2019年9月4日水曜日

「週刊ポストも週刊ポストだが朝日新聞も朝日新聞だ」

「週刊ポストも週刊ポストだが朝日新聞も朝日新聞だ」

 週刊ポストの記事が嫌韓の記事だとして大きな問題になり、小学館の編集部が謝罪をしたようです。

 僕も朝日新聞とか藤尾潔に記事を書かれたことがあるので、記事を書く人間に対する不信感はあります。

 朝日新聞も藤尾潔も謝罪はしていません。

 週刊ポストも表現の自由を盾にして、自己正当化しているような気がします。

 大マスコミも週刊ポストの記事について報道していますが、大マスコミも週刊ポストを叩くだけの品性はあるのかと多いに疑問に思っています。

 表現の自由を掲げて記事を書いている方々は、自分たちは真実を書いていると思い込んで記事を書いているような気がします。

 記事に事実誤認があっても、他者を傷つける部分があっても、表現の自由を掲げて記事を書いているような気がします。

 表現の自由の濫用が日本では行われていて、表現の自由を掲げて書かれた記事によって、傷つく方が多くいることが現実のようです。

 記事を書くことが愚かなことで、大衆を扇動するような記事を書くことによって満足する人が多いことが分かります。

 僕はもう日本人はこれ以上、記事を書いて仕事をすることをやめた方が良いような気がしています。

 先日は、週刊ポストの記事が大きな問題になったようなので、僕も朝日新聞に記事を書かれたことがあり、記事を書くことを仕事にしている人間に対して大きな疑問を持っていることをブログに書いておきます。

 以上、「週刊ポストも週刊ポストだが朝日新聞も朝日新聞だ」

ブログに載せます。



 

 

 

 

 

 

2019年9月3日火曜日

「読む本によって心の状態も変わってくるような気がする」

「読む本によって心の状態も変わってくるような気がする」

 僕は長く、震災関連本を読んでいます。

 ここ5年間くらい、その他の分野の本はほとんど読んでいません。

 震災関連本を読んでいると、3.11を思い出すし、辛い気持ちにもなりますが、なんとか自分も辛いが頑張ってみようかという気持ちになります。

 何もやる気が起きないような気持ちになっている時でも、なんとか自分も頑張ってみようという気持ちになります。

 震災関連本を読むことによって心も少し強い心になるようです。

 僕は本も読む本によって心の状態が変わってくるような気がしています。

 世には多くの本がありますが、読む本によって心の状態も変わってくるような気がしています。

 なるべく自分の心に良い効用のある本を読んだ方が良いと僕は思っています。

 以上、「読む本によって心の状態も変わってくるような気がする」

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2019年9月2日月曜日

「今日から学校の人も多いと思う」

「今日から学校の人も多いと思う」

 世の中では今日から学校の人も多いと思います。

 僕も朝、茗荷谷界隈に行きましたが、学生の方と思われる方々がいました。

 まだまだ暑さは和らぎませんが、学校では今日から授業が始まるところも多いと思います。

 学校が始まると、楽しみにしている人、嫌な人もいるかと思いますが、今日から学校の人も多いと思います。

 僕には学校の人のような夏休みもないので、学校時代のことは懐かしいです。

 夏休みは長いので、楽しかったです。

 今の方々が学校に対してどのような思いを持っているのか僕には分かりませんが、今日から学校の人が多いと思います。

 学校が始まることで嫌な気持ちになる人がなるべく少なければ良いと思っています。

 以上、「今日から学校の人も多いと思う」

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2019年9月1日日曜日

「防災の日に思う。早稲田大学探検部関係者には東日本大震災に挑戦して欲しい」

「防災の日に思う。早稲田大学探検部関係者には東日本大震災に挑戦して欲しい」

 今日は防災の日です。関東大震災が起きた9月1日が防災の日になっているようです。

 地震と言えば、2011年に起きた東日本大震災が思い出されます。

 観測史上最大のマグニチュード9の地震で、甚大な被害をもたらしたのが東日本大震災です。

 僕の早稲田大学探検時代の知り合いも、東日本大震災時には連絡をしてきたりして、早稲田大学探検部関係者が東日本大震災に大きな関心を持っていることは間違いないと思います。

 早稲田大学探検部が挑戦する集団である限り、大きなものに挑戦して欲しいと思っています。

 大きな問題になっている東日本大震災に早稲田大学探検部関係者は挑戦して欲しいと僕は思っています。

 東日本大震災のメカニズムを明らかにするとか、東日本大震災のような大きな地震が起きたときにどのように安全を確保するのかとかに早稲田大学探検部関係者は挑戦して欲しいと思っています。

 山登りとかに挑戦するのも良いですが、山登りでは東日本大震災には勝てません。

 避難所にテントを設置することくらいが山登りに挑戦している人間の出来ることでしょうか?

