親が見慣れた風景を詠み続けることによって、両親の若い頃を思い出すようにしています。

 僕の両親の住んでいた住まいは、僕が小学校4年生の頃まで神田川沿いの本当に窓の下に神田川があるようなアパートだったし、神田川沿いには、多くの思い出があります。

まさに、かぐや姫の「神田川」のように、銭湯にも良く行ったし、フォークソングのような生活をしていました。

 僕にとっての心の故郷のような地域が神田川沿いです。

 僕は東京で生まれ育ちましたから、故郷と言えるような土地はないのだと思います。

 ただ移りゆく東京も、僕にとっては懐かしい故郷のような土地なのかもしません。

 「震災本を 集めて早し 神田川」

を詠むことによって、僕の心の故郷も表現しているのだと思います。

うさぎもいないし山もない東京で生まれ育った僕が、自分の心の故郷を表現すると、

「震災本を 集めて早し 神田川」

になるのだと思います。

2011年の東日本大震災以来、多くのツイートをしていたので、その責任もあり、文京区立図書館所蔵の「東日本大震災」関連書籍を集めたブログを作り、締めとなる句として詠んできた、

「震災本を 集めて早し 神田川」

には、僕の故郷に対するそんな思いも込められています。

以上、「何故、僕が 震災本を 集めて早し 神田川 と詠んでいるか?」

ブログに載せます。