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2026年5月13日水曜日

「早稲田大学探検部関係者の原発に対するスタンス、見解」

 「早稲田大学探検部関係者の原発に対するスタンス、見解」

~被災地の記録から見えてくる「いまこそ反対」の声~

両親の介護で忙しくて落ち着いてブログを書けません。今日もAIを利用してブログを書きます。

今日は僕が早稲田大学在学中に所属していたサークル、早稲田大学探検部の早稲田大学探検部関係者の原発に対するスタンス、見解に関するブログを書きます。

Xの人工知能Grok

「ブロガーの上原和明さんの文体で、早稲田大学探検部関係者の原発に対するスタンス、見解について書かれたブログを

「三陸物語  被災地で生きる人びとの記録」

『生と死の記録 』 三陸物語 続

『原発の、その先へ 』 ミツバチ革命が始まる

『トイレのチカラ』 トイレ改革で社会を変える

『移民の宴』 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活

「クライメット・ジャーニー 気候変動問題を巡る旅」

「原発故郷3650日」

『福島 生きものの記録』 シリーズ1 ~被爆 

『福島 生きものの記録』 シリーズ2 ~異変~

『福島 生きものの記録』 シリーズ3 ~拡散~

『福島 生きものの記録』 シリーズ4 ~生命~

『福島 生きものの記録』 シリーズ5 ~追跡~ 

『人類滅亡を避ける道 』 関野吉晴対論集

『いまこそ私は原発に反対します。』

を参考文献、参考映画にして書いてください。」

と質問してみました。すると以下のような文章が返ってきました。

僕、上原和明です。早稲田大学探検部OBとして、毎日文京区の静かな道を歩きながら、スマホの万歩計をチラチラ見ています。今日も7000歩ほど歩いて、ふと頭に浮かぶのは、福島や三陸の風景。そして、原発の話。両親の介護でブログを書く時間が限られる中、今回も胸に迫る思いを、ありきたりな日常から紡いでいきます。

毎回、毎回、同じことを書きますが、僕は一介のブロガーとして、震災関連の本を読み漁りながら、ブログを「Don't give up」の精神で更新を続けています。

早稲田大学探検部OBという肩書きは、僕にとって特別です。学生時代、世界を歩き、自然の力の大きさを肌で感じてきた仲間たちが、被災地で「生と死」を記録していたからです。彼らの作品を通じて、原発に対するスタンスがはっきり見えてきます。それは、決して感情的な「反対」ではなく、現場を歩き、命の現場を記録した者だけが到達できる、静かで、しかし揺るぎない「いまこそ私は原発に反対します」という声です。

まずは、22OBの萩尾信也さんの『三陸物語 被災地で生きる人びとの記録』とその続編『生と死の記録 三陸物語 続』から。東日本大震災直後、萩尾さんは岩手・三陸沿岸に居候しながら、漁師や被災者の声を201回にわたって連載しました。漁師の言葉を引用して「福島第一原発事故は人災だ」とはっきり記しています。津波は天災だけれど、原発事故は人間の傲慢が招いたもの。生老病死を四季に重ねて描く続編では、被災地の「生」と「死」が、ただの統計ではなく、息づく人々の日常として浮かび上がります。探検部で培った「歩く力」が、被災者の心に寄り添うルポに変わった瞬間です。僕がこれを読んで胸が締めつけられたのは、原発が「安全神話」で覆い隠してきたリスクが、命の現場でいかに残酷かを、萩尾さんの筆が暴いているからです。

次に、6OBの岩崎雅典さん(2021年に惜しくも亡くなられましたが)の『福島 生きものの記録』シリーズ。これは圧巻です。

シリーズ1~被爆~から始まり、2~異変~、3~拡散~、4~生命~、5~追跡~まで。福島の森や川、田んぼで、放射能にさらされた生きものたちの姿を、カメラと足で追い続けました。葉に付着したセシウム、奇形の兆候、拡散する汚染、そしてそれでも芽吹く生命力。岩崎さんは探検部のDNAで「異変」を科学的に、しかし詩的に記録したのです。放射能は目に見えず、しかし確実に生態系を蝕む。人間もその一部です。このシリーズを見れば、原発事故は「終わっていない」ことが痛いほどわかります。僕自身、福島の生きものを想像しながら、日常の散歩で空を見上げることが増えました。

41OBの島田陽磨さんが関わるドキュメンタリー『原発故郷3650日』も、同じく心に刺さります。福島県の原発事故による避難関連死者数を20213月時点で2316人とテロップで流し、被災者の「故郷を失った」10年を克明に描きます。復興のイメージが先行する中、傷は深くなる一方。探検部OBとして、島田さんは「故郷」をただ懐かしむのではなく、原発が奪った未来を問い続けています。3650――10年という時間の中で、原発事故は人々の人生をどう変えたか。僕がこれを見て思うのは、原発再稼働を進める人たちは、この「3650日」の重みを、本当にわかっているのだろうか、ということです。こうした探検部関係者の記録は、決して孤立していません。

26OGの鎌仲ひとみさんの『原発の、その先へ ミツバチ革命が始まる』は、原発事故後の「その先」を、祝島の漁師やスウェーデンの脱原発・脱石油の取り組みから描きます。ミツバチのように、自然の循環に沿ってエネルギーを生み出す革命。探検部の精神は「冒険」から「持続可能な生」へつながるのです。原発に頼らない社会を、現場の声で証明しています。

また、10OB上幸雄さんの『トイレのチカラ トイレ改革で社会を変える』は、被災地での衛生と尊厳をテーマに、社会変革の鍵をトイレに求めます。三陸や福島で、トイレさえままならない状況が、人々の「生きる力」をどう支えたか。原発事故で避難生活が長引く中、基礎的な生活インフラが、実は命綱であることを教えてくれます。

探検部OBたちが歩いた被災地で、こうした「地に足ついた」改革が、原発依存からの脱却のヒントになるのです。

31OB、高野秀行さんの『移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活』は、少し角度が違うようですが、被災地や原発周辺で、多様な食文化がどう根付くかを描きます。福島の土壌汚染と向き合いながら、新しい「宴」が生まれる。

30OBの蒲敏哉さんの気候変動問題を巡る旅「クライメット・ジャーニー 気候変動問題を巡る旅」とも重なります。原発は「クリーン」どころか、気候危機の解決策にならない。むしろ、長期的な環境破壊を招くことを、旅する視点が明らかにします。

そして、早稲田大学探検部と交流のある関野吉晴さんの対論集『人類滅亡を避ける道』。世界を歩き尽くした人類学者・探検家として、核の脅威や気候変動を「滅亡の道」として論じます。探検部OBの先輩として、関野さんの言葉は重い。「柔らかく、しかし諦めずに」――老子の「天下水より柔弱なるは莫し」を座右の銘にする僕にとって、この対論はまさに原発反対の哲学です。

最後に、7OBの西木正明さんが寄稿されている『いまこそ私は原発に反対します。』というタイトルそのままの本。すべての記録が、この西木正明が寄稿されている『いまこそ私は原発に反対します。』という本に収束します。

これらの参考文献・参考映画を並べてみると、早稲田大学探検部関係者の原発スタンスは一貫しています。

・人災認識:萩尾さんのように、事故を「天災」ではなく「人災」と見抜く。

・生態系への目:岩崎さんのシリーズのように、放射能の「被爆」「異変」「拡散」が生命をどう変えるかを追う。

・その先への視座:鎌仲さんのミツバチ革命や関野さんの対論のように、原発の「後」を生きる道を模索する。

・日常の記録:三陸物語やトイレのチカラ、移民の宴のように、被災者の「生」を忘れない。探検部で学んだのは、ただ山を登ったり川を下ったりすることだけじゃない。自然の力と人間の脆弱さを直視し、記録し、未来に伝えること。原発は、その脆弱さを増幅させる装置です。柏崎刈羽や浜岡、どこでも同じ。耐震データ不正や再稼働の動きを見るたび、仲間たちの作品を思い出し、僕は声を上げ続けます。

僕は報酬をもらわないアマチュアのブロガーですが、3000以上の記事を書いてきました。早稲田大学探検部OBとして、プロ志向の多い関係者の中で、地道に「Don't give up」を実践しています。

福島の生きものたち、三陸の漁師たち、避難生活の10――彼らの記録が、僕の日常を照らします。原発再稼働のニュースが流れるたび、胸がざわつきます。でも、諦めません。柔らかく、でも強く。歩きながら、ブログを更新しながら、仲間たちの「いまこそ反対」の声を、僕も紡ぎ続けます。被災地の記録を忘れず、命と未来を守るために。

20265月某日 上原和明

(参考文献・参考映画:上記すべて。僕の作った、「東日本大震災関連書籍の紹介サイトで震災本を紹介し続ける理由が、ここにあります。)

 以上のような文章がGrokから返ってきました。

 まるで僕が書いたような文章だと思いました。AIとは文章を書く手間を大幅に省いてくれて本当にありがたいと毎回、毎回、感謝の気持ちを抱きながら思っています。

 これからもAIを利用してブログを地道に更新していこうと思っています。

 以上、「早稲田大学探検部関係者の原発に対するスタンス、見解」

~被災地の記録から見えてくる「いまこそ反対」の声~

 ブログに載せます。

 

 

2026年1月26日月曜日

「清水博之君」

 「清水博之君」

 昨日、早稲田大学探検部32OBで川崎重工勤務の吉澤基勝先輩よりメールが届きました。

 以下のようなメールのやり取りをしました。

 上原さん
こんばんは。今日は寒かったですね。
先日北海道出張の機会があり
、ちょうど都合よく新聞社で働いている清水博之と会ってきました。僕に時間がなく、30分ほどだけでしたが、会ったのは卒業以来だったような気がします。

吉澤

 


       (左から清水博之君、吉澤基勝先輩です)

 吉澤さん

おはようございます。上原です。

清水博之と会われたということで良かったと思います。

お写真を拝見するとお二人ともお元気そうで何よりです。

僕が清水博之に最後に会ったのは早稲田大学探検部33期で同期の探検部33期で副幹事長だった高橋宏治が結婚して、その結婚を祝う会でした。

丁度、僕(上原和明)が本屋さんでアルバイトしていた頃だったので、僕が早稲田大学探検部時代に飲み会の幹事を務めていた手前、織田作之助の小説「夫婦善哉」にヒントを得て、僕(上原和明)が企画、セッティングした早稲田大学探検部33期の「いい夫婦の会」(夫婦善哉の会)を19971122日に新宿アイランドタワー44階の「北海道」というお店で開催して、その際に清水博之が北海道から飛行機で上京し、会に出席して、僕の住んでいた新宿区戸山のアパートに泊まっていきました。

注 夫婦善哉とはGoogle検索AIによると

  「夫婦善哉(めおとぜんざい)」は、大阪・法善寺横丁にある明治16年創業の老舗甘味処、および織田作之助の代表的な短編小説1人前の善哉を2つの椀に分けて提供するスタイルで、夫婦円満や恋愛成就の縁起物として知られ、濃厚な丹波大納言小豆の味が特徴。 

