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2019年9月2日月曜日

「今日から学校の人も多いと思う」

「今日から学校の人も多いと思う」

 世の中では今日から学校の人も多いと思います。

 僕も朝、茗荷谷界隈に行きましたが、学生の方と思われる方々がいました。

 まだまだ暑さは和らぎませんが、学校では今日から授業が始まるところも多いと思います。

 学校が始まると、楽しみにしている人、嫌な人もいるかと思いますが、今日から学校の人も多いと思います。

 僕には学校の人のような夏休みもないので、学校時代のことは懐かしいです。

 夏休みは長いので、楽しかったです。

 今の方々が学校に対してどのような思いを持っているのか僕には分かりませんが、今日から学校の人が多いと思います。

 学校が始まることで嫌な気持ちになる人がなるべく少なければ良いと思っています。

 以上、「今日から学校の人も多いと思う」

ブログに載せます。




 
 



2019年1月30日水曜日

「学校時代に帰宅部だった方が良かったような気がしている」

「学校時代に帰宅部だった方が良かったような気がしている」

 僕は、高校時代はバスケットボール部、大学時代は探検部でした。

 高校、大学とも部活動をしていて、多くの時間を部活動に費やしていたようです。

 もし僕が学校時代に帰宅部だったら、本を読んだりすることに専念できて、一つのことに集中して取り組めたような気がしています。

 高校、大学の頃は体を動かしたい時期ですから、スポーツをしたりするのも良いとは思いますが、部活動とは部内の人間関係も多くあり、スポーツとかをするだけではなく、多くのストレスがかかります。

 学校時代に帰宅部だった方が人間関係のストレスに晒されずに良かったような気もしています。

 帰宅部でも、自分でランニングとかをすればスポーツは出来るし、自分の好きなように時間を使えます。

 学校時代に部活動に多くの時間を費やしても、部活動の人間関係で苦労した分のエネルギーとか自分の人生で取り戻せるわけでもないし、むしろ学校時代に帰宅部だった方が良かったような気がしています。

 僕が高校時代にバスケットボール部、大学時代に探検部に所属していたが、部活動に多くの時間を費やしてしまって、人間関係のストレスに苦しんだので、学校時代に帰宅部だった方が良かったのかなと思いブログを書いてみました。

 以上、「学校時代に帰宅部だった方が良かったような気がしている」

ブログに載せます。




 

 
 

                          


2018年3月15日木曜日

「地理とか歴史が好きだった中学、高校時代」

「地理とか歴史が好きだった中学、高校時代」

 僕は大学では法学部でした。

 大学では法律のことも勉強しました。

 しかしながら、僕は、中学、高校の頃は、社会科の科目が好きな人間でした。

 地理とか歴史とかが好きな人間でした。

 地理では、地図帳を見ているのが好きで、世界の国々とか、各国の首都とかを覚えるのが得意でした。

 歴史も世界史が好きで、世界の各地域の歴史を学ぶのが好きでした。

 世界は広く、様々な文化があり、世界各地で様々な文化作品も生まれていたことも分かりました。

 大学に進むと、専門科目を学び、社会に出て役に立つようなことばかりを勉強するようになるのだと思いますが、中学、高校の頃を思い出して、地理とか歴史の本を読むのも良いとも思っています。

 大学が法学部だったからといって、法律関係のことばかりを考えていると、視野も狭くなると思います。

 中学、高校の頃を思い出して、地理とか歴史の本を読んでみるのも良いと思っています。

 以上、「地理とか歴史が好きだった中学、高校時代」

ブログに載せます。



 



 

2018年3月13日火曜日

「自殺者が出た事件は政権を揺るがす事件になる」


「自殺者が出た事件は政権を揺るがす事件になる」

 僕は昔、日本の政治的汚職事件、いわゆる疑獄事件を検証する本の制作に関わったことがあります。

 疑獄事件で、事件の鍵を握っているようなキーパーソンが自殺することが多くあることが本を作っていて分かりました。

 事件が大きくなって自殺者が出ると、時の政権を揺るがすことになることも多くあることも分かりました。

 現在、盛んにメディアで報道されている森友学園に絡む決裁文書書き換えの事件でも、自殺者が出ています。

 自殺してしまった方は、文書の書き換えに関わっていたようです。

 今回の森友学園に絡む決裁文書書き換えの事件も現在の政権を揺るがす事件になると思います。

 以上、「自殺者が出た事件は政権を揺るがす事件になる」

ブログに載せます。




 
 


