2014年12月3日水曜日

「NHKマラソンのすすめ」

NHKマラソンのすすめ」

 最近は、アベノミクスで、景気が良くなったと言っている人もいるのでしょうか?
 少なくとも僕の周りには、景気の良い人はほとんどいません。
 家に引きこもっている人も沢山います。
 外に出ても、居場所がなく、家に引きこもっている人が多いです。
 そこで、引きこもりの人向けの部屋での過ごし方の一つを考えてみました。
 朝起きて、朝食を食べてから、テレビを付けて、一日中、NHKを見続ける、

NHKマラソン」

朝から晩まで、NHKを見続ける。

ニュース番組、天気予報、朝ドラから、夜のニュース7、クローズアップ現代、東日本大震災復興支援ソング、「花は咲く」まで、その後の番組まで、気合で見る。

朝の6時から、夜の10時まで、NHKを見続ける。

何の報酬もありませんが、結構、きついプログラムだと思います。

メモを取りながら、番組を観るとか、工夫して観てみるとテレビ番組を観るのも、社会復帰の一環の練習になると思います。

健康番組も沢山やっているし、教養番組も沢山やっています。

事件のニュースなど、気が重くなると思いますが、社会に出る前の心構えとして、NHKの番組を見ることは社会に出る際の訓練になるような気がします。

NHKはツイッター上ではいろいろと批判されていていますが、僕はテレビ局の中では一番まともなテレビ局だと思います。

民放の番組もたまに見ますが、バラエティー番組などを見ていると、一体何が面白いだろうと思ってしまいます。

昼間に働いている人が、夜に、気分転換で、民放のバラエティー番組などを観るのかもしれませんが、何が面白いのか分かりません。

どうせ、引きこもるなら、一日中、NHKを見続けて、社会復帰の準備をするとか、良いプログラムになると思います。

参考に東日本大震災復興支援ソング、「花は咲く」の動画も載せます。


You Tubeはこちら
   ↓ 



以上、「NHKマラソン」のすすめ

くだらない内容ですが、ブログに載せます。






2014年12月2日火曜日

「原発なくてもやっていけるんのじゃないか」 菅原文太さん

「原発なくてもやっていけるんのじゃないか」 菅原文太さん

昨日、俳優の菅原文太さんの訃報が流れました。

僕は、テレビのニュースで見ていました。
今朝、地元のコンビニで東京新聞を購入したら、菅原文太さんについての記事がありました。

以下です。

全文、ワープロソフトで入力しました。

「原発なくてもやっていけるんじゃないの」
菅原文太さん死去
生前の思い出
「暮らし、自由、権利・・・立ち返らないと」

 俳優としてアンチヒーローを演じてきた菅原文太さんは晩年、脱原発運動に熱心に取り組んだ。201111月には「こちら特報部」のインタビューに応じ、「原発がなくてもやっていけるんじゃないの」と語っていた。菅原さんの言葉にいま一度、耳を傾けたい。

「生活様式を変えなくても、みんなが使っていない電気を消すくらいで、原発がなくても十分やっていけるんじゃないの」

菅原さんがインタビューに応じたのは、山梨県北杜市の南アルプスを望む農園の事務所。09年、ここに農業生産法人「竜土自然おひさまの里」を設立し、若者たちと有機農業に取り組んでいた。

 「原発には賛成でも反対でもなかった。どちらかというと無関心だった。でも福島の事故で変わった。やめたほうがいい、危険物は。科学によって作られたものが無謬であるはずない」

 原発事故後、故郷の宮城県栗原市の農家が出荷した肉牛や稲わらから、放射性セシウムが検出されことに驚いたという。「なぜ原発でからあんなに遠い栗原で、と気になって聞いたら、風で運ばれたんだと。農業と同じで放射能も体内に入らないに越したことはない。でも、そもそもわらを作った人のせいじゃないんだよね」と被災者に寄り添った。
 
 事故後も原発推進の姿勢を変えない財界を批判した。「企業はいろんなモノを作り、それが山のように積まれている。でも、みな人間の暮らしを左右するほど重要なファクター(要因)なんだろうか。国民は何でも買いまくるのはなく、必要のないものは買わないようにすればすればいい。ないないづくしの時代まで戻る必要はないけれど、ちょうどいいところってあるはずだよな」