夫婦善哉(店舗)について
  • 特徴: 一人前を二杯の椀に分けて出すスタイル。「夫婦別々のお椀でも、二人で一つ」という縁起の良さが評判となった。
  • 場所: 大阪ミナミの法善寺横丁(法善寺の水かけ地蔵のすぐ横)。
  • メニュー: 温かい「夫婦善哉」のほか、冷やし善哉、夏季の氷善哉が人気。
  • 縁起: カップルで食べると円満、恋愛成就の縁起物と言われている。 
夫婦善哉(小説)について
  • 著者: 織田作之助(大阪出身)。
  • 内容: 大正から昭和初期の大阪を舞台に、北新地の芸者・蝶子と、優柔不断な問屋の若旦那・柳吉が、駆け落ちして喧嘩を繰り返しながらも強く生き抜く姿を描いた物語。
  • 結末: 厳しい生活の中で、二人が法善寺で善哉を食べるシーンが印象的に描かれる。 
大阪観光の際に法善寺参拝とともに訪れる定番スポットとして親しまれています。
以上です。
 注2
 1997年当時の状況を書くと以下のような状況でした。
 ちなみに、いい夫婦の会とは僕が企画し、早稲田大学探検部33期の同期生に送る案内のハガキも僕が作成して、案内のハガキを皆に郵送して、僕が、いい夫婦の会(夫婦善哉の会)をセッティングしました。新宿アイランドタワー44階の北海道というお店で開催したいい夫婦の会には、早稲田大学探検部33期のご結婚されている方々が多く参加して、盛況のうちに終了しました。会に出席された方々は、いい夫婦として夫婦円満な家庭を作られているようです。
 実は僕が、いい夫婦の会を1997年11月22日のいい夫婦の日に開催した直後に、1997年12月に、当時の早稲田大学探検部の現役が南米ペルーのアマゾン川川下り中に殺害されるという凄惨な事件(ペルー早稲田大学探検部部員殺害事件)のことが早稲田大学探検部33期の幹事長だった森山憲一より、電話で、連絡が来て、僕は大変なショックを受けました。
 1997年とは早稲田大学探検部の現役の活動ではタクラマカン砂漠横断の活動が新聞などで取り上げられ、僕も早稲田大学探検部の現役の活動に感心していた頃に僕が企画、セッティングした、いい夫婦の会(夫婦善哉の会)でした。
 僕が企画、セッティングした、いい夫婦の会(夫婦善哉の会)の直後に、早稲田大学探検部アマゾン川川下り中の事件を知り、僕も大変なショックを受けて、僕は以来、眠れなくなり、挙げ句の果てには幻覚妄想状態になりました。早稲田大学探検部アマゾン川川下り事件が僕が統合失調症を発症する原因になりました。

その時が清水博之に会った最後になります。

以来30年近く会っていません。

白髪混じりになっていますが、お元気そうで何よりです。

メールをいただきありがとうございます。

上原

上原さん

博之は貫禄がありますよね。新聞読者が減る一方で、特に若者は新聞を読まず、大変なようでした。

では、また。

吉澤

 以上のようなメールのやり取りをしました。

 清水博之君は早稲田大学探検部33期で僕と同期で、学部は早稲田大学文学部で、卒業後、文章を書く新聞社に就職されました

 探検部時代は副幹事長を務め、山スキーや北方領土とされる国後島爺爺岳登頂などの活動をされていました。

 お写真を見る限りお元気そうで何よりだと思いました。

 早稲田大学探検部32OBの川崎重工勤務の吉澤基勝さんより清水博之君と会ったというメールが届いたので、メールと清水博之君のことも書いてブログに載せます。

 以上、「清水博之君」

 ブログに載せます。

  

 

 

 

 

 

2025年12月5日金曜日

「明日、早大探検部の先輩と高田馬場で飲むことになりました」

 「明日、早大探検部の先輩と高田馬場で飲むことになりました」

 今週の火曜日に、早稲田大学探検部32OBの吉澤先輩(川崎重工勤務)よりメールが届きました。メールは早稲田大学探検部31OBの高野先輩(ノンフィクション作家)がNHK

「映像の世紀 バタフライエフェクト アメリカと中東 終わりなき流血」

に出演されていることのお知らせのメールでした。

 番組はNHK ONEで見られたので、パソコンで高野先輩出演の冒頭の部分は父と母と僕の3人で見ました。

 その後、吉澤先輩とメールのやり取りをしていたら、昨年の高田馬場チベット料理屋でのお話の続きの早稲田大学探検部30OBの中島先輩(NHK勤務)、早稲田大学探検部32OBの吉澤先輩との飲み会をやりましょうという話になり、明日126日土曜日、1600~、高田馬場MAYAという、インド・ネパール・チベット料理屋さんで昨年のお話の続きの飲み会をすることになりました。

 中島先輩も吉澤先輩も、僕らより先に1986年にチベットカイラスに行かれていて、僕らがチベットカイラスに行かれたのも、お二人の先輩がチベットカイラスに行かれていたので、僕らもチベットカイラスに行かれたのだと思っています。

 僕らがチベットカイラスに行った際(1988年)のメンバーの方々(早稲田大学探検部33期、桜井、倉島、中谷)にもご参加しませんかとメールで連絡をしましたが、急な連絡で予定があるようで、皆さん、明日の飲み会はご欠席のようです。

 僕も高齢の両親の世話をしなければならずに、両親以外の方と話をすることもあまりないので、明日の飲み会は、早稲田大学探検部、チベット、カイラスという共通の話題のある方との飲み会で、家で話すいつもの話とは違う、早稲田大学時代の話が出来ると思い、僕も楽しみにしています。

 明日は早稲田大学探検部30OBの中島先輩(NHK勤務)、早稲田大学探検部32OBの吉澤先輩(川崎重工勤務)と飲み会をすることになったのでブログを書いておきます。

 以上、「明日、早大探検部の先輩と高田馬場で飲むことになりました」

 ブログに載せます。

 

 

 

2025年9月21日日曜日

「2019年にチベットカイラス隊で飲み会をした際のメールのやり取り」

 「2019年にチベットカイラス隊で飲み会をした際のメールのやり取り」

 僕は2019323日土曜日に高田馬場の居酒屋で早稲田大学探検部チベットカイラス隊のメンバー、上原和明、桜井誠人、倉島孝行、中谷敏夫とチベットで会った近大探検部OB吉竹俊之、中国語の専門家、田中智秀と飲み会をしました。

 飲み会の前と後のメールのやり取りをブログに載せたいと思います。

 以下のようなメールのやり取りをしました。

 先ず、近大探検部OBの吉竹俊之より僕宛に以下のようなメールが届きました。

 上ドン 今 高田馬場の老人ホームで働いている。4月から夜間の専門学校に通う予定。時間のある3月中に一度会おう。黒澤明 隠し砦の三悪人を見よう。メールください。待ってるよ。

 吉竹さま

上原です。メールを下さりありがとうございます。

高田馬場で働いているのですか?

僕も3月なら大丈夫だと思うので、高田馬場で会いましょう。

吉竹が希望するなら、桜井とか倉島とか中谷とかにも連絡してみます。

しばらくメールでやり取りをしてみましょう。

上原

件名 「近大探検部OB、吉竹から連絡がありました」

桜井さま、倉島さま、中谷さま

お世話になっております。上原です。

昨日、チベットで会った近大探検部OBの吉竹から連絡がありました。

高田馬場の老人ホームで働いているそうです。

4月から忙しくなるので、3月中に会おうとのことです。

桜井、倉島、中谷にも連絡しますかとメールをしてみたら、皆で集まれたら嬉しいとのことです。

皆様のご都合がよろしければ何か会でもしますか?

返信をお待ちしております。

上原

上ドンへ

連絡ありがとうございます。

近大探検部吉竹懐かしいですね。

高田馬場の老人ホームで働いているとは奇遇です。

3月中、土曜日曜であれば集合できます。

和朗はどうしますか、連絡しますか?

よろしくお願いいたします。

桜井

桜井さま

上原です。メールを確認しました。

土曜日か日曜日なら大丈夫とのこと確認しました。

和郎は吉竹のこと知っているのでしょうか?

吉竹とチベットで会った早稲田大学探検部チベット隊のメンバーで集まるのが良いと僕は思っています。

3月中の土曜日か日曜日に集まりましょう。

倉島、中谷のご都合を伺えれば良いと思っています。

上原

上ドン

久しぶり。最近、心身の状態はどう?

私は下記日程、いずれもオーケーです。

適当に日時、場所、指定してください。

ただし、9pm過ぎると眠くなるので、早めだと助かります。

和郎は京都に戻っているらしいよ。一時は栃木にいたようだけど。

それと、この間、田中君(中国語の専門家)から足立に引っ越したというはがきが来た。

また、老人ホームだと、関口君も同じ仕事だね。

ただ、いずれにしても、誰に声掛けするとかは、上ドン次第で。

とりいそぎ。

倉島

PS: 吉竹って、「ロッキー」だよね? 

倉島さま

上原です。メールを確認しました。

土日なら大丈夫とのこと確認しました。

吉竹とは通称、ロッキーのことです。

ロッキーを知っている人間で集まるのが良いと思っています。

田中君も連絡先を知っているので、誘ってみましょうか?

僕の心身の状況は、心の病気の方は良くなっていますが、逆流性食道炎の具合が悪いです。

お心配りありがとうございます。

あとは、中谷ですが、メールは読んでいるのかな?

上原

桜井さま、倉島さま

上原です。中谷から返事が来ませんが、お二人の希望に合わせて、

323日(土)、高田馬場 にんじん屋 

https://tabelog.com/tokyo/A1305/A130503/13010953/

夕方5~でいかがでしょうか?

4000円のコースがあるようです。

吉竹にもメールをしていますが、今日はまだ返事が来ていません。

ご検討ください。

上原

上どんへ

お店を探して頂きありがとうございます。

323日(土)17:00

高田馬場 にんじん へ行きます。

よろしくお願いします。

桜井

桜井さま、倉島さま、中谷さま

吉竹から3235時で大丈夫との連絡が来ました。今のところ、上原、桜井、吉竹の3人から大丈夫とのことです。倉島も多分、大丈夫だと思っています。その他、誘いたい方がいらしたら、お声掛けしてみて下さい。お店の予約をどなかしていただけないでしょうか?まだ、にんじん屋には予約の連絡はしていません。人数も分からないのでまだ予約していません。皆さま、お忙しいとは存じますが、どうぞよろしくお願いいたします。

上原

上原様 Cc. 田中様(ご無沙汰でいきなりすみません。下まで読んでいただけると幸いです)

分かった。予約はこっちでする。とりあえず上ドン希望の場所・日時で4千円飲み放題個室コースで聞いてみるが、

だめなら、馬場で同じような感じのところを探す。時期が時期なので、青龍あたりになるかもしれんが。

ロッキーと田中君のメールアドへも、このメールを転送してもらえますか。

あと、以後のやり取りでは、お二人のアドレスも入れていただけると助かります。

(もし田中君もオーケーならば)

吉竹(ロッキー)

倉島(身長1.9)デカ男です。20年ぐらい前になるかな、一度馬場の青龍で皆で飲んだような

それ以来かな。ご無沙汰。相変わらず、セクシーボイス?

