2018年4月14日土曜日

「人間の考える容量は限りがあると思う」

「人間の考える容量は限りがあると思う」

 僕は長く、東日本大震災関連書籍を紹介しています。

 僕も、多くの東日本大震災関連書籍を読んでいます。

 東日本大震災関連のことは福島原発事故のことも含めて考えることが多々あり、いくら本を読んでみても、何か真実なのかが分かりません。

 特に原発に関する問題は、多くの問題があるようです

 本を読んでみても「原発」を否定している方が多くいて、現在の政権が掲げている、「原発は重要な電源」という見解を見てみると、誰が書いていることが正しいのかもよく分かりません。

 現在の政権で行われている、「原発」政策を否定している本が多くあり、本を読むと反体制的になります。

 現在の政権の政策が間違っていて、僕が読んでいる本を書いている方が正しいことを書いているような気がしています。

ただ、人間の脳で考える容量には限界があるような気もします。

現在の政権の政策に批判的なことを書いている本を読み過ぎて、反体制的になり、「原発反対」「脱原発」「原発再稼働反対」「原発ゼロ」を唱えるようになるのだと思いますが、現実に本に書いていることを実行に移している方は本当にいるのかなとも思っています。

僕は政治家でもありませんから、何らかの政治的なアクションを起こすこともありませんが、現実問題として、「原発反対」「脱原発」「原発再稼働反対」「原発ゼロ」を政治的な課題として実行に移せる方は日本にいるのかなとも疑問に思っています。

上記のことを政策に掲げて、選挙に勝っている政治家の方はいるのかなとも疑問に思っています。

本を読むことも悪いことだとは思いませんが、人間の考える容量には限りがあるような気もします。

本を読み過ぎて反体制的になってしまうと、野党勢力、日本共産党くらいしか、受け皿になる日本の政党はなくなってくるような気がしています。

原発に反対している本を読み過ぎると日本共産党くらいしか自分の考えを受け入れてくれる政党はなくなってくると思います。

人間の考える容量とは限りがあると思います。

あまりにも多くの本を読んでしまうと、自分の頭の中で情報を処理しきれずに、反体制的になり、反体制的な政党くらいしか受け皿がなくなると思いブログを書いてみました。

以上、「人間の考える容量は限りがあると思う」

ブログに載せます。










 


 



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