 「夏の節電時、街は薄暗くなったけれど、俺には心地よいくらいだった。二十四時間こうこうとってのは、まともじゃない。二十年くらい前までは家にはコンピューターもなかったし、その前は冷蔵庫やテレビもなかった。でも、それなりに暮らしていただろ?」

 事故の直後、芸能界では原発に対する賛否を明らかにしない人が多かった。

 「何で言いづらいんだろう。芸能人だろうが、農家だろうが、個人として言いたいことを言わなきゃ。憲法が定めてくれているじゃないか、言論の自由を」

 菅原さんは積極的に意見を発した。国民運動グループ「いのちの党」を結成。12年の衆院選で反原発を掲げる候補を支援した。

 小泉純一郎、細川護煕両首相が設立した脱原発をめざす「自然エネルギー推進会議」の発起人になった。十月の福島県知事選では脱原発を訴えた候補を応援した。

 「原発のために途方もないカネがばらまかれ、いやも応もなくからめ捕られてしまう。戦後、日本はカネばかり追い求めてきた。敗戦から立ち上がるにはそれしかなかなく、頑張ってきたのは確かだけど、あまりに偏りすぎたんじゃないかのかな。

 平和への思いも強く、集団的自衛権の行使容認や特定秘密保護法案にも反対していた。

 インタビューの最後は、こう締めくくられた。
「ここらで立ち止まって、暮らしとか自由とか権利とか、そういうところへ立ち返らないとね」

以上が、今朝、2014122日、東京新聞朝刊、26面  に掲載されている菅原文太さんに関する記事です。

記事中に、テレビ、冷蔵庫、コンピュターなどの家電製品のことが書かれます。

僕は、テレビも冷蔵庫もコンピューターも持っているので、この記事を読んで、少し頭が痛くなりました。

子供の頃から、冷蔵庫もテレビもあったし、パソコンの登場は、大学生の頃で、興味津々に使ってました。

自宅では節電を心がけていますが、東京電力から供給される電気は使っています。

僕はネオン街などとは無縁ですが、自宅には冷蔵庫もあればテレビもあるし、コンピュターもあります。

原発に反対するなら、ここまで、自分の生活も切り詰めなくてはいけないのかなと思ってしまいました。

ただ、家庭レベルでの電力消費量と、企業レベルでの電力消費量では比較にならないので、関係ないかもしれません。

以上、「原発なくてもやっていけるんのじゃないか」 

でした。

ブログに載せてみます。

















2014年12月1日月曜日

「原発再稼働に関する、各党の方針。」

原発再稼働に関する、各党の方針。

今朝の新聞に、各党の、原発再稼働に関する、公約が出ていました。

原発問題に対して最も、健筆をふるっている東京新聞の紙面から引用します。
以下、全文、ワープロソフトで入力しました。


自由民主党  

電源構成の将来像を速やかに示す。原発を重要なペースロード電源と位置付けて活用。原子力規制委員会が新基準に適合すると認めた場合、原発再稼働を進める。

民主党

30年代に原発稼働ゼロを可能とするように、あらゆる政策資源を投入。責任ある避難計画がなければ原発を再稼働すべきではない。

維新の党

電力自由化推進する。発送電分離と電力の市場取引を拡大。自由化プロセスの監視などをする「電力改革委員会」創設。「自然エネルギー立国」への推進法を制定。

公明党

原発新設を認めず、原発に依存しない社会を目指す。40年運転制限を厳格に適用する。再稼働は原子力規制委員会の厳格な基準を満たすことを大前提に、国民、住民の理解を得て判断する。

次世代の党

燃料電池のエネルギー供給システム構築、日本海における(次世代資源の)メタンハイグレード開発、電源構成の多様化による脱原発依存体制を構築する。

日本共産党

原発再稼働ストップ。原発輸出を直ちに中止する。即時原発ゼロを決断し、全ての原発を直ちに廃炉プロセスに入れる。再生可能エネルギーの大規模な普及と低エネルギー社会への移行を進める。

生活の党

原発の再稼働・新増設は一切容認しない。原発は全て廃止し、代わって、太陽光や風力、地熱、波力、水力など安全な再生可能エネルギーと省エネルギー技術を急ピッチで普及させる。