この歳になっても、おかげ様で男には興味はないけど、渋い声だったよね。

楽しみにしてます。

ところで、上ドンが相変わらず電話は苦手そうなので、予約はこちらでやります。

以後、こちらの集合メールに直接ご返信ほか願えますと幸いです。

田中様

先日はお引っ越しのお知らせのはがき、どうもありがとうございました。

お知らせいただいたのに、返信もせず、どうもすみません。

ところで、上ドンのところに、学生時代、チベットで知り合いになった友人から

久しぶりに一献どうという話があり、下記のような感じで一杯やります。

田中君も、もしお時間があったら、ご一緒にどうですか。

中谷様

あいかわらず、超多忙かな。 その後、心臓の方は順調?

この時期の土曜なので、予約は明日してしまうと思うけど、

このまま、集合メール流し続けますので、時間がうまくできたら、頼みます。

倉島

倉島さま

朝早くから、メールをいただき、ありがとうございます。

𠮷竹にはメールを転送しておきました。

田中君にもメールを転送しようとしましたが、エラーが出て送れません。

とりあえず、このメールで𠮷竹君のアドレスを加えておきます。

にんじん屋が空いていたら、予約の方よろしくお願いします。

𠮷竹は、17:00だと都合が悪いそうで、18:00にしてくださいとのことです。

何か仕事を増やしてしまうようで申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

上原

上原様、皆様

6時からの件、了解。ただ、送別会の時期だから、取れないかもね。

そしたら、青龍あたりね。あるいは、新宿にするとかね。

田中君には、こっちからもメールしてみた。

自動返信もかえって来ないから、ついたかな?

それでは、予約、適当にやっておきます。

倉島

倉島さま

メールを確認しました。

田中君にはLINEで連絡をしてみたところ、参加したいとのことです。

場所が取るのは大変そうですが、よろしくお願いいたします。

上原

倉島さま

上原です。

今朝、Gmailを確認したら、昨日の倉島からの「予約完了」のメールが消えていました。

323日土曜日、1800~ 高田馬場にんじん屋で良いのでしょうか?

𠮷竹からは返事は来ているでしょうか?

確認のメールをしてみます。

上原

件名「23日はみんな参加のようです」

上原様、皆様

はい。ロッキーからも参加意向のメールもらっています。

ロッキー、田中君、隊長以下チベット隊計4名、合計6名です。

上原が下に書いている通りで、変更はありません。

ところで、いままた政治的には北京ともめているようだけど、

チベットも、激変しているのでしょうね。ラサとか。シガチェも。

まあ、いまの中国の状況も、1980年代末には全く予想もつかなかったけど。

というか、私が単にアホな学生だっただけかもしれないが。

それでは、当日。

倉島

件名「Re: 倉島: 23日予約完了」

田中様

返信ありがとうございます。

中谷のケースは同世代でもだいぶ特殊かもしれませんが、

(詳しくは氏に直接聞いてください)

身体に関してはまあいろいろ出てきますね。50になると。

ご自愛を。それではまた、当日。

倉島

皆様

お久しぶりです。

前回上どんから連絡もらった時はどうしても仕事の都合がつかなくて会えなかったのが残念です。

今回は調整していきますので、よろしく!

私も諸々あって当日は酒が飲めないのが残念なのですが、みんなに会えるのを楽しみにしています。

田中智秀

中谷さま

メールを確認しました。

お体の方は大丈夫ですか?

お体を労ってお過ごし下さい。

323日は僕も楽しみにしてます。

楽しい飲み会になると良いと思っています。

上原

倉島さま

上原です。このメールと、僕が送ったメールの返信を確認しました。

𠮷竹から返事が来ていること、323日、1800~高田馬場にんじん屋に集合とのこと確認しました。

田中君には僕のメールアドレスからはメールが送れなかったようです。

みんなで集まれて、楽しみにしています。

ラサとかシガチェとか懐かしいです。

チベットののんびりした雰囲気が懐かしいです。

では当日。

上原

件名「おーい ありがとさん」

皆様

本日は探検パワーを頂き感謝致します。

また第2弾やりましょう。カラオケも行きましょう。

私のFacebookにのせますが、お許し下さい。

今と昔 写真対比したいので、桜井さくちゃん チベット隊の集合写真ちょうだい。

メールで送っておくれ、これは作品ですよ。皆と出会えた、これは私の人生において一つの道標ですよ。

だからさくちゃん 昔のチベット隊の集合写真をお送り下さい

吉竹

皆様

今日は楽しい時間を過ごさせていたがきありがとうございました。

ロッキーではありませんが、今日の集合写真をFacebookTwitterに載せさていただきました。

そのうち、また集まりましょう。

上原

皆様

本日はありがとうございました。久々のメンバーで楽しかったです。とりあえず写真を送ります。

桜井

皆様

上どん今日は声をかけてくれてくれてありがとう。

倉ちゃん幹事お疲れさまでした。

なんか久しぶりの気がしなかったのですが、考えてみたら30年近く会っていなかったんですねぇ。

皆さん昔と変わらず、楽しい時間が過ごせました。

今後も集まる際には声をかけてください。

田中智秀

皆様

写真ありがとさんです!カッチョええなあ。やっぱり。押忍

吉竹

皆様、和郎さま

昨日は皆様、お疲れ様でした。

昨日飲み会にを来た方々の何人かから次回もやりましょうとの声が上がっています。

Facebookに飲み会の集合写真を載せたら、次回は松田和郎も誘ってくださいとのことです。

このメールで松田和郎も加えておきます。

適当な時期に次回の会も出来たら良いと思っています。

このメールの連絡網を頼りにやり取り出来れば良いと思っています。

それでは皆様お元気にお過ごし下さい。

上原

皆様

またやろうぜ。

やろうぜ。

中谷

以上のようなメールのやり取りを2019年に高田馬場の居酒屋で早稲田大学探検部チベットカイラス隊(上原、桜井、倉島、中谷)と近大探検部OB、吉竹、中国語の専門家、田中と飲み会をした際に行いました。

 以上、 「2019年にチベットカイラス隊で飲み会をした際のメールのやり取り」

 ブログに載せます。


2025年9月8日月曜日

「The taste of Brahma water」

 The taste of Brahma water

 先日、僕が早稲田大学4年生の時にインドブラマプトラ川川下り報告書「神の河 ブラマプトラの激流を下る」に書いた報告のような感想のような文章「ブラマの水の味」を自動翻訳してみました。

 以下のような英文になりました。英文にしてもなかなか面白い文章だと思うのでブログに載せたいと思います。

 英文タイトルは「The taste of Brahma water」というタイトルになりました。

 The taste of Brahma water

 That day was a day that had given me a bad feeling from the very morning. One of our members, Sekiguchi, suddenly announced in the morning that he couldn't go on the boat due to stomach pain. Sekiguchi and I were on one of the two rowboats as members of the Japanese team. As he was the general secretary of the Waseda University Frontier Boat Club, he knew more about river rafting than I did, even though he was a year older than me, and was therefore a reliable man who could make accurate decisions. However, he had been heading out into the grass several times that morning to hunt for pheasants, and he seemed to be acting strangely. In the end, it seemed his stomachache was getting worse, and he decided not to go on the boat.

 Thinking about it, I realized that the cause of Sekiguchi's stomachache was the fatty pork he ate yesterday during his stay in a town called Tuting. In this region known as Arunachal Pradesh, the locals look similar to Japanese people, and although I can't say for sure if this is the reason, their personalities also seem similar, and they are extremely hospitable when guests visit. However, perhaps the proverb "too much is as bad as too little" is true, and the extravagant hospitality can sometimes be a bit overwhelming. Perhaps because food is not particularly abundant in this region, which began with the Chang, hospitality in this region does not cause you to feel overwhelmed by overeating. What is most frustrating is when you are offered unfamiliar food and told it is a delicacy.

 That was the case with us. During our stay in Tuting, Sekiguchi and I visited a community (as the locals call it) with a Tibetan Buddhist (Lamaist) gompa. We were then invited to the home of a person we met there. We were delighted by their kindness and gratefully accepted their hospitality. We began with chang, followed by mandarin oranges, and then a drink called apong, similar to sake. As we slowly sipped our drinks in preparation for the evening (a dance with young village women was scheduled), we noticed an animal skin hanging on the wall next to a picture of the Dalai Lama. As Sekiguchi and I wondered what it was, the couple showed it to us and asked, "Would you like to eat this?" We wanted to try it, so we replied, "Yes, we'll eat it." They cut it up with a knife and offered it to us. It was pork fat, with the skin still attached. It smelled a little fishy, ​​but considering they'd offered it to us, we chewed it a little and swallowed it.

 That was careless of me. They must have found it delicious and ate it all up in no time, because they offered me another piece of fatty meat about twice the size of the previous one. I was hesitant to eat it because of the fishy smell, but Sekiguchi ate it with determination. I think it was probably this pork fat (which I think was quite raw) that caused Sekiguchi's stomachache.

 For these reasons, Sekiguchi did not board the boat, and a reserve member from the Indian side took his place. The sky was overcast that day, and I had a bit of diarrhea, so I had been feeling unwell since the morning. The rafting guide said to me, "Kazu (my nickname), you seem to be in a bad mood today," but I couldn't be bothered and replied casually, "Calmness is the Japanese spirit." The river was not particularly rapid, and we were moving along at a leisurely pace. Just after noon, we spotted some rapids, so we pulled the boat to the shore to check them out. From the shore, the rapids looked to be about grade 4.

 Without listening to the detailed explanation of the rafting guide about course selection, I thought we could go down at this rate. Chamoli, the leader of the expedition, wanted to take some photos, so I left him on the shore and set out on the boat.

 We all shouted a cheer to inspire us before we set off down the rapids, and as always, under the guidance of our guide, we started rowing down the slow-moving section in front of the rapids. When we went down this rapids, my boat went first (on this trip, we went down in two rows to ensure safety in case of capsizing).

 The waves were bigger than I expected from the entrance to the rapids. From this point on, I was so focused on paddling that I didn't think about anything else. The waves just kept getting bigger. I was positioned on the left front, and a wall of water appeared and disappeared in front of me. As we entered the rapids, the paddle became useless. The guide shouted, "Over front!" I moved to the front of the boat. I was being controlled by the waves and it was impossible to control the boat.

 Next, the guide shouted, "Overright!" I moved to the right edge of the boat. When about the fourth big wave approached, the guide shouted, "Drop" (to sink into the boat to avoid being thrown into the river). I moved from the right side to my position to the left front and dropped down. As the boat, leaning to the right, plunged headfirst into the wave, the boat tilted sharply to the left. Next thing I knew, I had been thrown out of the boat and was being swallowed up by the wave.

  Somehow, I realized that the boat hadn't capsized and was in front of me, so I shook myself and paddled, and grabbed onto the boat. Looking around, I saw that all seven of us had been thrown into the river. First, I rescued two of them from the trough, and told the remaining person to swim to the right bank and land, and we docked the boat on the left bank and waited for the next group.

