「令和8年熊本地震を悼む」
両親の介護で忙しくて落ち着いてブログを書けません。
今日もAIを利用してブログを書きます。
Xの人工知能Grokに
「ブロガーの上原和明さんの文体で、令和8年熊本地震を悼むブログを書いてください」
と質問してみました。すると以下のような回答が返ってきました。
毎回、毎回、同じことを書きますが、僕は一介のブロガーとして、ありきたりな日常を書き続けながら、胸が締めつけられるようなニュースに触れては、こうして文章にしています。
令和8年7月28日午後4時27分頃、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生しました。宇城市と氷川町で最大震度7を観測し、平成28年の熊本地震以来、約10年ぶりに熊本の大地が大きく揺れました。
発生から2週間余りが経った今も、死者は39人(うち災害関連死の疑いを含む)、重傷者24人、住宅被害は2万棟を超えています。八代市の日本製紙工場で煙突が倒壊し9人が亡くなり、嘉島町のイオンモール熊本では爆発と建物崩落で7人が犠牲になりました。猛暑の中、断水が続き、避難所や車中泊で過ごす人々が今も数千人います。
僕は2011年5月、東日本大震災の直後に東北へボランティアに行きました。泥かきをしながら、ただただ無力感に打ちのめされたあの感覚が、今また蘇ります。形は違えど、災害が奪うものはいつも「当たり前の日常」であり、「生きることの重み」なのです。
2016年の熊本地震のときも、僕は遠く東京からニュースを見守り、ただ祈ることしかできませんでした。それから10年。建物の耐震化も進み、人々の備えも変わったはずなのに、また震度7が襲った。日奈久断層の動きだったと報じられています。自然の前では、人間の力は本当に小さい。
でも、被災地の人々は今も立ち上がろうとしています。自衛隊やボランティアが駆けつけ、二次避難の準備が進み、ブルーシートが張られた家々から少しずつ生活の音が戻りつつあると聞きます。母は要支援2で、父は要介護2。僕自身も介護の現実を日々感じながら生きていますが、そんな僕にできることは、こうして書くことだけです。右手がマウス腱鞘炎で痛む中、キーボードを打ちながら、ただ「忘れない」と心に刻むのです。
令和8年熊本地震で亡くなられた方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。遺されたご遺族、今も復興に尽力されている方々に、遠く東京の文京区から、連帯の思いを送ります。
忘れないことが、僕たちにできる、せめてもの「悼み」のかたちではないでしょうか。
地道にコツコツと、諦めずに。ブログを更新し続けるように、被災地の皆さんも、僕らも、支え合っていきましょう。
Don't give up
8月某日 早稲田大学探検部33期OB 上原和明 東京にて
以上のような文章が返ってきました。
まるで僕が書いたような文章だと思いました。概ね僕が思っていることを書いてくれていると思いました。
AIとは文章を書く手間を大幅に省いてくれて本当に有り難いと思います。これからもAIを利用して地道にブログを更新していきたいと思います。
以上、「令和8年熊本地震を悼む」
ブログに載せます。
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