社民党

脱原発社会の実現を目指す。原発再稼働は一切認めない。新増設は白紙撤回。活断層の上に立地する原発などは直ちに廃炉とする。

新党改革

原発をペースロード電源位置付け、再稼働を推進する政府方針は受け入れられない。家庭用燃料電池、再生可能エネルギー、高効率の火力発電を組み合わせれば電源は不要。

以上が、今回の衆院選の各党の、原発に対する公約です。

とても大事な内容なので、ブログに載せます。




2014年11月30日日曜日

「恋愛塾」 新語・流行語大賞からの恋愛論  「逆壁ドン」のすすめ

「恋愛塾」 新語・流行語大賞からの恋愛論  「逆壁ドン」のすすめ

 最近、文京区界隈を良く散歩しています。
文京区内には学校が沢山あります。
高校生などの会話を盗み聞きしていると、面白い会話を耳にします。

先日、耳にした言葉、「壁ドン」

今年の新語・流行語大賞の候補の一つに入っているらしいです。

早速、ネットで調べてみました。

Naver まとめは以下です。


女子の願望に自分がひそかに思いを寄せている男子からの「壁ドン」があるようです。

「壁ドン」をして欲しい憧れの対象にもならないような、全くモテナイ男子もいると思います。

僕もその一人です。

そこで、考えたのが、「逆壁ドン」

自分がひそかに思いを寄せている女性に、「逆壁ドン」をしてもらうシチュエーションを何とか作る方法を考えるとか良いのではないかと思います。

特に、障害を持っている人は、なかなか、異性からの恋愛対象にならないと思います。

自分の姿をさらけ出して、自分のダメぶりをきちんと伝えて、

「逆壁ドン」のシチュエーションになんとか持って行くとか、いろいろと方法はあると思います。

「のび太」君のように、しずかちゃんに「逆壁ドン」をしてもらうキャラもあります。

僕も「のび太」くん型のオタクですが、なかなか、異性の恋愛対象にならない男子にも、
「逆壁ドン」という最後の一手があります。

医療関係者とか、福祉関係者とかの恐そうな女の人はなるべく避けて、「しずかちゃん」型の優しそうな、女子に思いを寄せて、

「逆壁ドン」のシチュエーションに持って行くとか、工夫すればいろいろと方法があると思います。

昔、「電車男」という映画がヒットしましたが、オタク系の男子の恋愛術でした。

オタク系の弱気な障害者にも、「逆壁ドン」などの、恋愛術があります。



以上、 「恋愛塾」 新語・流行語大賞からの恋愛論、「逆壁ドン」のすすめ。

非常にくだらない内容ですが、ブログに載せます。


















2014年11月29日土曜日

「東京2区(文京区・中央区・台東区)選挙戦始まる」

「東京2区(文京区・中央区・台東区)選挙戦始まる

僕は東京都文京区に住んでいます。
衆院選の選挙区は東京2区です。

僕が子供の頃は選挙区は東京8区で、様々な政治家の方が東京8区から衆院選に立候補していました。
政治家の名門鳩山家のサラブレッド、鳩山邦夫氏。
叩き上げと言われた自民党の深谷隆司氏。
共産党書記長、金子満広氏。

この3者による、東京8区での衆院選選挙戦は、毎回、三国志のような、面白い選挙戦をしていました。

当選する人は2人。

2つの議席のために物凄い選挙戦が行われていました。

現在では、かつてほどの激しい選挙戦はあまりみかけらなくなりましたが、

今回の衆院選でも、三国志のような選挙戦が行われるのでしょうか?

昨日、近所の駅前を歩いていたら、日本共産党から立候補する、石沢のりゆきさんのチラシをいただきました。

いよいよ、地元でも選挙戦はスタートしたようです。

さっそく、ネットで調べましたが、石沢のりゆきさんのTwitterのフォローワーさんは149人でした。

その他、東京2区から立候補する方々のTwitterアカウントを調べました。

自民党の辻清人さん、718

民主党の中山義活さん、Twitterのアカウントを発見できませんでした。

維新の会 大熊利昭さん、1436人。

東京2区の選挙区は、もともと、保守的な有権者が多いと、ウィキペディアに出てました。

保守的な雰囲気で、Twitterなどは、小馬鹿にされるのでしょうか?