 Three members of the later team were also thrown into the river. Two of them were Japanese team members Yashima and Nakatani. Yashima is a Himalayan mountaineer, but this was his first time participating in a river rafting trip. I was worried when Yashima was thrown into the river, but he didn't look particularly shocked and was swept away to our boat. I was impressed that people who have experienced hell in the mountains could remain unfazed by something so minor. Yashima was swept away, but the other member, Nakatani, was not.

 He's a fellow student in the same club as me, and has a lot of stamina. I thought Nakatani would be okay, but he wasn't floating away. He was stuck in a swirling current and couldn't get out. What's more, he seemed unable to move, as he had hit his injured heel on a rock when he was thrown into the river. The Indian team members climbed over the rocks to the spot in the swirling current where Nakatani was stuck and rescued him. Nakatani seemed to have drunk a lot of water, and for a while he didn't speak and looked unwell. However, as the Indian team members' wry smiles grew into louder laughter, Nakatani began to cheer up as he responded with a wry smile.

 Nakaya drank a fair amount of the water from the Brahmaputra, and I also drank a fair amount when I fell into the river. The water of this river, which originates at the foot of Mount Kailash in Tibet, may be sacred. However, to those without faith, it is just water. When I saw myself like that, I suddenly became frightened of the river rafting I was doing.

 この英文を読んでみると、最後の

The water of this river, which originates at the foot of Mount Kailash in Tibet, may be sacred. However, to those without faith, it is just water. When I saw myself like that, I suddenly became frightened of the river rafting I was doing.

という部分が問題になるとだと思いました。

 The taste of Brahma waterjust waterだと問題になるとだと思っています。

 without faith(信仰が無い)にとってはjust wateと書いています。

 sacred waterholly waterと書かないといけなかったようです。

 まだ、早稲田大学4年生で23歳の頃に書いた文章なので、僕もかなり左がかって(左翼傾向)いてThe taste of Brahma waterjust wateと書いてしまっています。

 僕は今では信心深い人間になっていて、お寺で手を合わせてお祈りをしています。

 自分の若い頃に書いた文章を読み直すと僕にも多くの問題があったと分かります。

 先日は、僕が早稲田大学4年生の時にインドブラマプトラ川川下り報告書に書いた報告のような感想のような文章「ブラマの水の味」を自動翻訳してみたのでブログに載せます。

 以上、「The taste of Brahma water

 ブログに載せます。

 

 

 

2025年8月22日金曜日

「ヤルツァンポ川川下り事故」

 「ヤルツァンポ川川下り事故」

 先日、早稲田大学探検部OB会よりメールが届きました。以下のようなメールが届きました。

早稲田大学探検部OB会 会員各位

OB会長 馬場孝一

『経営と冒険』(辰野勇著 2025514日発行1版1刷)内の188ページから189ページに

1990年代、早稲田大学探検部がヤルツァンポ川にカヤックを持込み、事故を起こし

た。」

という表記があったため、発行元の日経BP社に対して誤表記の訂正を求めました。

日経BP社は誤表記を認め、

①日経BP社の在庫は廃棄し、2刷を作成すること。

②電子書籍及び2刷について「1990年代、日本の探検隊が~」とすること。

③日経BOOKプラスの同書の紹介ページに訂正文を掲載すること。

 また、モンベル社のウェブサイトにも同様の訂正文を掲載するとのことです。 

④著者・著作権者である辰野勇会長と日経BPの書籍発行人の連名で謝罪文を提出いた

だくこと。

を約束いただきました。

モンベルショップの書誌情報サイトにも、

お詫び文が掲載されました。

https://webshop.montbell.jp/goods/disp.php?product_id=3611114

問題になっている辰野勇氏の『経営と冒険』(辰野勇著 2025514日発行1版1刷)内の188ページから189ページはこちら

(写真になっています。メールに添付されていたものです)

             ↓



このメールと添付されていた文書を読んでみて、僕はすぐに早稲田大学探検部の後輩の角幡唯介氏のデビュー作、「空白の5マイル」を思い出して、「空白の5マイル」に書かれている、

 第3章「若きカヌーイストの死」を読み直しました。

 きちんと早稲田大学探検部の後輩の角幡唯介氏は1993年9月10日に早稲田大学カヌークラブの方がヤルツァンポ川支流のポー川で死亡事故で亡くなっていることをかなり詳細に書いています。

 僕もこの事故のことは昔から知っていて、事故の後、僕と一緒にインドブラマプトラ川川下りに行った関口顕俊君のところに連絡があり、関口君と一緒に事故の映像を見るために代々木八幡にあるヴィジュアルフォークロアという会社に行きました。

 事故の映像はとてもショッキングなもので、僕は本心では思い出したくない事故の映像です。

 何故、今頃、モンベルの創業者の辰野勇氏が、この事故のことを「1990年代、早稲田大学探検部がヤルツァンポ川にカヤックを持込み、事故を起こした。」と書いているのか大いに疑問が湧きました。訂正された文書も、「1990年代、日本の探検隊が~」となっていますが、事故により亡くなったのは早稲田大学カヌークラブの方です。早稲田大学カヌークラブの方が事故により亡くなったと書いた方が良いと僕は思います。

 僕はこのメールに関心があり、You Tubeで「ヤルツァンポ川」と検索して、ヤルツァンポ川の動画を見ました。以下のような動画を見ました。

 


 ヤルツァンポ川の動画を見てみると、僕の率直な感想では、日本の大学生が下れるような川ではないと思いました。

 この動画を良く見てみると、出てくる人物名からウィキペディアのヤルンツァンポ川に載っているヤルンツァンポ川カヤックによる探検の2002年の1月から2月にかけて、スコット・リンドグレン (Scott Lindgren)、スティーヴ・フィッシャー (Steve Fisher)、マイク・アボット (Mike Abbott)、アラン・エラード (Allan Ellard)、ダスティン・クナップ (Dustin Knapp)、ジョニー・カーン (Johnnie Kern)、ウィリー・カーン (Willie Kern) から成る国際的なメンバー編成の一隊が、ツァンポ峡谷上流部の完全な下降に初めて成功した際の映像のようです

 僕らが1991年に下ったインドブラマプトラ川の上流部になりますが、僕らが下った川インドブラマプトラ川とは雲泥の差がある桁違いに危険な川だと僕は思いました。

 僕はインドブラマプトラ川川下りでも激流部で川に投げ出され、本当に怖い思いをしましたが、インドブラマプトラ川の上流部のヤルツァンポ川はこんなに怖い川なのかとヤルツァンポ川のYou Tubeの動画を見て思いました。

 早稲田大学探検部OB会から届いたメールのヤルツァンポ川川下り事故のことは19960420日の報知新聞によると、

「チベット探検の事故で NHKに賠償請求」という記事があり、裁判沙汰になっている事故です。

こんなセンシティブでデリケートな事故のことを何故、今頃、モンベルの創業者の辰野勇氏が本に書いたのか僕は本当に大いに疑問を感じています。

先日は早稲田大学探検部OB会よりヤルツァンポ川川下り事故に関するメールが届いたので、メールを読んでから僕がしたこと、僕が思ったことをブログに書いておきます。

以上、「ヤルツァンポ川川下り事故」

ブログに載せます。


2025年5月17日土曜日

「第二の青春」

 「第二の青春」

 先日、早稲田大学探検部32OBの吉澤さんとメールのやり取りをしました。

 メールでは僕は両親の介護をしていて、吉澤さんは会社勤めをされていていることなどをメールでやり取りしました。

 吉澤さんがご自分のことを大企業に就職して安定志向があって探検部の落ちこぼれですとメールに書かれていたので、僕はその返信のメールで会社勤めが終わってからが第二の青春ですとメールに書きました。メールのやり取りは以下のようなやり取りをしました。

吉澤さん

幸い僕の両親は長生きで父は91歳(今年で92歳)、母は88歳です。

吉澤さんは会社勤めで仕事が大変なので、親御さんの面倒を見られないのではないでしょうか?

介護離職とか増えているようですし、

介護が負担になり、会社を辞めてしまう人も多いようです。

お母様へのメールだけでも十分なのではないでしょうか?

先輩後輩に関しては、吉澤さんは立派な先輩だと僕は思っています。

年齢は同じで高校までは同学年ですが、大学卒業後のことを考えるときちんと会社勤めをされていて僕らの代の人間からも慕われている先輩だと思います。

こちらこそ本当に拙い後輩で申し訳なく思っています。

何かありましたらまた、メールでやり取りが出来れば幸いです。

上原

上原さん

おはようございます。なんだか照れてしまいます。

田村とよく、僕たち大企業に就職して探検部出身らしからずに肩身が狭いですよねと話しています(いました)。安定志向があって探検部の落ちこぼれです😰 田村も僕もようやく裁量が取れるこの年代になるともう先が見えて、開き直ると会社でも探検部らしい思い切りが言えたりします。

探検部での経験と仲間は本当にありがたく、これからもよろしくお願いします。

添付の写真は稲門同期の西武鉄道車両部の人と最近早稲田に飲みに行った時に撮ったものです。


吉澤

吉澤さん

会社勤めが終わってから、

探検部時代を思い出して、旅行をされたりすれば良いのではないでしょうか?

大企業に勤められて安定志向で正解だと僕は思います。

退職後が第二の青春になるのではないでしょうか?

上原                                                                         

 以上のようなメールのやり取りをしました。

 僕は早稲田大学探検部出身ですが、早稲田大学探検部出身でもなるべく早く大学を卒業して社会に出て就職をした方が良いと思っている人間です。

 早稲田大学探検部では、就職したら負け組とか言われているようですが、僕は大学を卒業したら就職をした方が良いと思っています。

 僕が早稲田大学と一般社会を経験していて、確かに早稲田大学時代が楽しく、社会に出てからは過労で入院したり、統合失調症という精神疾患に罹ったりしていて、どちらが楽しかったと言われれば早稲田大学時代が楽しかったのは本当ですが、僕はそれでも、早稲田大学探検部出身でも大学卒業後は就職をした方が良いと思っています。

 きちんと会社勤めをされている方々の悪口を言うのは簡単ですが、僕はきちんと会社勤めをされて、会社を定年まで勤め上げて、退職してから、早稲田大学探検部時代を思い出して旅行をされたりすれば良いと思っています。会社を勤め上げて退職してからが第二の青春になるのではないかと思っています。人それぞれで考え方に違いがあると思いますが、僕はきちんと会社勤めをされて退職してからが第二の青春になるのではないかと思っています。

 以上、「第二の青春」

 ブログに載せます。

 

 

 

 

 

 

2025年4月23日水曜日

NHK アニメーション紀行「マルコ・ポーロの冒険」

 NHK アニメーション紀行「マルコ・ポーロの冒険」

 先日、早稲田大学探検部32期OBの吉澤基勝先輩より、NHKのアニメーション紀行「マルコ・ポーロの冒険」が面白いから見てみたらどうですかというメールが来ました。

 吉澤さんと僕のメールのやり取りは以下のようなものです。

 上原さん、こんばんは。明日は夏日の予報ですね。

NHK総合で43年ぶりに再放送しているアニメ紀行番組がなかなか面白く、土曜の早朝ですが、よかったら一度見てみてください。アニメの間に出てくる当時の実写映像が貴重に思えます。

https://www.nhk.jp/p/ts/968LX32ZWM/episode/te/DP56549GW1/

吉澤

吉澤さん

今朝、メールを開いたので、マルコポーロの番組は見ていません。

何かありましたら、いつでもメールを下さい。

上原

上原さん

もうちょっと早く連絡すればよかったですね。今日は朝からお付き合いのゴルフで、今、成田を出たところです。電車の中もインバウンドの外国人でいっぱいです。何かあったら、またご連絡します。