 

2015年7月28日火曜日

「学校時代の国語の授業を思い出そう」

「学校時代の国語の授業を思い出そう」

 学校時代に国語の授業がありました。

 国語の教科書には様々な作家の方の文章が載っています。

 大抵の子供は国語の教科書から小説などを読み始めるのはないでしょうか?

 僕の好きだった国語の教科書に出てくる作家は、魯迅と中島敦です。

 魯迅の「藤野先生」は今でも記憶に残っています。

 中島敦の「山月記」も好きな作品です。

 子供の頃の国語の教科書での読書経験から、作家の名前を知る人も多いと思います。

 大学くらいまで進むと、文学も、もう作品として理解して、エンターテイメント性をきちんと考えているとか、職人のような作品だとか、様々な批評がなされると思いますが、子供の頃の読書経験はとても強烈です。

 作品というか、文章そのものに感情移入することもあるし、読んだ文章がそのまま、その人の人生に大きな影響を及ぼすこともあります。

 僕が挙げた魯迅も中島敦も、子供の頃の読書経験として現在でも心の中に残っています。

 最近の教科書のことは知りませんが、僕は子供の頃に魯迅とか中島敦に出会えて良かったと今では思っています。

 巷(ネットも含む)には、実に多くの本が出回っていますが、子供の頃の国語の授業での読書経験は結構、重要なのではないかと思っています。

 年齢を経て、多くの本に出会ってきた人には、子供の頃の読書経験を思い出してみるのも良いのではないかと思っています。

 以上、「子供の頃の国語の授業を思い出そう」

 くだらない内容ですが、ブログに載せます。







2015年5月5日火曜日

1991年に見ていた風景(建物=学校)に見ていた風景はどうなっているか?

1991年に見ていた風景(建物=学校)に見ていた風景はどうなっているか?
GW(ゴールデンウィークの課題)学校の建物=学校の写真を撮影する。

今日、5月5日、午前8時の段階で、僕のTwitterのアカウントをフォローしてくださっている、アカウントの数は1991でした。

先日は、1983年に僕が見ていて風景をブログに投稿しました。今回は、1991年に僕が見ていた風景を投稿したいと思います。

(撮影日は5月3日)

僕が1991年のころ通っていた学校はとても自由な気風でした。

講義を受けるのはもちろん、自分の関心のある勉強が自分で出来ました。
学校に通っていた学生も、知識の豊富な人間が多く、情報交換はそのまま、勉強になりました。
サークル、語学クラス、ゼミ、と所属していたところで、おもしろい人間が多くいました。

この学校では教授三流、学生一流と昔から言われていますが、確かに僕の通っていたころも、学生さんのレベルは高かったと思います。

僕はこの学校でも大自然を体験できるサークルに所属し、神津島、南アルプスや、西表島、谷川連峰、果ては遠くチベットの神々の山、北米の極北の大河にも赴くことが出来ました。普通の学生生活では体験できないような、貴重な体験をさせていただき本当に感謝しています。

僕が1991年のころに通っていた学校の風景は以下のようになっていました。

かの有名な大講堂が門なき学校の象徴でした。


 

僕が所属していたサークルの部室が入っていた建物です。現在では改築されています。








僕が、講義を受けていた建物です。現在ではとてもきれいな建物になり良かったと思います。








こんな、近代的な建物になっていました。





 

学校の開祖の後姿は、かっこいいです。






1991年のころに通っていた学校は建築物も優れていました。

学び舎としてはとても良い、 学校だったと思います。

以上、1991年に見ていた風景(建物=学校)に見ていた風景はどうなっているか?
GW(ゴールデンウィークの課題)学校の建物=学校の写真を撮影する。


くだらない内容ですが、ブログに載せます。