 是非、早稲田大学探検部関係者には東日本大震災に挑戦して欲しいと僕は思っています。

 アウトドア活動で鍛えた体力、精神力を生かして、東日本大震災に挑戦して欲しいと思っています。

 今日が防災の日で、僕が早稲田大学探検部関係者に東日本大震災に挑戦して欲しいと思っていることをブログに書いておきます。

以上、「防災の日に思う。早稲田大学探検部関係者には東日本大震災に挑戦して欲しい」

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2019年8月31日土曜日

「明日は防災の日」

「明日は防災の日」

 明日は防災の日です。

 関東大震災が起きた日、9月1日に防災の日が制定されたようです。

 僕も2011年に東日本大震災を経験して以来、防災意識も高まりました。

 僕の住んでいる東京都でも大きな地震が起きることは想定されています。

 僕の家では災害時の非常食を用意しています。

 近所のどこが避難所になるのかもチェックしています。

 本も多く読んだので、地震のことは日常の問題として考えるようになっています。

 大きな地震が実際に起きたら、パニックになるかもしれませんが、なるべく冷静に対応して、できる限り安全な行動を取りたいと思っています。

 明日が防災の日なのでブログを書いておきます。

 以上、「明日は防災の日」

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2019年8月30日金曜日

「年を取ると若い頃のように本は読めない」

「年を取ると若い頃のように本は読めない」

 僕は今年の11月で52歳になります。

 50過ぎのおっさんとか、おじさんと言われるような人間です。

 僕には若い頃のように本を読むことは出来ません。

 若い頃は、ルポルタージュ作品を中心に多くの本を読んでいましたが、今では若い頃のようには本は読めません。

 頑張って震災関連本を読んでいますが、本を読むのも辛いというのが本音です。

 本を読むことより、ブログを書く方がよっぱど楽です。

 年を取ると若い頃のようには本は読めません。

 若い頃の読書体験は僕は大事だと思っています。

 僕がもう50過ぎで、若い頃のようには本を読めないことをブログに書いておきます。

 以上、「年を取ると若い頃のように本は読めない」

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2019年8月29日木曜日

「通勤バス派遣村で働いていた人間からすると文京区の茗荷谷界隈は天国に思える」

「通勤バス派遣村で働いていた人間からすると文京区の茗荷谷界隈は天国に思える」

 僕の以前の千葉県にあった職場は、朝日新聞によると通勤バス派遣村と書かれるほど酷い職場だったようです。

 派遣村と朝日新聞に書かれるような職場で働いていた人間からすると僕が主にブログを書いている文京区の茗荷谷界隈は天国にも思えます。

 子供たちも多くいるし、女子校とかに通う女子も多く見られます。

 平和で治安が良くて、文京区の茗荷谷界隈は僕には天国に思えます。

 ブログを書く環境としても安心してブログを書けるし、穏やかな気持ちになれる環境が文京区の茗荷谷界隈です。

 落ち着いてブログを書けるし、本も読めます。

 じっくりと腰を据えて本を読んだり、ブログを書いたりする環境としては文京区の茗荷谷界隈は天国のような環境です。

 僕が以前、通勤バス派遣村で働いていて、通勤バス派遣村で働いていた人間からすると文京区の茗荷谷界隈とは天国にも思えることをブログに書いておきます。

 以上、「通勤バス派遣村で働いていた人間からすると文京区の茗荷谷界隈は天国に思える」

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2019年8月28日水曜日

「朝日新聞の記者の人間にも僕のTwitterは見られているようだ」

「朝日新聞の記者の人間にも僕のTwitterは見られているようだ」

 僕のTwitterは朝日新聞の記者にも見られているようです。

 先日も、朝日新聞の記者が僕のツイートにいいねをしていました。

 僕は朝日新聞のことはブログでは批判していますが、僕は朝日新聞の記者にはある程度評価されているようです。

 僕のTwitterが朝日新聞の記者に見られているようなのでブログを書いておきます。

 以上、「朝日新聞の記者の人間にも僕のTwitterは見られているようだ」

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「早稲田大学探検部の現役連中にはTwitterはフォローされていないようなのでホッとした」

「早稲田大学探検部の現役連中にはTwitterはフォローされていないようなのでホッとした」

 今日はTwitterのフォロワーさんを見ていました。

 僕のTwitterのフォロワーさんに早稲田大学探検部の現役の人間はいないようです。

 僕も早稲田大学探検部と離れて長いし、早稲田大学探検部の現役に僕のTwitterがフォローされていなくてホッとしました。

 早稲田大学探検部の現役で知っている人間もいないし、僕のTwitterも見られていなければ良いと思っています。

 僕は昨年、早稲田大学探検部の現役がヒマラヤに行くときに作っていたTwitterからのフォローもブロックしたし、早稲田大学探検部の現役とは関わりたくないと思っています。

 今日、Twitterのフォロワーさんを見ていたら、早稲田大学探検部の現役の連中には僕のTwitterはフォローされていないようなので、ホッとしたことをブログに書いておきます。

 以上、「早稲田大学探検部の現役連中にはTwitterはフォローされていないようなのでホッとした」

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「地理的人間から歴史的人間に脱皮するように努力する」

「地理的人間から歴史的人間に脱皮するように努力する」

 僕が早稲田大学時代に所属していたサークル、早稲田大学探検部とは地理的人間を育成するようなサークルだったと思います。

 地図を広げて、自分の見知らぬ土地に赴くのが、早稲田大学探検部だったと思います。

 早稲田大大学探検部出身の人間の多くが地理的な人間になるのも無理はないと僕は思っています。

 ただ僕は早稲田大学探検部出身の人間もある程度年を取ったら、地理的人間から歴史的人間に脱皮するように努力した方が良いと思っています。

 自分の見知らぬ土地に赴く地理的人間から、後世に名を残すような歴史的人間になるように努力した方が良いと僕は思っています。

 いつまで経っても地理的な人間のままでは、ただ、自分の見知らぬ土地に赴いてそれを文字とか写真、映像にしてまとめるような作業しか出来ないと思います。

 後々の世に語り継がれるような歴史的人間になれるように早稲田大学探検部関係者も努力した方が良いと思います。

 僕が、早稲田大学探検部関係者が地理的人間から歴史的人間に脱皮するように努力をした方が良いと思っていることをブログに書いておきます。

 以上、「地理的人間から歴史的人間に脱皮するように努力する」

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