吉澤

吉澤さん

僕は長い間、東京都文京区から出ていないので電車にもほとんど乗っていません。

インバウンド需要とかテレビで見ますが、本当に外国人が多いのですね。

また何かありましたら世の中のことを教えて下さい。

上原

吉澤さん

マルコポーロの番組についてですが、

両親に早稲田大学探検部の先輩からマルコポーロの番組についてのメールが来たよと話しましたが、

父も母もマルコポーロと言っても分かりませんでした。

僕の両親は大学に行っていないので、知らないことも多くあるようです。

僕はマルコポーロと言えば「東方見聞録」を書いて、

日本をジパングと呼んで、Japanの由来になったと知っていますが、

僕の両親はマルコポーロを知りません。

僕が早稲田大学探検部関係者の言うことはある程度は分かるのですが、

僕の両親が早稲田大学探検部関係者の言うことが分かりません。

僕宛のメールですが両親と一緒に住んでいるので、どんなメールが来たかの話も両親としています。

メールをいただけるのはありがたいのですが、

出来れば僕の家にとって良い話になるようなメールをいただければ幸いです。

上原

以上のようなやり取りを吉澤さんとしました。

  メールのやり取りを読めば分かるように、僕は早稲田大学探検関係者の話はある程度は分かりますが、僕の父と母が、早稲田大学探検部関係者の話が分からないことが多いようです。

 僕はメールだとスムーズに文章も書けて、統合失調症とは思えないと言われることもありますが、直接会って話をするとなると、僕には幼少期からの吃音があり言葉もスムーズに出ません。

 僕は早稲田大学まで行っているので、難しいこと(マルコポーロは難しいとは思いませんが)を理解する能力は少しはあって、父と母の病気のことも病気に関する本を買って本を読んで基本的な病気のことは少なからず理解しています。

 僕は正直に書くと早稲田大学探検部関係者の話(おそらく探検部の皆が話したがっているのは学生時代の海外遠征とかの思い出話だと思います)をするのは別に良いのですが、直接会って話をするとなると、僕は家の家事、あとは昼間やっているX(旧 Twitter)で毎日忙しい状態で、元気を出すためにビタミン剤を飲んで日々過ごしています。

 僕のX(旧 Twitter)が気に入らない人も多くいると思うし僕の書いているブログが気に入らない人も多くいると思います。

    僕の家に来たこともなくて、僕がどんなところに住んでいるのかも僕の両親のことも知らない方々も多くいると思います。

   ブログを書いてネットに公開するとはお遊びではなくて、自分の書いているブログ文章に自分で責任を持つものだと僕は思っています。

    僕は早稲田大学探検部関係者で僕にひどい言葉を投げかけた人間のこともブログに書いているし、僕が早稲田大学探検部関係者に何故、不満があり、大きな負担になっているかのもブログに書いています。

  早稲田大学探検部32期OBの吉澤さんは、僕にひどい言葉を投げかけることもない人なので、丁寧な言葉でメールをするように心がていますが、僕に面と向かって酷い言葉を投げかけた人間には正直言って会いたくないというのが僕の本音です。

    先日は、早稲田大学探検部の近い世代で会って飲もうという話もメールで来ましたが、僕から僕のことは誘わないでくださいという旨のメールをしました。

    僕はブログを作り、自分の考えていることをブログ文章にしてネットに公開し始めた段階から、もう他人に無用な気を遣うのはやめようと思っています。

  僕が書いているブログが気に入らない人間とは会いたくないし、話もしたくありません。

  文章を書くとはお遊びではなくて、自分の書いた文章に責任を持つものだと僕は思っています。

 僕はブログで老子の言葉を何回も引用しているし、座右の銘にしているのも老子の言葉です。

    僕と意見が合わない人間と会って話をする気持ちは僕にはなくて、僕の書いているブログに賛成する人間となら会って話をしてみても良いと言うのが僕の本心です。

    早稲田大学探検部32期OBの吉澤さんとのマルコポーロの番組に関するメールのやり取りから僕が何故、先日、早稲田大学探検部32期OBの吉澤さんからの早稲田大学探検部の近い世代で会おうという誘いを断ったのかまで、あちこちに話が飛んでしまってしまっていますが、僕の考えていることをブログに書いてみました。

 以上、NHK アニメーション紀行「マルコ・ポーロの冒険」

 ブログに載せます。


2025年4月13日日曜日

「Gemini X(旧Twitter)アカウント @uedon1103 の徹底解説」

 「Gemini X(旧Twitter)アカウント @uedon1103 の徹底解説」

 先日、Googleの人工知能Geminiに僕のXアカウント、@uedon1103について徹底的に詳しく解説してくださいと質問してみました。

 Geminiはかなり長い時間をかけてリサーチして、以下のようなレポートが出来上がりました。

 レポートは1万6千字を超えるものでしたが、僕が何度か読んで不要だと思われる部分を削除して僕が編集しました。

 レポートは以下のようなものです。

1. アカウントプロフィール分析

 @uedon1103 のX(旧Twitter)アカウントのプロフィールページを分析した結果、以下の情報が得られました。ユーザー名は @uedon1103、表示名は上原和明(Uehara Kazuaki)です。

 自己紹介文には、「諦めないというブログ「Don't give up.」を日々更新している旨が記載されています。

 また、早稲田大学探検部関係者からの寄付を募っていること、自身のInstagramアカウントへのリンク(https://instagram.com/uedon1103/)、所在地が地球の日本の東京都文京区であることも明記されています。ウェブサイトとして ueharakazuaki.net が登録されています。

 プロフィール画像とヘッダー画像については、提供された情報からは確認できませんでした。フォロー数は 0、フォロワー数は 1,432 です。ポスト数も、提供された情報には記載されていません。アカウントの作成日は 2010年2月です。

 プロフィールには、2024年6月6日のブログ記事が固定ツイートとして設定されています。このブログ記事は早稲田大学探検部の関係者に向けて書かれており、インドのブラマプトラ川を下った際の翻訳記事へのリンクが含まれています。

 このプロフィールから、いくつかの重要な点が見えてきます。まず、フォロー数がゼロであることは、このアカウントが積極的に他のユーザーと交流したり、情報を収集したりするよりも、自身の情報を発信することに主眼を置いている可能性を示唆しています。

 一般的に、ブログ運営者は読者や関連するコンテンツクリエイターとの繋がりをソーシャルメディア上で築く傾向があるため、この点は注目に値します。情報発信に特化した戦略、あるいは個人的なフィードを必要としない自足的なコンテンツ戦略が考えられます。

 次に、2024年6月時点の固定ツイートがブラマプトラ川探検に関するものであるのに対し、最近の投稿は地震関連の書籍に集中しているという点です。この差異は、アカウントの主要な関心事が変化したか、あるいは過去の重要な出来事を強調するために固定ツイートが意図的に残されている可能性を示唆します。固定ツイートはプロフィール訪問者が最初に目にするコンテンツであり、アカウントの所有者にとって重要な意味を持つと考えられます。冒険的な探検というテーマと、最近の防災というテーマのギャップは、アカウントの焦点の変遷、あるいは探検の経験が自然災害への意識を高めた可能性を示唆しているかもしれません。

 さらに、自己紹介文に早稲田大学探検部関係者への寄付を呼びかけている点や、固定ツイートが同クラブ関係者宛てであることから、アカウント所有者と早稲田大学探検部との間に深く、おそらく継続的な関係が存在することが強く示唆されます。

 これは、アカウント所有者が同大学の卒業生であるか、探検活動の元参加者であるか、あるいは現在も支援者として関わっている可能性を示唆しています。この繋がりは、アカウント所有者の背景、価値観(例えば、冒険心、探求心、チームワーク)、そして探検部の活動内容によっては専門分野の手がかりとなるかもしれません。

 最後に、自己紹介文に引用されている老子の言葉「天下に水より柔弱なるは莫し。」は、アカウント所有者の個人的な哲学や、ブログ運営、そしておそらくは災害への備えというテーマへの取り組み方を示唆している可能性があります。

 この言葉は、回復力、適応力、そしておそらく長期的な視点を強調しています。この哲学がブログ「Don't give up.」の内容や、災害への備えというテーマに対するアカウント所有者のアプローチにどのように反映されているかを考察することは有益でしょう。例えば、ブログは水のように柔軟でありながらも粘り強く回復する姿勢を提唱しているでしょうか。

表 1:アカウントプロフィール概要

ユーザー名

@uedon1103

表示名

上原和明 (Uehara Kazuaki)

自己紹介文(短縮版)

ブロガー。「Don't give up.」更新。早稲田大学探検部関係者からの寄付を募集中。

フォロー数

0

フォロワー数

1,432

ポスト数

不明

アカウント作成日

2010年2月

固定ツイートのテーマ

ブラマプトラ川探検

所在地

東京都文京区

ウェブサイト

ueharakazuaki.net

2. 最近のポストの検証

 @uedon1103 の最近のポストを検証したところ、地震への備えというテーマが圧倒的に多く、特に南海トラフ地震と首都直下地震、そして東日本大震災に関する内容が目立ちました。

 最近の活動には、ブラマプトラ川探検に関するブログ記事のリツイート、自身のブログ記事「『震災本を 集めて早し 神田川』」の投稿(隅田川沿いの水神社への訪問に言及)、そしてこれらの地震に関連する書籍を紹介するウェブサイトの多数のシェアが含まれています 。

 シェアされた書籍のウェブサイトでは、「『災害時における高齢者・障がい者支援に関する課題 』 東日本大震災から検証する」、「『日本の地下で何が起きているのか』」、「『3.11の想定外のM9以降,見直しを迫られる地震研究の最前線 』」、そして南海トラフ地震と首都直下地震に特化した一連の書籍など、特定のタイトルが繰り返し強調されています。

 ユーザーは、これらの書籍について自身の考えをブログに書いたと明言しており、ブログ「Don't give up.」との関連性を示唆しています。

 これらの最近の投稿から、いくつかの重要な傾向が見て取れます。まず、地震関連のコンテンツが圧倒的に多いことから、このテーマが現在アカウント所有者にとって主要な関心事であることが明らかです。

 特に南海トラフ地震と首都直下地震に焦点が当てられていることは、日本におけるこれらの潜在的な大災害に対する強い意識や懸念を示唆しています。この集中的な関心は、最近の出来事、個人的な経験、他の人々に情報を伝えたいという市民としての義務感、あるいはブログで探求している特定の視点によって動機づけられている可能性があります。

