「チベットに行く前の1988年3月9日の日記 情報化社会」
1988年の3月9日の日記は以下のような日記でした。
うちの家庭から笑顔が消えた。
親も兄貴も懸命に働いているので、どうしても家では暗い表情になっている。
俺もみんなに影響されているのか、全く気が滅入る。
親に対して文句など言うようなトシではないが、明るさが大切だぜ。
俺は何をすべきか分からない。
勉強をして何かをやりたいが、周囲からは、何か非難の目が浴びせかけられているようである。
人間は、平等であるというが、生まれる環境により、全く違った価値観に取りつかれてしまうのではないか。
文京区に生まれた俺は幸せだ。
勉強することが、一番の大切なことであったから。
しかし、俺の家では、まだ、そのへんのことを認めてくれないようである。
働き金を稼ぐことはもちろん大切なことであるが、そればかりで、遊びもせず友達もなく、日々つらい生活を送ることが幸せなのか。
自分の親であるから、俺には断定的なことは言えないが、今の親の姿を見ているとやりきれなくなる。
始めは、同情していたが、今では、それが俺自身にまではね返ってきて、俺を苦しめる。
親の世代は禁欲的生産社会であり、その上に成り立っているのが、俺らの大量消費社会である。
この2つの世代の間のギャップの大きさはものすごいものがある。
そこで揺れ動く人間の困惑は健全な人間の成長を妨げるものである。
まして、今は情報過多の社会である。
何かをやっていない人間、つまり大学生にとっては、限りない選択の幅があり、一つまちがえばとんでもない方向に行く世の中である。
ああ上原よ、何故にそんなに女々しく弱いのだ。
外から見れば下らないことではないか。
以上が僕がチベットに行く前の1988年3月9日の日記です。
情報化社会の危険性をこの文章で書いています。
1988年3月9日の日記を読み返していたらおもしろかったのでブログに載せます。
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