昨今、ネット選挙と盛んに言われますが、結局、Twitterのフォローワーさんの人数と、有権者の投票行為はあまり関係なく、きちんと職業として、政治活動を行っている、職業政治家に有権者は投票するようです。

そもそも、政治活動、勉強会などで、忙しく、つぶやく暇もないのかもしれません。

Twitterなどの、ネットの政治活用が地元で行われるのは当分先かも知れないと思いました。

以上、「東京2区(文京区・中央区・台東区)」選挙戦始まる

くだらない内容ですがブログに載せます。









2014年11月27日木曜日

「勉強出来る男子は大抵、スポーツマンにコンプレックスを持っている。」

勉強出来る男子は大抵、スポーツマンにコンプレックスを持っている。

僕の学校時代の経験も踏まえて、ブログを書いてみます。僕の学校時代の経験からは、ガリ勉型の勉強の出来る男子は、大抵、スポーツ万能の男子にとてつもないコンプレックスを持っているものでした。
学校の勉強、塾での勉強で、有名な大学に進むことを希望する男子も沢山いましたが、
学校内では、若年寄りのような、眼鏡をかけたガリ勉型の男子は、あまり好まれるものではありませんでした。
人気があるのは、僕の頃は野球が上手い男子。
小学校の頃から、地元の野球クラブに入って、少年野球とかに励んでいる男子も沢山いました。
野球少年たちの一番の夢は甲子園。
日本に生まれた男子は収容人数5万人以上の甲子園を人生の最高の舞台にしたいと思うのは僕の子供の頃はごく普通のことだったと思います。
Twitterに例えれば、甲子園でプレーすると、高校生でありながら、フォローワーさんが5万人程度いることになります。
僕が高校生の頃の同世代の一番のスターは甲子園で大活躍した、PL学園の、清原、桑田でした。
この二人は、高校一年生の時から、甲子園に出場し、5大会連続で甲子園に出場して、物凄い活躍をしてました。
清原の甲子園でのホームラン量産は、まさに怪物。
桑田の投球も、憎たらしかったですが、今から思い返すと、超高校級。

この二人を軸にした、高校野球は、同世代にとって過激な刺激であり、憧れの対象であり、憎しみの対象でした。

ガリ勉型の男子が沢山集まるような、勉強が出来る進学校では、高校時代に高校球児のような派手な活動も出来ず、真面目に勉強に励んでいます。

大学に行っても勉強。

社会に出ても勉強。

進路を選択した段階で、勉強をすることが、運命づけられてます。

お遊び程度で、スポーツ関係の部活動に入ったりしますが、成績は、せいぜい、都大会止まり。

結局、自分の向いている、勉強の道に進むことになる人間が大半です。
学校時代の経験から、子供たちは様々な優越感、劣等感を持ち、育ちます。

僕の学校時代の経験から、勉強が出来る男子は大抵、スポーツ万能の男子にコンプレックスを持っているというのは、経験則の一つです。

甲子園という、Twitterで例えるなら、5万人程度のフォローワーがいる、物凄い舞台がある、高校球児たちにはとてつもなく大きな目標があります。

野球で敵わない人は、勉学に励む人も沢山いると思います。

その後の人生で、こつこつと自分のキャパシティを広げて、フォローワーを増やしていく人間も沢山いるかと思います。

人それぞれ、自分の得意な方向があると思います。

自分の向いている方向を見つけて、生きていければ、生きやすいんだろうなと最近、思ってます。

以上、「勉強出来る男子は大抵、スポーツマンにコンプレックスを持っている。」

くだらない内容ですが、ブログに載せます。












2014年11月25日火曜日

障害者福祉施設に見た 「裏ミクお兄さん」

障害者福祉施設に見た 「裏ミクお兄さん」

最近、良く障害者福祉施設の支援員のことをブログに書いてます。
支援員の発言が面白いからです。
今回書く、支援員の発言。「裏ミク」
僕が施設内でmixiをやっていると話していたら、いきなり「裏ミク?」と言ってきました。
この支援員が「裏ミク」で陰で交流しているのか知りませんが、パブリックな場で、「裏ミク」とかの話をするのはいかがなものかと思いました。
裏社会と関わっているのかもしれませんが、少なくとも、パブリックな場で話題に出す話ではないと思いました。
施設を利用する人間に余計な事を教えて楽しいのでしょうか?
福祉施設の支援員も耐用年数があるような気がします。
いきなり、施設内で、「裏ミク」とかの話をするのはかなり重症だと思いました。

