「昔の隣人との邂逅」
昨日、高田馬場に行って来たら、偶然、早稲田大学文化圏の高田馬場の諏訪通りで、僕が若い頃、一人暮らしをしていた時に隣の部屋に住んでいらした方(隣人)と邂逅(偶然出会う)しました。
昔、隣人だった方との邂逅は懐かしさでいっぱいになりました。
向こうが気づき、僕に「上原君」と声をかけてきました。
久しぶりに会っても、相変わらず柔和な表情をしていらしたので、僕から握手をしてから、会話を始めました。
会話をしていると、アパートの話、仕事の話、パソコンの話、携帯電話の話などになりました。
アパートの話ではやはり家賃の話になります。現在のアパートの家賃の相場の話などをしました。
仕事の話では、お互いに現在では、清掃の仕事をしているので、清掃の話とかになりました。
パソコンの話では、パソコンが2年くらいで故障してしまうとかFacebookの話になりました。
携帯電話の話では、ガラケーからスマホにすると、キャリアメールは使えなくなるとか、LINEはガラケーでも使えるのかとかの話になりました。
僕が昔、一人暮らしをしていた頃の隣人だった方のことは、当時の僕の生活を、フリーライターの藤尾潔さんが、「早稲田大学おもしろ話」の中で書かれていますが、「早稲田大学おもしろ話」に出てくる、話は、半分本当、半分嘘の話です。
隣人だった方の当時のお仕事は、本の取次会社でのアルバイトでした。
僕も当時は、近所の書店でアルバイトをしていて、顔を合わすと本の話もしたものでした。
8年くらい前に、一度、昔、隣人だった方が住んでいるアパートに遊びに行きましたが、部屋には「居眠り磐音 江戸双紙」などがありました。
隣人だった方は、都内の有名都立高校出身で、早稲田大学に進み、学部も法学部で、僕の歩んできた道と同じような道を先に歩んでいた方でした。
込み入った話はしたことがないので、何故、一人暮らしをしていて、どこでどうなって、神田川の下流のような生活をするに至ったのかは知る由もありませんが、お互い下流生活が長いので、久しぶりに邂逅しても、会話が途切れることがありませんでした。
久しぶりの邂逅では、難しい話は一切せずに、早稲田はおもしろかったねと早稲田大学のおもしろさをお互い称賛していました。
僕からの最後の言葉は、「今日偶然会ったことをブログに書いても良いですか」と僕から尋ねて、了承を得る言葉でした。
向こうからの最後の言葉は、お別れの言葉、「お元気で」でした。
僕から遊びに行けば、いつでも会えるかと思いますが、最後の言葉の
「お元気で」は、心に残りました。
僕は別れを意味する言葉の意味について繊細ではないので、言葉の意味を理解していないのかもしれませんが、何か、意味深い言葉だったのかなと考えていました。
昨日の高田馬場での、昔の隣人だった方との邂逅は、僕が何の気を遣うこともなく会話が出来た嬉しくて、楽しい邂逅でした。
ただ、逆流性食道炎が良くならないので、お腹をさすりながらの会話でした。
以上、「昔の隣人との邂逅」
ブログに載せます。
0 件のコメント:
コメントを投稿