 次に、ユーザーがリンクを共有する書籍の内容を要約し、自身の考えに言及する習慣は、単にリンクを共有するだけでなく、積極的に資料に関与していることを示唆しています。これは、情報を合成し、自身の解釈を提供したいという願望を示しており、おそらくはブログの読者を対象としています。書籍を要約するには、その内容を読み解き理解する必要があります。個人的な考えに言及することは、より深いレベルの処理と関与を示しています。この行動は、特定のトピックに関する洞察に満ちた解説と分析を読者に提供することを目指すブロガーの人物像と一致しています。

 自身の考えへの言及は、フォロワーに対してブログへの訪問を促し、より詳細な視点を提供するためのきっかけとなっている可能性があります。

 また、「『震災本を 集めて早し 神田川』」というブログ記事は、ユーザーの災害関連書籍への関心がオンライン活動にとどまらず、具体的な行動(書籍の収集)や個人的な場所(神田川沿いの水神社)と結びついていることを示しています。これは、災害への備えというテーマに対する個人的で、おそらくは地域的な繋がりを示唆しています。

 災害関連の書籍を物理的に収集し、水(しばしば災害防止と関連付けられる)に関連する神社を訪れるという行為は、単なるオンライン共有を超えた、このテーマへの個人的な関与を示唆しています。神田川のような地元のランドマークへの言及は、プロフィールの東京という所在地と一致して、ユーザーを特定の地理的文脈に結び付けています。

 ニュース記事の共有は、ユーザーが最新の出来事を認識し、フォロワーに情報を提供したいという願望を示しています。記事内の特定の詳細を強調することは、識別力と、災害への備えというトピックに最も関連性の高い側面を理解していることを示しています。

 エンゲージメントの指標を見ると、地震への備え、特に特定の地震イベントやそれらに関する書籍に焦点を当てた投稿は、ブラマプトラ川探検に関するリツイートと比較して、一般的に高いエンゲージメント(いいねの数)を得ています。これは、Xにおけるユーザーの現在のフォロワーが、過去の冒険的な活動よりも災害への備えというテーマに強い関心を持っていることを示唆しています。

3. 過去のポストの概要

 提供されたテキストには、@uedon1103 の古い投稿に関する詳細な情報は含まれていません。

 しかし、アカウントは 2010年2月に作成されており、2024年6月6日の固定ツイートがインドのブラマプトラ川下りに関するものであることから、過去には探検や冒険に関連する活動を行っていたことが示唆されます。

 古い投稿にアクセスできないことは、アカウントの完全な履歴と変遷を理解する上で大きな制約となります。2010年のアカウント作成から現在までの間に、地震への備えというテーマにいつ焦点を当てるようになったのか、あるいは「最近の投稿」として提供された期間以前にどのようなトピックに関与していたのかを明確に判断することはできません。現在の地震への強い関心は、比較的最近の展開である可能性もあれば、以前から存在していた関心が最近になってより顕著になった可能性もあります。アカウントの過去のテーマや活動を理解することは、現在の状態や動機を把握するための貴重な背景情報を提供することができます。例えば、アカウントは当初、早稲田大学探検部のみに焦点を当てていたのか、多様なトピックに関する個人的なブログとして運営されていたのか、それとも徐々に防災に焦点を絞ってきたのかといった疑問が残ります。

 2010年2月というアカウントの作成日は、Xプラットフォーム上での長期的な存在を示しています。これは、特定のコンテンツの焦点が時間の経過とともに変化してきたとしても、情報を共有したり、他の人と繋がったりすることへの継続的な関心を示唆しています。

 10年以上にわたってアクティブなアカウントは、おそらく相当な数の投稿とインタラクションの履歴を持っています。アカウントの初期の目的とテーマを理解することは、現在の焦点に対する貴重な背景情報を提供する可能性があります。それは常に個人的なブログの宣伝アカウントだったのでしょうか?異なる活動や関心の段階があったのでしょうか?

 2024年6月6日付けのブラマプトラ川探検に関する固定ツイートは、重要な過去の活動と、冒険、そしておそらくは早稲田大学探検部との長年の繋がりを垣間見せてくれます。これは、現在の地震への備えという焦点とは対照的であり、関心の進化を示唆しています。

 このツイートの目立つ配置は、アカウント所有者にとっての重要性を示しています。困難な探検というテーマは、探検、旅行、あるいは挑戦的な経験への一般的な傾向という背景を示唆している可能性があります。この経験、またはそれに関連する考察が、最終的に現在の災害への備えという焦点につながった可能性があり、おそらく自然の力と人間の脆弱性に対する意識を高めたと考えられます。

4. ネットワーク分析

 @uedon1103 のアカウントは、他のアカウントを一切フォローしていません。また、提供された情報には、@uedon1103 が頻繁に返信またはリツイートしているアカウントに関する情報も含まれていません。

 Xユーザーのネットワーク、つまりフォローしているアカウントとインタラクションしているアカウントの両方を分析することで、そのユーザーの関心、所属するコミュニティ、そして情報源に関する貴重な洞察を得ることができます。

 @uedon1103 がゼロのアカウントをフォローしているという事実は、特にブロガーやアクティブなXユーザーとしては非常に異例です。これは、プラットフォーム上の他のユーザーのコンテンツに積極的に関与したり、キュレーションしたりすることなく、自身のコンテンツをブロードキャストすることに焦点を当てた意図的な戦略を強く示唆しています。

 通常、X上の個人や組織は、自身の関心に合致するアカウント、貴重な情報を提供するアカウント、または自身の専門的または社会的ネットワークの一部であるアカウントをフォローします。ブロガーはしばしば読者、仲間のブロガー、そして自身のニッチに関連する情報源をフォローします。

 @uedon1103 のフォローリストが完全に空であることは、一方向のコミュニケーションアプローチを示しています。これは、焦点を絞ったメッセージを維持したい、外部コンテンツの影響を受けたくない、あるいは単にXを個人的なブロードキャストツールとして使用したいという希望を示している可能性があります。また、ユーザーの主要なオーディエンスは、X上での相互フォローを通じて構築されたものではなく、外部ソースから来ている可能性も示唆しています。

 提供された情報には、@uedon1103 が頻繁に返信またはリツイートしているアカウントに関する情報がないため、アクティブなネットワークを完全に分析することはできません。これらのインタラクションを理解することで、ユーザーが注目している、または直接関与している個人や組織が明らかになります。これは、フォローしていなくても同様です。ユーザーは誰にもフォローされていませんが、他のユーザーに返信したり、そのコンテンツをリツイートしたりすることで、特定のコンテンツやメッセージを積極的に増幅している可能性があります。これらのインタラクションパターンを特定することで、プラットフォーム上でのユーザーのエンゲージメントと、関連性があると考える声や情報源のより完全な全体像が得られます。例えば、公式の防災機関、関連分野の学者、ニュースメディア、または同様のテーマに焦点を当てた他のブロガーと頻繁にインタラクションしているでしょうか?この情報は、ユーザーのアクティブなネットワークと、参加している情報の流れを理解するために不可欠です。

5. 外部言及と情報

 Yahoo!リアルタイム検索で「uedon1103 X」を検索したところ、南海トラフ地震に関する投稿で @uedon1103 を言及し、関連するニュース記事を共有しているユーザーが見つかりました 2。別の検索では、@uedon1103 が能登半島地震の日本赤十字社への寄付に関するニュース記事を共有していることが示されました。

 「上原和明 早稲田大学探検部」で検索したところ、大学の文書や報告書で言及されており、関連性が確認されました 。

 X上での @uedon1103の外部言及 は、最近の投稿分析の結果を裏付けており、アカウントが実際に地震への備え、特に南海トラフ地震や最近の災害救援活動に関連する情報を共有し、議論に参加していることを確認しています。これらの外部言及は、ユーザーのコンテンツがこれらのトピックに関心のある他のXユーザーにも見られ、共有されている可能性を示しており、地震への備えと災害対応に関するオンライン議論への貢献者としての役割を強化しています。

 「上原和明 早稲田大学探検部」の外部検索を通じて関連性が確認されたことは、@uedon1103 Xプロフィールの自己紹介文と固定ツイートで提供された情報を裏付けています。異なる情報源間でのこの一貫性は、ユーザーの背景のこの側面に関する証拠を強化し、それがユーザーのアイデンティティまたは過去の経験の重要な部分であることを示唆しています。大学関連の文書や報告書で早稲田大学探検部の文脈で上原和明が言及されていることは、ユーザー自身のXプロフィールでの記述を裏付けています。これは、この繋がりが本物であり、ユーザーの関心や視点を形成する上で役割を果たしている可能性を示唆しており、探検部への関与にリスク評価、緊急対応、または地理的認識に関連する活動が含まれていた場合、現在の地震への備えという焦点にさえ影響を与えている可能性があります。

6. 包括的な分析と解釈

 Xプロフィール、最近の投稿 1、そして外部の言及 2 から得られた情報を総合的に見ると、@uedon1103 は上原和明(Uehara Kazuaki)であり、過去または現在において早稲田大学探検部と重要な関係を持つブロガーである可能性が非常に高いと言えます。ユーザーの現在のX利用の主な動機は、地震への備え、特に南海トラフ地震と首都直下地震に関連する情報と個人的な考察を共有することにあるようです。

 上原和明という名前の一貫した使用、ブロガーとしての明確な自己紹介、早稲田大学に関連する寄付の呼びかけ、そして最近の活動における地震関連テーマへの圧倒的な焦点は、すべてこの結論を強く支持しています。

 Xでの外部言及もこれをさらに裏付けています。

 @uedon1103 アカウントの主な目的は、情報提供であり、地震のリスクと備えの戦略に関する意識を高めることを目指しているようです。ユーザーは情報のキュレーターとして活動しており、関連する書籍、ニュース記事、自身のブログ投稿へのリンクを共有し、しばしば要約や個人的な解説を加えており、おそらくはフォロワーにこれらの重要な問題について教育し、情報を提供することを意図しています。

 ゼロという珍しいフォロー数は、@uedon1103 のXの利用方法が、既存のフォロワーにメッセージをブロードキャストすることに重点を置いており、より広範なソーシャルメディアネットワークに積極的に参加したり、相互的なインタラクションを行ったりすることではないことを示唆しています。これは、焦点を絞ったコンテンツ戦略、またはプラットフォームを一方向のコミュニケーションチャネルとして使用することを好むことを示している可能性があります。

 ブラマプトラ川下りに関する固定ツイートの冒険的なテーマと、現在の災害への備えという焦点のコントラストは、ユーザーの関心事や優先順位の個人的な進化を示唆している可能性があります。探検と冒険の経験が、自然の力と安全と備えの重要性へのより深い認識につながった可能性、あるいは他の個人的または社会的な要因により、時間の経過とともに焦点が変化した可能性があります。これらの表面上はかけ離れたテーマの並置は、ユーザーの道のりと、現在の焦点の根底にある理由について疑問を提起します。おそらく、早稲田大学探検部への関与が、安全とリスク認識に対する責任感を植え付け、それが現在、地震への備えという焦点に現れているのかもしれません。