おそらく、長い間、福祉施設で働いているうちにネットにハマリ、患ってしまったのかと思います。
支援員が患っているので、利用者も患うようになるのかと思います。


僕が以前、働いていた職場では、2ちゃんねるの話はしていましたが、「裏ミク」の話など聞いたこともありませんでした

福祉関係者、かなり、患っているなというのが、僕の率直な感想です。
福祉関係者、ネットの世界は非常に気持ち悪いというのが正直な気持ちです。

以上、「裏ミク お兄さん」、

くだらない内容ですが、ブログに載せます。






2014年11月24日月曜日

音楽療法 その2 スピッツ 「シロクマ」

音楽療法 その2 スピッツ 「シロクマ」

今年の3月から、地元の図書館に所蔵されている「震災本」「原発本」を詳しく調べています。

本を調べていると、シビアな本が多いので、毎日、毎日、物凄い、精神的疲労が残ります。

クタクタになっている時の夜、聴く音楽は貴重です。

僕が精神的にきつかった時に聴いていて、効果があった音楽。

スピッツの「シロクマ」

Youtubeはこちら

   

2014年11月23日日曜日

「江東区 有明でのアルバイトと東京オリンピック」

「江東区 有明でのアルバイトと東京オリンピック」

僕は、30代前半の頃、東京都江東区の有明の倉庫街で働いていました。

有明コロシアムの近所で、当時から東京にオリンピックを誘致することは話題になっていて、僕が働いていた周辺も、選手村が建設される予定地の一つになっていました。

2020年に予定されいている東京オリンピックは、東日本大震災からの復興の証として、又、平和の祭典として多大な経済効果と希望をもたらすものだと思います。

地方から、東京に出てきて、オリンピック特需を狙って、働きに来る人も多くいると思います。

東京湾岸沿いには、様々なオリンピック用の施設が建設されるようです。

当時、江東区有明の倉庫街で働いていた頃の様子。

仕事の忙しいときは夜中の1時半まで、残業し、電車も無く、ビジネスホテルに泊まり、次の日朝の8時からまた働いていました。

東京オリンピックの選手村を建設する予定地の近所ということで、開発が盛んで、朝から晩まで働いていました。

2020年の開催まで、オリンピック関連施設の建設ラッシュが続くと思います。

オリンピック関連産業に就く人は、僕のような労働経験をする人が増えると思います。

以上、「江東区 有明でのアルバイトと東京オリンピック」 

くだらない内容ですが、ブログに載せます。




















2014年11月22日土曜日

「神田川生活時代の書店のアルバイトと「五体不満足」」

「神田川生活時代の書店のアルバイトと「五体不満足」」

書店のアルバイトと「五体不満足」
先日もブログに書きましたが、僕は、20代後半の頃、新宿区の明治通り沿いの街の書店で書店員として、働いていました。
通りの向かいには、戸山の東京都心身障害者福祉センターがあり、センターから僕の働いている書店に本を読みに来る人も沢山いました。
もう15年以上前の話ですが、1998年に、空前のベストセラーになった「五体不満足」の著者、乙武洋匡さんも東京都心身障害者福祉センターに出入りしていて、僕も著者の乙武洋匡さんを取材するテレビ局のカメラクルーを目撃したことがありました。

書店でも、「五体不満足」は一番目立つ棚に平積みにされていて、あっという間に売り切れになっていました。

書店で働く、一書店員からしても、「五体不満足」は良く売れる本で、ありがたい本でした。

テレビでも取材されて、書店でも本が売り切れになって、本当にすごい人だなと素直に思いました。

残念ながら、僕は乙武洋匡さんの「五体不満足」は読んでいませんが、本を出して以来、メディアで活躍する姿には正直、驚きます。

以上、書店のアルバイトと「乙武洋匡さんの五体不満足」

くだらない内容ですがブログ載せます。