「ブラマプトラ川の源流としてのカイラス」
僕が早稲田大学探検部4年生の時に参加した日本ヒマラヤ協会のプロジェクト、「インド・ブラマプトラ川川下り」で下ったブラマプトラ川の源流は僕が早稲田大学探検部2年生の時に行ったカイラスの麓にあります。
カイラスの麓にあるマナサロワール湖からブラマプトラ川は流れ出ているようです。チベットではブラマプトラ川はヤルツァンポ川と呼ばれ、チベット高原を1500キロ東進して、大ヒマラヤで大屈曲して南に流れを変えインド・ブラマプトラ川となります。
僕の家にある「チベットの山 カイラス山とインド大河の源流を探る」という本を読んでみると、以下のような記述がありました。
「創造主ブラフマンの息子たちはヒマチャラの北に赴き、カイラス山の上で苦行をした。そこでシヴァとパルパディに会い、十二年そこにいて苦行と祈りに専念した。当時そこにはほとんど雨が降らず、水もなく、困った一同はブラフマンのところに行ってお祈りをした。するとブラフマンは、お前たちの願いは何かと聞いた。賢人たちは「私たちはカイラスで勤行をしています。私たちに水浴する場所を作って下さい」と答えた。するとブラフマンが精神力でマナサという聖なる湖を作ったので、賢者たちは再びカイラス山で苦行と祈りに従事し、湖水の真ん中から浮かび上がった金色のタラを崇拝した」
「マナサロワールの地にわが身を触れ、その湖水で沐浴する人は、誰でもブラフマンの天国に行く。また、その水を飲む人はシヴァの天国に行き、幾度も生まれ変わって得た罪から解放される。マナサロワールという名のついた獣でさえブラフマンの天国に行く。その湖水は真珠のようである」
以上のような記述がありました。
ブラマプトラ川のブラマとはブラフマー、ブラフマンのことです。プトラとは息子という意味です。
この「チベットの山、カイラス山とインド大河の源流を探る」という本に書いてあるブラマプトラ川の源流としての、カイラスの麓にあるマナサロワール湖に関する創造神話を読んでみると、カイラスとブラマプトラ川の関係の重要性が分かると思います。
地理的にもブラマプトラ川の源流はカイラスの麓ですし、カイラスの麓の湖(聖湖)マナサロワール湖から流れ出ているらしいです。
僕は早稲田大学探検部1年生の時にミクロネシアヤップ島に行き、自分の持っている日本人の価値観に大きな疑問を持ちました。早稲田大学探検部2年生の時にはチベットカイラスに行き、カイラス巡礼をしてチベット仏教徒、ヒンドゥー教徒の方々の厚い信仰心を感じ取りました。早稲田大学探検部3年生の時にはカナダユーコン川川下りを経験して海外の大河川の川下りをしました。そして、早稲田大学探検部4年生の時に日本ヒマラヤ協会のプロジェクトであるインド・ブラマプトラ川川下りに参加してカイラスの麓に源流を持つ世界初のブラマプトラ川川下りをさせていただきました。
僕にとっては、カイラスの麓に源流を持つインド・ブラマプトラ川川下りが僕にとっての早稲田大学探検部での活動で集大成だったようです。
もう早稲田大学を卒業して30年以上経っていて、いつまでも昔のことばかりブログに書いているのかと言われるかもしれませんが、大学卒業後は仕事ばかりの人生になってしまって、全くと言っていいほど、アウトドアの活動や探検部らしい活動もしていないので、昔のことばかりブログに書いています。
僕にとっては、チベットカイラス行とそのカイラスの麓に源流をもつインド・ブラマプトラ川川下りは切っても切り離せない僕にとって重要な早稲田大学探検部時代の活動だったと思っています。
ブラマプトラ川川下りとは梵我一如の考えとも絡んでくる僕にとってとても大事で重要な活動だったようです。
11月30日土曜日の高田馬場チベット料理屋での中島さんと吉澤さんとの会合でも、僕にとって、とても大事で重要な活動だったブラマプトラ川川下りとブラマプトラ川の源流としてのカイラスのことについてもお話が出来れば良いなと思っています。
ブラマプトラ川の源流としてのカイラスについてブログを書いておきます。
以上、「ブラマプトラ川の源流としてのカイラス」
ブログに載せます。
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