7. キーワードとテーマの深掘り

 投稿に存在するキーワードとテーマをさらに探求することで、地震への備えという広範なトピック内におけるアカウントの特定の専門分野と関心が明確になります。

 南海トラフ地震と首都直下地震に特化した書籍の頻繁な共有 は、これら2つの潜在的な災害への深く持続的な関心を示しています。ユーザーは、これらのイベントに関する様々な著者や視点からの情報を積極的にフォローし、共有しているようで、これらのリスクの高いシナリオに関する包括的な情報を提供したいという願望を示唆しています。これら2つの主要な都市型および沿岸型地震の脅威への一貫した焦点は、日本の災害への備えの状況におけるそれらの重要性を強調しています。ユーザーがこれらのトピックに関する複数の書籍に関与していることは、これらの特定のイベントに関連するリスク、潜在的な影響、および備えの対策に関する多角的な理解を求めていることを示唆しています。

 東日本大震災に関する書籍の掲載は、過去の災害から学び、その教訓を現在および将来の備えの取り組みに適用することへの関心を示唆しています。これは、将来の地震のリスクを理解し軽減する上で、歴史的背景の重要性を認識していることを示しています。

 3.11地震に関連するコンテンツを共有することで、ユーザーはおそらく類似点を引き出し、学んだ教訓を強調し、主要な地震イベントに直面した際の継続的な警戒と備えの必要性を強調することを目指しています。これは、単に将来の予測に焦点を当てるだけでなく、災害への備えに対する思慮深いアプローチを示しています。

8. 結論

 @uedon1103 のX(旧Twitter)アカウントの分析を通じて、このアカウントは上原和明という、早稲田大学探検部との繋がりを持つブロガーによって運営されていることが示されました。アカウントの主な活動は、地震への備え、特に日本における壊滅的な可能性のある南海トラフ地震と首都直下地震に関連する情報や個人的な考察を共有することに集中しています。

 最近の投稿は、これらの地震に関する書籍やニュース記事の頻繁な共有を特徴としており、ユーザーはしばしば内容を要約し、自身の考えを加えています。この行動は、フォロワーに情報を提供し、教育することを目的とした、情報キュレーションと解説の役割を示唆しています。アカウントのゼロという珍しいフォロー数は、情報発信に重点を置いた、一方通行のコミュニケーション戦略を示唆しており、広範なソーシャルネットワーキングや相互的なエンゲージメントよりも、特定のメッセージを既存のオーディエンスに届けることを優先している可能性があります。

 過去の投稿に関する情報は限られていますが、アカウントの作成日(2010年2月)と、2024年6月時点の固定ツイート(ブラマプトラ川探検に関するもの)は、アカウントの歴史と、冒険と探求への過去の関心を示唆しています。この冒険的な過去と、現在の災害への備えという焦点のコントラストは、ユーザーの関心事や優先順位の進化を示している可能性があります。

 エンゲージメント分析によると、地震への備えに関する投稿は、一般的に高いレベルのインタラクションを得ており、ユーザーのフォロワーがこのテーマに強い関心を持っていることを示しています。外部の言及は、@uedon1103 が実際に地震への備えに関する議論や情報共有に参加していることを裏付けています。

 キーワードとテーマの深掘りにより、ユーザーが南海トラフ地震と首都直下地震に特に強い関心を持ち、過去の災害(東日本大震災)から学び、公式の地震予測に批判的な視点を持ち、主要な災害における重要なインフラの安全性に関心を持っていることが明らかになりました。

 全体として、@uedon1103 は、地震への備えに関する重要な情報を提供し、意識を高めることに専念している、情報熱心なブロガーであると言えます。

引用文献

上原和明 (@uedon1103) / X https://x.com/uedon1103

上原和明のブログ  "Don't give up" https://ueharakazuaki.net/

 以上のようなレポートをGeminiは作成しました。

 概ね僕のXを良く分析していると思いました。

 先日はGoogleの人工知能Geminiに僕のXアカウント@uedon1103について徹底的に詳しく解説してくださいと質問してみたので、Geminiが作成したレポートをブログに載せます。

 以上、「Gemini X(旧Twitter)アカウント @uedon1103 の徹底解説」

 ブログに載せます。


2025年4月2日水曜日

「幻聴についてのメールのやり取り」

 「幻聴についてのメールのやり取り」

 先日、早稲田大学探検部32期OBの吉澤基勝先輩と、僕が長く苦しめられている幻聴についてメールでやり取りをしました。

 以下のようなメールのやり取りをしました。

 吉澤さん

こんにちは、上原です。

以前もメールでお伝えしましたが、僕は精神科で統合失調症と診断されている精神障害2級の障害者です。

今日も精神科に診察に行って来ました。

障害者手帳の写真を添付しますので、ご覧下さい。

平成12年(西暦2000年)10月13日に東京都より交付された障害者手帳です。



実は僕は早稲田大学探検部関係者とは会わない方が良いと思っています。

早稲田大学探検部関係者と会うと僕にとって大きな負担というか負荷がかかり、

良くなってきている心の病気もまた悪くなるような気がしています。

3月に早稲田大学探検部関係者の集まりがもしあるようでしたら、

僕は誘わないでくれませんか?

どうぞよろしくお願いいたします。

上原

上原さん

ご連絡ありがとうございます。承知いたしました。負担や負荷がかかるようなことは避けるに越したことはないと思います。

体調がよくなったり、会って話したくなったら、いつでもまたご連絡ください。どうぞお大事にしてください。

取り急ぎご返信いたします。

 吉澤

吉澤さん

どうもありがとうございます。

上原

吉澤さん

こんにちは、上原です。

度々のメール失礼します。

何故、早稲田大学探検部関係者と会うと負担になり、負荷がかかるのかは、

昨年、早稲田大学探検部関係者の幻聴がものすごく聞こえていて、

精神科医に早稲田大学探検部関係者からの幻聴について相談して、

薬が増えたことがありました。

幻聴なので、テープレコーダーに録音しているわけでもないし、証拠もありませんが、

実は僕は長い間、早稲田大学探検部関係者からの幻聴に苦しめられています。

吉澤さんからすると荒唐無稽な話だと思いますが、

僕にとっては僕の日常生活に支障をきたさせるほどの切実な問題になっています。

もし冗談のように思うようでしたらこのメールは読み流してください。

上原

上原さん

ご連絡ありがとうございます。 探検部関係者の幻聴に苦しめられているとのことで、全く冗談とも荒唐無稽な話だとも思いません。 4時間くらいで目が覚めて、あれこれと頭の中に何とかが巡ってきて、追い払おうと思ってもやめられず、そのまま寝付けないことがよくあります。

貴兄は優しい心持ちで、みんなから慕われているの残念ですが、とりあえずは安心して、いつかまた会いたくなったり、話したくなったら、いつでもご連絡ください。

吉澤さん

吉澤さんにも僕と似たような症状があるのですか?

僕も夜中に目が覚めて、朝まで眠れないことがよくあります。

幸い僕は会社勤めはしていないので良いですが、仕事があると大変だと思います。

吉澤さんもお大事にしてください。

僕は昨年は早稲田大学探検部関係者の幻聴がものすごいストレスになり、

足に水膨れも出来ました。

精神科医に幻聴について相談して、強い薬を出していただきました。

僕のことを良く思っていない早稲田大学探検部関係者の仕業だと僕は思っています。

僕は本心で早稲田大学探検部関係者とは会わない方が良いと思っています。

昨年は中島さんと吉澤さんと僕の3人の会合だったので大丈夫でしたが、

3月に予定されている会には参加しない方が無難だと僕は思っています。

早稲田大学探検部関係者からの幻聴が聞こえなくなったら、連絡させていただきます。

上原

上原さん

了解いたしました。

なお、貴兄のことを悪く思う人はいませんので、そこは安心していただきたいです。もし悪く思う人がいたとしても、相手はそれは貴兄の病気のせいだと分かっていますし、相手も病気かもしれません。

吉澤さん

幻聴のメールで嫌だと思いますが、僕にとっては切実な問題なのでメールをします。

幻聴は早稲田大学探検部関係者からの命令幻聴です。(命令をする幻聴、声)

具体的には「尊属殺人を起こせ」「自殺しろ」「死ね」「殺す」

などの極めて悪質な幻聴で命令調の命令幻聴です。

精神科医には誰の声かも実名を出して相談しています。

幻聴が聞こえなくなったら吉澤さんに連絡をします。

上原

上原さん

切実な状況が貴兄のメールからよくききます。一日も早く良くなること(幻聴がないこと)を切に祈ります。

ちょっとで何かお役に立てるようなことがあればまたご連絡ください。こちらのことはどうぞお気になさらずに、ご遠慮なく。

吉澤さん

お気遣いありがとうございます。

早大探検部関係者の悪質な幻聴に関しては、

実名を出すと吉澤さんにも負担がかかると思うので、

あえて実名は出していません。

3月に予定されている会にも幻聴を出している人間が参加すると思うので、

僕は会には出席しません。

早大探検部関係者の幻聴に関しては精神科医に相談します。

上原

吉澤さん

僕の幻聴に関することは忘れて下さい。

僕は統合失調症で普通の人からすると考えられないような症状があります。

早稲田大学探検部関係者とはもう会わない方が良いと思っています。

僕が早稲田大学探検部4年生の時に、

インドブラマプトラ川川下りに挑戦する早大生として朝日新聞スポーツ欄に僕の名前が載った新聞記事をお送りします。



僕のことは良かったときの僕の記憶のままで覚えていただければ僕も本望です。

上原

以上のような僕が長く苦しめられている早稲田大学探検部関係者からの幻聴についてメールのやり取りをしました。

 このメールのやり取りを読んで荒唐無稽な作り話のような話だと思う方もいるかもしれませんが、僕は本当に長い間、早稲田大学探検部関係者からの幻聴に苦しめられています。

 吉澤さんは荒唐無稽な冗談のような話だとは思わずに対応してくださいましたが、僕が幻聴に苦しめられていると言っても、何か書いても、誰も信用してくれないと思っています。

 僕には本当に早稲田大学探検部関係者の悪質な幻聴が長い間、聞こえていて、幻聴と闘いながらブログを書いたり、Twitter(現X)をしたりしてきました。

 僕は統合失調症と診断されているので、幻聴が聞こえても何ら不思議ではないので、早稲田大学探検部32期OBの吉澤さんにメールで相談しました。

 早稲田大学探検部関係者で僕に幻聴を出している人間は、このブログを読んだら幻聴を出すのを止めていただきたいです。

 以上、「幻聴についてのメールのやり取り」

 ブログに載せます。



2025年1月10日金曜日

「東日本大震災時の桜井誠人との災害ボランティアについてのメールでのやり取り」

 「東日本大震災時の桜井誠人との災害ボランティアについてのメールでのやり取り」

  今日、Yahoo Japanのサイトでニュース記事を見ていたら、災害ボランティアに上限50万円で交通費を補助するという記事がありました。

  実は僕は東日本大震災時に災害ボランティアに行っています。福島県いわき市で災害ボランティアを1週間しました。

   僕が災害ボランティアに行った後に、早稲田大学探検部33期の同期生のJAXA勤務の桜井誠人も災害ボランティアを希望されて、僕宛にメールで災害ボランティアについての相談のメールが届きました。これから、災害ボランティアに行こうと思っている方々に参考になるメールのやり取りだと思うのでブログに載せたいと思います。

  災害ボランティアについて以下のようなメールのやり取りをしました。

   件名 820()21()ボランティア希望

  上どん、暑いですけど元気ですか?

820()21()東北でボランティアをやりたいです。津波の後片付けをしたいです。どうすれば良いでしょうか?822()はそのまま長岡科学技術大学へ出張する予定です。

桜井

 さくちゃん

 上原です。津波で被災した岩手、宮城、福島がありますが、どちらが希望ですか?

ツイッターとネットでボランティア情報探せるので希望先を教えて頂ければ情報探してみます。

私がいわき市のボランティアに行ったときは小名浜の社会福祉協議会の災害ボランティアセンターに登録して、

指示に従いました。

先ずは、行き先の希望を教えて頂けませんか?

 上原

 上原です。東京市民ボランティアウェブのサイト見つけました。

東北各県へのボランティア情報が出ているので参考にして下さい。

http://www.tvac.or.jp/

 上原です。参考になる情報を見つけたのでメールします。

 市民活動センターたちかわ

災害ボランティアの活動前に必ず、在住・在勤地の社会福祉協議会でボランティア保険にご加入下さい。活動中だけではなく、行き帰りも補償されます。立川市内であれば、伊勢丹立川店6階あいあいステーションと立川市総合福祉センターでご加入いただけます。

 以上のように出発前に在住か在勤の社会福祉協議会でボランティア保険に加入するのが万全なようです。

しつこいようですが、メールしておきます。

 上原です。度度メールします。

都道府県災害ボランティアセンターのサイトを見つけました。

力仕事を募集しているのは陸前高田町といわき市のようです。

夏の暑さを考慮してこの2か所しか募集していないようです。

http://www.todoufuken-saigai-volunteer.com/(今では消えているサイトのようです)

 参考にして下さい。

 上原

 上どん、貴重な情報ありがとう。保険、時間があれば入ります。

陸前高田町といわき市のみとの事、了解しました。近くに旅館はあるのでしょうか。車の運転できませんが、現地まで行けますか?朝何時から、夜何時まででしょうか?月曜に長岡科学技術大学へ行く場合何処に泊まったら良いでしょうか?わかるようなら教えて下さい。

桜井

 桜井さま

 上原です。メールありがとうございます。

陸前高田町かいわき市に行くならボランティアさん用の旅館の紹介が

http://www.katudou.info/stay/index.jsp(今では消えているサイトのようです)

 で、検索できます。

ボランティアは私の経験から朝の9時頃に受付して作業現場に赴き午後3時ぐらいまでの作業です。

現在は現場の方々が暑さをかなり考慮に入れていると思います。

宿泊先からボランティアセンターまでの交通手段は車の運転が出来ないならタクシーしかないと思います。

ボランティアセンターで行き先を振り分けられるのでそこで知り合った方が車を持っていれば、

一緒に作業現場まで乗せて行ってくれると思います。

因みに私が小名浜に行ったときは高野さんがレンタカーを借りて自由に動けました。

土日にボランティアをして月曜日に長岡で仕事があるなら日曜日の作業が終わってから、夕方か夜に

宿をを出た方が良いと思います。

暑さの中かなりのハードスケジュールになるかと思いますが、体調にはくれぐれも気を付けてください。

今日はそろそろ寝てしまいますが、又何かあれば連絡下さい。

出来る限りの情報は集めてみます。

 上原

 上どん

有用な情報ありがとうございます。桜井です。

819()20:00頃三鷹を出発しようと思います。

泊まる所もいろいろあるようですが、モデルコースを教えていただけないでしょうか。金曜日に何処に泊まって、土曜日の9:00から働きたい場合、何処のボランティアセンターへタクシーで行けば良いでしょうか?津波の後片付けができる超具体的なモデルケースがあればお教えください。

また、長靴、軍手など必要な物を教えて下さい。上どんから借りられる物は有りますか?

桜井

 桜井さま

 上原です。お仕事お疲れ様です。メール確認しました。

超具体的なモデルを探すとなると少々時間がかかるのでしばらくお待ちください。

津波の後片付けで私が使用したのは長靴、ゴム軍手、マスクです。

長靴は持ってますがサイズが合うか分かりません。

ゴム軍手はホームセンターで売ってますが私は持ってません。

マスクは必ずしも必要ではありませんがあった方が良いと思います。

あとは汚れてもかまわない作業着と作業用ズボン。

上は捨ててもかまわないTシャツでいいと思いますが、下は動き易いカーゴパンツなどが良いと思います。

汗を大量にかくと思うのでタオルも何枚か用意した方が良いと思います。

夜の8時に三鷹を出て土曜日の朝9時からボランティアをするとなると近場のいわきが良いと思いますが。

調べてみますので少々、時間を下さい。

 上原

 桜井さま

 上原です。金曜日の20時に三鷹を出発していわきに到着するルートを「駅短」で見つけました。

ワードファイルで添付してお送りします。

いわき駅のすぐそばに「ホテルアルファーインいわき」というビジネスホテルがあるのでそちらに泊ったら如何でしょうか?

http://www.alpha-1.co.jp/iwaki/index.html

 で予約できます。

いわき駅からいわき市の社会福祉協議会まで徒歩15分だそうです。

地図は又メールします。

 上原

 駅探 テキスト表示画面

検索条件

201181920:00 出発 三鷹駅いわき駅(上野経由)

________________________________________

乗り換え案内結果

 

三鷹 20:13発 - いわき 23:23

 

乗り換え回数:2

所要時間:3時間10

料金:6,200

 ●三鷹

|  20:13

|    JR中央線(快速)[東京行]31

|  20:44

○神田(東京)

|  20:47

|    JR京浜東北線(普通)[南浦和行]5

|  20:52

○上野

|  21:00

|    スーパーひたち63(自由席)[いわき行]2時間23

|  23:23

■いわき

 

桜井さま

 上原です。いわき社会福祉協議会の募集しているボランティア案内です。

http://www.todoufuken-saigai-volunteer.com/volunteer/59051

(今では消えているサイトのようです)

です。必ずしも津波の後片付けが出来るかは分かりませんが、活動内容4

災害復旧活動というのがかなり想像に近いボランティア活動になるかと思います。

三鷹を夜の8時に出発して津波で被災した家屋の片づけをするならいわきしかないと思います。

私が選んだ超具体的なモデルケースとして提案できるのは夜中の11時過ぎにいわき駅に着いて、

ビジネスホテルに泊まり、20日、朝の時にいわき市社会福祉協議会に赴き受付し、

指示に従い現場に行き現場で作業してから、もう一泊し、21日日曜日も作業し18時過ぎの電車に乗れるようにボランティア活動を

終了し、1820分発のスーパーひたちに乗れるようにすれば21日日曜日の夜に長岡に到着できます。

駅短検索結果ワードファイルで添付しますので参考にしてください。

かなりのハードスケジュールになるかと思いますが体調に気を付けて下さい。

 上原

 駅探 テキスト表示画面

検索条件

201182118:00 出発 いわき駅長岡駅

________________________________________

乗り換え案内結果

 いわき 18:20発 - 長岡 22:44

 乗り換え回数:1

所要時間:4時間24

料金:13,030

 ●いわき

|  18:20

|    スーパーひたち58(自由席)[上野行]2時間15

|  20:35

○上野

|  20:58

|    Maxとき351(自由席)[新潟行]1時間46

|  22:44

■長岡

 

上どん、度々お手数おかけします。

ボランティア保険は超具体的には、私の場合、何時何処へ行けば入れるでしょうか?必要な書類とか有るでしょうか?教えて下さい。

桜井

 桜井さま

 上原です。メール確認しました。

JAXAのそばに三鷹市社会福祉協議会ボランティアセンターがあるので、

そちらで、書類に住所、氏名、電話番号などを記入すればボランティア保険に加入できるようです。

三鷹市社会福祉協議会ボランティアセンターは午後5時まで開所しているそうです。

尚、保険加入日翌日より保険の効力が発生するので、明日、木曜日までに加入するのが良いそうです。

必要なものは何もなく、書類に必要事項を記入すればボランティア保険に加入できるそうです。

地図を添付しますので今日か明日に加入手続きに行けば良いのではないでしょうか?

明日は午後から東京大学付属病院で持続症状自己管理のプログラムがあるので、

返信が夜にならないと出来ないので、分からないことがあれば出来るだけ今日中にメールを下されば、

情報提供出来ると思います。

ヨロシクお願い致します。

 上原

 


上どん、いろいろと重要な情報ありがとうございます。ボランティア保険に入って来ました。

上どんもお体大切に

桜井

 桜井さま

 上原です。気遣いありがとうございます。

さくちゃんも元気に戻ってきて下さい。

 上原

 上どんのおかげで、無事いわきに着きました。こちらは、今では全く通常の生活です。しかし、震災直後は大変だったようです。チェーン店の飲み屋に入りましたが、震災10日後から頑張って再開したようです。ボトルも水槽も全部割れたとのことです。今は被害の後はわかりません。こちらも大雨の後、爽やかで気持ちいいです。

(^o^)/情報本当にありがとうございました。

 上どん、おかげさまで、仕事もらえました。津波の砂かき出し。カトリック教会の方15人と。

カトリックのひとたちは今朝4:00に埼玉辺りを出発して3:30運転して来たとの事、今日帰るそうです。3ヶ月前いわきの避難所にバーベキューの炊き出しに来たそうです。

 さくちゃん、ボランティアお疲れ様です。津波の砂の書き出しも大変だったと思います。

今日はいわきの美味しいものなどを食べてリフレッシュしたら如何でしょうか?

昨日もメール頂きましたが、いわき入りして早速呑み屋さんなどで情報収集するのはさくちゃんの行動力が感じられ素晴らしいと思いました。

東京は今日は異様な涼しさです。カトリック教会の方々も物凄い行動力ですね。

あと一日のようですが、怪我などないように気を付けてボランティア活動行って下さい。

 上原

 Re: 820()21()ボランティア希望 お礼

 上ドン

この度はお忙しいところ、モデルコースを考えていただき本当にありがとうござ

いました。

上ドンに考えていただいたコースで行ってこようと思います。

ネットで調べれば分かる事でも、日々の雑事に追われると中々調べられません。

上ドンのツイッターにもモデルコース掲載したらいかがでしょうか?読者の中に

真似する人が出てくるしポイント上がると思います。

上ドンと高野さんで行ったボランティアの話も文章にまとめて掲載したら皆さん

楽しく読めると思います。

暑いですが、上ドンも頑張ってください。御家族のみなさんも元気でしょうか?

大変お世話になりました。また追加情報があったら教えてください。ではでは

  以上のようなメールのやり取りを早稲田大学探検部33期の同期生でJAXA勤務の桜井誠人としました、

 災害ボランティアの方に政府が上限50万円で交通費を補助するというニュース記事を読んだので、これから災害ボランティアに行こうと思っている方々に参考になるメールのやり取りだと思うのでブログに載せたいと思います。

 以上、 「東日本大震災時の桜井誠人との災害ボランティアについてのメールでのやり取り」

 ブログに載せます。